クエスト名称:勇気100倍
飛び立って、ひとときの間、ヒマを持て余していたのだが、次第に……。
向かう前方に、暗灰色の雲がどんよりと陰鬱にひろがって漂い、垂れこめて来た。
近づくにつれて雲は、その色を濃くして、稲光をともなった黒雲へと変わる。
黒雲が、ねじれた腑のように渦巻いている。この下に、魔王城はあった。
真衣と僕は、魔王城の不気味な迫力に呑まれてしまい、ただただ黙然と、この城を見下ろす。
覚悟を決めたのか、気球が降下した。
……とん。
軽い着地だった。
魔王城の門前に降り立つ。
「来たわね……」
「ここが、魔王城……」
思いの外、あっさり来れたものだ。
「こういうのは、城に入ってからが難しいのよ」
「そうなのか……?」
よくわからない僕に、プロゲーマー勇者真衣が、丁寧に説明してくれる。
「私がプレイしてきたRPGだと、城内へ踏み込むまでが難しいパターンと、城内に攻め込んでから難しいパターンがあるの。この魔王城は、後者のほうね。
城の入り口から、魔王が待ち構える最終拠点の本丸まで、その道はまるで、迷路のように入り組んでいて、私たちの勢いを殺すような内部構造になってる。
魔王直属のモンスターたちも牙を研いでいるはずだから、気が抜けないわよ」
「クエクエシリーズのみならず、RPG全般やり込みすぎだろ……」
真衣の、意外な一面を見た瞬間だった。
世界の要塞についても、詳しそうである。
と、魔王城の門前で長々としゃべっていたら、門番に気づかれた。
《亜人超獣・戦隊デーモン。赤・青・緑・黄・ピンクの5体で集団行動するデーモン》
「一気に5体とかねーよ!」
「ユッキー!! 速攻で倒さないと、仲間を呼ばれるわよ!」
言ったそばから、
《樹木獣・衣領樹。装備中の武器や防具を解除する能力を持ち、襲いかかって来る》
「うわっ、樹木系だ!! 樹木系はどいつもこいつもタフ過ぎるんだよ!」
いつかのリア樹が脳裏をよぎる。
「真衣が相手してくれ!」
「んじゃ、ユッキーは戦隊デーモンね!」
「了解!」
僕は直ちに、おぼえたてのブリザルドを唱える。
氷と雷の魔方陣が融合して、青白く光輝く魔方陣が完成。
魔方陣から絶対零度の息吹きが吹きかけられる。直撃して戦隊デーモンは活動停止。
5体すべてが凍結。そこへ雷が走った。
バッジンッ!
凍結した戦隊デーモンの体が、木っ端微塵に粉砕した。
「……凍結粉砕……なんて恐ろしい魔法なんだ……!!」
僕が5体まとめて倒した、そのときだ。
「キャァッ!!」
真衣の、短い悲鳴がきこえた。
「どうした、真衣!?」
振り返りざま、僕の視界に映ったのは、
「バカ、見るなああ!」
「ぶはっ!!」
思わず鼻血が噴き出す。
『装備中の武器や防具を解除する能力』……なんてすごい能力なんだ!!
