031 穏やかな街……?
「ソルド、あなた本当にヴィーナさんとは何もなかったの」
「あって欲しいからしつこく聞いているわけじゃないよな?」
「そりゃそうだけど……」
ガタガタと揺れる馬車の中。
ステラはぷく、と頬を膨らませて不満を主張した。
「分かっていないなソルド。出発の時、ヴィーナは非情に名残惜しそうにしていたじゃないか。鎧も領主様を出迎えるときのカワイイやつを着ててさ。アタシに言わせれば、ステラ嬢がお前たちの関係を疑うのには多少の正当性がある」
「鎧にカワイイも何も無いだろう。というか何故あんたがついてきているんだ、トール」
「え、今更それを聞く?」
同席している女ドワーフの技術者ないし医者、トールは心底意外だと言わんばかりの顔をした。
「銀山の時はヴィーナが御者をしていたから今回はあんたがそうなのかと思っていたが、ここに座っているということはあんたも客の側ってことだろ。あんたもマッドエルフに用事があるのか」
「ジョージ様に聞いてないの? 元々アタシがマッドエルフのところに技術を盗みに……ああいや、『留学』に行くのが決まっていて、どっちかと言えばお前たちの方がついでなんだぞ」
「成る程。ジョージめ、俺たちは体よく奴に恩を着せられたってワケか」
「そう悪い風に言わないでくれよ、一応これでもアタシはジョージ様のこと嫌いじゃないんだから。まあちょっとサイコパスっていうか抜け目ないところはあるけどさ」
「そうですよソルド。どんな意図があれ、ジョージ様はあなたの身体を治す機会をもたらしてくださったんだから。わたくしたちは感謝こそすれ文句を言える立場ではないの」
「……了解」
やっぱり企業みたいな振る舞いが気に食わんのかね、我ながら。
深いため息を吐いたサイボーグは自己分析しつつ、お行儀よく振舞おうとする没落貴族の娘に何か皮肉のひとつでも言ってやろうかと考え、ふと、別のことに思い至った。
「そう言えばステラ、人間とエルフの間にも不干渉条約があるらしいが、知ってたか?」
「ええ。確かドワーフとの条約ができるのとほぼ同じタイミングでできたとかって聞いた気がする」
「そのわりにはビビってないな、今回は。ドワーフの時はあれだけ不安がっていたのに」
「まさにそのドワーフにもう会ったからかもね。決まりはなるべく守るべきだけれど、既に条約は破ってしまっているのだから今更エルフと関わるくらい逆に問題ないというか……」
「ストリート流の考えにだいぶ染まってきているな。ホームレス状態でさまよっていた暮らしぶりを考えれば、むしろ今までが染まっていなさ過ぎたのかもしれないが」
「人聞きの悪いことを言わないでよね。わたくしは今でも遵法意識を捨てたわけじゃない。ただあなたをきちんと治療するために必要なことをするだけ」
ふん、と鼻を鳴らしてから、ステラは「それに……」と続ける。
「エルフに直接会ったことは無いけれど、彼らは気高くて清潔で繊細な種族だって聞いているわ。この間のドワーフさんたちみたいに、いきなり汗と涙の大力比べ大会なんて展開にはならないはず。そういう意味での安心感はあると思う」
「以前俺のエルフへの偏見を咎めたのと同一人物とは思えない言葉だな」
「だってドワーフさんたちは何か怖かったし、実際かなり荒っぽかったじゃない。警戒するのも仕方が無かったというか……あっ! ご、ごめんなさいトールさん。全てのドワーフさんがガサツでフケツだって言いたいんじゃなくてっ」
「取り繕わなくていいよ」
慌てて頭を下げるステラにトールは苦笑する。
「アタシが例外というか外れ値な自覚はあるよ。ドワーフは男も女も汗臭くて、荒くれで、ビールが友達で、ってな感じだからね。銀山の彼らはお風呂の入り方も知らなかったらしいじゃん? アタシもそういうのがイヤでジョージ様のところに転がり込んだところあるからな~」
「トールさん……」
「ところでさ、エルフのイメージを語るのは大いに結構だけど、今から会いに行くのはエルフはエルフでも狂気エルフだよ。そこのところは分かってる?」
「元のエルフとは主義主張が違って離反した共同体、だとは聞いていますけど……何か根本的に違うことがあったりするんですか?」
「種族的には全く違わない。流れている血はエルフのものだし、見た目が大きく違うワケじゃない。色白で、金髪が多くて、美男美女だらけで、耳が尖ってて長い、長寿な連中」
トールは「だけど」と区切って続けた。
「森を棄てた森の民、ってジョージ様はよく言ってるでしょ。良くも悪くも、弓を持って森に潜んでいて、必要最小限の狩りと採取だけで暮らしている……って感じじゃない。まあ本拠地に訪ねるのはアタシも初めてだから、あんまり知ったかぶっても仕方が無いんだけどさ」
