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024 地獄の悪魔によろしく

 ソルドの挑発的な表情を読み取ったのか、巨大竜ドルエンは激怒の咆哮を上げ、彼を押しつぶそうと再び腕を振り下ろす。

 だが当たらない。

 サイボーグが大きく避けたわけでもないのに、その爪は何故か敵を引き裂かない。


「片目が潰れると距離感が分かんなくなるって、今までの人生で体験したことは無かったのか? ドルエンさんよ」


 片目から血を流しながら暴れる竜をさらに煽りつつ、ソルドは誘導路を走り出す。

 度重なる挑発の甲斐あって、巨大竜はしっかりついてきた。


「OK。いい子だからついてこい。あんたにはたどり着くべき場所がある」


 走りつつ、サイボーグは簡易版の自己診断を実行する。

 詳細診断よりも精度は落ちるが、明らかな以上をすぐに検出できる便利機能。

 数秒もしないうちに電子義眼の視界にポップアップしたダイアログは、予想通り、右腕のシステムにいくつもの異常が検出されたと警告する。


「やはり無茶をしすぎたな……まだ動かせるが、ランチャーの残弾は右腕側か」


 傭兵サイボーグの最大火力、腕部格納式ランチャー。

 この世界にやって来た時、ソルドの腕には左右それぞれに一発ずつの砲弾が装填されていた。

 そのうち左腕の一発はステラと契約したその日に飛竜を撃墜するのに使った。

 右腕のもう一発はいつか同じような状況になった時のためにと取っておいたのだが。


「切り札のつもりだったんだ。正常に発射できなきゃ困るぜまったく……!」


 ソルドは毒づきつつ、診断システムのダイアログを閉じて走行に集中する。


 目標としているゴール地点……落とし穴に続く斜面にはもうすぐたどり着く。

 だがドワーフたちの迎撃装置もほとんど撃ち切っているようで、竜の走行速度はだんだんと増してきている。

 このままでは追いつかれるが、それこそがソルドの狙い。


「最高速度で突っ込んで来い! そのまま天国へ連れて行ってやる!」


 ソルドは身体制御を臨戦判断サブルーチンから自己判断に切り替え、脚部のリミッターを解除した。

 脚部パーツが吹っ飛ぶリスクと引き換えに、一時的な超高速走行が可能となる。

 当然のようにポップアップしてくる警告ダイアログを、ソルドは読まずにすべてキャンセルした。


「今更リスクなんか知ったことか。その時が来たらくたばるだけだっ」


 ドルエンが意地になって速度を上げて来ているのを確認したソルドはにやりと笑うと、更に加速して一気に最高速度へ到達した直後、身体の向きを反転させ、地面に両手両足を食い込ませて急減速した。


 そう、ここはすでに目的地。

 竜の方を向いて地を這う姿勢で急停止したサイボーグの背後には、大穴へ続く坂が続いている。

 丸太による滑落トラップが仕込まれた、地獄への一方通行だ。


「さあ、これでサヨナラだ爬虫類野郎!」


 ソルドが叫ぶのを聞いても、彼に何か狙いがあるのを察しても、ドルエンの身体はもうその巨大さに見合う強烈な運動量を持ってしまっている。

 さらに地に伏せた彼をなんとか踏み潰そうともがいたのが災いし、巨大竜は脚をもつれさせながら落とし穴へ続く坂道へと突っ込んだ。


「やったか?」


 サイボーグは頭上を巨大質量が通過するのを待って振り向くが、つい口にした勝利の確信が災いとなる。


 ギャアアアアアアアア! と。

 ドルエンは咆哮しながら、まだそこに居た。

 転がる丸太に脚を取られ、身体を重力という名の死神に引っ張られていても、諦めていない。


「往生際の悪いやつめ……!」


 ソルドは石を投げてドルエンを怯ませようとしてみたが、死に臨した竜はもはや多少の痛みでは動じない。身体も激しく動くうえ、分厚い装甲だって健在だ。


「ならとっておきをくれてやる!」


 サイボーグは右腕を捲り、とっておきの一発を起動した。

 が、ランチャーは途中で動きを止めてしまい、砲身が展開できない。

 右腕部のシステムが完全にイカれてしまったのだ


「クソッ、さっきのブレーキが……!」


 毒づいても状況は変わらない。

 どころか、さらに悪化していく。


 咆哮するドルエン。

 その身体が、少しずつ坂を登ってきている。

 丸太の滑落トラップを全て踏み切ってなお、竜は坂に留まってしまったのだ。


「……大したもんだよ、あんた。あんなに死にたがっていたのに、生への執着は人一倍か」


 ソルドは笑った。

 人間のまま殺してくれとか言ってなかったっけか。

 いや、逆か。

 ギアーゴ・ドルエンはもう人ではなくなったという証。

 獣としての生存本能だけが、かの竜の手足を動かしている。


「哀れなやつめ。だが良かったな、俺は竜殺しである前に人殺しだ」


 サイボーグは駆け出すと、脚部に仕込まれたスプリングを起動し、跳躍。

 這い上がろうと必死なドルエンの顔に取り付き、腕部リミッターを解除。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()が行えるようにし、右腕を竜の口へと突っ込んだ。


