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030 竜と銀と陰謀と

「偽造銀貨の流通について、どこまで把握している?」


 ソルドが端的に問うと、ジョージは顎に手を当てて苦笑する。


「バラしてしまうと、実はただのハッタリなんだ。君たちが山賊を退治し、詐欺を暴いたルーストンという街があっただろう? あの辺りまでは僕の領地でね。詳しく調べるうち、街に流通している銀貨の大部分が偽物だと調べがついた……そして、その分だけ回収されたであろう()()()()()の行方が分からないことも」

「……」

「没落貴族ウォルムハルト家の令嬢が詐欺を暴き、民を救った。このストーリーには重要なオチ、つまり詐欺師の行方が欠けている。だからきっと、君たちはまんまと詐欺師に逃げられたんだ。彼が巻き上げた本物の銀貨と一緒に。そうだろう?」

「あんたがそう思ってくれているなら助かるな、個人的には」


 ソルドはどこまでも先回りしてくる領主の態度に辟易しつつ、話を続ける。


「で、結局偽造銀貨の出所には目星をつけているのか? 俺としちゃ、銀細工の街であるここが一番怪しいと思ってはるばる訪ねてきたんだ。手癖の悪い職人に心当たりがあったりしないのか」

「残念ながら。知っていたら放ってはおかないさ。何せ、銀貨偽造の嫌疑でウォルムハルト家がああなったのを見た後だしね。今でもいつ国王陛下から『お呼び』がかかるか、ヒヤヒヤしているくらいだよ。そしてもちろん、君たちが偽造の主犯を探している理由は察している。ただ……僕が思うに、この件はこんなちっぽけな街ひとつに収まる話じゃない」

「壮大な陰謀が動いているとでも?」

「シンプルな数値の話なんだ。偽造銀貨がルーストンでだけ流通しているとは思えない。街ひとつ分を丸ごとすり替えられるほどの高品質な偽造……僕のちっぽけな領地で悪事を働くだけなら効率が悪すぎる。だがもし他の領地でも偽造銀貨が流通しているなら、今度は量が多すぎる。職人が多少集まったところで、品質以前にそんな量を用意できるはずがない」

「一理あるが、保身用の理論武装にも聞こえるな」

「否定はしない。長生きしたいからね、自己弁護くらいはさせてもらうよ。まあとにかくだ、君たちがお探しの人物に関して、僕から提供できる情報はない。申し訳ないけれどね」


 ジョージは変わらず困ったように笑う。


「さて、次の話に移ろう。国王陛下が僕に下した勅令であり、僕から君たちへの依頼でもあったラクミス第二銀山の竜退治。君たちは無事竜を発見し討伐したわけだが、不可解だと言いたいのだろう?」

「流石にもう調べはついているか。話が早くて助かるよ」

「おっ、なんか面白そうな話してる? 何が不可解なのさ」


 ジョージとソルドのやり取りに、ソファでだらけていたトールが割り込んだ。

 ソルドは無視しようとしたがジョージが「説明してやれ」と表情で語るので、仕方なしにトールの方を向いた。


「今回の件、俺たちのところに銀山に棲みついた竜を退治せよという依頼が来たのが始まりだ。だがいざ銀山に行ってみれば、ドワーフたちが小さい竜を使った銀採掘をしているだけで、ギアーゴ・ドルエンが行方不明になっている以外は平和そのものだったのさ。そして坑道の奥のドワーフたちでさえ立ち入っていなかった空間までたどり着いて初めて、そこに竜と化したドルエンが居るのを発見した……」

()()()()()()()()()()()()()()()のに、実際には()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

「実際に起きたことを並べるだけで一目瞭然。このお粗末な因果関係のねじれが大いなる陰謀の一部だって言うのか? あるいは銀山に居着いた竜がもう一匹いて、俺たちがドルエンを殺しただけで満足して帰ったのを見てほくそ笑んでいるとか?」

「少なくとも二匹目の竜はいない。君たちがここに来たのと入れ違いで調査部隊を送っておいたんだが、彼らからはステラ嬢の証言にあった小型竜以外に竜がいたという報告は受けていない。彼らが見つけられないものを、もっと早くに見つけられるはずがない」


 断言するジョージに、ソルドは少しだけ寒気を覚えた。


(こいつ、さっきステラと話した時にはまだよく知らないとか抜かしてたクセに、とっくに現場の調査と裏取りは終わらせてあったのか。俺たちに嘘をつく理由が無かったから良かったものの……敵に回すのはやはり危険か)


