023 それは白馬でも王子様でもなく
「あのトカゲ野郎、思ったよりも足が速いな……!」
ソルドは舌打ちした。
馬を駆るヴィーナを追いかけるドルエン、その走行スピードは馬と同等かそれ以上。
誘導路へと続く道は下り坂だが、それを考慮しても巨体に見合わない速さだ。
(普通ああいう爬虫類の心臓は長距離を走れるようなシロモノじゃないはずだが、ワニだけは例外だったと聞いたことがある)
ソルドは走行を臨戦判断サブルーチンに任せ、電子記憶の海からワニに関する情報を引っ張り出した。
太く短い脚に長い尾など、電子記憶で参照できるその見た目には現在のドルエンとの共通項が多い。
電子義眼による解析も、彼の竜がワニと同じような身体構造を取っている可能性を示していた。
「息切れは期待できないか。仕方がない」
ひとり呟いたサイボーグは脚部関節への負荷上限を解放し、ほとんど跳躍しながら岩場を駆ける。
あれだけの超重量が速度を得てしまうとその運動量は手が付けられないほど増大する。
そうなれば馬に乗った人間ひとり、轢き潰すのに何の苦労もしないだろう。
「当初の予定通り、迎撃装置で迎え撃っていくしかなさそうだなっ」
一気に加速し、岩を踏み砕く勢いで踏み切り、空を舞うサイボーグ。
ドルエンとヴィーナを追い越したソルドは、彼女らが向かう先の分岐に設置された投石機の近くに着地する。
「うわびっくりした!?」
「状況どうなってる。そいつは起動できそうか」
「なんとか角度は修正できたが、タイミングが合わせられるか不安で……! 俺たち、昨日まで投石機なんか使ったことが無かったからよぉ……」
並列して複数台設置された投石機のレバーを握るドワーフたちが口々に不安がるが、無理もない。
この作戦に参加する者は殆どがただの鉱夫なのだ。
いきなり粗雑な手作り攻城兵器を使えと言われても、うまく扱えるわけが無いのだ。
「分かった、タイミングは俺が合わせてやる。あんたらは俺が数える三つ目にレバーを思いっきり引くだけでいい」
「わ、分かった!」
ソルドが端的に告げるとドワーフたちは口を閉じ、代わりに静かな緊張感が場を支配する。
(この分岐でのミスは致命傷になる。俺たちの勝ち筋は誘導路の先にあるんだからな)
設置された迎撃装置……弩や投石機、落石トラップは、それ単独でドルエンにトドメを刺すために設置されているのではない。
素人集団が竜を倒すにはより大掛かりで致命的な罠が必要。
それが、銀の輸送用の道から分岐した先、誘導路の終端の大穴だ。
元々からこの銀山に空いていた深い縦穴で、銀を採掘する過程で坑道から湧き出してしまった水を排水するために使われている。
穴の周囲は急斜面になっており、普段はその手前まで水路を引いて排水するだけで、穴の淵に近づくことは無い。
だが今回、ソルドたちは危険を承知で穴の淵の斜面に丸太を仕掛けた。
竜がそこに踏み込めば丸太の固定が外れ、後は深い縦穴へ……決して上がることのできない水底へと一直線。
そのうえで、ダメ押しに岩の雪崩で穴ごと押しつぶす
(要するにゴール地点にドルエンを押し込めば勝ち。勝利条件は単純明快だ)
ソルドの電子鼓膜と電子義眼がドルエンの接近を警告する。
(敗北条件も簡単。誘導に失敗した時点でほとんどジ・エンド。俺が単独でドルエンを殺せるかもしれないが、あの巨体と装甲に馬鹿力。どこぞの企業の紛争地派遣用無人機より厄介だし、まあまず死ぬだろうな)
考えて、サイボーグは無意識に笑っている自分に気がついた。
ああ、そうだ。
命を張ってこそ、悪魔に魂を売った甲斐があるってもんだ。
「カウント始めるぞ!」
ソルドは声を張り上げた。
接近したドルエンが地面を踏み鳴らす音がだんだんと大きくなっていく。
若きドワーフたちが恐怖に震える中、サイボーグは身じろぎ一つせずにタイミングを計る。
「いち、に……さんっ!」
「それっ!!!」
ブンッ! と、投石機にセットされた岩が次々と射出された。
本来ならば狙ったタイミングで狙った位置に直撃させるなど、投石部隊の兵でさえ長年の訓練と幾度の経験とを必要とする所業。
だがサイボーグに搭載されたシステムがドワーフたちのレバー操作速度までも含めて計算してしまえば、巨大な標的のどこかに岩を当てることなど容易い。
ドガガガッと複数の岩が直撃したドルエンはよろけ、誘導路側への分岐を強制的に選択させられる。