「エルフとは違う、エルフ……」
「待て、トール。あんた訪ねるのは初めてだって言ったが、マッドエルフたちの街……ガレットだっけか。ガレットがどんな街かも知らないのか? 俺はあんたを案内役として頼るつもりでいたんだが」
ソルドの問いに、トールは「うーん」と考えてこれまた苦笑する。
「どんな場所、ってのは知っているし目的地への案内は貰っているけど……聞いている話から考えるに、多分直接見るのが早いよ」
「トールさんはこう言っていますが、心配ご無用ですわ。ソルド」
と、トールが言い終わらないうちに得意顔をした没落令嬢がしゃしゃり出た。
「わたくし、ガレットについては少し読んだことがあるの。古い資料でしたけれど、大きな湖の近くで発展した漁業の街ですわ。住んでいたのは人間だったはずなので、エルフたちがどうやって受け入れられていたのかは知りませんが……住人の皆さん優しくて穏やかな街だったらしいし、特に労せずに馴染めると思う!」
ーーーーー
「な、な、何ですかこの街は!?」
「ほぉ、これが……」
到着するや否や、であった。
馬車から降りてようやくその一言を叫んだステラに対し、ソルドは街に近づいた時点から見えていたその威容を見上げて感嘆の息を吐いた。
一言で表すなら、違法増築の権化、と言ったところか。
ソルドの電子記憶は類似している建築物としてかつてアジアに存在したという、砦を基盤に好き勝手増築されたスラム街の名前を挙げている。
切り立った崖とその裾野に広がる急斜面を背に見上げるほどに積み上がっているのはネオンらしき光で装飾された多種多様な建物。
その間を縫うように設置された階段や坂道はどこへ向かっているのか、どこから始まっているのかも分からない。
しかもソルドたちが現在立っている位置は言ってしまえば中層部。
彼らが見上げているのはあくまでも上層部であり、視線を下げると今にも押しつぶされそうなボロ小屋がひしめく下層部が続いている。
そして下層部を見つめる視線の先に、見るからに汚染されている巨大な湖が横たわっていた。
「これが噂に聞くガレットかぁ。エントリーは中層部に接続した崖からがいいっては聞いていたけど、こうして実物を見ると圧巻だねぇ」
と、遅れて馬車を降りたトールはどこか呑気に呟いた。
「ちょ、ちょっとトールさん!? わたくしの聞いていた穏やかな街ガレットと目の前の魔王城じみた巨大構造物は本当に同じものなの!?」
「そうだよ」
「なんでもっと早くに言ってくれないの! わたくしもう驚きすぎて若干心臓が痛くなってきましたけど!」
「いや、言っても伝わらんでしょこれは。というかアタシも実物を見るのは初めてなんだって」
「こんなの……え? というかなんでこの状況が他の地域に伝わっていないんですか!? 普通こんなものが遠くに見える時点で大騒ぎになるでしょ!?」
「この辺りは田舎も田舎だし、何より霧が深いんだ。だから通りかかっても遠くからじゃコレを拝むのは難しいし、近くで見ても全容は分からない。今日みたいに晴れているのは珍しいから、ラッキーだね」
「ラッキーって……それでも流石にコレは噂になるでしょう!?」
「いやいや、ガレットって昔はどうだったか知らないけどいまやマッドエルフたちの支配領域だ。森のエルフたちから追放された彼らは来るもの拒まず。陽の当たる場所を歩けない無法者たちが最終的にたどりつくヤバい場所だよ? 噂どころか、普通は近づこうとも思わないよ」
「そ、そ、そんなところに来てしまうだなんて……」
ステラはあまりのショックにへなへなと地面にへたり込んでしまった。
一方、その護衛のサイボーグは特に衝撃を受けている様子が無い。
それに気がついたトールが「お前はあんまり驚いていないんだね」と言うと、ソルドは「そんなことはない」とぶっきらぼうに返した。
「驚いてはいる。特にあの発光している装飾は気になるな。治安も見るからに最悪そうだ。ただ」
「ただ?」
「なんというか、もはや懐かしくてね」
ソルドは静かににやりと笑った。
「清潔な寝床とか健康的な食事とかまともな倫理とかが無くて、代わりに犯罪と機会と自由がある……そういう、クソみたいな故郷と同じ匂いがする」
「要はワクワクしてるってことか。ま、アタシもそれくらいの意気込みで居た方がいいんじゃないかと思っているよ」
トールはガハハと豪快に笑った。
「さ、とりあえず最初の目的地を目指そうか。ここは中層部らしいから下の方だね。アタシの目的でもあり、ソルドたちの目的でもある頑固親父に会いに行くよ。はぐれたら大変なことになりそうだから、手でも繋いでいこうか?」
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