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クエスト名称:聞き込みは慎重に

 真衣のセオリー通り、情報を集めるのには酒場が一番。

 僕たちは、コールドビークにて老舗の酒場に入った。


「おお、すげー!」

「温かい! それに美味しそうな匂い!」

 暖炉に焼べられた薪がパチパチと燃えている。

 カウンターや客席の丸テーブルに置かれたランプ、天井から吊るされたランプにも、やわらかな橙色の灯りがともっていて、酒や食事を楽しむ多くの客で賑わっている店内は、この上ない安心感に充ちていた。

 2階には申し訳ない程度のこざっぱりとした寝室があり、宿も兼ねている。


 鼻先を上げて、クンクン匂いを嗅いでいるちょちょが、

「パンの匂いなのら!」

 調理場から漂って来る匂いを嗅ぎ分けた。

 ほかにも、肉を焼いているのか香ばしい匂いも……。

 いままで凍えていたし、この温かい状況ではどうしようもない。

 空腹感に耐え切れないお腹が、ぐぅ〜、と鳴っちゃって、僕は唾を飲み込んだ。


 とそこへ、酒場のウェイトレスがやって来て、

「マジックシェアにようこそ。あら、旅のお方? お食事にします?」

「します、します。お食事にします!」

 なっ、いいだろ? と僕は、真衣に頼む。

「勇者さまー、お願いなのらー!」

 ちょちょも一緒になって頼む。

「私は鬼じゃないのよ? 命乞いするよな目で見ないで。ちゃんと食事にするわ」

「ヤッホォーイ!」


 小躍りしながら僕は、空いている席へ着席し、店で一番おいしい料理を、と注文する。

 酒場には、小さいながらもステージがあって、弦を爪で弾いて音色を響かせるアルパという楽器を片手に、吟遊詩人が、

『……デミーは、こうして終わりを迎えた。炎と氷、風と水、雷と炎。彼は、組み合わせて唱え、人々を、驚愕させた。隣にいた、司書が、彼のことばを書き、いつか来る、彼の弟子へ、残したのだ……』

 よくわからないけれど、リズムよく歌ってる。


 こういうのは情報媒体として古くから歌い継がれて伝道されている、と博学勇者真衣が教えてくれた。


 料理はすぐに出て来た。

「うおー!? 漫画肉!! はじめてみた! うまそー!」

 分厚いステーキに、マッシュポテトとビーンズが盛りつけられている。

「私はシチューよ。上にチーズをまぶして、表面を炙って、チーズがとろとろ」

 チーズシチューも、うまそうだ。

 ちょちょはというと、野菜の切れ端にパンがつけば御馳走になるらしく、木皿に盛られた料理に大満足。


 食事の最後に、デザートを注文しようとしたら、残念なことにデザートメニューはなかった。

 代わりに飲み物を注文。チョコリッチミルクという甘い飲み物で、モーブー(キャラバンで幌馬車を曳いていたモーブブというモンスターを家畜化した生き物)の乳をしぼり、このミルクに、チョコレートを溶かし注いだもの。とろりとした口当たりで、おいしい。

 これを飲みつつ、真衣と僕は、聞き込みをはじめた。


 酒場のマスターに声をかけると、油紙へ火がついたよう。ペラペラとしゃべってくれた。

 ダスターでカウンターを拭きながら、マスターは、

「宿泊かい? 部屋は空いてる……え? 〔知恵のしるし〕を知っているかだって? んんー、知らないねえ」

「このあたりで変わったことは?」と真衣。


「このあたりで? ははっ、氷に閉ざされて、なんも変わらないのが、コールドビークだ。大昔は、ここにマジックアカデミーがあったそうだ」

「まただ。マジックアカデミーってなんだ?」と僕。


「知らないでこの町に来たのかい? 数百年もの大昔、ここには魔法を学ぶ学校があったそうだ。当時は店も大繁盛で、学生たちがよく来たらしい。この店の名前の由来にもなってるほどにな。お得意の魔法を持ち寄ったときく」

