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037 サムライニンジャ

「排除完了。ステラ、出てきていいぞ」

「本当に懲りないわねこの人たち……」


 タインルフェ商会の刺客たちを軒並み倒したソルドが声をかけると、物陰に隠れていたステラがぼやきつつ姿を現した。

 その顔には襲撃に対する恐怖ではなく、疲労が滲んでいる。


「連中、今回はやけに気合が入っていたな。必死とも言える」

「主人に怒られたんじゃない? あなたが全然倒せないから」

「なら今回もこっぴどくどやされるだろうな」


 ソルドが皮肉っぽく笑うと、ステラは「そうね」と言いつつ、あたりに倒れている刺客をつま先でちょんちょんとつついた。


「この人たち、右腕のブレードで斬ったの? あんまり血は出ていないみたいだけど……」

「ああ。魔力による刀身の硬化はさせていないが、試させてもらった」


 ソルドは展開していたブレードを折りたたみ、右腕に格納した。


「こいつらを相手にするなら十分だが、強度の面で不安があるな。だからこその魔力硬化なんだろうが……それをやると返り血をドバドバ浴びる羽目になってメンテナンスが面倒になる。やはり微妙に噛み合っていない」

「結果的にむやみな殺しを避けられているのなら良い側面もあるじゃない。この人たちを生きて巣に帰した方があなたの強さを主人に訴えてくれて、結果的に襲われにくくなるかもしれないし」

「そう上手くいくといいんだが……個人的にはもっと派手に暴れた方がいいのかと思えてきたところだ。奴らの本部に直接『抗議』に行くとかな」

「そんな危険な事ダメに決まってるでしょ! わたくしたちはあなたの右腕さえしっかり治ればこの街を離れられるんだから、穏便に行けるならそれに越したことは無いでしょうに」


 メッ! とソルドに人差し指を突きつけるステラ。

 ソルドがその指を手で押し下げつつ、


(自分のことは棚上げしてワガママなガキを躾ける親のような挙動を取り始めたな……)


 などと考えていると、ワガママ令嬢は少しため息を吐いて肩をすくめた。


「まあ、わたくしもあんまり目先の危険を避けようとムキになってもいいことないってのは察してるの。元を絶たないとしょうがないのもね。けれど、あなたが万全の調子じゃないタイミングで無理をするものではないわ」

「一理あるな。ただし」

「ただし時間がかかり過ぎる、でしょ? わたくしもそう思う」


 ステラはふふん、と笑いつつくるりと身を翻し、ソルドの左手を握る。


「しかも追加の材料が要るからって『おつかい』が多すぎないかしら。ちまちま頼まずに一気に言ってくれたら襲撃のリスクも減らせるのに」

「同感だが吞むしかないな。こんな世界で義体化(エンハンス)済みの身体を修理できているのが奇跡なんだ。エンジニアの言うことは素直に聞いておいた方がいい」

「おや、あなたにしては珍しく素直ね?」


 歩きながら顔を覗き込んでくるステラに、ソルドは「まあな」と苦笑する。


「昔知り合いだった奴が痛い目に遭ったのを見たんでな。そいつはエンジニアに払う金をケチって自力で脚を修理していたんだが、それがよりにもよって隣り合った高層ビル……塔のてっぺんから別の塔へ飛び移るのに踏み切った瞬間に分解しちまったのさ」

「そ、その人はどうなったの?」

「ん? 知り合い()()()って言ったろ。どうやっても会えないくらい遠いところに()っちまったよ」

「……」

「まあそういうわけだ。戦闘中に右腕が分解する憂き目に逢わないよう、スタームァの言うことはちゃんと……ステラ、止まれ」

「っ!」


 ソルドの言葉を聞いたステラはもはや反射的に彼の背に隠れた。


「何、また襲撃!?」

「ああ。だが、まだこちらには気づかれていないようだな……」


 ソルドは電子義眼をスキャンモードに切り替え、数十メートル先の小広場に焦点を合わせる。

 広場は露店でごちゃついていて、一見するといつも通り破滅的なファッションのマッドエルフたちがたむろしているようにしか見えない。

 だが彼らは皆腰に武器のようなものを下げており、定期的に周囲をキョロキョロと探している。


「連中、とうとうバッジも外してスーツも着ていないぞ。俺たちに気づかれないように囲んでしまおうという魂胆みたいだな」

「ええ……? タインルフェ商会ってそういう手も使ってくるタイプなのね。毎回同じ服装とバッジだから、てっきり悪党なりのモットーというかこだわりがあるタイプかと思ってた」

「あるいは、連中の中で『何か』が変わったんだろうな……」


 電子義眼で詳細なスキャンを掛けなくても分かる。

 広場に居る刺客たちの目は血走っていて、これまでとは明らかに雰囲気が違う。


(そういえばさっき倒した連中もそうだった。いつもよりも捨て身で……)