青月の鎧が強制解除され、勝負下着姿の真衣がいた。
淡い赤色の下着の、すこし肌が透けて見える生地を通して、恥じらいにあふれた初々しい乙女の体が露わになっている。
色白の素肌に栄える、そのブラジャーとパンティー。
ブラジャーからこぼれ出そうなほどの胸の膨らみは、むっちりとしていて、ゆたん、ゆたんと艶かしく揺れて、弾んで。
細かな刺繍が施されたパンティーは、Tバック。
桃のようにふっくらとして、スベスベのお尻はプルン、ツルンと丸出しに。
「これは衣領樹、良い仕事した! グッジョブ!!」
「敵モンスターを褒めるなっ! バカ!! 早く倒せえっ!」
片手と、もう一方の腕に装備した〔聖バナジウム・羽の盾〕で、スケスケの勝負下着を隠して、叫ぶ真衣。
これをたっぷり鑑賞していたかったけれど、仕方なく、衣領樹をブリザルドで凍結粉砕する。
半泣きの一歩手前の表情で真衣は、青月の鎧を装着した。
その間に僕は、首をトントンして、鼻血を止めた。
衣領樹に激怒する真衣、
「マジでなんなの、あのモンスター!? 最悪でしょ! ていうか、ユッキー。あんた、ああいう事になるのを見越して、私に相手させたんでしょ! サイテー!!」
怒りの矛先が僕に向いた。
「まーた、僕の責任かよ……」
ロームルでの温泉やコールドビークのベッドなど、理不尽過ぎる真衣のひとり呑み込みによって被害を被るのは、いつだって僕なのだから、独断と偏見はやめてほしいものである。
その理不尽が、もうひとつ。
敵の本丸へ進攻中に、
「これも、RPGではセオリーね」
と真衣は、魔王城の秘密倉庫にて、宝箱を発見した。
中身は、〔閃光の鎧〕だった。
いま装備している青月の鎧より防御力が高く、魔法攻撃によるダメージを軽減する特殊効果を持つ。
それにまた、勇者しか装備できない防具で、敵から受けたダメージの20%、体力が回復する効果付きでもある。
おそらく、この鎧を鍛冶屋で極めたら、受けたダメージの50%回復になるかと……。
ただ注意したいのは、これはダメージを受けてからの回復であり、ダメージの軽減ではない。
つまり、100のダメージを受けた直後に20%回復という意味で、受けるダメージが80になるわけではない。体力が充分にあれば、結果として80のダメージとなるけれど、一旦、100のダメージを受けなければならないのが、ややこしいところだ。
勇者装備の防具があるということは、この世界のどこかに〔閃光の剣〕や〔閃光の盾〕もあるのだろう。サブクエストで入手するのか……?
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
問題なのは、この閃光の鎧を発見して恵比寿顔になった真衣が、なにを思ったか、僕の目の前でストリップをはじめたことだ。
青月の鎧をぬぎぬぎして、閃光の鎧を着込む真衣の行動に、僕は瞠目した。
もちろん、真衣のプリッとした美尻を、まじまじと眺めたのだけれど、これに気がついた真衣が、
「ああ!! なんで見てんのよ! こういうのは視線を逸らすもんでしょ!? 第三の眼まで凝らして見るなんて、ユッキー、地獄に落ちなさいよ!!」
問答無用で殴られたのが悔しかった。
悔しいから、勝負下着姿の真衣を、僕の脳内に永久保存しておこう。
そして、何度も何度も脳内リピート再生してやろうと考えて、実行した、43回目に。
決戦のときは訪れた。
ここは魔王城の屋上か。
空は黒雲、目線を下げれば祭壇がある。
その隣には、人がひとり入牢させられた大きな鳥かご。
中で眠るように横たわっている人は、誰であろう、
「李里ちゃん!!」
叫んだとき、祭壇の前に立っていた者が、こちらを向いて、低く笑った。
「……ようこそ、式場へ」
不敵な笑みであり、おぞましい笑みを浮かべたこいつを一言でいうなら、
「バケモノ……!!」
と真衣。
そう感じるのは当然だった。
鋭く尖った一角を額に、固く締まった筋肉質の胴体には腕が4本。
左右2本の腕に合わせ、割れた腹の左右にも、剣が2本ずつ下げてある。