速度も落ち、その隙にヴィーナを乗せた馬が少しだけ竜を引き離した。
怒った竜の咆哮が鉱山に響き渡り、追いかけっこが再開する。
だがここからは誘導路。
当初の作戦が実行可能な状況までリカバリできた。
「あんたら、上手かったな。もう休んでいていいぞ」
「ソルド……お前さんはこれからどうするんだ?」
「決まっている」
ソルドは再び道なき道に踏み出しつつ言う。
「俺にはまだ役割があるからな。休むわけにはいかない」
ーーーーー
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
鎧を着込んで馬を駆るのも楽ではない。
それが、自分を一瞬で殺せる巨体の竜からつかず離れずの距離を保つ条件付きならなおのこと。
「ああもう邪魔っ!」
ヴィーナは片手で兜を脱いで投げ捨てた。
背後へ転がっていった兜の運命は気にしないことにしつつ、冷たい空気を思いっきり吸い込む。
「……よし。私の役割も、あと少し! しっかりしろヴィーナ!」
女騎士は手綱を握り直し、自分を一喝して気合を入れた。
「あの男はうまくやってくれているみたいだけど……!」
背後からドタドタと追いかけてくる巨大竜ドルエンの身体には断続的に岩やら矢やらがぶつかっている。
馬を走らせている中でさえ、ドワーフたちの練度じゃあり得ない精度の妨害がソルドの手助けによるものだと分かる。
「あとは私が失敗しなければ、全部上手くいく!」
傭兵サイボーグなら決して口にしない言葉を、騎士は喜んで口にした。
それはいわば自分への誓い。
誓いを立て、それを守ることこそ騎士の誉れだ。
「くっそ、ドルエンが生きていたら殺してこいなんて言われたのがもう懐かしいよ……!」
死亡確認して来い、という命令はつまりそういうこと。
上司の命令だから従っていたが、ヴィーナは不真面目ながらも騎士だ。
騎士道精神に反すると声高に叫ぶことは無いが、それでもあまり気乗りしない話であった。
「それが、本当に竜狩り任務になっちまうとは……! 帰ったら英雄だな、これは!」
ヴィーナは皮肉っぽく叫び、馬を走らせる。
疲労した身体を無理やり動かし、時折暴れるドルエンの爪を避けながら、ただ前へ、前へ!
「っ!」
孤独な戦いの勝利を確信しつつあった女騎士は、しかし、異変を感じて背後を振り返った。
「ドルエンの野郎、寄り道しやがって……!」
落とし穴へ向かう最後の分岐に差し掛かったところで、よりにもよって。
ドルエンは女騎士の追跡をやめ、反対側の分岐へ向かおうとしていた。
その道の先……山を下りて荒野と平原をただ真っすぐ行った先にあるのは、鍛冶の街ラクミス。
「銀の匂いを嗅ぎつけたとでもいうのか、クソッ!」
竜が銀を察知する理屈は分かっていない。
だが竜はいつだって、そしてどんな大きさであっても、貪欲に銀を求めるのだ。
ドワーフたちもそれを察して迎撃装置を一気に作動させているが、幾たびの攻撃で慣れ切ってしまったのか、ドルエンは無反応。
その甲殻に何本もの太い鉄杭を突き刺しつつも、動きを止めない。
「山を降りられたらもう止めることはできないっ!」
竜がそのまま街に突っ込んでしまった場合の展開など……考えたくもない。
責任を取って自分が死刑になるならまだいいが、最悪の場合、無辜の民ごと街ひとつが地図から消える。
それは、不真面目女騎士には、耐えがたい未来予想図だった。
「分かったよ……! 私がやればいいんだろっ!」
湧きあがる恐怖を打ち消すために、ヴィーナはわざと悪態をついて馬を反転させた。
ドルエンはまだ方向転換をしている途中で、その速度は比較的遅い。
ギリギリ、馬の脚で追いつける。
「本当に、帰ったら、勲章をもらって引退して、結婚して子供を三人産んで、豪邸を買ってメイドを雇って、一生楽に暮らしてやる!」
ドルエンに並走したヴィーナはデカい夢を叫びつつ、馬の背中から全力で跳躍した。
狙いは甲殻に突き刺さった鉄杭。
手甲を脱ぎ捨てた手でそれを掴み、なんとかしがみつく。
「幼少期はサル娘の名を欲しいままにしていたんだ、これくらいなんてことないっ!」
そのまま甲殻のでっぱりをも利用し、ドルエンの背中に取り付く。
狙いは首筋。甲殻の隙間の肉。
「もう一度私のことを見やがれ! このクソ貴族がぁっ!」
ずぶっ、と。
揺れる背中の上でも正確に突き出された剣が、竜の肉を貫き深々と突き刺さった。
ガアアアアアアアアアアアッ!
