027 いわゆるサイバー二日酔い
「ぐお……頭がめちゃくちゃ痛い……」
窓から差し込む朝日に起こされたソルドが最初に感じたのは、耐えがたい頭痛だった。
「こんな頭痛、義体化前に密造酒でバカやった時以来だ」
ベッドの上でうつ伏せになっていた身体を起こし、周辺を確認する。
枕に頭を置いて仰向けだったはずの身体が起きたら逆向きになっていたのは妙だ。
あとは、服と布団が少し乱れているくらいか。
「……昨日は何があったんだっけ」
ソルドは二十四時間以内の記憶をイチから振り返ってみる。
まず最初は気絶していて、目が覚めたら女ドワーフが腕を応急修理してくれた。
それで久しぶりに寝て、数時間後にヴィーナが来て、彼女が出て行ったあと……そうだ、馬鹿みたいな服を着たステラがやって来たのだ。
口論になって、質問が始まり、セックスをしたことがあるかとか聞かれた直後までは覚えているが……その後は?
「思い出せないな……電子記憶になら何か残っているか?」
ソルドの身体システムは少々過激な『仕事』のために調整されており、意識を失ってしまう事態も想定している。
例えば気絶した際にも目を開けて記録を続ける仕組みが搭載されていているので、その記録を参照すれば何か分かるかもしれない。
だがダメだった。
腕がイカれた際の衝撃で機能していなかったらしく、最後の映像記録はドルエンにトドメを刺す直前で止まっている。
続いて聴覚。
こちらは電子鼓膜から入力のあった音をひたすら記録しているだけなので、直近数時間であれば確実に音声記録が残っているはず……だったのだが。
「ダメか。全部ノイズになってやがる」
記録はちょうどソルドが頭に不調を感じた瞬間から壊れてしまっていて、復旧したのはつい数分前だった。
エラーメッセージを見てみれば、より強力なシステムによりオーバーライドされたとある。
ソルドはそこで、昨晩の自分に起こったこと……あまりに体温が高くなりすぎてヒートシンクが展開し、強制的に安静モードが起動されたことに気がついた。
「熱くなりすぎたって、なんだってそんなことに……まあ、原因は分かり切っているか」
ソルドは自分の右腕にくっついたフックアームを適当に動かしてみる。
高熱の原因は間違いなくこいつを無理やり身体に接続していることだ。
それ以外には考えられない、どう考えてもこれだ。他の可能性など微塵も考慮せず確信できる。
だが、腕は昨日よりスムーズに動かせている気がする。
「免疫が効いてきているな。高い金を払った甲斐があったってもんだ」
サイボーグがしみじみと言った免疫……電子免疫システムは、本来ハッキングやコンピュータウィルスへの対策をしてくれるものだ。
攻撃者のパターンを自己学習し、最適な対策を組み上げて身体システムを改良する、文字通りの免疫。
それが身体に接続された『規格を満たさない違法で粗雑な右腕義体化パーツ』から送られてくる超大量のエラーをある種のウイルスとみなしてパターン化し、身体システムに余計な負荷をかけないように処理するようになったのだ。
おかげさまで昨晩は記憶が吹っ飛ぶほど上昇していた体温は、ちょっと風邪をこじらせた程度にまでに落ち着いている。
問題があることに変わりはないが、ひとまず普通に活動できそうだ。
「にしても腹が減った。戦闘モードを使った後、ぶっ続けで電子免疫がフル稼働したせいだな……」
呟きつつ、ソルドはベッドサイドのテーブルに畳んでおいてあった執事服に袖を通す。
ドルエンと戦っていた時に着ていたものはボロボロになっていた気がするが、全く同じデザインの新品が用意されていた。サイズもピッタリ。
「一応歓迎されている、ってことでよさそうだな。食事はさせてもらえるのかね?」
珍しく食欲に思考を乗っ取られかけているサイボーグが廊下に出た時だった。
「おお、起きてたかドラゴンスレイヤー。おはようさん」
「ヴィーナか。昨晩以来だな」
「わ、忘れろって言ったろ昨日のことは。何平然と思い出させてるんだバカ……」
女騎士ヴィーナはふいっと横を向いて毒づく。
昨晩とは違い鎧姿だが、彼女がいつも着ているのとは少し違う鎧だ。
