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028 領主という生き物

「あ、ソルド……お、おはよう」


 食事を終えたソルドが応接室らしき部屋で待っていると、ヴィーナに連れられてステラがやってきた。

 化粧や身支度を終え、いつもの服も小綺麗になり、ここ最近で一番貴族らしい格好をしている。

 だがその目は明らかに寝不足のそれだった。


「眠れていないのか」

「少しだけ寝られたけど、正直かなり寝不足。あなたは……結構平気そうね」

「俺は元々寝なくても平気だからな。熱も下がったし、行動に支障はない」

「それならよかったけど……あ、あのねソルド」

「何だ」


 ステラはソルドの近くにすたたと近寄ってくると、屈むようにジェスチャーで促した。

 そして指示通りにしゃがんだサイボーグの耳元で「昨日のこと、怒ってる?」と問う。


「ああ、あの品の無い質問のことか。俺はあの程度で腹を立てるほどナイーブな男じゃない。俺の居た街じゃもっと品の無い話しばかり溢れていたくらいだからな」

「そうじゃなくてっ! わ、わたくしお部屋に戻ってからもずっと考えていたの。ちょっと、あなたのことを軽んじた態度だったかなって。だから、謝りたくて……わたくしのこと、嫌いになったでしょう?」


 これから領主に面会するというのに、ステラは目に涙を溜め始めている。

 ソルドには一体何故そのような心配をするのか全く理解できないが、数マイクロ秒考えた結果、ここは茶化してでも涙を引っ込めさせるのが得策だろうと結論した。

 つまり、返答はこれが正解だ。


「ま、こちとらあんたの召使いみたいなものだからな。裸にひん剝かれて夜の相手をしろとでも言われない限り命令には従うし、それであんたを好きになったり嫌いになったりはしないさ」

「はだっ……あ、あなた昨晩の記憶が無いとかって、そういえば」

「ああ、あんたが卑猥な話をし出したあたりから記録が欠落している。そうだ、丁度いいから何があったのか聞かせて欲し」

「ぜっっったい教えない! あなたみたいな、人の気持ちも知らない……もうっ!」

「お、おい」


 ステラは確かに涙を引っ込めてくれたが、なぜか態度が硬直化してしまった。

 ソルドにとっては予想外の展開だが、まあ、とりあえず目的は達成した。


「そろそろいいか、ご両人?」


 心底面倒そうな顔をしたヴィーナが親指で「行くぞ」とジェスチャーする


「ジョージ様が書斎でお待ちだ。応接室(ここ)じゃしづらい話もたっぷりしたいんだとさ」


 ーーーーー


 長い廊下の先、大きな二枚扉は見ただけで分かる高級感を醸し出していた。

 ノックの音が静かな廊下に響く。


「二人をお連れしました」

「入りたまえ」


 男の声が許可し、ヴィーナは扉を開けて書斎へと入る。


「ほら、貴様らも」

「し、失礼いたしますっ」


 ドアの脇に控えた女騎士に急かされて、カチコチに緊張しているステラも中へ。

 ソルドはその後に続いた。


 綺麗に整頓された書斎、その中央に佇んでいたのは白銀色の貴族服を着た男。

 ソルドの想像よりも若々しい、いっていて三十代前半だろうというその男は目を細めて一礼する。


「ジョージ・ラクミスだ。このあたりの領主をさせてもらっている」

「おっ、お初にお目にかかります! ステラ・ホライソニア・ウォルムハルトですっ」

「ははは、そう緊張しなさるな。さあ座って。君たちは恩人なのだから」


 ジョージはソルドたちに促しつつ、簡易的な応接セットなのであろうソファに腰かけた。

 ローテーブルを挟んだ向かい側にステラが腰かけ、ソルドは立ったまま警戒しておくか悩んだが、結局はステラの隣に腰を下ろした。


「お茶をどうぞ。僕も外出していたから久しぶりだが、好きなんだ。感想を聞かせてくれると嬉しい」


 ジョージは自らティーカップに紅茶を注ぎ、そのまま少し飲んで……ソルドに目くばせをした。


(なるほど、毒は入っていないと言いたいわけか)


