クエスト名称:水没に愛を見る
雨滴の洞窟には、いくつもの入り口が存在する。
たどり着くところはおなじはずだけど、どうせなら、歩く距離の短いルートを選択したい。
そう考えて、いくつかの入り口を見定めていると、
「おーぃ、ヒィヒィ……たっ、助けてくれー!!」
片腕片膝に怪我を負った兵士が、槍を杖代わりにして、よれよれになって駆けて来た。
「わっ!? どうしたんだ、出血してる。ひどい怪我だ」
「助けてくれ……! 洞窟の中で、魔物に襲われちまって……」
兵士の風貌は、見たところ討伐隊ではなさそうだ。
「討伐隊? なんの事が知らんが、俺はこの洞窟を調査している学者に雇われた傭兵だ。護衛中に魔物がいきなり出てきやがって……ちくしょう、不意打ちを喰らっちまった。すまんが、俺の雇い主を救出してくれないか? 雇い主は、とびっきりの美人さんだ」
必死の形相で頼んでくる。
「真衣、どうする? ロームルに来る途中にも、この手のサブクエストあったよな……」
思い出すだけでも忌々しい。あの老夫婦。
「とりあえず、受けるだけ受けましょうか。運が良かったら救出できるかもだし」
「おお! ありがたい!」
《クエスト名称・考古学者の飽くなき探究心》
「あーあ、受けちゃった」
また不愉快な思いをするんだなと覚悟を決めて、洞窟に足を踏み入れたら……。
でてくるでてくる、そこら一帯にゴロゴロしている、
「返事のない屍」
これがただの屍ではなく、討伐隊の屍だった。
しかも、この屍に群がっていたのが、
《小型飛翔獣・かちこちコウモリ。臆病者だが怒り出すと鋼鉄の体を活かして突撃してくる》
《爬虫獣・ドクロスネーク。屍の髑髏を住処にする。天井から降って来て、耳穴から侵入》
《兇牙獣・鬼グマ。雑食性で、腐肉も食す。氷魔法に耐性がある》
「うげぇ……強敵ばっかり! 耳穴から侵入して脳みそを……ひいぃ!」
洞窟内は、グロテスク系RPGの世界だった。
僕は修得したばかりの補助魔法を真衣にかける。
なぜか僕は何十羽ものかちこちコウモリに狙われて、体当たりをズガズガ喰らう。
「なんで僕だけ!? バリア!!」
唱えて、僕の足下に、白色に発光した魔方陣が展開。
僕を中心に半径2メートルほどの、ドーム型の白光に輝く壁が形作られた。
白光の壁に遮られ、かちこちコウモリは僕に攻撃できないでいる。
「へへんだ。悔しかったらバリアを壊してみせろー! ベロベロバ〜!」
言うが早いか、かちこちコウモリの特攻でバリアにヒビが入った!!
「げぇ! いまのウソ!」
バリアは、ある程度の攻撃量ないしダメージが蓄積すると壊れてしまうようだ。
「なに遊んでんのよユッキー!! そんなモンスター、焼き鳥にしちゃいなさい!」
鬼グマを倒し、ドクロスネークをちょん切っている真衣の命令。
勇敢過ぎるだろ、勇者さま……。
散々な目に遭いながらも僕たちは、雨滴の洞窟の深層部へ向かった。
途中で宝箱を発見した。
水魔法『ウォーター』の魔法の書物
風魔法『エアロ』の魔法の書物
戦闘時、敵の守備力を低下させる弱体魔法『パッドダウン』
火、水、氷、風、雷……このゲーム世界の攻撃魔法がすべて出揃った。
水と風魔法の魔法の書物を、どうしていままで購入しなかったのかというと……。
真衣曰く、それら攻撃魔法を中途半端に修得して器用貧乏になるよりも、どれかに絞って修得するほうが効率がいい。また、お金にもムダがないらしい。
というのも、いきなり攻撃魔法の上位を修得できるわけではないのだ。
上中下とあったら、下を修得し、次に中、最後に上。最初から上は修得できない。
お金があれば、全部の魔法の書物を買い占めたいのだが、そうもいかない。
財布の紐を握っている真衣には、お金のムダになることは極力控えたいとの考えがある。
僕たちは、貧乏な勇者と賢者のパーティーなのだ。……王様、軍資金を下さい。
そんなこんなで……。
深層部、大扉の前にたどり着いたときには、僕と真衣はレベルアップしていて。
僕はレベル13。
真衣はレベル21。
大扉の向こうに、敵が待ち構えていることは明らかだ。
そこで、道具屋で仕入れた大鷲製薬の〔ファイト一発!〕を服用し、疲労度を回復した。
