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019 わがまま没落令嬢のビッグな夢

「あ゛〜、これはなかなか、効くね……」

「本当にお風呂に入って大丈夫なのヴィーナちゃん。竜の尻尾にぶっ飛ばされたって聞いたけど……」


 竜の尾に叩きのめされて坑道から逃げ帰った夜、ヴィーナは温浴の快楽に中年男性のような呻き声をあげた。

 その内出血や打撲の傷が痛々しい身体を見て、入浴を手伝っている娼婦は眉根を寄せて心配を露わにした。

 だが当のヴィーナは余裕の態度で返答する。


「ん〜? 怪我をしたらまずは清潔にして、あとはよく食べてあったかくして寝るのが鉄則でしょ? それに貴様らのような綺麗な女の子たちに身体を洗ってもらえて……ここは天国だよ。あでで肋骨は逝ってるかこりゃ」

「骨が折れているの? ホントに大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、唾つけときゃ治る」

「どうやって骨に唾を?」

「そりゃ気合いで……おや、そこにいる長身怪力覗き魔はどこのどいつかな?」

「覗いてなどいない。というかその口ぶりだと誰かは分かっているだろう」


 ソルドは仕切りのカーテンに背を向けて立ったまま、入浴中のヴィーナにも聞こえるようにやや声を張った。


「共有だ。さっきドワーフの一番若い……キールだったか。あいつと一緒に坑道の様子を偵察してきた。竜化したドルエンは坑道を掘り広げながらじわじわと入口に迫っている。遅くても三日後には地上に姿を現すだろうさ」

「ドルエンの鱗から産まれた小さい竜は? もしかしてもう坑道から出てきちゃってる?」

「いいや、小型竜はドルエンの周囲から離れていない。親のネズミに群がる子ネズミのような感じだな」

「ならひとまず安心かな。あいつらにまとわりつかれると厄介なんだ。できるなら坑道にいるうちに火でも放ってやりたいところだけど」


 一回り低い声で呟くように言うヴィーナに、ソルドはただ「やめておけ」と端的に進言する。


「ドルエンの鱗は難燃性だ。損害を被るだけ被って、何の得にもならない」

「何でそんなことがわかるの?」

「前に殺した竜のスキャンデータとドルエンの鱗のスキャンデータを照合した」

「……二匹の竜を比べたって言いたいのかな? でも、もしかしたら窒息とか期待できるかも」

「その場合点火役もろとも窒息死するがな。それに、そもそも首尾良く火をつけられたとしても状況を悪化させる可能性が高い」

「なんでよ。あのちっこい竜たちだけでも焼き払えたらドルエン本体に集中できるでしょ」


 カーテン越しに背後に立つヴィーナの気配を感じたソルドは、影でも分かるように大げさに肩をすくめて言った。


「そのちっこい竜は全部デカくなってた。ちょっとデカい虫くらいだったのが、今や小型犬並みだ。火なんかつけたらパニックになった群れが飛び出してきて、あっという間に骨まで喰われるぞ」

「何でそういう重要なことを先に言わないんだ! このひねくれノッポ! 私自ら適切なコミュニケーションと裸の付き合いをその身に叩き込んでやるっ」

「なっ、少なくとも裸の付き合いとやらは要らないだろ離れろ!」


 ヴィーナが突如カーテンの奥から裸のまま飛び出してきたのでソルドは飛び退いた。

 が、戦闘慣れした女騎士はしっかり二の矢も用意していたのである。

 サイボーグが彼女の持っている手桶に気づいた時にはもう遅い。


「くらえ! 熱湯攻撃!」


 ーーーーー


「それで頭からお湯を被ってびしょ濡れになったと」

「見苦しい格好ですまない」

「別に謝る必要はないけど……どうして替えのお服を着ないの?」


 二人に割り当てられた小屋の中。

 ステラはひざ掛け代わりに掛け布団を抱いてベッドに腰かけ、上半身裸で座っているサイボーグに問う。


「端的に言えば必要が無いからだ。わざわざ代わりを消費せずとも、夜が明けたら濡れた服を着ればいい。脱いでいるのは、あんたや周りのものを濡らしてしまうからだしな。体温が下がって体調を崩すなんてことにはならないから安心してくれ」