 その意図を汲み取ったソルドはステラが「い、いただきます! えっと、お作法は……」などと混乱している隙に素早く自分のティーカップに紅茶を注ぎ、飲んだ。

 味に全く問題はなく、成分にスキャンをかけてもトリカブトのような毒の成分は検出されなかった。

 ひとまず安全と見てよいだろう。

 そう結論づけた時、隣でちょうどステラも一口飲んだところだった。


「……おいしい。さすが領主様、お目が高いですわ」

「そう言って貰えてうれしいよ。そちらの……」

「ソルドだ」

「ソルド。君はどうだい?」

「正直なところ、良い感じがする、としか言えないな。普段飲んでいたのが泥水も同然の安物ばかりだったもので。おいしい、とは思う」

「ちょっとソルド! 失礼でしょ!?」

「いいや構わないさ。彼がかの竜殺しなのだろう? あんまりかしこまられてしまうと、むしろ僕の方が恐縮してしまうよ。ステラ、君も肩の力を抜いてくれたまえ」

「そうおっしゃるなら、良いですが……」


 ひとまず矛を収めたステラに睨まれつつ紅茶を飲み、ソルドは気づいたことを整理する。


 領主ジョージ。

 立場に対して若すぎるのには自覚があるのか、わざとオッサンくさい口調で喋っているように感じる。

 だがそれだけだ。

 目や口、手の動きを見ても嘘や隠し事をしているふうには見えないし、電子義眼で簡易スキャンをかけてみても武器を隠し持っている反応は掴めない。


 本当にただ正直にこの場にいるのか……あるいは嘘をつき慣れているのか。

 どちらとも判断がつかないうちは、警戒しているに越したことはない。

 ソルドは密かに戦闘モードの起動前チェックを走らせつつ、「それで、俺たちをここに呼んだのは依頼の件で?」と切り出した。

 ジョージは頷いて、


「顔も見せずに頼んだのはすまなかった。おしゃべりな騎士さんからおそらく聞いていると思うが、ラクミスはあまり余裕のある状況ではなくてね。だが報奨はしっかり出させてもらうよ。ヴィーナ、持ってきてくれ」


 ジョージが言うと、ヴィーナが両手で持てるくらいの小さな木箱を持ってきて、テーブル上に静かに置くと、小さく礼をして持ち場に戻った。

 その所作は日頃の彼女からは想像もできないほど上品で、大人しい。


「さ、受け取ってくれ」

「わ……」


 ジョージが箱を開くと、小箱にはぎっしりと銀貨が整列していた。

 ステラが息を呑む横で、ソルドは電子義眼をスキャンモードに切り替える。


「全て銀貨だ。確かめてもらって構わない」


 疑り深いサイボーグの思考に先回りするようにジョージが言った。

 確かにスキャン結果は摘まみ上げた銀貨が高確率で本物であると結論づけている。

 ソルドはジョージの大企業の役員どもを思わせる周到さを不気味に感じたが、腹の底に悪意を隠しているようには見えない。

 単純に、彼の領主としての経験がそうさせるのだろうか。


「ああ、問題なさそうだな。ありがたく受け取ろう」

「すごい! これだけあれば、ここからの旅ぜんぶで馬車を借りても余裕で足りるくらいある!」

「君たちの成し遂げたことに対してみればむしろ少ないくらいだ。だが許してほしい、これでも、僕らが出せるだけの最大の額を出させてもらっているよ」


 ジョージは謙虚に言って苦笑した。


「巨大な竜が一頭。それだけでもすごいのに、後から小型の竜が大量に発生したそうじゃないか。まだ詳しくは聞いていないんだが、小型の竜も全て討伐してくれたのかい?」

「いいえ。恐れながら、全てを討伐はしていません。ドルエンを……大型の竜を倒すのに、小型の竜を誘導して彼から分離する必要がありました。わたくしはその誘導役をいたしましたが、誘導した小さい竜は採掘済みの銀鉱石を囮にして一か所に留めただけです。その後はソルドが大怪我を負ったので、そのままにして戻ったのです」


 すらすらと状況を説明するステラの声を横で聞いていたソルドは思わず「ほぉ」と言いそうになったのを抑えた。


(ステラがヴィーナを迎えに来た時、小さな竜はどこへやったのかと気になっていたが……中々頭が回るじゃないか)