「いよいよか。よし、疲労度も回復したことだし……」
「それじゃ、あけるわよ」
錆び付いた音を立てながら、大扉がひらく。
と……。
つららのように垂れ下がった鍾乳石と、その鍾乳石から滴り落ちた雫で生長した石筍が、まるで大口をあけた怪物の歯のようにびっしりと生えている。
地下水の浸食によって作られたのか、広闊たる空間がそこにあった。
「来たな、勇者!! 待ち兼ねていたぞ!!」
空間をビリビリと切り裂く大音声。
漆黒のマントをひるがえし、こちらに視線をくれる人物。
「魔王軍四天王のひとり、ゼゼガンである!!」
頼んでもいないのに自己紹介してくれとは、
「なんて律儀な四天王だ……」
「ユッキー、さっさと倒しちゃうわよ」
真衣が、ニンジャソードを抜刀する。
四天王・ゼゼガンが、にやりと笑う。
刺々しくて黒光りする鎧に身を固め、武器は両手で持った巨大なランス。
そのランスは、中心に一本、両刃が据えてあり、これを5本の刃が取り囲んでいる。傘の骨組みのような形をしていてる。5本の刃は、まるで生きているかのようにウネウネと動いていた。
「さっさと倒す? くははは!! 倒されるの間違いだろう!」
「フン。前に闘った四天王のドゥクサスってやつとおんなじように、コロッと首をひねってやるわ」
余裕をかます真衣に、僕は、
「えっ、首をひねって倒したのか? なんて惨いことを……」
「バカ、ことばの綾よ」
だ、だよな……。
真衣ならやりかねないからさ、ちょっと心配した。
「よーし! 四天王の1人を倒しているんだ。こいつも、ちょちょいのちょいで倒しちゃおうぜ!」
すると、ゼゼガンが失笑した。
「ふはは……ドゥクサス、やつは魔王軍の面汚し。四天王の中で最弱……。魔王軍四天王ゼゼガンは、貴様らごときにやられはせんッ!」
ダンッ! と地面を蹴って飛び上がる。
両手持ちのランスを大きくふりかぶり、こちらに突っ込んで来た。
「ユッキー!」
真衣が言わんとすることは充分に理解できる。
すなわち、回避だ。
「ぬぉいしょー!!」
必死の横っ飛びで、攻撃を避ける。
僕の体があった一瞬前の場所へ、
ドォゴゴゴンッッッッ!!
凄まじい轟音を立ててランスが突き刺さる。
周囲の石筍を巻き込んで粉砕し、地面がえぐれてクレーターのような大穴があく。
この衝撃で、天井から鍾乳石が落下。僕の股間スレスレの所に落ちてた。
「あっぶねえ! 女の子の大事なところが!」
間一髪だった。
「早く立ち上がって!」
真衣が叫ぶ。
はね起きて僕は、体勢を立て直し、
「ストライク! もういっちょストライク!」
攻撃力アップの魔法を2回、真衣に唱える。
次いで、素早さアップのスピードと防御力アップのプロテクターを、真衣と僕自身にかける。
そうなると僕はもうスタミナ切れで、
「スタミナ回復するまで真衣、お願い……」
息切れしながら伝える。
「それだけできれば上出来よ。任せときなさいっ!」
勇者の背中に惚れ惚れとしてしまう。
「やあぁ!!」
ニンジャソードが乱舞する。
「ぬるい!!」
対するゼゼガン、殴るようにランスを横へ強振する。
その刃風がうなりを上げて真正面から襲いかかるが、
「やッ!」
真衣は怯むことなく、むしろ自分からランスのほうへ飛び込んだ。
「!?」
度肝を抜かれるゼゼガン。
ランスの攻撃に、ニンジャソードは添えるだけ。
鍔迫り合いを受け流すようにして真衣の体は、宙を舞う。
前転とびの要領で空中回転したのだ。
装備を整えた真衣のもともとの素早さに加え、補助魔法のスピードに〔危機一髪回避のお守り〕の回避率が功を奏した。
着地して、
「とりゃあ!」
すかさずゼゼガンの懐に入って、斬りつけた。
ニンジャソードの攻撃は1度に2回。
ランスを大ぶりした直後の間合いに踏み込み、
「ぬあぁ!」
ゼゼガンの脇腹から首筋へかけて、2本の血の筋が走る。
攻撃力の増している真衣に斬りつけられた結果、鎧を切り割り、刃は肉体まで到達した。
「猪口才が!」
飛び退った真衣を追いかけるかたちで、
「ふんぬっ!」
ゼゼガンがランスを突く。
ウネウネ動く5本の刃が触手のように伸び、
ガヅンッ!
