クエスト名称:勇者の秘策
李里ちゃんの叫びが、勝利の余韻をかき消した。
「「!?」」
李里ちゃんの警告を耳にして、安堵の顔を見合わせていた真衣と僕は、エレシアスを消した所へ目をやった。
「……ク……クク……」
凍結粉砕されても尚、細胞が、肉体が寄せ集まって形をつくり、その内に秘めた邪悪な魂は、しぶとく生き延びていた。
ぼろぼろの上体だけが、そこにある。
「勇者よ……これで、勝ったつもりか……余の体は、何度も、蘇るッ!!」
雷に焼け焦げた四腕を、黒雲へ突き出し、
「蘇れ、四天王ォ!!」
四天王、復活の魔方陣が浮かび上がる。
「エレシアスのやつめ! もう一度四天王を蘇らせる気だぞ!」
「足掻き続けるってわけね……」
真衣が額の汗を拭って、
「私たち相手に何度闘ってもムダ……と言いたいけど、ちょっとキツいかも……」
さすがに疲労度がヤバい。
回復アイテムを多用して、もはやドーピング以上の薬漬け状態なのに、ここに来てからのもう一展開には対処不可能かもしれない……!
「蘇れぇ……!!」
黒雲へ突き出した腕をふり下した一瞬間、漆黒の光を放つ復活の魔方陣から、四天王の魂が吹き込まれた肉体が、形を成して登場した。
だが……。
「うげえぇぇ! やつめ、不完全な四天王を生み出しやがった!」
現れたのは、放っておいても腐り溶けてしまいそうな、ゾンビ四天王だった。
「オオオォォ……エレシアスさまぁ……永遠の眠りを……」
「……わが肉体がぁ! 腐り……もう、もう……」
「お……お辞め、ください……エレシアスさまあ……っ!」
「……われらの魂を……眠らせてくだ……くださいませえ……」
ドゥクサス、ゼゼガン、イズリフ、ガープ。
どろどろに腐った肉体は悪臭を放ち、それぞれが悲痛な叫びを上げて、魔王エレシアスにひれ伏す。
肉体美を誇ったドゥクサスの腕が腐り落ち、冷美に充ちたイズリフの頬や目玉が剥がれるように溶け落ちる。
見るに堪えない、身の毛もよだつ光景であった。
鼻を覆うが、それでも僕は、吐き気がこみ上げて来る。
焼け焦げた体をしてエレシスが言う。
「……黙れ……四天王よ……貴様らは、余の肉になるのだ。余の体の一部と……なれ」
言ったとたん、四天王が叫喚し、目の前が地獄と化した。
ドゥクサスが、ゼゼガンが、イズリフが、ガープが、魔王エレシアスの体に吸収されて、魂を喰われた。
「なんてやつなの……仲間を取り込むなんて……」
うめくように真衣が言った。
エレシアスに吸収される寸前……。
ガープが、僕に助けを求めるように手を差し伸べた刹那、魂を噛み砕かれた。
僕の心臓が、ドクンと大きく鼓動した。
「……ガープ。僕は、お前が嫌いだ。
だけど。
いまは、お前に同情してやる。お前よりも大っ嫌いなやつが、僕の目の前にいやがるからだ……ッ!」
手にした賢者のセプター改㈽に、否応でも力が入る。
魔王エレシアス自身も、体を腐らせて、
「……ゆ、しゃ……勇者……きさま、ご……と、地獄に……みちづれ、してや……る」
知能も理性も捨てたようだ。
そして、己の死を悟ったか、捨て身の攻撃に出た。
黒雲を仰いだ四腕の先に、魔方陣が浮かび上がる。
頭上高く、黒雲渦巻く中に、なにか巨大で得体の知れない物を肌で感じる。
「……くら……え…………ダーク……マター……」
四腕をふり下ろした転瞬、
「落ちて来るぞ……空からなにか、落ちて来るぞぉ!!」
「防いで!!」
黒雲を押し退けるように出現したのは、まさに暗黒そのもの。
隕石だ。
それも、真っ黒い。暗黒の隕石だ……!!
「バリディア!!」
ドーム状に展開する白光の壁。
そこへ降って来た暗黒の隕石が白光の壁に衝突。僕は賢者のセプター改Ⅲを天にかかげ、落下してくる隕石を受け止める。
「防ぎきれるもんじゃないっ! 押されてる! 真衣、破られるのも時間の問題だ!!」
もしそうなったら、スタミナを回復してふたたびバリディアを唱える間に、隕石が降って来てしまう。そのときこそ、ゲームオーバーだ。
「……一度だけ。一度だけチャンスを頂戴」
真衣は言った。
「魔王エレシアスに、トドメを刺して息の根を止める」
白光の壁にヒビが入った。
「できるのか!? いや。やらなくちゃ……いけないのか」
「そう、やらなくちゃ。1回だけでいい、あの隕石を押しかえして。そしたら、バリディアを解除して、すぐに横へ飛んで伏せて」
「伏せる?」
「バリディアが解除された隙を狙って、魔王のやつ、一撃を打って来るにちがいないわ」
「なるほど、魔王らしい卑怯な手だ……!」
相づちを入れる僕だが、隕石の落下パワーが強大で、押しかえせるか自信がない。
いまでも充分にキツい。
「私も、バリディアの解除と一緒に避けるから」
「避ける? トドメの一発は?」
「投げるわ。これを」
そう言って真衣は、ゼタドラゴンソードを見せた。
剣を投げる。
「トリッキーだな……だけど、うん。真衣の言うことだ、信じるさ!」
僕は渾身の力で、白光の壁を押した。
腕がプルプル、足もガクガクふるえちゃってる。背筋がズギッと痛む。
暗黒の隕石のパワーも半端じゃない!! だけど、
「負けるかあーーーっ!!」
ここで潰されたら、李里ちゃんに申し訳ないぞ!!
男の子だろ、踏ん張れぇ!!
暗黒の隕石が、ほんのすこし、わずかながら後退したのを感じた刹那、
「真衣! 一番おいしいところを譲るから、僕たちの運命をよろしく頼む!!」
バリディアを解除して、真横へ飛ぶ。
白光の壁が消える一瞬前に、ゼタドラゴンソードを投擲する真衣の姿が視界に入った。
ビュウンッ!
うなりをたてて、風を切り裂くゼタドラゴンソードは、眩い光を放っていた。勇者真衣の、勝利への闘魂が込められていた。
そして、ほぼ同時に。
入れ替わるようにして、魔王エレシアスの放ったサンディアがほとばしる。
だれもいない場所を、ほとばしる。
「ナ!?」
これが、魔王エレシアス最後のことばだった。
眩い光が、エレシアスの一角をへし折って、額に突き刺さった。
貫かれてうしろへ倒れてゆき、四腕を伸ばしきって、息絶えた。
仮りにこのとき、エレシアスに意識があるとすれば、仰向けに倒れて眺めた空に、暗黒の隕石の存在や黒雲のない、澄みきった青空を目に入れたはずだ。