「そ、そういうことを言いたいのではなくて……いいえ、いいわ」


 本人が大丈夫と言っているのなら、皆まで言うまい。

 没落令嬢の恥じらいは気遣いに敗北し、ありのままをいったん受け入れることにした。


(そもそもこの男と同じ屋根の下で暮らし、同じ寝床で寝ている時点で、貞操も何もあったものではないのだし。今更殿方の裸を見たところで何だって言うのですか)


 開き直ったステラは逆にソルドの身体をまじまじと観察してみることにした。


 触れれば冷たく、鉄のように硬い腕。

 普段は服の下に隠れているが、こうして見ると小さな四角い縞模様の不思議な刺青(いれずみ)や切れ込みのようなものが入っていて異様だ。

 同じようなものは広めの肩や広い胸板、意外とたくましい首のあたりにも入っていて、彼が確かにここではないどこかからやって来たのだと感じさせる。

 というか殿方って結構毛深かったりすると聞いていたからてっきりこの悪魔もそうなんだろうと思っていたが、何なら自分よりつるつるに見える。

 悪魔の足は山羊の足で蹄があると言うけれど、この感じで本当にいきなり毛深くなるものなんだろうか。

 ソルドは足腰も強靭だから、きっと筋肉質ですらっとした、でもつるつるの足なんだろうなぁ……。


「おい」

「はひゃっ!? わ、わたくし決してハレンチな妄想などしていませんのことよ!?」

「何の自爆なんだそれは……」

「そ、それで? もしかして何かお話したいことでも!?」


 慌てて取り繕う没落令嬢を見て深いため息を吐くサイボーグ執事。

 ステラが色んな意味で緊張しながら次の言葉を待っていると、ソルドは彼女の栗色の目を見て言った。


「提案なんだが、俺たちはギアーゴ・ドルエンの討伐から手を引かないか?」

「えっ」

「夜のうちにここを離れてしまえば簡単だ。別の復讐相手を探しに行こう」

「……」


 何を言っているのか分からない。

 ステラは言葉にしなかったが、彼女の表情がそれを物語る。

 だがソルドは気づかないのか、あるいはわざと無視して、ただ淡々と語る。


「俺たちの当初の目的はあんたの復讐手帳に書かれている相手、ギアーゴ・ドルエンに報いを受けさせることだった。だがあんたも見たように、奴はどういうワケか竜と化していた。理性も失って、もはやあんたが復讐したかった”人売り”はもうどこにもいなくなっているんだ」

「そうかもしれませんが……でも! わたくしはお父様とお母様の名誉を」

「現実を見ろと言っているんだ」

「っ!」


 自分の言葉を遮る鋭利な言葉に、ステラは息を呑んだ。

 目の前に座る男から感じられる雰囲気はいつもと全く違っている。

 デリカシーの無い超人とも、あるいは冷酷な人殺しとも違う。


 感じるのは強い怒り。

 あるいは、これこそ”悪魔”の本質なのか。


「デカブツだけじゃない、小さな竜もその周辺にうじゃうじゃいる。単純に、俺ひとりの手には負えない状況になってきている」

「わたくしの言うことが聞けないっていうの? あなたはわたくしと契約したのでしょう!?」

「ああその通り。俺は今あんたの護衛(ボディーガード)だ。だからあんたの身の安全を実現するのに最も適した手を提案しているだけさ。撤退という手をな」

「で、でも……」

「本来ならあんたみたいな命知らずのことなんか知ったことじゃない。信念に殉じて最期は汚ねぇ靴に踏まれるアスファルトにこびりついた脂染みになったやつなんざ何人も見てきたが、そいつらの顔も覚えちゃいない。俺らのような掃き溜めに生きるクズは死んだらそれで終わりなんだよ」