 これまでに圧倒的な強さを見せつけてきたソルドに対しても一歩も引かない姿勢。

 ビビっていないというよりは、より大きなものに追い立てられているかのような必死さ。

 ソルドは、そんな彼らの態度に見覚えがあった。


「追い詰められたネズミは……ステラ、迂回するぞ」

「是非そうしましょう。正直わたくしは迂回ルートなんてさっぱりだけれど、あなたが分かるんでしょ?」

「でなければ提案していない。行くぞ」


 ソルドはステラの手を引き、小広場に続く道から路地に入った。


 ガレットは下から上に積み重ねられた違法建築物の集合体だ。

 時に店の中を通り抜けたり、他人の家の屋根を渡ったり、偶発的に生まれた段差を階段のように使ったりする中で人の流れができ、いつしか『道』になる。

 したがって案内看板などというものは無いか、機能していない。

 ステラが道を覚えられていないのはこのためだが、電子記憶(サイバーメモリ)を搭載しているソルドは違う。

 刺客たちが紛れ込みそうな人混みを避け、待ち伏せしていそうな場所は先手を打って迂回。

 時にはステラを抱え、通常の人間を凌駕する身体能力で『道』を切り拓く。


 これで刺客に襲われる可能性は限りなく減らせている。

 だが、ソルドは後頭部で静電気の弾けるような不快感……他人の掌に居るかのような危機感を覚えていた。


(俺がダメだと判断するルートに、必ず迂回ルートが設定されているようなこの感じ……だが今は、贅沢を言っていられる状況じゃない)


 静かに歯噛みしつつ、ボロ板とくず鉄でできた迷宮を進んでいくサイボーグ。

 嫌な予感を口にはしない。

 言葉にした不幸を嬉々として押し付けてくる悪魔を(かわ)すためだ。


 だが、罠にハメた獲物を追い詰めるのには不幸も悪魔も要らない。

 ただ淡々と、理屈を積み上げるだけでよかったのだ。


「……やられた」

「ソルド?」

「下がれステラ。この道は進めない」

「えっ」


 命を燃やしたビビッドな灯りが照らすガレットの明るい夜からぽっかりと抜け落ちた暗闇。

 背の高い建物に囲まれた路地の出口は無造作に積まれた荷物で塞がれている。


「そこの荷物が通せんぼしているってこと? あなたの脚力なら跳んで超えれば……」

「ダメだ、上の方をよく見ろ。細いロープが張られているのが分かるか」

「……ごめん、暗くて分からない」

「荷物を超えようとして跳んだりよじ登ったりしたら作動する偽装罠(ブービートラップ)だ。空気中に漂う成分からして爆薬か毒ガス。まともに食らったりしたら、俺はともかくあんたは無事で済まないだろうな」

「なっ!? じゃあ引き返して別の道を」

「そうしたいところだが……させてくれなさそうだ」


 ソルドはステラを背に庇いながら、路地の入口へと振り向いた。


「そうだろ? 追跡者(ストーカー)さん」

「……その通り。流石悪魔だ。騙し合いじゃ、張り合うことはできても超えられないか」


 かすれた声がサイボーグの問いに答える。


 そこに立っていたのは夜闇に紛れる黒い影。

 フードと面で顔を隠し、レインコートのような外套が身体をすっぽり覆っている。


「ただ、油断していたみたいだね。もしかすると逃げられるかもと思っていたが、こうして無事に追い詰めることができた」


 そして、ひと筋の銀色が夜闇に浮かび上がる。

 それは、子供の背丈はゆうに超える長尺の刃。


「カタナか。こっちの世界でもジャパニーズソードって言うのか?」

「道具の名前など些細なことだ。刃の役割は、命を奪えればそれで充分」


 黒衣の襲撃者はソルドの皮肉に取り合わず、白銀の刃を静かに構えた。


「ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト。君の命を頂きに参った」

「……やっぱりわたくし、なんですね」


 ステラは路地を塞ぐ荷物に触れないよう、慎重に後ろへ下がりつつ言った。


「わたくしに何か恨みでもあるのですか。没落した今の私など、放っておいてもどのみち大したことはできない小娘に過ぎないというのに」

「それは過小評価だ、ステラ嬢。君の命には、君が思っているよりも遥かに大きな価値がある。少なくとも、そう考えている人たちが居る」

「あなたはそのような人たちから依頼を受けて……?」

「どうだかな。さて、お隣のハンサムさんに一応確認だが」

「なんだ」

「こちらの狙いはそこの女の命だけだ。今すぐ降参するなら君の命までは取らないが、どうする」


 呟くように言った黒衣の襲撃者は静かに腰を落とす。

 その動きがもはや返答をするまでもなく答えを察していることの証明だったが、ソルドは一応言ってやることにした。


「もちろんお断りだ、かかってこいサムライニンジャ野郎」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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