クエスト名称:新たな仲間・教会で通信04
「これは大変危険な状態だぞ……ッ!」
横たわる意識不明の女体を前して僕は、
「心肺停止……溺れたのがいけなかったんだ、ちくしょう! こうなったら、心肺蘇生するほか手段は残されていない! すなわち、人工呼吸!! マウストゥマウスだ!! 僕に任せろ!!」
「そんなの絶対に認めないわ! ぜえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったいにね!!」
赤面する真衣、断固反対の態をとる。
「ユッキーがするなら、私がするわ!」
「な、なに!? こういうことは、僕が率先してすることだ! 賢者だからな!」
「賢者より勇者が優先よ! だいたい、下心が見え見えなのよバカ!」
言い合っていると、
「ん……んん」
美人考古学者が目を覚ました。
「……あれ? ここは……」
「「あ、気がついた」」
くそう。あとすこしだったのに!
《クエスト名称・考古学者の飽くなき探究心——完遂!!》
〔力のしるし〕を入手して、サブクエストもクリアしちゃって、水の都・ロームルでのメインクエストは次へと移行する……。
助けた美人考古学者は、名前をナタリーナといって、
「たすけてくれてありがとう! お礼に、この子をあげる!」
と、小型草食獣のりんちょを譲り受けた。
「この子は、あとどれくらいでレベルがアップするか、わかる能力をもっているの」
冒険のお役に立てると思う、と満面の笑みを浮かべたナタリーナは、
「もし良かったら、研究の手伝いをしてくれない?」
どうやら考古学者のサブクエストは、単発モノではなく、連なったストーリーのようだ。
しかし、僕たちは本筋を急ぐ身なので、これを最後まで完遂することは不可能だった。
僕は泣く泣く、ナタリーナとわかれた。
「ゲームの中でさ、可能であれば……ナタリーナと所帯を持ちたい」
「ああん?」
いまの心境を素直に述懐したら、真衣に、グーで殴られた。
このような紆余曲折と、諸事情があって、僕たちの冒険に新たな仲間が加わった。
「おいら、悪いりんちょじゃないよ! 次のレベルアップに必要な経験値のわかる、すごい能力を持った賢いりんちょなのら!」
猫の皮をかぶったウサギのモンスター、りんちょ。真っ白な毛はもふもふだ。
人懐っこいりんちょに、僕は、
「ただ『りんちょ』って呼ぶのは味気ないな。名前を付けてあげよう。そうだな……」
2回も3回もひねった結果、
「『ちょちょ』にしよう。僕のことはユッキーって呼んで。みんな、そう呼ぶしさ。あ、こっちは勇者さま」
「なんで、私だけ名前じゃないのよ」
「おいらの名前、ちょちょ! いい名前なのら〜。ユッキー、ありがとうなのら。勇者まさ、これからよろしくなのら!」
礼を言うと、僕の胸へ、ぴょんっと飛び込んで来た。
嬉しいことに、名付け親の僕に懐いたようだ。
「私は名前じゃないし、ユッキーには懐くし、なんだか釈然としないわ」
真衣は眉をひそめて文句を並べる。嫉妬しているようだった。
そんな真衣を宥めつつ、教会へ向かう。
李里ちゃんに、勝利報告するためだ。
「よくぞまいられた。人は皆(以下略)」
さっさと神父に500Gを支払って、李里ちゃんとの通信を開始。
幾何学模様の彫刻が施された石の祭壇に……。
お姫さまドレスに身を包み、天に祈りを捧げている李里ちゃんが現れた。
両膝をついて、一生懸命に祈っているその姿、まるで天使だ。
「李里ちゃん! 僕、やったよ! 無事に帰って来れたし、〔力のしるし〕もゲットしたんだ! 李里ちゃんが祈りを捧げてくれたおかげだよ!」
祭壇に、勢い良くしゃしゃり出ると、
「ユッキー、あんたの声や姿は、一切、李里には届いてないわ」
「へ? …………あっ!」
そうだった。
通信は、ゴールドを支払った者にのみ権利があるシステム。
李里ちゃんの姿を拝めることは可能だが、こちらの、第三者の声や姿は相手に伝わらないのだ。
そんなクソ仕様なのだから、真衣と李里ちゃんのやり取りを、僕は指をくわえて傍観するしかない。
「李里、帰って来たわ」
「ま、真衣ぃ! 心配したよぉ。無事に帰って来てほしいから、ずっと祈ってた……!」
李里ちゃんは目に涙を溜めて、安堵のため息と一緒に胸をなで下ろす。
「心配かけたわね。でも、大丈夫。四天王のひとりを倒して、〔力のしるし〕を入手して、ちゃんと無事に帰ってきたわ」
勝利報告をすると、
「うん、うん」
李里ちゃんは、喜びを顔に浮かべて何度も何度もうなずいた。
「これで、3つのしるしのうち1つを手に入れたことになるわ。残るは、2つ。このしるしについての情報も、魔王城のこどかにあるんじゃない? 探してみてくれない?」
名探偵勇者が、ここにいた。
すると、目尻を指で拭った李里ちゃんが、悪戯を成功させた小学生のように微笑んだ。
