第13話 きっかけ
回想前編です
「笹瀬川くんって、噂どおりの強面だねえ」
「……は?」
そいつが初めて弓弦に話しかけてきたのは、中学2年生に進級してすぐのことだった。
親しい友人達と別のクラスになってしまったので、暇を持て余した弓弦が放課後に一人で教室に残り勉強をしていたとき。
いきなり後方の扉から教室に入ってきた女子生徒に、弓弦は胡乱な眼差しを向ける。
「……お前、隣のクラスの三雲だっけ」
「お、あたしのこと知ってるんだ」
いかにも驚いたといった顔をしたその女子生徒――三雲茉里は、弓弦の学年ではちょっとした有名人だった。
校則違反すれすれの派手な格好をしている割に、普段の学校生活では誰とも話さない。前に女子たちが話しているのを聞いたところ、あまり良い評判の人物ではないらしい。
よく言えば遠巻きにされている。悪く言えば『ハブられ』ているというのが、目の前にいる『三雲茉里』という少女について弓弦が知っていることのすべてだった。
「でさでさ、笹瀬川くんの顔って遺伝? 赤ちゃんの頃から? ご両親もそんな顔なの?」
そんな風に面と向かって聞いてくる。『あの子、ずけずけともの言うんだよね』『私、三雲さんって苦手だな』なんて話をしていたクラスメイトの会話が思い出された。
(ああ、これは確かにウザい。嫌われるタイプだ)
出会って数十秒で弓弦は悟る。「こいつと関わるとロクなことがない」と。
「悪い、俺もう帰るから」
「ええー、つまんないの」
ぶーぶーと騒ぎ立てる茉里を放置し、弓弦は教室を出る。せっかく話しかけてくれた相手に失礼な対応かもしれないが、向こうの言い草はそれ以上に失礼だったのだ。気にしてあげる道理はない。
(こんだけ塩対応しといたら、さすがにもう話しかけてこないだろう)
そう確信し、弓弦は学校を後にした。
しかし、翌日以降も、茉里は放課後になると毎日のように弓弦のクラスに襲来してきた。
弓弦が宿題をしていると、
「ねーねー笹瀬川くん、そんなに英語の勉強って大事かなぁ? あたし、日本から出るつもりないんだけど」
と、ひっきりなしに邪魔をしてきたり。
弓弦が読書をしていれば、
「あ、その本読んだことある! 『このミス』で一位だった奴! いやぁ、まさか犯人だと思ってた××さんが、真犯人の〇〇さんに殺されちゃうなんて思わなかったよねぇ」
と盛大なネタバレをかましてきたり。
弓弦がどれだけ無視しても、邪険に扱っても、彼女は話しかけてくるのをやめなかった。
「なあ。お前、なんで俺に構ってくるんだ?」
いつも通り、勉強中の弓弦に茉里がちょっかいを出しに来た日。弓弦が尋ねると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「んー……なんでだと思う?」
「真面目に答えろよ」
「それはねぇ……笹瀬川くんのことが好きだからだよ!」
あまりにさらりと言われた言葉に、弓弦の頬は一瞬で赤くなった。
「な!? は、はぁ!?」
「あはははは! ごめんごめん、冗談だよ。本気にしちゃった?」
茉里はおかしそうに笑い転げる。ただ、ここでムキになって反論したら、ますます彼女が調子に乗るだけだと弓弦は学習していた。
無視して取り組んでいた参考書に向き直ると、笑い過ぎて出た涙を拭った茉里が弓弦の隣の席に腰を下ろす。
「なんで、かぁ。あんまり考えたことなかったな……」
「…………」
「……強いて言うなら、『似てるから』かな?」
「……似てる? 俺とお前が?」
ぽつりと呟かれた言葉に、弓弦は無視を貫けずに聞き返す。茉里はどこか遠い目をしながら、言葉を続けた。
「うん。見た目で人柄を決めつけられがちなところとか、それを諦めてるところとか……あと、実は寂しがり屋なところとか?」