ウェストと変わらない太さの太ももをした二脚。その足先は3本指。がっしりと石の床を踏みしめている。
腰のあたりから長い尾が伸びており、その尾部は10節ほど分かれて、最後の節には針がついてある。
全体的な特徴として……。
やつの赤錆色をした肌は、節足動物のようにテカテカとした艶めきをして、鎧兜を身に付けたような外骨格をしている。
「バケモノ、とはね……」
さも、呆れてしまったという顔をして、
「勇者諸君。君たちは、いま、ここにいる姫と、魔王エレシアスの挙式に立ち会うのだよ」
「挙式!? なに勝手なことを抜かしやがる!! 李里ちゃんは僕と結婚するんだい!」
「それも間違ってるわよ、2人とも消えなさいよ!!」
怒鳴る真衣。
と、その声で、鳥かごの中に閉じ込められた李里ちゃんが目を覚ました。
寝ぼけ眼で、眼を擦ってあたりを見まわして、僕たちを発見し、
「……!? 真衣! 真衣ぃぃぃぃ!!」
鳥かごの柵を掴んで、必死に助けを呼ぶ李里ちゃん。
純白のウェディングドレスを着せられていて、頭部にはゴージャスなティアラまでのせられている。
けれど、やさしい目元とふっくらした可愛らしい唇、あどけない童顔は変わっていなかった。
「よかった。李里ちゃんは無事でいる!」
「李里! 待ってて!! すぐに魔王を倒して助けるから!!」
真衣のことばに、魔王エレシアスは、苦笑をもらしながら、
「余の邪魔をするというなら、よかろう。ここで朽ち果てるがよい……」
静かに啖呵を切って、その四腕を黒雲に向かってかかげ、
「蘇れ、四天王ドゥクサス! ゼゼガン! イズリフ! ガープ!」
叫ぶがごとく魔法を唱え、四腕をそれぞれふり下ろす。
左上腕から、ドゥクサス復活の魔方陣が、左下腕からはゼゼガン復活の魔方陣。
右上腕から、イズリフ復活の魔方陣が、右下腕からはガープ復活の魔方陣。
それら魔方陣が魔王エレシアスの前に浮かび上がると、漆黒の光を鈍く輝かせながら邪悪なオーラをまき散らし、地獄の底にある四天王の魂を引きずり上げる。
同時に、生前よりも蛮力の増強された肉体が生み出され、これに、魂が吹き込まれる。
「うげぇ、蘇りやがった! しかもパワーアップして!!」
「小手調べってことかしら? ふんっ」
と真衣は、ゼタドラゴンソードを抜刀して、
「随分、甘く見られたものだわ」
「ちょっ、なんでそんなに余裕なんだよ!? 悠然とし過ぎだろ真衣!」
僕は早くもチビリそうなんですけど!
「一度に四天王4体が相手よ」
「パワーアップしてるってば!!」
「落ち着きなさい、ユッキー。私たちも、レベルアップしてるから」
真衣は、やさしく僕の背中に手をふれて、緊張をほぐすように言った。
「四天王を倒したあとに、魔王を倒すパターンよ。先に、強化された四天王を倒さないといけない」
「倒せるか!?」
「倒せるわ」
真衣は、力をこめて言った。
そして、お腹が痛くなってきた僕に、真衣は落ち着いた口調で、
「でも、勝つためにはユッキーの力が絶対に必要なの。いい? よくきいて。
まず私に、守備・攻撃・素早さの補助魔法をありったけかけて。逆に敵には、弱体魔法をありったけよ。ユッキーも、自分に補助魔法をかけるの忘れないで。
戦闘になったら、スタミナに気を配って、上位魔法で攻撃してまわる。こまめに回復するのよ」
言って、僕の背中をぽんぽんと叩いた。
このとき、はじめて僕は、真衣を勇者だと思った。
「よ、よし。落ち着いてきた……うん、わかった。その作戦で行こう」
生唾を飲み込んで、四天王に向き直る。
と……。
四天王の中に、ひとり、初めて見るやつがいる。
「あいつが、ドゥクサスか……?」
筋肉質な巨体、そのあちこちに刀傷の跡がある。
武器は大剣。波状の刃をしていて、刃先が青白い光を放っていた。
明らかに、パワーで押して来るタイプだ。
「蘇りし、四天王よ!! 勇者を殺せ!! 余に刃向う雑魚も皆殺しだ!!」
魔王エレシアスが叫び、命令を下すと、
「「ははっ!」」
答えた四天王が、いっせいに武器をふるい、攻めかかってきた!