重厚なプレートなどがついていない軽鎧、しかもあちこち装飾がついていて、儀礼用なのだろうと一発で分かるデザイン、兜もつけていない。
「丁度いい、ステラはどこに居る? 合流したい」
「あーステラ嬢ね……今は会わなくていいんじゃない?」
「……どういう意味だ」
「こ、怖い顔をするなよ。別に隠しているとかじゃないんだけど、彼女、なんというか疲れているみたいだったからさ。貴様にも身に覚えがあるんじゃないのか」
「覚え? たしかにあいつは昨晩俺のところに来たが、意味の分からん問答を吹っかけてきて、途中で飽きて帰った、はずだ」
「はずって……あっ! もしかして貴様、昨晩何があったか全部は覚えてないのか?」
「そうだが、さっき原因は特定した。もう記憶が飛ぶことは無い。俺が覚えているより後に何かあったのか?」
「いやぁー……まあ、後でステラ嬢に聞きなよ。私も彼女から聞いたんだ。とにかく、ステラ嬢は滅茶苦茶疲れてるんだよ。誰かさんが勝手に死にかけたせいでね。今はぐっすり寝てるよ」
「本当だろうな。確かめさせてもらうぞ」
「ひゃっ」
サイボーグは電子義眼のスキャンモードを起動して、目を覗き込む形で女騎士に顔を近づけつつ、左手をその首筋に添える。
「ステラは無事に保護されているんだな?」
「あ、ああ。寝てるって言ってるだろ」
「監禁しているのか? 自由にさせているんだな?」
「誓って無事だよ! 何にも酷いことはしていないし、むしろ私の給料三年分より高いベッドで寝られていいなーって思ってたくらいだよ! 貴様も寝てたみたいな、ああいうベッドで!」
やつあたり的な応答、だがソルドが知りたいのは応答の内容そのものではない。
左手と電子義眼を介して情報が流れ込んでくる。
(……脈拍が少し速いな、体温も上がっている。だが質問による揺らぎはない。視線の揺れも正常。汗は少しかいているし、口も震えているが、これも質問で揺らいでいない。ただの緊張か? 俺が受けている扱いと総合して考えるなら、嘘をついている確率は低いか)
欲しい情報を得られたソルドが顔と手を離すと、真っ赤になった女騎士はわなわなと震えながら怒り出した。
「貴様に分かるか!? 騎士とか言ってカッコいい感じの役職だけ与えられて、日中は見張り、夜も見張りで身体をボロボロにした後、ソーセージとガチガチのパンをかじって硬いベッドマットで仮眠する不規則な生活が肌を破壊していく悲しみが!」
「肌か。確かに多少荒れているみたいだが、綺麗なものだろ。少し気に食わないからって生皮を引っぺがし、固めて伸ばしたシリコンを薬品でなめして合成カーボンでコートした人工皮膚を張り直してあるより何倍もマシだ。血色も良く出ている。いい遺伝子を持っているじゃないか」
「……私が分からん言葉で褒めているフリをして煙に巻こうとしているだろう。騙されないぞ」
「騙すって何をだ。俺はあんたが自分の肌の状態を嘆いているから、見てきた中ではかなり綺麗でマシな方だと見解を述べただけだ。それとも、詳細な成分分析を根拠にしてほしいのか? 必要なら統計データも引っ張り出せるぞ」
「こ、こいつ……! ステラ嬢はこんなのとずっと一緒に居るのかよ。頭がおかしくなっちまうよ」
「どういう意味だ? まあいい。ところで食事ができる場所はないか? 金がかかるのでも問題はない。荷物を俺とステラが借りていた家から回収しているはずだろ。金ならその中にある」
「あーもう貴様が滅茶苦茶するから伝えそびれるところだったじゃないかよ。私は丁度そのことで貴様を迎えに来たんだ」
ヴィーナは咳払いすると、表情をわざとらしいくらいに真面目にして言う。
「食事の用意ができているから、さっさと食べてしまえ。貴様らは賓客だ、金は要らない。むしろ腹いっぱい食ってくれ。領主様の前で腹でも鳴らされたら私らが叱られる」
「領主……ああ、そういえば」
「ま、そういうこと。ジョージ様がそろそろ到着するんだ」
女騎士は肩をすくめる。
「稀代のドラゴンスレイヤーに直接会いたいんだとさ。例の報奨もそこで渡されると思う。色々あったけど、一応、当初の依頼は達成ってことでね」
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