「は? 寂しがり屋ってどういう――」
「だって笹瀬川くん、なんだかんだいつも放課後に残ってくれてるじゃん」
小首を傾げる茉里の様子は、まるで「お見通しだぞ?」と言わんばかりの笑みを湛えている。
反論したい気持ちはあったが、弓弦はひたすら沈黙を続けた。
茉里が話しかけてくるのは放課後の、それも二人だけの教室においてのみである。
クラスが違うため日中話す機会が無いのは確かだが、たとえ移動教室ですれ違ったり、合同の体育の授業で一緒になったりと、全く接点が無いわけではない。
にもかかわらず、そういうときの茉里は弓弦と目が合ってもすぐに逸らし、決して言葉を交わそうとはしなかった。
「本気であたしのこと嫌だったら、さっさと帰るか、図書室とかに行けば良いのに」
そう言われてしまえば、何の反論もできない。
弓弦は元々友達が多い方ではない。強面な顔は初対面の人に威圧感を与えてしまうのか、クラスが変わって間もない今、「親しい」と言える友人は他クラスに数人いるだけだった。
「……あたしが女子たちにハブられてるのは、知ってる?」
「……まあ、聞いたことはある」
「あはは、正直だ! ……まあ、あたしこんなカッコしてるし、半分以上は自業自得なんだけどさ、皆、あたしを見た目で判断するんだよね」
「ま、性格がうざいってのもあるだろうけど」と、あっけらかんとした様子で話す茉里からは、特に気に病んでいる雰囲気は見られない。
ただ、彼女も自分と同じ13歳の少女なのだ。思春期まっさかりの子供が、周りからハブられ浮いていることを全く気にしていないはずはないだろう。
「笹瀬川くんも、そうでしょ? 去年うちのクラスでも話題になってたよ。むっちゃ強面の男子がいるって」
「……」
「怖いって言われて、勝手に距離置かれて。でも、どうしようもないからって諦めて。……だからなんとなくね、声かけてみたんだ。もしかしたら、共感してくれる仲間ができるかなって思ったのかもしんない」
話し終えると、茉里は「こういう話すんの、柄じゃないんだよな~」なんて言いながら大きく伸びをする。
(こいつ、意外と……)
弓弦は、茉里への印象を少し改めていた。普段の話し方や弓弦への態度から、「デリカシー皆無な厄介者」としか思えていなかった。それは、一面では正しいのだろう。
しかし、それ以外の彼女の特徴に、個性に目を向けることをしてこなかったのは、弓弦自身が見ようとしなかったからなのかもしれない。
そんなことを弓弦が考えている間にも、「あー、明日数学の小テストじゃん。なんもわかんなーい」とぼやきながらも、きちんと教科書を開いて復習を始めている。実は、心根は真面目な少女なのだろうか。
弓弦はふぅ、とため息をついた。
「……そこやるより、もう一個前の単元やった方がいい」
「え、どゆこと?」
「お前のクラスの数学、金谷先生が担当だろ。去年受けてたけど、あの人の小テストは習ってる途中の単元はほとんど出ないから」
それだけ言うと、弓弦は自分の勉強に戻る。ぽかんとしていた茉里の顔が、一拍遅れて綻んだ。
「え、もっと詳しく教えてよ! 難しい? 満点は? 成績に入る?」
「……うるせえ」
「いーじーわーる! ねえ笹瀬川くん、ねえってばぁ!」
弓弦の抗議はまるっと無視し、彼女はやいのやいのと騒ぐ。
こうして茉莉と過ごす放課後は、いつの間にか弓弦にとっての日常になっていた。
14話(回想後編)は10月2日(水)の朝7時にあげます。
はっきり言って、胸糞エピソードです。
省略することも考えたのですが、弓弦くんのキャラを作るうえで必要かなあと思い書くことにしました。
甘々がお預けで一番つらいのはたぶん自分ですね。息抜きに短編書くかなあ。