 咄嗟に竜に騎乗したり、小型竜を上手く撒いたり……この少女は意外と騎兵とか遊撃手に向いているのかもしれないとサイボーグはぼんやり思った。


「なるほど。残した竜の危険性についてはどう思う?」

「群がられると厄介ですけれど、銀を好む性質があります。囮にするための銀粒を持って行けば、討伐するのに危険は無いと思います」

「ふむ。参考にしよう、ありがとう」


 ジョージはカップに残った紅茶を一気に飲むと、ソファに深く腰掛けた。


「しかし、銀山に棲みついていたという竜がギアーゴ・ドルエンその人だったとはね……かなり非常識な状態だったようだが、よくやり遂げてくれた。彼が生きていなかったのは残念だが、恥ずかしながら、僕にとってはある意味で朗報だ」

「朗報、ですか……」


 言及しても良いものか、躊躇いを表情に浮かべたステラに対し、ジョージは微笑んで言う。


「隠し立てしても仕方が無いからね。国王が直々に銀を管理すると宣言してから、僕らはかなり厳しい状況に置かれていた。何せ鍛冶を生業とする街だ。中でも銀鍛冶は稼ぎ頭だったから、銀の流通が国王の管理下で硬直化してしまうのは心臓をゆっくり押しつぶされているようなものだった。それがドルエンの動きで部分的にだが銀山のコントロールを取り戻し、彼が居なくなったことでその役割は僕らに移る。怪しいくらいに都合が良い出来事だよ……だからステラ、君がウォルムハルト家の一件で僕を怪しいと思うのも当然だ」

「っ!」

「君はもう少し隠し事に慣れた方がいい。いや、むしろその分かりやすさこそが、これからは武器になるのかもしれないけど」


 部屋の空気が一気に重たくなった。

 ジョージは長く息を吐く。


「信じてもらえるかは分からないが、ラクミス家はウォルムハルト家をライバル視こそしていたものの、直接の関りはなかったんだ。僕は銀鍛冶の街を仕切っていて、君たちは銀貨。似て非なるものだ。競争する関係でもない。まあ、銀貨の管理なんておいしい思いをしているのを羨ましく思ったし、だからこそ超えてやろうとしていたが……ご両親のこと、残念に思う」

「……おっ、お父様とお母様は無実です!」

「ああ。君たちはそれを証明しようとして旅をしているんだろう? 個人的には応援したいと考えているよ。僕自身、あの真面目で人の良い夫妻が銀貨に関して陰謀を企てるような人物には見えなかったし」

「お父様とお母様に会ったことがあるんですか……?」

「直接の関りが無い、とは言ったがね。実は、僕は君に会うのは初めてではないし、君の両親にも会ったことがあるんだ」

「そ、そうだったんですか!? ごめんなさい、わたくし初めましてだなんて……」

「分からなくても無理はないさ。要するに僕も子供だったからね。父に……先代に連れられて行ったパーティで、まだ物心もついていないような君とご両親に親切にしてもらっただけなんだ。けど、お二人の人柄を知るのにそれ以上の材料は要らなかったというわけさ」


 ジョージはどこか遠い場所を見やるように語ると「さて」と話を切り替える。


「応援と言うのはね、具体的にはソルド、君の右腕についてだ。トールから聞いているよ、未知の技術で作られている鉄の腕なのだろう?」

「正確には鉄ではないが……まあ、概ねそうだ」


 言いつつ、ソルドは指の代わりに二本のフックアームがついた右腕をカショカショと動かして見せた。


「その状態が万全でないことくらいは素人の僕でも分かる。そして、竜を殺すほどの君の強さはその腕が万全の状態であってこそであるともね。だから、僕からの申し出はこうだ」


 サイボーグの電子義眼を真正面から見据え、若き領主は言う。


「君の右腕を完全に元に戻せるかもしれない。お行儀の良い方法とは言えないんだが……森を棄てた森の民、マッドエルフたちにツテがあるから、良ければ紹介しよう。どうかな?」

読んでいただきありがとうございます!

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