 と、天井を指さしたマスターが、

「あの梁を見てみな。あそこに焦げた跡があるだろう? ファイアを披露した学生が誤って、あそこを燃やしちまったんだとよ」

「いま、その学校はないの?」

「とっくの昔に滅んじまった」


「「どうして!?」」


「どうしてって……吹っ飛んじまったもんはしょうがねえ。魔法で、しくじったんだろうよ。町の外れに行けば、学校の跡地に石碑がある」

「石碑かよ……」

 僕はがっくりと項垂れた。

 もしかしたらその学校に、〔知恵のしるし〕があると思ったからだ。

 魔法を学ぶことと、知恵とが結びつく……と推理したけれど、ちがうようだ。


「ほかに、手がかりになる出来事とかないですか?」

 僕の問いに、マスターは、

「うーん……さあなぁ……」

 答えられない質問への対処は、どいつもこいつもおなじだ。


「あ」

 ぽかんと口をあけた真衣が、なにか閃いたようだ。

「町の外。ずっとずっと遠くに、塔のような建物があったけど、あれはなに?」

「ん? 知恵の塔のことかな?」

「知恵の塔!?」

 思わず叫んだ僕に、店中の視線が集まる。


 咳払いをして、視線を放散させて僕は、

「冒険者が〔知恵のしるし〕って尋ねてるんだからさ、そこから、『知恵の塔が関係するんじゃないか?』って考えを巡らせてくれよ……んん!」

 低い声で、唸るようにして訴える。


「質問の仕方にポイントがあるみたいね」

 名探偵勇者真衣が、顎先に手を添えて、思考して、

「たぶん、特定のNPCの場合、ただ尋ねるだけでなく、『○○について知らない?』という感じに質問の仕方を変えると、道がひらけるみたい。聞き込みのテクニックね。もしかしたら、いままで出会って来た人たちも、質問の仕方で返答が異なるのかも……」

 優れた考察を披露した。


 するとマスターが、火にかけていたケットルの取っ手をつかみ、それとなく、僕と真衣のマグカップに、チョコリッチミルクを注いでくれて、

「知恵の塔は、別名、賢者の塔とも言われている。なんでも、マジックアカデミーの卒業者で賢者になった者がいて、自ら開発した秘伝の術を、知恵の塔に秘匿したらしい」

「賢者の塔……!! ここは女賢者である僕の出番かも知れない!」

「職業上の賢者でしょ、ユッキーは。なーにも、悟りをひらいてないんだから。遊び人同然よ」

 と真衣はチョコリッチミルクの注がれたマグカップを片手に、

「だけど。その賢者が開発した秘伝の術が、〔知恵のしるし〕かも。だとしたら、知恵の塔に行かない理由はないわね」

「知恵の塔に行く気かい? それはやめといたほうがいい。いままで何十人何百人ものツワモノが秘伝の術を取りに向かったが、誰ひとり、手に入れた者はいない。なんてったって半数以上の者は、塔の中でお陀仏になっちまうってはなしだ」

 生きて帰って来た者は二度と挑戦しない……、とマスターは言った。


 だが……。

 そう言われても、行かないわけには、いかないのだ。

「ユッキー、聞き込みするわよ。マスター以外にも、有益な情報を持っている人物がいるかもしれないわ」

「うむ。手分けして聞き込みするか」

 腹を出してひっくり返って寝ているちょちょをそのままに、僕は店内を尋ねてまわる。


 結果を言うとこれといった情報は得られなかった。が、その中で、腹立たしい人物がいた。

「あの……」

「おん? ヒック、ヒック……あんたぁ、だれだね?」

 酒のニオイをぷんぷんさせて、顔を真っ赤にした爺さん。

「知恵の塔についてなんですが……」

「ほぅーん? わしに、なにか、尋ねてなさるな……? ヒヒッ! ほ〜れ、酒を」

 空のグラスを見せられて僕は、飲んだくれの爺さんに、2Gの蜂蜜酒を買って飲ませた。

 この2Gは、実は僕のヘソクリから出ている。

 モンスターを倒した際に拾うゴールドを、真衣の〔中くらいの布の袋〕に入れる前に、ちょろまかしたもので、1Gや2Gの小額をチマチマと貯め込んでいるのだ。


 僕には真衣のお下がりである〔小さな布の袋〕がある。モンスター素材に興味のない真衣の目を盗み、素材と一緒にゴールドを袋の中へ……。ふひひ。

「はい、爺ちゃん。買って来たよ。で、知恵の塔については?」

「ほっほっほっ。偉い!! いまの若者は偉い!! いいことを、ヒック……教えてやろう。……人生とは、他人ひとを疑って、他人ひとを愛することだ」

 ドヤ顔で言うなり爺さんは、一気に酒を呷って、テーブルに突っ伏して寝てしまった。

「おい! 爺ちゃん!! はなしがちがう! 知恵の塔について、しゃべれよ!」

 揺さぶって起こそうにも、ぐぅぐぅ寝息を立てやがった。

「ちくしょう! 僕の2Gがあ!!」


 酔っ払いの爺さんを相手にしたら金を損した……。

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