1-1:半端者の回復術者
その少年は森の中で後悔していた。服装は藪の多い場所でも傷つきにくい厚手の長袖、腰にはナイフと草木を掘り出すためだろう小型のスコップが留められている。斜めに背負った袋には採集したものが詰まっているようだ。
「珍しい素材があったもんだからつい奥まで来ちゃったよ……」
収穫は大量であったがどうやら自分の位置を見失っているようである。天気は曇りで太陽の方向もわからない。
彼の名はチャールといい村の教会で働く少年だ。生まれは商売をやっている家の四男坊で、読み書き計算は仕込まれたが幸いなことに兄たちも無事に育ち彼が家を継ぐ目はなくなっていた。そんな中でたまたま配達に出た先の教会で魔法の素質があると判明してそのまま教会へと預けられたのである。そして一年前に偶然『半回復呪文』を取得してしまった。
「まさかあれから普通の回復が覚えられなくなるとは思わなかったな。しかも半回復ってだけあって発動するかも半々で回復量も半端だし。仕方ないから回復薬作って仕事はしてるけど、みんなは素材集めを手伝ってくれないんだよな」
道に迷っている不安からか独り言が多くなっている。
「高いところから見てみるか」
チャールは危なげなく太い樹に登っていき、最上部より少し下の枝に立って周りを見回す。
「この森からならあの山を右に見て行けば村に帰れるはずだから……こっちだな」
◆ーー◆ーー◆
しばらくして、チャールはまたしても後悔していた。
「うわぁ、樹に登ってる間に魔物が来てるよ……」
折角だから樹上で腹ごしらえをしようとして手をすべらせて干し肉を上から落としてしまったのもいけなかった。その匂いに惹かれて寄ってきた魔物がそれをガツガツと食べて、そのあと樹の下に座り込んであくびなどしながら休んでいる。幸いまだ上にいるチャールに気づかれた様子はない。
「あれはたしか黒狼か。なんとか追い払う方法はないかな」
黒狼は普通の狼より一回り大きく全身が黒い毛皮に包まれている魔物で、習性も狼に近い。チャールは書物で学んだ知識を思い出しながら所持品を確認する。
「ナイフは作業用だけどスコップよりはマシかな。一応持ってきてた回復薬が何本かに、これは……試す機会がなかった魔物避けが入れっぱなしだった。あとは水と干し肉の残りに予備の袋か」
少し思案して、薬瓶を予備の袋にまとめて入れて肩に担ぐ。魔物避けの薬はポケットに入れ、干し肉を取り出して手に持つ。
「上手いこと誘導されてくれよ……」
小さく呟くと干し肉をやや遠くの藪に向かって投げる。ガサッと音を立てた藪に興味を惹かれた黒狼は樹の下を離れてそちらに向かい、匂いで干し肉に気づいたようで素早く藪に潜り込んでいった。それを確認したチャールは急いで黒狼と反対側に降りてその場で魔物避けを自分に振りかける。
「うわっ、これはキツイ」
激しい刺激臭を含む悪臭がガンと鼻につき目もチカチカするがそんな事を気にしている場合ではない。一目散に村があると思われる方角へと走り出す。やがて森がやや開けた場所に出て思わず安堵しかけたが、後ろの方から茂みをかき分けるような音が近づいてきている。
やばいとは思いつつも疲労で感情が鈍化しつつあったか妙に冷静だった。そのまま開けた場所を走りつつ気配を探る。
「ここかっ!」
振り向きざまに薬瓶の入った袋を力いっぱい振るとまさに襲いかかろうとしていた黒狼の顔面に命中してガシャンと大きな音を立てた。大したダメージではないだろうが黒狼の脚は止まり、チャールを睨みつつ嫌そうな唸り声を上げている。どうやら魔物避けの臭いを嫌って襲うのをためらっているようだ。ジリジリと睨み合っていると突然黒狼が大きく後ろに飛び退く。見るとさっきまで黒狼がいた場所には矢が突き立っていた。
「そこのガキ、下がれ! ディーン、黒狼だ。ガキが一人襲われてる」
そう叫びながらチャールの脇を通り過ぎて前に立ったのは軽装の少年だった。見た感じではチャールより少し年上だ。
「おいガキ。後ろにオレの仲間がいる。そっちまで走れ」
少年はチャールを後ろに庇いながらそう言った。
「ありがとうございます!」
チャールは礼を言うとくるりと向きを変えて走り出した。先を見ると走ってくる鎧姿の男が3人、その後ろにローブの男が一人、さらに遅れて神官らしい女の姿が見える。そしてローブの男から火球が飛び出して黒狼に向かっていった。後ろを見る余裕のないチャックにはわからなかったが黒狼はこれを躱している。そして鎧姿の一人が指示を出した。
「ハック、もう下がれ。わたしとフレッドは黒狼を。エドはあの少年を守りにいってくれ。ジョージは援護を。アンジェはできるだけついてきてくれ」
「了解!」
一斉に返事をしたその一団は素人のチャールから見てもかなり戦闘能力の高いパーティーだった。それを見て緊張の糸が切れたチャールの脚が止まってしまう。
「油断してんじゃねえぞこのガキ!」
後ろから走ってきたハックと呼ばれていた少年がいきなりチャールを突き飛ばす。
「ぐぁっ」
振り向いたチャールが眼にしたのはもう一匹の黒狼がハックを押し倒している場面だった。そこに重装備のエドと呼ばれていた戦士が突進してそのまま盾で黒狼を弾き飛ばした。我に返ったチャールは思わず倒れたハックに駆け寄るが意識も失っていてやばい状態だというのは見てもわかる。
「えっと、回復薬は……うわ、全部割れちゃってる」
さっき黒狼を殴りつけた衝撃で持っていた回復薬は使えなくなっていた。
「……他にないならやるしかないか。発動してくれよ……『半回復』!」
チャールが呪文を唱えるとハックの身体は淡い光に包まれ、深かった傷は活動に問題のないところまで回復していた。
新作の開幕です。今回は1章10話構成を5章まで50話のラフ構想あらかじめ作ってから書き始めています。まずは最初の1章10話まで書き溜めて一気に公開予定。




