026 猥談と狼(安全装置つき)
「ステラ!? あんた、その恰好は……」
「居なくならないって、約束したのにっ!」
「どわっ!」
ぼふっ! と、柔らかい布の感触がベッドの上のサイボーグに衝突した。
その正体はステラが手に持っていた枕だが、実のところそれが何だったのかなどはどうでもいい。
重要なのは投擲されたそれがソルドの視界を丸ごと覆ってしまっていた事。
彼の視界が機能していなかった一瞬の隙を突き、部屋の入口に立っていたはずの没落令嬢はすでにベッドサイドまで駆け抜けている。
「この……クソ悪魔ぁ!」
「速いっ!? ぐほっ」
そしてそのままダイブ。
走った勢いを全く殺さずにソルドへ突撃したステラは先に投げた枕をクッションにする周到さを見せる。
「どうしてわたくしの許可なく命を捨てるような真似をするの!? 意味が分からない! あなたはわたくしを護衛する契約をした! 復讐を果たすまで、ずっとそのはずでしょう!? それがどうして、どうして……腕も、こんなになって……うう……」
激情のままに怒鳴ったステラは、しかし、すぐにその大きな瞳から涙を溢れさせた。
「け、契約の重要条件はふたつのはずだ。ひとつはあんたの身に降りかかる危険を排除すること。そして、それが復讐リストに載っている全員を消すまで続くこと。あとは勝手に居なくならないとも言ったか? どの条件も、まだ不履行にはなっていないはずだが」
「それは結果的に生きていたからでしょ。死んじゃったらどうする気だったのよ……」
「傭兵稼業に明日の保証なんてない。実力不足でくたばったなら、そこまでだったという話だ。契約の不履行分に関しては、まあ、地獄で裁きに遭うんじゃないか。地獄なんてものが実在するならだが」
「相変わらずの皮肉屋ね。薄々気づいていたけれど、あなた、心のどこかで自分のことを無価値だと思っているでしょう」
「……」
「あなたのそういうところ、大っ嫌い。自分勝手。わたくしの召喚に応えて出てきておいて、契約しておいて、約束しておいて、いざとなったら死んでさよならなんて……悪魔が死ぬなんて意味が分からないけど、あなたはきっと死んでしまう。どれだけ強くても、身体が鉄でできていても、大ケガをしたらしっかり死ぬ。右腕が裂けたあなたが倒れているのを見て確信した」
「悪魔じゃないからな。俺は人間だ。しくじれば死ぬ」
「そういう淡白な態度にもうんざりする。わたくしがあなたのことをどれだけ心配したか知らないでしょう? どういう気持ちで、目を覚まさないあなたを馬車に詰め込んでここまで運んだか、想像もつかないんでしょう?」
「……すまない」
「とりあえず謝っておけばいいと思っているのもお見通し。でも、あなたはそれもわざとやってるの。他人に理解を示そうとしなければ、自分に深入りされないと思っているんでしょ。お見通しなんだから。全部、全部……」
少女はサイボーグの胸に押し付けた枕越しに泣き続ける。
困り果てたサイボーグは、まだ指が残っている左手でその背中を撫でて、言う。
「正直に言えば、あんたはこれ以上俺のことを知ろうとしない方がいいと思っていた。ある日突然現れた、現在の文明を凌駕する技術で作られた殺人兵器。それだけを理解して、復讐の道具としてただ使ってくれればいいと。そうすれば俺がいかにクズなのかをあんたに知らしめずに済むし、俺からあんたに必要以上に深入りする必要も無くて楽だからな。だが俺はすでにあんたの精神にズカズカと踏み込んじまっていた。それが今、分かった」
「……何が言いたいの」
「踏み込んだからには、踏み込まれても仕方がないってことだ。あんたが俺に抱いている怒りは多分、俺が自発的に発する言葉じゃ解消できない。あんたが怒ると頭では分かっていても、俺はこういう言葉しか吐けない。それが俺の、人殺しとして生きてきたクズにこびりついちまった生き様ってやつだ……だから、何か質問してみてくれ」
ソルドは少し長めに息を吐いた。
思考がぼーっとする。熱のせいだろう。
だが、今はこの依頼人を放っておけない。
「契約を勝手に棄てかけた詫びだ。あるいは、俺は今熱で思考のパフォーマンスが落ちているから何でも答えてしまう状態にあると思ってくれてもいい。ステラ、あんたの怒りを収められるなら、俺に思う存分深入りしてみろ」