「地獄では俺に殺されたって申告しろよ。きっと、人間として扱ってくれるだろうぜっ!」


 岩をも砕く牙が右腕に食い込むのとほぼ同時、ソルドは腕部ランチャーの砲弾を起爆する。


 ゴッ! と。

 電子鼓膜がノイズとして除去し切れないほどの轟音が鳴り、衝撃波が身体を叩く。

 エラーを警告する大量のダイアログが視界を埋め尽くす中、ソルドはドルエンが坂を滑り落ち、穴の底へと落ちていくのを確認した。


「排除、完了っ……」


 薄れゆく意識の中、ソルドは再び笑った。


「あばよ爬虫類野郎。地獄の悪魔によろしく言っといてくれよ、な……」


 依頼完了。

 そう認識した瞬間、サイボーグの意識は途絶した。


 ーーーーー


 義体化済みの肉体は、人間にデフォルトで与えられている肉体よりも頑丈にできている。

 例えばソルドの身体は、大量出血を検知するとすぐに身体システムが血液成分の調節と鼓動回数の調整を行って可能な限り止血し、更に出血性のショックに陥らないよう主要臓器を強制的に『休眠』させて生存可能性を限界まで高めるように構築されている。

 義体化に投じた金額次第では命だって購入できるのだ。


 そんな彼の身体システムの欠陥は、一度生存を優先させるモードに入ると傍目から見て死んでいるように見えてしまうこと。

 体温が低下し、外部からの刺激にも反応せず、心臓の鼓動も最小限。


「この男、本当にまだ生きているのか? というか重すぎるっ……!」

「俺も死んでいるようにしか見えない。とにかく命令だからな。診てもらうしかないだろう」


 だから今の状況……袋に入れられ、死体のように引きずられている最中に目を覚ましたのは、ソルドにとってはある意味で予想通りであり、またある意味で幸運を実感する状況だ。

 どうやらまだ義体化パーツの追い剥ぎに遭ったり、街を汚す生ごみとして焼却場にぶち込まれたりはしていないらしい。


「運搬ご苦労様。そこに置いておいてくれ。で、連れのお嬢様はどうしてる?」

「ハッ。泣き続けては暴れてを繰り返すので、沈静の薬を嗅がせて大人しくさせました」


 どこかの部屋に入れられたのか、硬い床に安置されたような感覚がある。

 会話をしているのは自分を引きずっていた男たちの声と、ちょっと偉そうな女の声。

 話に出てきた連れのお嬢様、とは、十中八九ステラのことだろう。


「そりゃひでえな。けどまあ、自分を傷つけられるよかマシなのかな? まーとにかく、こっちはアタシに任せて」

「ハッ」


 男たちが出ていき、扉が閉まる音がした。

 すると間もなくガコガコとレバーのようなものを操作する音が続いて、サイボーグは床ごと上昇しているような感覚を覚えた。

 どうやら油圧式のジャッキがついた台にでも載せらているようで、上昇が止まると今度は袋がジャキジャキと切り裂かれる音がした。


「ふむぅ、これが例の鉄でできているとか言う……」


 女の声。

 そしてぺたぺたと顔を触られている感触。


「体温は低くなってるが……ゆっくりだけど呼吸はしているし、やっぱり生きてるだろお前。もし意識があるならお返事よろしく」

「……なんだ」

「おわっ! 本当に生きてた!」


 ソルドが目を開けると、そこには目を丸くしている女が居た。

 背が低く、もじゃもじゃの髪の毛。やや筋肉質の腕、浅黒い肌。

 どことなく、鉱山で見かけたドワーフに似ている。

 身体システムが安静(セーフ)モードに切り替わっているのでスキャンは出来ないが、おそらくドワーフの女はこういう見た目なのだろう。

 ソルドの知るドワーフと最も違っているのは、女が薬品や工業油汚れのようなものが付着したコートを羽織っていて、見るからに頭脳労働(ギーク)系の出で立ちな点だ。


「こんにちは竜殺しさん。アタシはトール。見たところ身体は大丈夫そうだから、ひとまずその取れかけている右腕を診せてもらってもいいかい?」

「あんたは、医者か? 言っておくが……普通の肉体じゃ、ないぞ……」

「ンなもん見りゃ分かるわ。でも安心して?」


 トールと名乗った女は工具のようなものを手に取ってにやっと笑った。


「一応、『修理』の方もちょっとできるからさ」

読んでいただきありがとうございます!

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