即座に僕は、
「ストライクの3かけ! プロテクターの3かけ! スピードの3かけ!!」
一気に、攻撃・防御・素早さの補助魔法を3回まとめて、真衣に向かって唱える。
装備しているステータスアップ効果により、瞬く間にスタミナが回復し、
「ハンマーダウンの3かけ! パッドダウンの3かけ! エスケープダウンの3かけ!!」
四天王に向かって唱える。
攻撃魔法の効かないゼゼガンだが、弱体魔法は効果あり。
疲労度の影響で若干、スタミナ回復速度が低下した僕へ、
「小賢しい真似を……!」
冷たく言い放ったのはイズリフだ。
美顔は無表情を崩さず、レイピアの刺突の一撃を繰り出す。
これをバリガで防いで僕は、
「真衣……!」
一瞬だけ、そちらへ目をやる。
大剣をふりかざしているドゥクサスと、ランス片手に格闘を仕掛けるゼゼガン相手に、さすが真衣だ。攻めの姿勢を取っている。
と、次の瞬間。
バリガの白光の壁にヒビが入った。
「ヤバい!」
スタミナの関係上、バリディアでなく下位のバリガにしたのがいけなかった。
滾りに滾った激流が、バリガを破壊した。
「水……! ウォーディアか!!」
目の前に立ちはだかったのは、杖をふるうガープだ。
「雑兵に敗北したのが屈辱でな。復讐のために、あの世からもどってき、」
「無駄口が多いぜ! ファイアボルト!!」
ただでさえ苛立ちをおぼえる敵だけに、僕は間髪を入れず攻撃する。
李里ちゃん、見てくれ!! 僕のこの勇敢な姿を!!
「真衣ぃ! うしろ! 頑張ってぇ!!」
「なーん!」
ズゴーッ、と転けてしまった。
李里ちゃんは、僕のことを勇者真衣についてきたNPCだと思っているようだ。
そのとき、僕の脳裏に妙案がひらめいた。
『抜け駆けの功名』
戦場にて、こっそり味方の陣地を抜け出て、人より先に敵陣へ攻め入り手柄をとる、ということわざ。
そうさ。いまこそ、鳥かごの中から李里ちゃんを救い出して、カッコいいところを見せるチャンス!
「ぬおおおお! どりゃーーー!!」
賢者のセプター改Ⅲをふりかかげ、僕は、
「ブリザルド!!」
ガープに向かって唱えた。
青白い魔方陣から吹きかけられる絶対零度の息吹きが直撃し、
「グアアアァァァ!!」
断末魔の叫びを上げて、ガープ活動停止。
「あの世へもどれ!! ガープ!」
バッジンッ!
雷光と共に凍結粉砕した。
いくら増強された肉体といっても、ファイアボルトを喰らってヒットポイントを消耗したところへ、ブリザルドを叩き込めば勝てる!
その代わり、スタミナがヤバい。自分に補助魔法をかけてるヒマもない。
「はぁ、はぁ……うぅ」
頬から顎下へ滴り落ちる玉の汗を拭って僕は、
「李里ちゃーーーん!」
叫びながら、スタミナの関係上、へなちょこスキップで駆け寄れば、
ガツン!
なにかに、鼻を打ち付けた。
「は!?」
手を突出せば、それは触れることができる。できるけれど、見えない。
「こ、これは……!! 見 え な い 壁 だ!」
そう……。ゲームにありがちな、『この先は行けません』という透明な壁だ。
魔王を倒さないと、鳥かごまで行けないようだった。
そして。
突如叫んで駆け寄って来た僕のことを、李里ちゃんはふしぎそうな目をして見た。
いや、その目は、真衣の思い通りに動かないクソAIのNPCを見るような、残念なものだった。
「あっ……!」
低く発した李里ちゃんの声にかぶさるように、僕の背後で悲鳴が上がった。
振り返れば、僕に攻撃を加えようとしたイズリフを、
「よそ見してるヒマなんてないのよ!」
真衣がバッサリ斬り捨てたところだった。
ドゥクサスとゼゼガンの姿は見当たらない。真衣が倒したのだ。
「あとは魔王だけよ! 気を引き締めて!!」
「お……おう!! もう抜け駆けはできないってわかったし、やるっきゃない!」
「抜け駆け?」
ふと、毒の抜けたような顔をした真衣に、
「ないでもない!」
と言って、僕は、エレシアスを向き、攻撃の構えをとる。
「フフフ……余が強靭化してやった四天王が、こうも簡単に倒れるとはな。さすが、勇者といったところか」
「つべこべ言わず、さっさとその首を差し出しなさい!」