「……分かった」
ステラは枕にうずめていた顔を上げた。
まだ目元に涙が溜まっているし、不機嫌丸出しの表情だが、先ほどまでの自棄は消え去っている。
「あなたの年齢を聞いたことが無かったわ。何歳なの」
「二十七歳」
「十一歳も差があるのね、わたくしたち……家族はいたの」
「いなかった。親や兄弟のことは記憶にないし、ストリートの端っこで盗みと殺しをして育って、そのまま傭兵になった。俺みたいなのは、大都市じゃ掃いて捨てるほどいた」
「結婚もしていなかったの?」
「ああ。人殺しが家族を作ってもいい事なんかひとつもないからな」
「今までに、女の人と、その、ま、交わったことは?」
「そりゃあるさ。あの街じゃセックスはポルノよりも安く手に入って、ドラッグよりも安全な娯楽だったからな」
「娼婦の人にお金を払って、えっと、経験、するってこと?」
「そうとも限らない。ダイナーで度数が高いだけのまずい酒を飲んでいたら、たまたま隣で同じ酒に文句を言っているのがセックスジャンキーの女だった、なんてのもある。ありふれた日常だよ。あんたの価値観じゃ信じられないだろうが」
「結婚していない相手と交わるのに抵抗が無いってことね」
「……まあ、そうだな」
「それで、えっと、じゃあ、好みの女の人はどんな人?」
「……」
「やっぱり、背が高い人がいいの? それとも、鍛えている人? お胸が大きい人? 年上の人?」
「なあ、あんたはさっきから何を聞き出そうと」
「あなたが何か質問しろと言った!」
「りょ、了解」
質問の流れに違和感を感じたサイボーグの逆質問は、没落令嬢の素早い反撃によって撃墜された。
おかしい。もっとこう、何人殺したのかとか、罪悪感はないのかとか、そういう方向の質問をされる心積もりだったのだが。
「それで? 質問の答えは?」
「まあ……身長はどうでもいいな。鍛えているとかも、どうでもいい。胸なんかいくらでも改造できる。顔も同様だ。年齢も、正直気にしたことは無い」
「だったら女の人の何を最も評価しているの? どこのお家の娘なのか、とか?」
「そんなわけが無いだろ」
「じゃあ何を評価しているの」
「それは本当に必要な質問なのか」
「必要。早く答えなさい」
「……………………背中」
「背中?」
「い、一般的には、だ。義体化している連中は、大概、女の背中を見ている。正確にはその肌というか、綺麗さ、質の良さとか、そういうのを」
「一般的とか言って逃げないで。あなたも好きなの? 綺麗な背中が」
「……まあな」
「ふぅ~ん……そっかぁ。と、ところでちょっと暑くなってきたんじゃない? 上着はちょっと、脱いじゃおうかな……」
「待て待て待て待て何してるんだあんた!?」
本当に唐突だった。
ソルドにのしかかって質問を繰り出していたステラが、突如ローブを脱ぎだしたのだ。
元々ちらちら見えていた、令嬢という言葉の対極にあるような露出度のランジェリーが露わになる。
「何をしているって? わ、わたくしただ暑いから、涼しい格好をしてみただけですけど? ふぅ〜暑い暑い!」
「どこから持ってきたんだよそんなセックス以外に使い道のなさそうな服を」
「なんて失礼なことを言うの! これは、まあ、その、涼しげなパジャマでしょ? 娼婦のお姉様方に借りたの」
「じゃあやっぱりセックス用の服じゃねえか」
「せっ、セックスセックスって連呼しないで! だいたいあなたが悪いんです! あなたの軽率な行動がわたくしにこんなふしだらな格好をさせていると知りなさい!」
「自分でふしだらって言ったか今」
「ふしだらなのはあなたの方! わたくし知っているんですから! あなたがヴィーナさんをたっ、たぶらかして……! だからわたくしっ、あなたを取られるわけにはいかないから……!」
「取られるって、別に俺があの女に誘惑されたところであんたとの契約が無くなるわけでも」
「あなたが誘惑されていること自体が問題なの! あなたはわたくしの護衛なんだから、わたくしだけを見ていなきゃダメなの! だからわたくしがこうして、ゆっ、誘惑を……!」
「なぜそういう判断になるんだ……あ、頭がくらくらしてきた」
サイボーグにとって、睡眠は本来努力義務。
だがソルドは現在進行形で寝不足を痛感していた。
