020 遠くから見ればまあ馬かもしれない
坑道で竜と化したドルエンが発見されてから三日経った朝。
トーガンは作業用の大きなハンマーを置き、汗を拭った。
彼が眺める坑道の周辺には巨大な投石機や落とし穴、岩を雪崩れさせる大型の罠が展開されている。
全てこの三日間の内に急造された、対ドルエン用の迎撃装置だ。
「ひとまずこれで作業は完了……だが、本当にワシらだけでやるのか?」
「残念ながら、この身だけが頼りさ」
声色から心配が滲むトーガンの問いに、ヴィーナは着込んだ鎧をゴンゴンと叩いて答える。
「先に退避させた娼婦連中が領主様に状況を伝えるのに丸二日、そこから王都におわす国王様に兵を出してもらうまでには更に一週間はかかる。その日中に兵が送られるとしても、到着までには更にかかる。けど知っての通り、ドルエンとその取り巻きの竜が地上に出るのはどんなに遅くても今日中。領主に仕える騎士としては、近くの村を襲いかねないそんな危険物を放っておくわけにもいかないってワケ。前にも言ったろ」
「それはそうなんだが」
「怖いなら貴様も避難するか?」
「いいや、ワシはもう坑道でいの一番に逃げ出した。だから今日は意地でも残るさ、残ってくれた勇気ある部下たちのためにもな」
フン、と鼻を鳴らしたトーガンは迎撃装置の近くで待機しているドワーフの有志達に手を振りつつ言う。
その中には新人、キールの姿もあった。
「だが正直、臆してもいる。部下たちは出稼ぎに来ているだけで、故郷には家族が待っている者も大勢いるんだ。それが、軍が相手にしなくてはならないような竜と戦うなんてな。お前は報奨も出るだろうと言っているがな女騎士よ、ドワーフと人間との不干渉条約がある。もし生き残れても、しらばっくれられたら……」
「領主ジョージ様はそんな不誠実な方では……」
「その時は証拠品を抑えておけ、トーガン」
言い返そうとする女騎士の返答にサイボーグ執事が割り込んだ。
「今はドルエンがその不干渉条約を破ってあんたたちを雇用し、自らは竜になってしまったという異常事態だ。だがあんたたちは条約無視の不良貴族にただ雇用され、成り行きで竜の討伐作戦に巻き込まれた被害者。少なくともそう主張できる材料さえ集めていれば国王も領主もそれ以上は追及しないはずだ」
「なぜそう言い切れる?」
「いつだって『王』とか『最高責任者』とかいう連中の挙動は似通っているものさ。異常事態においては自分の責任を矮小化することに心血を注ぎ、それ以外のことには多くの注意を払わない。厄介事の二つ目を抱え込むくらいなら、手っ取り早く金で解決する。奴らが思わず冷静になってしまうような巨万の富を要求しない限り、気前よく払ってくれるさ」
「そ、そういうものか……」
トーガンは少し安堵の息を吐き、しかし再び額に手を当てて悩み始めた。
「だが、そもそもあの竜を殺していいものなのだろうか。アレの言葉を信じれば、元は貴族のドルエンだ。貴族殺害の咎で処刑されたりは……」
「それもないな。人が竜になる理屈も不明だが、元に戻す方法はもっと分からない。領主付きの女騎士も討伐する気なのだし、たとえ追求されてもいくらでも逃げ道はあるさ」
「あー貴様、私に責任を被せようとしているな?」
「被せるも何も元々そうだろう」
ソルドはヴィーナに淡々と言い返す。
「そもそも俺が今ここにいるのは領主からの依頼をあんたが持ってきたからだ。内容はドルエンの捜索と、竜の討伐。俺や善良なるドワーフの協力者たちは依頼の達成に向けて努力するのみ。それがどんな結果になろうと領主か、あるいはその指揮をしたあんたの責任さ」
「い、依頼!? 一体何の話だ?」
「あー、不安がらせるかもと思ってわざと言ってなかったのにバラしちゃうのかよ。でもまあ、この際明言するとその通り! 竜と化した貴族を殺した罪で処刑されるとしても私だから、貴様らはただ命を張ってくれればいいよん」
「それは安心するような、不安になるようなだな。というか竜の討伐を依頼されるとは、ソルド……お前さんは強いと思っていたがそれほどの実力なのか」
「まあ成り行きでな。あまり気にするな」
ソルドはトーガンからの追及をやんわりとシャットアウトしつつ、坑道の入り口に目を向けた。
ぽっかりと空いた穴に満ちる暗闇。
あの向こうに竜は……いや、ドルエンはずっと幽閉されていた。
(改めて考えても妙な話だ。裏でこの状況を誘導している誰かさんがいるとしか思えないが……今は、ひとまず目の前の脅威に集中しないと)
ソルドは右腕の調子を確かめる。
戦闘モードに組み込まれている臨戦判断サブルーチンを調整して使用優先度を下げ、耐荷重を通常より低く設定することで自己診断上は問題なしとなったが、実戦中はそう贅沢も言ってられないだろう。
低くない確率で、今より状態が悪化するはずだ。
(まあ、成り行きに任せるしかないか)
言葉には出さない。
それがサイボーグの流儀だ。
「ところでステラ嬢はどこに?」
と、静かな思考を遮るように、ヴィーナがソルドに純粋な疑問をぶつけた。
「今回の作戦の要だし、そろそろ最終確認をしておきたいんだけど」
「最後まで息の合う馬を選びたいと言っていた。俺にはよく分からなかったが、あいつなりに吟味する部分があるんだろ」
「まあ様子が分かってるならいいけどさ。しっかしまあ、あのお嬢様が馬にねぇ……意外としっかり貴族っぽいところがあるんだ」
「馬術には心得があるとさ。以前に馬を盗んで逃亡したこともあると言っていた」
「へぇ、逞しいねえ。じゃじゃ馬娘と乗馬は切っても切り離せないってことだね」
ソルドがどこか他人事のように言うと、ヴィーナはにやにやと笑いながら顔を近づけてきた。
「それじゃあ、しっかり守ってやらないとね。執事さん?」
「当然だ。それが俺とあいつの契約だからな」
「契約ねぇ……? まあいいけど、貴様は馬に乗らなくていいのか? 守るって言うなら当然馬に乗ったお嬢についていかなくちゃいけないでしょうに」
「問題ない。馬の走行速度は大体把握している。あいつがよっぽど速い馬を連れてこない限りは……」
「ソルド! ヴィーナ! お待たせいたしました!」
サイボーグはその快活な声を聞いてから気づく。
滅多なことは口にすべきではなかった、油断していた。
だが確認しないわけにもいかないので、覚悟して背後を確認する。
「いい馬を……いえ、竜を見つけましたのよ! わたくしはこれで戦います!」
そこに居たのは馬ほどの大きさの下等竜。
そして竜の背中に跨って得意げな栗色髪の元令嬢。
電子記憶が彼女らのポーズがナポレオンの肖像に似ていると要らぬお節介を焼いてきたので、ソルドは要らない処理を止めつつ、代わりにため息を吐いた。
臨戦判断サブルーチン
ソルドの戦闘モードに組み込まれているプログラムセットのひとつ。戦闘中にどういう行動をとるのか、ある程度自動で判断して身体を動かしてくれる。要するに人工の直感。便利だしある程度の強さを保証してくれるが、肝心な時に見切られたりバグったりして大変なので、結局最終的には動物的直感に頼る羽目になるのはあらゆる分野のAI技術と近しい部分。
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