抜きはらったゼタドラゴンソードの先で真衣は、魔王エレシアスをさし示した。
炯眼なる勇者真衣の挑発に、エレシアスは、
「威勢のいい。だがしかし……」
四腕それぞれ腰に下げた刀を抜き、口元を歪めて言った。
「弱い犬ほどよく吠える」
「な、なにを! こいつ!! ファイアで、お前のまつ毛を燃やしてやろうか!!」
「あんたもうるさいし、やることがしょぼいのよ!」
黙ってて! と真衣に叱られた。
「さあ、かかって来なさい! 魔王!!」
「愚かな。よかろう。返り討ちにして……」
言いかけてエレシアス、己の腕や上体へ目をやった。
その行動を前にして、僕と真衣は眉を寄せた。
だが、その理由は目に見えるかたちで現れた。
「これは……どういうことだ!! 余の体から力が抜けてゆく……!」
まるで蒸発するように、エレシアスの体から気化する粒子。
空気中でキラキラ輝いている。
「李里だわ!」
真衣のことばに、鳥かごへ視線を移す。
鳥かごの中で、目を瞑った李里ちゃんが、手のひらを組んで、
「祈ってる! そうか、姫の祈りだ!!」
姫の祈りの恩恵を受けている者と対治する敵は、ヒットポイントが減退する。
いま、この状況では、恩恵を受けている真衣と対治するエレシアスは、ヒットポイントが減退しているのだ。
「小癪な……!!」
ギギッ、と歯ぎしりをするエレシアス。
皮肉なことに、閉じ込めておくための鳥かごが、逆に李里ちゃんを守ることになり、危害を加えることはできない。
いまは、鳥かごの中が一番安全な場所だった。
それにまた、姫の祈りの効果にいまさら気がついても時既に遅し、である。
「チッ……まあいい。ハンデとしてはこれくらいが丁度よい」
「負け惜しみを!!」
叫んだ僕は、ここぞとばかりに〔ファイト一発!〕をがぶ飲みして疲労回復を済ませて、
「ああ、めんどくさいっ! 喰らえ! 弱体魔法全部!!」
攻撃・防御・素早さを低下させつつ、
「ファイアボルト!!」
異質の極大エネルギーを解き放つ。
これをエレシアスは、四腕に持った刀をクロスさせ、
「ウグヌヌヌヌ!」
ファイアボルトを真正面から受け止めただけでなく、
「この程度かあ!!」
ヌルいわ!! 雑魚め! と言い捨てた。
スタミナの続くかぎり放ったが、
「クッ、ダメだ! もう続かない!」
と僕は、肩で息をして叫ぶ。
「真衣頼んだ!」
「任せなさいっ。いまの攻撃だって確実に効いてるわ。ヒット・アンド・アウェイの一撃離脱の戦術で攻めるから、回復魔法の準備してて!!」
真衣の、あふれる覇気の素晴らしさを頼もしく感じて、
「りょ、了解!」
全力サポートする。
エレシアスとの間合いを一気にせばめた真衣。
ゼタドラゴンソードを正眼に構え、
「やああっ!」
まわし斬りに打ち込み、
カキンッ!
刃と刃の衝撃音が、耳鳴りのように空気を振動させた。
「隙あり!!」
エレシアスの、手持ち無沙汰の腕が、真衣の顔上へ叩き下ろされた。
鍔迫り合うかたちで組み合っていた真衣は、一撃離脱の心得でこれを回避して、むしろ飛び退いたあとすぐさま飛びかかり、叩き下ろしきって筋肉の弛んだ腕を、
「えい、やあ!!」
肘の下から、バズン。一刀に切断した。
刀を握ったままはね飛んだ腕を、気にもとめずに真衣は二の太刀をふるって、
カキンッ!
またもや鍔迫り合いになる。
「腕一本で、いい気になるなっ、勇者よ!!」
激昂するエレシアス。
鮮血噴き出す腕に力をこめたとたん、グググ。筋肉が盛り上がり、
「余の体は何度でも再生する!!」
腕を生やしてみせた。
その腕で、真衣の腹部をアッパーのごとく突き上げて殴り飛ばした。
「真衣!」
すかさず僕は、回復魔法ケルディアを唱える。
「大丈夫! 守備力もアップしてるから!」
真衣の溌剌とした答えに安心して、スタミナ回復を終えた僕は、
「もういっちょ、かましてやる! 真衣、離れて!」
「オッケー!」
うしろへ退いた真衣のタイミングに合わせて、
「ブリザルド!!」
ファイアボルトからのブリザルドは、もはや鉄板だ。
絶対零度の息吹きで凍結し、
バッジンッ!