鈍い重音を響かせ、真衣のクロムシールド改を弾き飛ばした。
「きゃぁっ」
真衣がバランスを崩して地を転げる。そこへ、
「死ねい!」
狂気に笑うゼゼガンがランスを突き刺す。
その突き刺す一瞬間に、
「バリア!!」
僕は真衣に向かって唱えた。
たちまち、真衣の倒れている地面に白色の魔方陣が展開し、ドーム型の白光の壁が、真衣の体を覆い隠して保護する。
「それで守ったつもりか!!」
ゼゼガンは、バリアに構うことなくランスを突き入れる。
ビシッ! ビシシッ!
蜘蛛の巣状のヒビが入るや、
バリン!
バリアを砕いた。
「もらったあぁ!!」
一撃必殺を狙うランスの刃先が打ち込まれる。
転瞬——
蝶が羽化するかのように、真衣がバリアの内から躍り出る。
体勢を直すのに、充分な時間であった。
ぱっと、2人の体が入れ替わるその刹那。
真衣の腰間から二筋の光芒が走る。
飛びぬけざまに、ゼゼガンの脇腹を切り裂いた。
先刻、鎧ごと切った傷所を、ふたたびニンジャソードの刃でなぞり、
「ぐおォッ……!!」
低く叫ぶゼゼガン。
それでも、巨大ランスを把持しつづけ、背後にいる真衣へ、
「お……おのれ!! ふざけおって!!」
ゼゼガンは、真後ろへ体をひねりながら、力任せになぎはらう。
ブオオォン!
もの凄い突風が生じ、小石や岩石、鍾乳石が吹き飛ぶ。
吹き飛ばされて舞い上げられたそれらが、洞窟の天井へ怒濤のようにぶち当たり、砕け散る。
バラバラと落下する石塊を、
「よっ、と、と」
バックステップで華麗に回避する真衣だが……。
弾き飛ばされたクロムシールド改を装着していた左腕が、真っ赤に腫れ上がっている。
と、天井からイヤな亀裂音が耳に入る。ふっと見上げて、
「真衣!! もっとさがれ! 天井が落ちて来る!」
僕が叫んだ瞬間、天井から水が噴き出した。よりも、滝だ。激流の落水。
天井からの落水が、洞窟の低所へ流れ込む。
「雨滴どころの騒ぎじゃねーぞ」
慌ててローブを端折り、安全地帯を探していると、こちらに背中を向けているゼゼガンを発見。
すかさず僕は、
「サンルガ!!」
ネスティックのワンドを向け、雷魔法を唱えた。
杖先の魔方陣から、耳をつんざく雷鳴と共に真っ蒼な稲妻が駆ける。
だが……。
「馬鹿め! われに魔法は効かぬ!!」
黒光りするゼゼガンの鎧が、稲妻をかき消した。
「んなアホな!?」
こっちはスタミナのレッドラインギリギリで唱えた魔法だったのに!
