025 しっとり系、激情系
「よーし、ひとまず応急修理完了」
トールと名乗った女ドワーフの技術者、あるいは医者は顔を上げると、作業用のゴーグルを外して息を吐いた。
「アタシらがようやく油の圧力でラクをする機構を作ったところだってのに、皮膚も筋肉も骨も人工物のうえに肉と融合している部分もあるなんて、お前の身体はもはや意味不明だな!」
「そんな技術力で俺の腕に応急処置を施せるあんたも、大概意味不明だがな……」
「それはお前が逐一口出ししたからだろ。アタシはただ手を動かしただけさ。まあ足りないものばっかりだったから、それっぽい部品でほとんど代用しちゃったけど」
台に寝かされたソルドは施術の終わった右腕を掲げてみる。
幸いにして、神経信号の伝達システムは千切れたコードをつなぎ直すだけで復旧した。
だが元々の義体化パーツはほとんど壊れてしまっていたので、金属でできた骨組みとワイヤーがその代わりを果たしている。
ノイズは多く、エラーがひっきりなしに出ているうえ、指というかマジックアームみたいなフックが二本あるだけだが、ひとまずマニピュレータとしては最低限使える状態だ。
「さて。本当は山ほど聞きたいことがあるし、お前も言いたいことがたくさんあるだろうけど、お察しの通りお前は発熱している。腕とか脚とか切断した患者によくある症状だな」
「熱……?」
言われてはじめて、ソルドは視界の隅で体温の上昇を警告するダイアログがポップアップしているのに気がついた。
気絶する直前は出血や右腕の破損を警告するダイアログまみれになっていて気がつかなかったが、それらが少なくなったことでようやく顔を出したらしい。
直ちに致命傷になるエラーではないので当然だが、こういう見落としが出てしまうならより安全な別の身体システムをインストールしようか、などと検討しかけて、サイボーグは自分がもはやそんな選択ができるような状況にないことを思い出す。
(緊張が解けて、とうとう正常な判断もできなくなってきたか)
心中で自虐しつつ冷静になってみると、異様に眠い。
発熱も相まって、脳にもやがかかったような感覚があった。
「結構無茶してたんだろ? 鉄の身体とはいえ酷使したんなら休むべきだ。気絶じゃなく、ちゃんとベッドの上でな。薬の方は用意してやるから、とりあえず寝てろ」
「その提案に乗らせてもらおう。ただ……」
「ただ?」
「一応聞いておくが、ここはどこなんだ? どうしてあんたは俺の面倒を見る?」
「ここは領主ジョージ様の別邸だよ。一応砦ってことになってるから、設備や広さは弱小貴族の城くらいはある。お前が元気になる頃にはジョージ様も訪ねてくるだろうぜ」
トールは言うと、ソルドが次の質問を考える前にぬるま湯を絞った布を彼の瞼の上に載せた。
「まあ後のことは起きてから考えな。次に目を覚ましたら、きっと質問どころじゃない事態になってるはずだ」
「それは、どういう……」
「ニブいなぁ。ま、命を張った責任を取るってトコかな」
サイボーグを寝かせるダメ押しとばかりに毛布を被せつつ、トールは笑って言った。
「アタシの仕事はひとまずここまで。直してやったんだから死ぬんじゃないぞ?」
サイボーグがその言葉の真意を考えている間に、彼の身体システムは彼をスリープ状態に移行させた。
ーーーーー
ぱちり。
ソルドはそんな音が聞こえると錯覚するほどにハッキリ、そして素早く、目を覚ました。
見上げているのは豪華な刺繍が施された天蓋。
今日日アラビアン・ナイトにも出てこないだろうと思える豪華なベッドに寝かされているらしい。
月明りの差し込む窓の方を見てみると、自分がやたらとデカい部屋の中心に位置していると分かった。
で、いきなり目覚めた理由も明白。
ソルドの身体システムに搭載された防衛機能が作動し、寝首を掻かれる前に身体を覚醒させたのだ。
つまり、誰かが近くにやって来たわけだが。
「むむ、起きたか……」
「ヴィーナ、あんたかよ」
ベッドサイドに立ち、ソルドの顔を覗き込んでいたのは領主ジョージの手下、女騎士ヴィーナ。
今は見慣れた甲冑姿ではなく、企業の連中が泊る安ホテルに常備されているような、布一枚に腰ひもを巻いただけの寝間着姿だ。
「あんたかよとは失礼だな。せっかく見舞いに来てやったというのに」
「寝込みを襲いに来たの間違いじゃないのか。俺の身体は危険を感じて飛び起きたらしいが」
「おっ、襲っ……いや、襲わないし! なんだよさっきから私に喧嘩売ってるのか!?」
「大声で騒ぐな。まったく、久しぶりに寝たと思ったらすぐこれだ」
「久しぶりに寝た?」
「実に二か月振りか? あるいはもっとか」
「嘘だろ流石に」
「本当だ。身体システムが代謝をコントロールして……いや、まあ、俺の身体は特別なんだよ」
「まああれだけの活躍をしていたら信じられないこともないが」
ぼす、とヴィーナはベッドサイドに腰かけた。
筋肉質な身体の重量でマットが沈み込み、ぎし、と鳴った音がソルドにはいやに大きく聞こえた。
「右腕、千切れちまったんだって?」
「言っておくが、あんたが想像しているようなグロテスクな重傷を負ったわけじゃないぞ」
先ほどとは打って変わって暗く静かな声に、ソルドは先回り気味に返答する。