「砕け散れーーーーれ、れ、あれぇ?」
「まだだああああっ!!」
魔王エレシアスのやつ、耐えやがった!
「ヌオオオオオ!!」
黒雲を切り裂く雄叫びを上げるエレシアスは、全身に力を込めて、全神経を集中させた。
その凄まじい闘気によって、いままでの戦闘で剥がれた床や砕けた石など、あたりの砂礫が宙へ浮く。
空間を圧縮したように張りつめた空気に、呼吸がままならない。
頬が熱を持ったようにビリビリ痛い。
「ヌヴオオオオォォ!!」
目玉のひっくり返ったエレシアスの白目が、ぎょろり。僕に向けられた瞬間——
エレシアスの胴体が膨れ上がって長くなる、と同時に、新たに足が生えて来た。
「なんだあいつは!! いよいよバケモンだ!」
「第二形態に進化する気なんだわ!」
「だだだ、第二……形態……!?」
エレシアスの額の一角が、グリリと伸びて高くなり、胴体は馬のようになった。
そこに足が増えて四脚に。
エレシアスはまるで、一角と四腕を持ったケンタウロスのような姿になり、尾部の先にあった針は一目で毒針だとわかる。
注射針のように液体を注入できる穴があって、そこからポタポタと緑色の汁が垂れて落ち、ジュッ、と音を立てて床の表面を溶かしている……。
恐怖のあまり顔面が引き攣る。自分でもわかる。背筋に戦慄が走った。
「マジでやべぇよ……何なんだよあいつ」
「魑魅魍魎が宿ってるわ……つよい……!!」
「勝てそうにねぇよ……あの白目は、本気で怒ってるよ……マジやべぇよ……」
「弱気になってどうすんのよ! 倒さないとリアル世界に帰れないのよ!? 勇気だしなさい!!」
疲労回復している真衣の叱咤が響く。
だが、僕は……。
第二形態エレシアスが牙を剥く凄絶な鬼気に、闘志や闘争心という敢闘精神が完全に萎縮してしまった。
「なんで真衣は……そんなに勇猛果敢なんだよ。その勇気はどこから湧くんだよ? おかしいぜ、おかしいぜ……」
「なに混乱してんの! ここまで一生懸命やって来て、怖がってちゃ意味ないでしょうが!! 男の子なんだからシャッキリしなさいよっ!!」
「この世界では女の子だ……ダメだ……足が固まった」
僕の精神が、どうにでもなれという気持ちに負けてしまったとき、
「真衣ぃ! 頑張って!!」
鳥かごの中から、李里ちゃんが懸命に叫んだ。
そして……。
李里ちゃんは、僕に向かって、
「頑張って! 魔王を倒して!! お願い!!」
弱い声をふりしぼって、必死に叫ぶ。
「李里ちゃん……」
僕は、李里ちゃんに応援されてしまった。
頑張って、と。
魔王を倒して、と。
お願い、と、応援されてしまった。
これに、答えない人間は……いないだろう!!