僕と真衣は、ゼゼガンを挟撃できる位置にいる。
だが、魔法が意味をなさない現状では、物理攻撃手段のない僕は無力同然。
これに加えて、真衣と離れたことにより、群れからはぐれた子羊状態になってしまった。
「貴様から、あの世へ送ってやるぞ!!」
殺気をみなぎらせたゼゼガン、握り固めた拳に神気を集中させて、
「破!!」
正拳突きのごとく拳を突いたとたん。
拳を象った雷の塊が、雷鳴を轟かせて打ち込んだ。
僕は躱す間もなかった。
「ぎゃああああああ!」
あわや昇天だった。冗談みたいに、雷に打たれて自分の骨が透けて見えた。
ゼゼガンが放ったのは、サンルガの格闘家バーションだ。
「よそ見が、命取りだったわね」
ゼゼガンの背後で、真衣が言った。
「ぐふっ……ま……まさか……」
吐血しながら、ゼゼガンは自身の胸部を見下ろす。
背中に突き立てられたニンジャソードが、心ノ臓を貫き、刃先がゼゼガンの眼下にある。
「ぶふ……こ、これほどとは……勇者、恐るべし」
ニンジャソードが引き抜かれ、地に膝をつけて体勢を崩したゼゼガン。
「われが、敗れたとて……ぐふっ…………魔王軍には……さ、さらに強大な……ぶはっ……力を秘めた後釜が……はぁはぁ……いる…………ことを……わすれ、」
「はやく息を引き取りなさいよ」
と真衣はニンジャソードでゼゼガンの傷口をグリグリかきまわす。
「——ぐはっ」
「うわっ、オーバーキルだろ! 確かにちょっと台詞が長かったけどさ!」
すると、ゼゼガンの手から落ちた巨大ランスがキラリと光る。
「お? もしかしてコレって貰えちゃう系?」
「第一の四天王、ドゥクサスのときもそうだったわ。ボスの武器が貰えるみたいよ」
「やったじゃん!」
喜んで僕はふと、真衣の腕に目がいった。
「わっ!? 紫色に変色してきてる! 待ってて、回復魔法ケルガをかけるから!」
「ユッキーが先に回復したら? ビリビリ凄かったわよ……レントゲン写真のようだった」
「いや、僕は大丈夫! ほぼ逝きかけたけど。真衣の回復が優先だよ」
「そう? ありがと」
なぜか真衣は、照れた微笑みを浮かべた。
回復しつつ真衣は言う。
「ボスの武器は装備できないわ。ドゥクサスのときもそうだったの。呪われた武器で、危ないのよ」
「じゃあ、ドゥクサスの武器はどうしたのさ」
「売っちゃったわ。もしかすると、サブクエストの中に、呪いを解くのがあるかも知れないけど……。でも、売って得たお金で、ユッキーを召還できたし、結果オーライかな」
「本当にオーライなのかな……?」
微妙に違うような気がする。僕にとっては……。
だけど、李里ちゃんのピンチに馳せ参ずることができたのは嬉しいことだ。
「あ、うっかりしてた! 〔力のしるし〕はどこだ!?」
李里ちゃんで思い出した。雨滴の洞窟へ来た目的を見失うところだった。
あたりを見まわすと、洞窟の奥に……。
「ユッキーあれを見て!」
水晶で煌めく中に一際輝いているエンブレムがあった。
「おお、まさしく!!」
〔力のしるし〕ゲットだぜ! と勇んで、近づこうとした瞬間。
目の前に岩盤が落下、いたるところで落盤がはじまった。
いよいよ洞窟の崩落が激しくなって、滝のような落水も増して、このままでは水没か、生き埋めになってしまう。
「真衣! 早く〔力のしるし〕を取って、洞窟を出よう!!」
ひっちゃかめっちゃかになって、駆けるんだか転ぶんだかわからないまま、もんどり打って洞窟の奥へ走る。
真衣のほうが一足先にたどり着き、しるしを入手した。
と、そのとき……。
「たすけてえぇ。そこのキミ! たすけてえ!」
声のするほうへ目をやると、溺れている人がいた。
「あれは……!!」
そう。この洞窟を調査している学者で、とびっきりの美人さん。
《クエスト名称・考古学者の飽くなき探究心》の、考古学者だ。
一目で、本当に美人だとわかり、僕の気持ちは一瞬で決まった。
「〔力のしるし〕は任せたぞ真衣! 僕は、彼女を助けにゆく!!」
ジャバーン!
水の中へ飛び込む。
「ゴボボボボ、ぶはっ! た、たすけ……」
「僕が来たからには大丈夫!!」
水中へ沈みかけた美人考古学者を引き上げて、陸地まで泳ぐと、
「ユッキー! 洞窟が崩れるわ!! 逃げるわよ!!」
「わ、わかった!」
僕は美人考古学者を背負って、必死に真衣のうしろを走り、雨滴の洞窟を脱出した。




