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022 未だ成功とは言えず

 ソルドに搭載された戦闘モードとは何か。

 その本質は、簡単に言えば、身体動作の半自動化だ。

 本来身体を動かすのに必要な脳の応答を待たず、代わりに臨戦判断サブルーチンの下した判断を強化脊髄から反射的応答として身体各部に伝達し、通常の人間では不可能なスピードでの身体動作を可能とする。

 欠点は、神経ばかりが加速しても生身では耐えられないこと。

 だがほぼ全身を義体化(エンハンス)済みのソルドには何の問題にもならない。

 冷たい身体は一気に加速し、銀鉱石の輸送路を逆走する形で疾走する。


「ようやく正確な形が掴めるな」


 ソルドは静かに呟き、電子義眼で標的のスキャンを開始する。

 身体動作を強化脊髄に任せることで浮いた脳の計算リソースを注ぎ込んだ高速解析。

 ドルエンの身体構造等が次々と明らかにされ、臨戦判断サブルーチンの判断材料へと変換されていく。


 だがソルドはそれとは別に、電子的な解析をしない純粋な観察を行う。


(どれだけ正確に判断してくれるったって、最終的に行動の責任を取るのは俺だからな)


 動物的直感が命を救った場面はこれまでの人生で何度もあったし、何より今回は右腕の不調が気がかりだ。

 疾走するサイボーグは電子義眼が映すありのままの光景を主観的に咀嚼していく。


 何重にも甲殻が重なった巨大な身体は見るからに頑丈そうだ。

 だがその表面を覆う黄金色の鱗は動くたびにボロボロと剥がれ落ち、巻き上げられた砂埃をキラキラと輝かせている。

 そして重量級の巨体を支えるのは柱のように太い四本の脚。

 地上での安定感を得た代償なのか、背負った両翼は体躯に対して小さく、飛ぶ意思を感じられない。


 ざっくり言えば、その竜の全体像は鎧で武装したデカいトカゲだった。


「胸部に排熱器官は無し……なるほど、フィジカルに全振りしたってわけか。見た目通り、脳みそまで筋肉でできているなら作戦のリカバリも楽にできそうだが」

「ようやく追いついたっ! なんで馬レベルの速度で走れるんだ貴様は!?」


 ぶつぶつと呟くソルドの思考に、ようやく追いついてきたヴィーナの声が割り込んだ。


「理由か? 簡単に言えば脚をより頑丈なものに取り換えているからだ」

「いやまあ文字通りの理由を聞きたかったわけじゃ……ってかもはや息も乱れていないし! 馬より速く走っていたって話は正直信じていなかったけど、その感じだと山賊の討伐も竜殺しも全部ひっくるめて本当みたいだな!」

「おーっほっほ! 凄いでしょうわたくしの護衛(ボディガード)は!」


 騎竜を駆るステラも追いつき、得意になって高笑いを披露した。


「頑丈な身体に怪力、馬のように速い脚に、なによりも冷静な判断力! 彼を召喚できたのはここ最近のわたくしの人生で唯一の幸運と言えるわ!」

「召喚? それじゃあやっぱり」

「ああいやちがくて」

「下手に緊張されてヘマをやらかすよりはマシだが、そろそろ集中してもらおうか。お二方」


 ソルドは冷たくたしなめると、ドルエンとその背後にある崖をそれぞれ指さして言う。


「ドルエンが想定していた坑道の出口から出てこなかったのは不運だったが、地上に出たばかりだからかまだ足を止めている。奴の気が変わって動き出さないよう、まずは俺が崖の上から気を引いて足止めするつもりだ」

「わたくしたちはどうすれば?」

「二手に分かれてもらう。ヴィーナは奴の足元に到着し次第攻撃して、元の誘導路に戻すための囮になれ。指のあたりの甲殻の隙間から剣を突っ込めば怒って追いかけてくるはずだ」

「了解。けど足元にわらわらといる小型竜たちが邪魔だけど?」

「ステラが対応する。ステラはヴィーナに先行して、当初の計画通りに小型竜たちをドルエンから引き離せ。トーガンが竜を操るのに使っていた銀の粒なら撒き餌としては十分機能するはずだ」

「分かりましたわ」

「……ステラ」


 ソルドは少しだけ振り向き、竜を駆る栗色髪の少女の顔を伺った。

 緊張と恐怖を蛮勇でねじ伏せた、強張った表情。

 だがその目は巨大な黄金色の目標を見据え、口元は不敵に笑っている。


(本当に、あんたがあっちの世界に居たら大物になっていたかもな)