「好きな女の子に応援されて、頑張らないやつがいたら、僕が殴ってやる勢いだ!」
「な、なに? 急にどうしちゃったの!?」
今度は真衣が混乱した。
その横で僕は、賢者のセプター改Ⅲをぶんぶんふりまわし、
「おっしゃー!! 魔王を倒すぜ! 勇気100倍だぜ! かかってこいや、エレシアス!!」
逆手にした掌で手招きする挑発をかましてやった。
「……あんた、その勇気はどこから湧くのよ?」
混乱から醒めた真衣が、呆れ顔で言った。
僕は答えてやった。
「好きな子に勇気づけられちゃったら、やるしかないだろ! エレシアスを倒すんだ!」
けど、これを完遂するためには、僕ひとりの力ではダメだ。
「真衣! 僕と力を合わせて、一緒に倒すんだ! 僕ひとりじゃ、どうしようもない。僕だけではムリなんだ。真衣がいないとダメなんだ!!」
僕はしごく真剣に、真衣に言った。
「う、うん。わかってるわよ。そんなこと……」
面食らったような真衣の顔が、ぽっと赤くなった。
唇を尖らせて、なにか言いたげな真衣の瞳は、うれしいようでもあり、怒っているようでもあり、切なさを訴えるようでもあり……。
よくわからない感情の色を湛えた瞳が、僕を睨むように見つめた。
「あそびは、ここまでだ……!!」
エレシアスが、先ほど切り落とされた腕が握る刀の柄を、四脚の前足で弾くように蹴り上げた。
ふるえる音を響かせて刀が宙に舞う。
これを掴み、エレシアスは四腕に持つ刀の切先を真衣に向けて、
「完全体に姿を変えねばならぬとはな……余の姿、見せたからには簡単には殺さぬ……! 甚振り尽くし、その皮を剥いでやろう。覚悟せいっ、勇者!!」
叫んだときには、真衣も僕も攻撃に転じている。
猛進してくるエレシアスに、
「ファイアボルトオォォ!!」
唱える僕の横を、疾風のごとく駆けゆく真衣が、
「たっ!!」
エレシアスの頭上を跳ね越えつつ身をひねり、着地するや叩くように尾部を切り割った。
「ヌウッ!! なめるなあァ!」
真衣に振り返ったエレシアスの背が、僕へ向く。
緑色の汁を、びゅっと噴いている尾部、すでに再生をはじめている。
剣戟の響きが一瞬やんだ。
エレシアスの刀をゼタドラゴンソードで受け止め、鍔迫り合っている真衣。
片腕に装備している盾でも、猛威をふるう刀を止めていた。
その真衣の脇腹へ、エレシアスは無為の腕をかざし、
「吹き飛べ!!」
風魔法エアディアを唱えた。
真衣の懐で空気の刃が幾重にも渦を巻き、その体を吹き飛ばす。
悲痛の叫声を上げて床を転がる真衣に僕は、
「ケルディア!」
すかざす回復魔法を唱える。
するとエレシアスの狙いが、
「雑魚がっ!」
僕に向いた瞬間、四腕の左右下腕から、雷魔法最上サンディアが放たれた。
「両腕から2つ同時に!?」
これを僕は、まともに喰らった。「あ、コレは死ぬ」と悟った。
まさに、そのとき。
「勇者を甘く見るなあーっ!」
真衣の声が木霊した刹那、電撃のごとき一刀が、エレシアスの胴を、ぶった切った。
容赦なくズババッと真っ二つに。
「ヌオオ!?」
蹌踉めいてエレシアス、バランスを失い前のめりに転倒。
左上腕に握る刀を床に突き立て、上体を起こそうとする。
そこへ真衣が、右足を軸にして身をまわしつつ、ゼタドラゴンソードをふりかぶり、
「私だって勇気100倍なのよ! これで決着!!」
必殺の二の太刀をもって、エレシアスのヘソから下の胴をなぎはらった。
下半身を分断されて、上体のみとなった肉体に、
「死ぬと思ったぞ、こいつ!」
スタミナ温存のために、わざわざ〔煎じ薬3倍濃縮〕にてヒットポイントを回復した僕が、
「仕返しだ! 喰らいやがれ、ブリザルドオォ!!」
最強の追加攻撃であって決定打。青白く光輝く魔方陣から絶対零度の息吹きが吹き荒れる。
直撃の一瞬、焦りの色を浮かべたエレシアスの顔を垣間見た。だがそれも、瞬時に凍結して、
バッジンッ!
雷が走り、粉砕する。
「はぁ、はぁ……やった……倒した」
息も絶え絶えに僕は、膝が笑っちゃって、賢者のセプター改Ⅲを支えにして立つ。
「よくやったわ」
真衣が隣に来て、微笑みながら、
「これで、リアル世界に帰還できる……短いようで、長かったわ」
感無量の面持ちだと見て取れる。僕だってそうさ。
しかし次の瞬間、李里ちゃんが叫んだ——
「真衣ぃっ!! まだ、魔王は倒れてないっ!!」