「俺の右腕は、あー、鉄でできているようなもんだ。それが、ドルエンにトドメを刺すときにたまたまぶっ壊れただけだ。領主が雇っているギーク医者に修理してもらったから、ひとまずは問題ない。ほら、普通に動く」
「うわ、腕からおもちゃが生えてる……!? それどうやって動かしてんの?」
「あんたの頭じゃ理解できない方法で、だ」
「やっぱり私のことバカにしてるよな貴様は?」
少しだけ感情を露わにした後、寝間着姿の女騎士は「はぁ……」とため息を吐いた。
「言っておくが、俺があんたのことを特別気に掛けるようなことは無いぞ、決して」
「ハ、ハァ!?」
そして要らぬ先回り的思考を働かせたノンデリサイボーグが牽制したので、女騎士の「はぁ」の意味は文字通り変化した。
「俺があんたを助けたのは、そうしないと強情な依頼人が危険地帯から離脱してくれなさそうだったからだ。そうでなければきっと見捨てていただろうさ。だからもし俺に執着を覚えているなら、今のうちにその感情は捨てておけ」
「何だ貴様言わせておけばちょっと背が高くて力が強くていい声で整った顔をしているからって調子に乗りやがって私はそんなんじゃないぞバーカ!」
「前に女を助けたら面倒なことになった経験があるんでな、用心しただけだ。すまなかったな」
「……いや、まあ、謝るのは違うじゃん? 別に否定はしていないというか」
「どういう意味だ?」
「何でもねーよ冷徹野郎め。クソッ……脈ナシなのは知ってたけど、せっかく人が心配して見に来てやったってのに……」
ブツブツと何か文句のようなものをひとしきり言ったあと、ヴィーナは「でもまあ良かったよ元気そうで」と言って立ち上がった。
「ドルエンのやつが穴に落ちた音がしたと思って見に行ったら右腕がグチャグチャになった貴様が倒れていたんだ。流石に死んだかと思ったよ。血はすぐに止められたけどここに運ぶのにもほぼ丸一日かかったし、そもそも腕が千切れてるんだから絶対助からないだろうって確信していた」
「腕を切断した者はそんなに予後が悪いのか?」
「悪いなんてものじゃないさ。騎士の連中は斬られようと殴られようと中々死なないが、身体が千切れちまったやつはほとんどダメだった。血は止まっても傷口が腐っちまって、すぐにウジ虫が湧いておしまい。それがお前はピンピンしてるんだから、本当に心配して損したよまったく。見た目には、ただの人間にしか見えないのにな……」
ヴィーナがジェスチャーで「触っても?」と問うので、ソルドは彼女に無事な左腕を触らせてやった。
「冷たい……本当に鉄でできているのか。そりゃ千切れても平気だし、ドワーフ全員に力比べで勝てるし、竜の腕を押し返せるわけだ」
「壊れちまったから、もうそんなに力は出せないがな」
「ふぅん……なあ、私に理解できない仕組みって、もしかして魔術のことか?」
「魔術? いや、純粋科学だが。というか何だ、魔術が実在するのかこの世界は」
「実際に行使する瞬間を見たわけじゃないがな。動く岩の人形……ゴーレムとか言ったっけ? それを使って商売している国があるとかなんとか聞いたことがあってね。どっかから召喚されているらしい貴様もその仲間なのかなと思ったのさ」
「いや、俺は……」
ソルドは依頼主を守る言い訳をしようとしたが、ヴィーナは聞かずに彼の胸や額に軽く手を当ててから、ベッドから離れた。
「腕は冷たく人間とは思えないが、心臓は動いていて、額には熱もある。やっぱり貴様は本当にただの人間で、身体の一部がたまたま丈夫なだけなのだろうな。それこそ、貴様自身が再三言うように……ならば、私が来たことなど忘れて寝るがよかろうよ」
女騎士はドアノブに手をかけ、ソルドの方を振り返って少し寂しそうに笑ってから言う。
「それじゃあおやすみ。お大事にな」
ぱたり、と。
ドアは丁寧に閉められ、部屋には再び静寂が戻った。
「フゥ……」
ソルドは静かに息を吐く。
どうにも熱っぽい。
腕の傷が炎症を起こして発熱しているせいもあるだろうが、ある種の高揚感というか、興奮のようなものを感じる。
命の危機に瀕し、身体システムがホルモンバランスをあれこれとムチャクチャに調整して、生還し、発熱して、久しぶりに寝て……起きたと思ったら何故かきわどい格好をした生身の女が近くまで寄ってきて、しかも身体をぺたぺたと触ってきたせいだろう。
端的に言えば、本能的欲望ってやつだった。
「どうしたもんかね……」
ソルドは呟き、改めて自分の右手が役立たずのフックアームになっているのを確認して、どうにもできないなら寝てしまおうと考えた。
ドガァ! と。
蹴破らんばかりの勢いでドアが開いたのは、その時。
「な、なんだ……?」
唖然としているサイボーグを見つめ返すのは泣きはらした目。
身体をすっぽりと包むローブの下から過激すぎるランジェリーを覗かせているその女は、ステラだった。
本能的欲望
義体化手術は全身に対応しており、当然ながら生殖器や関連の内臓に関しても改造・除去・追加が行えるが、ソルドは特にいじっていない。余計な金をかけてこだわる意味もないし、なんだかんだで男性ホルモン由来の闘争本能がギリギリの場面で役に立つからだ。欠点はもちろん、世の男性が日々感じているのと同様の悩みが付きまとうこと。
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