「へへへ。実はね。〔力のしるし〕の洋紙を発見した第一の書室を、もう一度、丁寧に調べたら、壁に掛けられた幕のうしろに、第二の書室の扉を見つけたの!! 一時間くらいまえに、なんでかな? よくわからないけど、その扉がひらいたんだぁ」
一時間前といえば、僕と真衣が、ゼゼガンを倒した時間じゃないかな。
そう思い当たって真衣の顔を見やれば、
「なるほど、そういうことね」
真衣も感づいたらしい。
「おそらく、四天王を倒すごとに、次への扉がひらく仕組みなんだわ」
ということはだ。真衣が最初に出会った四天王のひとり、ドゥクサスを倒したことで、第一の書室の扉がひらいた……こういうことになるっぽい。
ドゥクサスってやつ、闇雲に登場したわけではないのか。
「それで李里、なにか発見できた? 残る2つのしるしに関する情報があった?」
「うん! もちろん!!」
元気に突き出した両手には、洋紙が握られていた。
「「やるぅっ!」」
僕と真衣の声が重なる。
「今度は〔知恵のしるし〕の情報だよ。これも、マーキングがしてある! えーとね……水の都・ロームルから、海をわたり、北へ。白銀の大地・コールドビーク……」
「白銀の……大地。そこにあるのね」
名前からして随分と寒そうなところだ。
洋紙に目を通して李里ちゃんが、訝しげに唇をツンと尖らせた。
「やっぱり続きがある! 魔王は〔知恵のしるし〕の破壊命令を下し、四天王イズリフをコールドビークへ差し向けた……だって!」
と言って、李里ちゃんは魔王のやることに怒った。
「ヌガガ!」
神父のおっさんが限界だ。
もっともっと李里ちゃんを眺めていたいが、時間がきてしまった。
「真衣ぃ! 無理しないで、ほどほどに頑張ってよ? 怪我しちゃったら、なんにもならないんだからね!」
「わかってるわ李里。コールドビークに到着したら、また通信するわ」
石の祭壇から、李里ちゃんの姿が消えてしまった。
なんだか、日曜日の夕方みたいに心さみしい気持ちになった。
教会をあとにして、ロームルの街をぶらつく。
僕は、新たな仲間ちょちょを抱っこしながら、
「それじゃ早速、コールドビークに向かおうぜ」
「ユッキー……そう簡単じゃないわ」
真衣は腕を組んで考え事をしている。
「どうしてさ?」
僕の問いに、真衣は疲れたようにため息を吐いた。
「ここから、コールドビークへは、どっちに行くんでしたっけ?」
「どっちって、北だろ? 海をわたってさ…………わたって………………わたって?」
海をわたるって、どれくらいの距離なんだろう?
「RPGで海となれば船だよな。なんかのクエストを完遂して、船を貰うのが王道だ」
「なんかって、なに? 言ってごらんなさい。いまからサブクエストやってる時間なんてないわ」
「んなこと僕に言われても……」
と、そのときだ。
街角をひょいと曲がったら、外壁に張られたビラが目に入った。
ウォンデッドのサブクエストのほかに、
『雨滴の洞窟に巣食う魔物退治! 討伐隊へ入隊せよ。気球を褒美として取らす——市長』
と同時に、宿屋・松葉館の主人のことばが脳裏によぎる。
『魔物を退治した者には、褒美として気球が贈られるそうだ』
「僕たち、魔物を退治した者だよな!?」
おなじく、これに直感した真衣が、
「市長の所に行くわよ! やったわ。道がひらけたっ!!」
白い歯を覗かせて満面の笑みをみせた真衣と感激のあまり抱擁を交わした。が、すぐ正気にもどった真衣に、
「んふぁ!? ちょっ、どさくさに紛れて、お尻触ってんじゃないわよ! えっち!」
「ひどいっ! 偶然なのに!」
「問答無用!!」
バシーーーン! 思いっきり張り手を喰らった。
このとき、僕はレベル15で真衣はレベル22。
このレベルの差は如何ともし難く、僕の頬には、とても大きな紅葉が浮かび上がった。
ロームル市役所にて。
でっぷりと肥えた市長の前に出た真衣、
「あの……」
「この忙しいときに、だれだ!? まったく……雨滴の洞窟に住み着いた魔物の所為で、こっちはてんてこ舞いだ」
「ですから……」
「討伐隊からの連絡も途絶えてしまって、状況が把握できない! どうしたものか……」
「だからですね。その魔物を退治してきたので、気球をください」
「な、なんだと!? あんた達が、雨滴の洞窟に巣食っていた魔物を倒しただって!? えっ、打倒魔王の掲げる勇者一行!? ひえ〜!!」
おどろいて腰を抜かした市長。
このパターンは、洞窟へ行く前に一度、市長のところへ立ち寄るのが正規ルートだったようだ。
はなしが噛み合ない展開だった。
ま、なにはともあれ……。
僕たちは報酬の気球を貰い受けることができた。
気球に乗って目指すは白銀の大地・コールドビーク!!
「風、よーし! 天候、よーし! 邪魔者、なーし! テイクオフだ!」
「ちょちょも乗ったわねっ! それじゃ、浮揚するわよ!」
いざ、大空へ!!