 まくし立てるように言うサイボーグに、ステラは黙ってその目を見ていることしかできない。

 涙を流すことなど無さそうな、固くて乾いた目。

 人間ではないことを証明するかのような異質な目は、しかしまるで人間のように左右に揺れ、少しだけまぶたの裏に閉じられたあと、再び彼女の目を見据える。


「だがあんたは特別だ。俺はあんたに自殺されちゃ困るんだ……魂を貰うことになっているからな」

「……ええ、そうでしょうね。そういう、契約だものね」


 ステラは目を伏せ、ソルドの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。


 死んだらそれで終わり。その通り。お父様とお母様は、もう自分では名誉を取り戻せない。

 その娘が名誉を取り戻したって、その喜びを娘に届ける手段を持たない。

 だから、究極的には、両親の名誉の回復は娘の独りよがりな自己満足でしかない。


 だけど、いや、だからこそ。


「わたくしはわがままな娘です。大して役に立てもしないのに、自分より強いあなたを顎で使って、両親のためにとうそぶいて危険な目に遭わせている。あなたの言う通り、掃き溜めに生きるクズですわ」

「……」

「でもわたくしはお父様とお母様の名誉を回復し、彼らを陥れた者を知り、報いを受けさせる過程で、きっと何か大きなことを成し遂げられると信じていますの。そのためなら馬を盗むし、悪魔も召喚しますし、悪漢と言えど人を殺しますし……本来なら見捨てたって構わない方たちだって、助けたい」


 ステラは立ち上がり、座ったままのソルドの前まで歩いた。

 たったの数歩。

 それだけの距離だが、決心はついていた。

 呆気に取られている悪魔に右手を差し出して、言う。


「せっかく全てを捨てたのに欲しいモノは手に入れられないだなんて、わたくし耐えられませんわ。ステラ・ホライソニア・ウォルムハルトは超わがまま娘。クソデカい何かを成し遂げるためなら、使えるものは何だって使い潰してやる。そしてわたくしは、あなたが居ないとなんにもできないんですのよ。だから悪魔さん、お覚悟はよろしくて?」

「……ハッ。俺なんかより、あんたの方がよっぽどストリートに向いてるぜ。お嬢さん」


 皮肉っぽく笑ったソルドが右手を握り返したので、ステラは渾身の力で引っ張り起こす。

 もの凄く重い。


「しょうがないから守ってやる。間違って俺にやる分の魂を落っことすんじゃねえぞ」

「それはあなたの腕にかかってる。ちゃんと守ってよね? 一応、作戦はあるけども」


 ステラはソルドに笑い返す。

 だが、すぐに眉をひそめて言った。


「あなた、右腕をケガしているんじゃありませんか?」

「まあ、ちょっと捻挫気味だな」

「大したことが無いなら良いんですけど……ドルエンの件が片付いたら、出自を聞かずに診てくれるお医者さんを探しましょうね。お金の方は、きっと領主様から貰える報奨でなんとかなるわ」

「……ああ」

「決まりね。それじゃあその、一応、お服を着てもらえるかしら? やっぱりそんな恰好でいられると、わたくしが落ち着かないというか」

「了解」


 ソルドの返事を聞き届けたステラはすぐに彼の身体から目を逸らす。

 やっぱり恥ずかしくて、しっかりとは見ていられなかった。

小さな四角い縞模様の不思議な刺青(いれずみ)

またの名をバーコード。専用の機械があれば主に商品管理等で使われる番号を読み取ることができる。ソルドの居た世界では監視カメラ映像などから読み取られないよう、細工をしている者も多かった。


ーーーーー


読んでいただきありがとうございます!

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