029 作戦会議
「ドワーフのお次はエルフとは、つくづくティーンノベルみたいなラインナップだ」
領主ジョージとの会合から数分後。
ステラに当てがわれた個室に戻って来たソルドは一人掛けの椅子に身体を預け、天井を仰いだ。
「しかも頭に狂気が付くなんて、イカしてるよな」
「皮肉はいいから作戦会議よ、作戦会議。ほら、姿勢を正しなさい!」
一方でステラはめんどくさそうにする護衛の向かいに座ってぴしゃりと言った。
「とりあえずの方針だけど、やっぱりジョージ様の提案に乗るべきね。マッドエルフ……あなたの右腕を治せるなら利用しない手は無いと思う」
「本当に直せるならな。エルフと言ったらあれだろ、耳が長くて、気位が高くて、自然主義者的思想に傾倒して、何千年も生きる厄介な連中」
「何故そんなもの凄い偏見を抱いているの……? わたくしの知っている限り確かにエルフは耳が長いらしいけど、少なくとも何千年も生きるなんて言うのは伝説に過ぎない。せいぜいがわたくしたちの倍とちょっとくらい……百数十歳とかそのくらいのはず」
「なら企業の連中の方がよっぽど長生きだな。まあ何にせよ、多少長生きしているくらいじゃ義体化技術を理解できるとは到底思えないぞ。そんな不確かな連中に頼るくらいなら、俺の身体が完全にぶっ壊れる前に復讐を完遂するつもりで動いた方が確実だろ」
「それなんだけど、わたくしも全く考え無しにマッドエルフたちを訪ねようとしているわけじゃないの。これを見て」
ステラはテーブルに革張りの本を開いて置いた。
「復讐相手のリストだな。久しぶりに見たが……なんか色々書き足されているか?」
「ええ。わたくし夜な夜な過去の辱めを思い出してはここに書き込んでいるので。それで……考えたのです。ギアーゴ・ドルエンを殺してから、あなたが目を覚ますまで、色々と」
ステラは少し息を吐いて続ける。
「これからも復讐は続ける。それがわたくしの存在意義だから。けれど途中であなたを失うような事になったら、その時こそどうしようもなくなってしまう。だから、ウォルクやドルエンのような……言ってしまえば小悪党の隅々までいちいち復讐をするのはやめにします」
「確かに。なんとでもできる小物のつもりで訪ねていって、うっかり竜になってたら大変だもんな」
「だから皮肉はやめなさいって言ってるでしょ、もう。でもその通り……殺しに行くのですから、相手がどんなに弱く見えても相応のリスクを背負うと、もっと早くに気がつくべきでした。だから、わたくしがどうしても許せない者を五人選んだのです」
「成る程。で、そこのリストに残っているのがその五人ってわけだ」
「その通り」
ステラは頷き、色白の細い指でページをなぞっていく。
「まず居場所が分からない相手が二人。そのうちの一人がこのオーリアという女。商人の家の出身だそうですが、彼女はお父様とお母様のあらぬ噂を世に広めた扇動家なの。銀貨の偽造だけでなく、税を納めていないとか、爛れた豪遊生活をしているとか、根も葉もない噂でウォルムハルト家の信用は失墜しました。ウォルムハルト家のことなんて、民はもう忘れてしまったようですけれど……わたくしはずっと覚えている」
「扇動家ねぇ、のっけから嫌な手合いだな。わざわざ探しに行くと罠にハメられそうだ」
「もう一人がレットンという男。金貸しで、貴族や商人に大金を貸している。わたくしたちの財産が国王様に没収されるとどこからか聞きつけて、貸していた金を全て返せと脅迫してきた。結局お父様とお母様は脅迫に従って、あっという間に貧しくなったわ」
「財産の没収が決まっていたなら、こいつに貸しはがしをされようが結果は変わらなかっただろ」
「いいえ。レットンが脅迫してきたのは国王様の正式な発表より前のこと。お手伝いさんたちに支払うお金もあっという間に無くなって、お父様とお母様はかなり恨まれた。もう少し時間さえあれば、何とでもできたはずだったの。だから、許せない」
ぎゅ、と拳を握る没落令嬢。
その震えから、ソルドは強い怒りを感じ取った。
何が起きたのか、何をされたのかを深堀るつもりはない。
だがきっと、レットンとやらは迷わず殺すべきなのだろう。
「次に、お父様とお母様を陥れた確証が持てないのが二人。ひとりはマダスという男。噂だけれど、あらゆる宝物の偽造を行っているらしい。わたくしたちの罪の証拠として国王様に示された偽造銀貨はきっとこの男が作ったに違いないわ。もうひとりは国王様の側近、右大臣ライスター。非常に感じの悪い男よ」
「偽造人はまだいいとして、右大臣を疑う材料は何だ。以前はただ貴族院の誰か、とか書いてあっただろその復讐手帳」