あるいは、発熱がそうさせるのかもしれないが。
「ほっ、ほら! どうですか、わたくしの背中は! あなたはこういうのが、好きなのでしょう!?」
そして何かが吹っ切れてしまったステラはソルドにのしかかったまま後ろ向きに方向転換し、身体を反らせて背中を見せつけた。
小さめの尻も左右に振ってみて、全身全霊の誘惑。
恥の感情はあるが、もはや迷いはない。
だって悪いのはソルドの方だ。
他の女なんかにうつつを抜かすから。
「っ……!」
果たして没落令嬢の狙いの通りとなった。
それはまるで脳に直接熱風を吹きつけられるがごとく。
熱に浮かされた理性は焼き切れ、有機的本能が暴走をはじめる。
「どうしたのよ押し黙ってしまって! さあ、皮肉のひとつでもなんとか言ってみきゃあっ!?」
その身に敷いていた肉体がうごめき、ステラはバランスを崩して前方へと転倒する。
ベッドの上で、ちょうど尻を差し出すような恰好で。
「いきなり動くなんてふぎゃっ」
ステラが体勢を立て直すより、その薄い腰を男の右腕のフックアームが、その華奢な肩を男の冷たい左手が、それぞれ押さえつける方が早い。
今の彼女の恰好はまるで肉食獣に追いつかれ、組み敷かれてしまった哀れな獲物だ。
「ソ、ソルド……?」
「……」
サイボーグは少女の背中へ密着し、のしかかる。
汗ばんだ背中越しに感じる冷たい金属の感触。
ソルドは依然として無言。
しかしながら首筋に近づいた息は荒く、ステラに事態を理解させるのに十分だった。
「ちょ、ちょっと! あなた! 自分が何をしているのか分かって」
「少し黙れ」
「っ!」
たった一言。
水底から響くような、低い声。
「綺麗な身体だ。うるさく喚いて、台無しにするなよ」
「ひゃ、い……」
少女の細い右腕に、男の硬く冷たい腕が重ねられる。
その先端は二本指のフックアーム。
無機質であり、筋肉質でもある身体が、甘く苦しい重さでベッドを沈み込ませる。
「無改造とは、今どき、珍し、い……」
「……」
「……」
「……?」
「……」
「……あの、ソルド? 無改造って、どういう……」
黙っている、とかそういうレベルではない。
突然停止したソルドの様子を確認するため、ステラはのしかかられたまま身をよじって背後を確認した。
「なに、あれ……」
ソルドの背中から、見覚えのない二本の突起が飛び出していた。
突起は真っ赤に焼け、陽炎が揺らめいている。
ステラには分かるはずもないが、それは緊急排熱用の展開型ヒートシンク。
ソルドの身体システムが発熱の影響と右腕の雑な修理に起因するエラーのせいで身体の冷却が上手くいっていないのを察知して発動したのだ。
彼の健康を維持するためのギミックは当然安静モードを強制起動し、結果としてソルドの意識は途絶してしまったのだった。
「い、息はしているみたいですけど……」
ひとまずソルドの命に別条が無いのを確認したステラはふぅー、と長い息を吐いた。
まさか、こんなにも効果的に誘惑できてしまうなんて。
想定外の事態だったが、気がつけば少女は微笑んでいた。
(ヴィーナさんは部屋から帰されていましたから……つまり! わたくしに目を向けさせる作戦としては成功したと言って良いでしょう!)「ふ、ふふふっ」
内側から湧きあがった歓喜をこらえきれない。
そんな自分をはしたなく思いつつ、だんだんと冷静になってきたステラは事態のふしだらさを自覚し、ベッドから抜け出そうとした。
の、だが。
「ちょっ、この方わたくしを左腕でガチホールドしてて抜け出せない……!」
ただでさえ通常の成人男性よりも重たいサイボーグ。
それが、少女の腰を左腕でがっつり抱えたまま停止してしまっていた。
「え、嘘でしょ? もしかして、朝までこのまま……?」
呟いたステラの勘は当たっていた。
彼女がソルドの下から這い出たのはカーテンから朝日が差し込み始めてから。
つまりソルドの正常な冷却が完了し、ヒートシンクが引っ込んだのをきっかけに彼が自然と寝返りを打つまでの間の、およそ六時間。
ランジェリー姿で男に組み敷かれたまま動けないというあまりにも恥ずかしすぎる状況に、ステラが一睡もできなかったのは言うまでもない。
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