 ソルドが何を感じ取ったのか見抜いているのか、ジョージはふふ、と少し得意にすると、貴族服の懐から一通の手紙を取り出した。


「実は国王陛下から勅令が下る前に、僕は一通の手紙を受け取った。差出人は不明。僕に宛てた他の手紙に紛れて届けられたものだ」

「そいつが竜の存在をほのめかしていた、と」

「その通り、そして内容はシンプルだ。近いうちに竜討伐の勅令が下るから、兵隊を出す準備をしておけ、とだけ。ただのイタズラだと思っていたら数日のうちに使者がやってきて……後は知っての通りだ。今にして思えば、手紙の主はきっと僕がドルエンに頼るしかない状況にあるのを把握したうえで、こうなるように仕組んだのだろうね」

「ドルエンが竜に変身した裏に、その手紙の送り主が関わっている可能性が高いな」

「僕もそう思うが、どういう意図なのかは不明だ。人間が竜に変身するだなんて、黒魔術で呪いをかけたとしか思えない。そういうことができるぞ、と脅迫するつもりなのかもしれないが、直接金銭をせびられているわけでもない。不気味な限りだよ」

「その手紙、見せてもらってもいいか」

「ああ、どうぞ」


 ソルドはジョージから手紙を受け取り、電子義眼でスキャンしていく。

 粗雑な羊皮紙に、何の変哲もないインクで書かれている。

 毒物は検出されず、特に暗号が仕込まれているわけでもない。


 ジョージが話した通りのシンプルな手紙、だがヒントが全くないわけでもない。


 どの文字にも右上に巻くようなクセがある。

 筆跡というのは義体化でも完全には矯正できないほど個人に結びついている情報だ。

 そしてサイボーグにとっては筆跡を完全に記録しておくくらい朝飯前。

 指紋こそついていなかったが、ソルドはそれに匹敵する大ヒントを得た。


「……ありがとう。何か暗号でも仕込まれているかと思ったんだが」


 ソルドは自身が犯人を高精度に追跡できる情報を得たことを隠したまま、ジョージに手紙を返した。


「送り主も正体がバレることは無いと確信しているからこんな手紙を寄越したのだろうね。他に何か分かったら、君たちにも連絡を寄越すとしよう。マッドエルフは訪ねるのだろう?」

「まだうんと言ったつもりは無かったんだが、でもそうだ。ステラは是非、と言っていた」

「それはよかった」

「だがいいのか? ドワーフとの間には不干渉条約があると聞いた。どうせエルフとかいう連中との間にもその手の条約があるんじゃないのか」

「確かにある。が、問題ない……というより、僕は問題にしていない」


 ジョージの言葉に反応し、トールが顔を上げ、二ッと笑った。


「ドルエンもそうだったらしいけど、アタシが雇われているくらいだからねー」

「残念ながら、我がラクミス家には手段を選んでいられる余裕は無い。だが不良貴族は僕だけではない。今や多くの家が他種族との不干渉条約を秘密裏に破っている。正直に言って、国王陛下が御し切れていない状況なんだ」

「穏やかじゃないな。トップの権威の弱体化は、大概の組織じゃ内紛の前触れだぞ」

「銀細工は平和であってこそ(カネ)になる。個人的には、何事もなく平和が続くを望んでいるんだけれどね……」


 ふぅ、と息を吐いたジョージは「とにかく、だ」と話を切り替える。


「マッドエルフたちに会いに行く手配はしておく。偽造銀貨、人間の竜化現象……気になることばかりだけれど、まずは君への恩に報いることができてうれしく思う。準備ができたら伝えるから、その日まではゆっくり休んでいるといい」

「ありがとう。そうさせてもらう」


 ソルドは端的に礼を言って、執務室を出ようとした。

 が、ドアノブに手を掛けた時「そうだ、ひとつだけ」とジョージが引き留める。


「通常、竜は人間に懐いたりはしない。銀で機嫌を取って利用することはできても、心を許すことは絶対にないんだ。まして騎乗するなど、僕は今までに聞いたことも見たことも無い」

「……」


 ソルドが無言で振り向くと、笑みを消したジョージは言った。


「気をつけたまえ。あの少女には、良くない輩を惹きつける魅力がある」


 若き領主の警告に、サイボーグは少し笑って言い返す。


「そうこなくちゃな。護衛(ボディーガード)のし甲斐がない」


 ーーーーー


「……」

「ジョージ様、やっぱりあの男」

「分かっているとも」


 ソルドが立ち去った後、トールと二人だけとなった執務室で、ジョージは静かに紅茶を啜った。


「竜の活発化、銀にまとわりつく陰謀の陰、王侯貴族の不穏な動き……そして今度は、竜を手懐けるウォルムハルト家の娘と、彼女が()()()()護衛の男。悪魔ではないのだとしても、明らかにこの世のモノではない」


 ジョージは窓から銀細工で栄える街の方を眺め、ため息を吐く。


「この世界は一体、どこへ向かっているのだろうな……」

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