突然の激痛に、ドルエンは悲痛の叫びを上げた。
「はっはっは! どうだ参ったかどわっ!?」
勝ち誇ったのもつかの間、竜が急停止したことでヴィーナはその背中から投げ出され、地面に叩きつけられて転がった。
兜を脱いだ頭を強打し、剥き出しの両手は血まみれになり、昨日折れた肋骨が脳内麻薬を押しのけて鋭い痛みを主張する。
「ぐふっ……! き、きつすぎるって、やっぱり……!」
軽口も満足に叩けないダメージを負った女騎士の上に大きな影が被る。
黄金の大竜、ドルエン・ギアーゴ。
怒りを宿すその双眸はもはや動けもしない宿敵を睨みつけ、確実にとどめを刺すべく岩をも引き裂く爪を振り下ろす。
(クソッ……やっぱり、結婚てのは高望みしすぎたか。女騎士って怖いもんな)
恐怖とダメージで薄れゆく意識の中、ヴィーナはぼんやりと考える。
(できれば白馬の王子様ってのに、一度惚れてみたかったけどなぁ……)
夢物語のような空想で人生を締めくくりつつ、女はせめて押しつぶされるまでは反抗してやる、と、迫る竜の爪を睨み続けた。
そして、岩を砕く轟音がその身を叩く。
人生の終了を示す金の音にしては、あまりにも武骨な音だ。
「え……」
数秒経ち、女騎士は目を見開いた。
なぜまだ目を開けていられるのかは分からない。
自分は竜に押しつぶされたはずではないのか。
「勘違いするなよ」
しかしてその理由は、理由となった男は、まるで思考を読んだかのように答える。
「こうしなくちゃ、俺の依頼人が危険な目に合うからこうしただけだ」
「えっ、えっ!?」
受け止めた竜の掌を押し返し、サイボーグは足元から拾った石を竜にめがけて投げつけた。
高速かつ正確無比に投擲された石は竜の目を叩き、大きく怯ませる。
「タイミングはギリギリだ、暴れるなよ」
「えっえっえっ」
ソルドにわけも分からないまま両腕で抱えられ、ヴィーナはまともに言葉を発することもできない。
「ヴィーナさんっ!」
そして少女の声。
ヴィーナは竜を駆る没落令嬢、ステラが自分たちの元へ走ってきているのを視認した。
「俺の依頼人は手に入るものは全て欲しいと言っていた。それは当然、貴族お抱えの騎士とのコネもだ」
「あ、あう?」
女騎士は淡々と言うサイボーグの端正な顔を、腕の中から見上げていることしかできない。
「命を拾ってやったんだ、無駄にするなよ。生きて俺の……俺たちの役にたて」
「ひゃ、ひゃい……」
「ソルド!」
「ほら、渡すぞっ」
そして駆けてきたステラの元に投げ渡されるまで、ヴィーナはソルドの顔を見つめていた。
ーーーーー
「……まったく困った依頼人だ。あの女を命懸けで助けたって、見合ったリターンがある保証もないってのに」
ヴィーナを騎竜に乗せたステラが離脱していくのを見送りつつ、ソルドはひとり呟いた。
数分前、ヴィーナを助けようと、遠くからステラが駆けてくるのが見えた。
せっかく安全圏まで行ったのにわざわざ戻って来た彼女の意図は明白で、放っておけば巻き添えで死にかねなかったのだ。
それが、サイボーグが右腕の負荷を許容してでも女騎士を助けた理由だ。
「さて、それでは……」
苦笑したソルドは、敵意に満ちた視線の方へとゆっくりと向き直る。
「またも一騎打ちだな。羽つき爬虫類野郎」
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