 不思議な既視感に安堵さえ覚えたサイボーグは問う。


「やれるな?」

「ええ、もちろん!」


 短い返事だが、それで十分。


「……行くぞっ」


 ソルドはさらに速度を上げ、輸送路を外れて岩山の方へと進路を変更。

 岩から岩へと飛び移り、並の人間ではまず登れないルートで一気に崖上まで駆け上がった。

 そこには迎撃装置……大きな設置型の(いしゆみ)があり、若いドワーフ二人が向きを調整しようと四苦八苦している。


「ソ、ソルドさん!? あんたはさっきまで輸送路の方に居たはずじゃ……!?」

「登って来た。状況は?」

「本当は坑道から出てきたのを狙い撃ちにするつもりだったんだが、がっちり固定しちまったもんでな……は、早くしないと竜がどっか行っちまう!」

「なら丁度いい。こいつをちょっと借りるぞ」

「は? 借りるって、お、おいっ!?」


 ドワーフたちが止める間も無かった。

 サイボーグはその怪力で弩を引っこ抜くと、ドルエンの方に向け直して足元に置いた。


「固定が無いのは流石にきついが……両足を使えば何とかなるかっ」


 ドルエンは未だに動いていない。

 ソルドは両足を突っ張って弩を固定し、全身の力で弦を引き直した。

 つがえられているのは探鉱作業用の極太の鉄杭。

 直撃すれば鎧を着込んでいても即死を免れないその矢の弾道を計算したサイボーグは、躊躇なく弦を解き放つ。


 鉱山に弩の弦が空気を引き裂く音が鳴り響く。

 ほぼ同時、鉄杭の矢がドルエンの甲殻に突き刺さった。

 竜は一瞬体勢を崩すが、しかし、まるで何でもないかのように立て直し、咆哮する。


「う、嘘だろ。ほとんど効いていない……!?」

「あの甲殻の厚さを考えれば当然だな。だが、今は足止めできればいいっ」


 うろたえるドワーフたちにソルドはただそう言うと、役目を終えた弩を担いで再び岩の上を走る。

 攻撃の方向が分かっていないのか、ドルエンはキョロキョロと周囲に視線を向けて探している。


「目はあまりよくないのか? それなら好都合だ」


 呟きつつ、ソルドはドルエンの真上の崖に到達。

 眼下の道を走る騎竜と馬の様子を確認すると、ステラの駆る騎竜がヴィーナの馬に先行し、やがてドルエンの足元に到達しようとしていた。


(さて、上手くいくのか……)


 まずはステラが小型竜の囮になれなければ、作戦は失敗。

 電子鼓膜の集音機能で状況把握に努めつつ、ソルドはその時を静かに待った。


「……よし、やるぞっ!」


 崖下から聞こえたのはステラの声。


「これでもくらえっ!」


 騎竜がドルエンを取り巻く小型竜の近くに到達した瞬間、銀色に輝く小さな粒がばら撒かれた。

 小型竜たちはパンくずに群がる鳩のように敏感な反応を見せ、直後にステラが駆る騎竜を捕捉した。


「さあ、ついてきなさいチビども!」


 ステラは小型竜たちを挑発するように叫び、ドルエンとすれ違うように騎竜を走り出させた。

 すると目論見通り、小型竜たちは騎竜を追って駆け出す。


 崖上からそれを見ていたソルドは少し安堵したが、ドルエンにも動きがあった。

 ギャアアアアアアアアアア! と大きく咆哮し、金色の巨大竜は眷属たる小型竜が追う獲物を自らも捕らえるべく動き出そうとする。


 だが、ソルドにとってはこの展開も想定の範疇だ。


「ああ、どうせそうなるんじゃないかって思ってたさっ」


 サイボーグは皮肉っぽく言うと、担いできた弩を竜へめがけて放り投げた。

 本来ならば持ち運べないほどに重く、固定しないとまともに発射できないほど巨大な弩。

 それが位置エネルギーを伴って、ドルエンの眼前に着弾する。


「ッ!?」


 ドルエンは怯み、一瞬動きを止めた。

 たかが数秒の足止め。

 だがその数秒は重要な意味を持つ。


「ヴィーナ!」

「分かってる、よっ!」


 遅れてドルエンの足元に到着した女騎士は素早く馬を降り、構えた剣を甲殻の隙間から躊躇なく突き刺した。


 竜は痛みに悶え、悲鳴を上げる。

 そして……いくら視力が悪くとも、自らに最接近した敵くらいは認識できたらしい。

 ドルエンは今まで聞いた中での最大音量で咆哮し、足元のうざったい敵を踏み潰しにかかる。


「よっ、危ないっ」


 ヴィーナは竜の反撃を鎧を着ているとは思えない身軽さで躱すと、再び馬に乗って来た道を引き返す。


「貴様の敵はこっちだ! デカブツ!」


 その声を一度坑道内でも聞いていたからだろうか。

 ドルエンは離れていく馬の方を睨みつけ、その後ろを追跡し始めた。


「……まずは第一段階!」


 崖上のサイボーグは少しだけ息を吐き、再び走り出す。

 流儀に従い、成功とは、まだ言わない。

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