「毎晩考えていたらたどり着いた、とだけ言っておく。いくらあなたでも……わたくしのこの考えは、口にしたくないから」
ステラの思いつめたような表情に、ソルドはふぅと息を吐いた。
「そうか。まあ好きにしろ。で、あと一人は?」
「五人目は、処刑人。名前は知らない」
「あんたの両親を処刑したやつか。だがそいつは」
「ええ、そう。きっと命令に従っただけなのよ。彼自身には何の罪も無いのは分かっているの」
ソルドの言葉を遮って、ステラは呟くように言った。
続く言葉は無いが、沈黙が何よりも雄弁に少女の感情を物語っている。
「……まあ、直接手を下したヤツはどうしても許せないよな。気持ちは分かる」
「わたくしは彼の名前を知らない。どこに居るのかも。けど……彼は、エルフだったわ」
「これでようやく最初の地点に戻って来たな。つまり、マッドエルフとやらを訪ねれば、その処刑人のヒントが探せるかもしれないってワケだ」
「その通りよ」
「個人的には、先に偽造人を探す方が良さそうな気がするがな。せっかく金属鍛冶と銀細工の街に居るんだ、仮に見つからなくても重要な手掛かりが見つかると思うぞ」
「いいえ、それではダメ」
やけにハッキリとした口調で断言した少女は身を乗り出し、向かいに座るサイボーグの額にその華奢な手を添えた。
「やっぱり、まだ熱がある。あなた、まだ万全の状態ではないでしょう」
「まあな。だが」
「だが、じゃないの。いい? マッドエルフを訪ねれば、あなたの右腕をちゃんと治せるはず。そしたら熱も収まるわ、きっとね。しかも処刑人の手がかりも探せる。この街にはそれから戻ってきても遅くはないはず」
ステラはソルドの電子義眼をじっと覗き込んで言う。
「ずっと言っているでしょう。わたくしはあなたを失うわけにはいかないの。偽造人なんていう無法者を探そうとして危険な目に遭って、今度こそ生き残れなかったら……いつだって可能性はあるかもしれないけれど、わたくしはできるだけその可能性を低くしたい」
「……」
「勝手に居なくならないって、約束したでしょ。それとも安全な檻の中にでも入れて、考えが変わるまで説教したほうがいいのかしら?」
「分かったよ、依頼人さま」
ソルドは降参のしるしとして両手を上げた。
「ジョージの話に乗るとしよう。正直俺もこんな右腕でいつまで保つか分からなかったし、マッドエルフとやらが本当に俺の身体を完全修理できるかもしれないしな」
「ようやく素直になった。もう、どうして平気なフリをするの。殿方という生き物は皆こうなわけ? ん、ふわ……」
ステラは嬉しそうに笑い、直後、あくびをひとつ。
「睡眠不足だな。まったく」
ソルドはステラを抱え上げると、ベッドに寝かせて布団の中へ押し込んだ。
「ジョージには俺が返事をしてくるから、あんたは寝てろ」
「あ、あの」
「戻ってきたら隣に寝てやる。言わなかったが、あんた、目の下がどす黒くなっている。竜を殺せる護衛を連れておいて睡眠不足で死んだなんて、笑い話にもならないぞ」
「すぐ戻ってきてね」
不安げな表情をしていたステラだったが、ソルドがドアを開ける前に振り向いた時にはもう寝ていた。
「……生身のくせに、無理なんかしてんじゃねえ」
小声で言ったサイボーグはドアを開け、廊下を通り、再びジョージの書斎へ。
ノックをするとヴィーナとは違う、しかし聞き覚えのある女の声が「はーい」と返事をし、書斎へと招き入れてくれた。
「あんたは、トール、だったか」
「そうそうよく覚えてたね」
女ドワーフの技術者、あるいは医者のトールはニコニコと笑った。
「腕の調子はどうかな?」
「ひとまず問題はない。それより……」
ソルドが視線を向けると、窓の側に立っていたジョージは微笑んだ。
「思いのほか早かったね。早速、返事を聞かせてくれるかい?」
「もちろんそのつもりだが……あんたにだけ、しておきたい話がある」
「トールが気になるのか。大丈夫、彼女には同席してもらおう」
ジョージは微笑んだまま、しかし目の表情だけを変えて言う。
「竜の通報者の話と、偽造銀貨の話。どちらの話を先に聞きたい?」
「参ったな、お見通しだったか」
「大したことではない」
肩をすくめるサイボーグに、領主は再び目を細める。
「若さのおかげかな。少々、鼻が利くんだ」
冗談を言いつつも、少しも隙を見せない。
その佇まいは、まさに、ソルドが散々目にしてきた大企業のトップたちと同じものだった。
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