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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
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◆第九話『天上の騎士』

 もっと速く飛びたい、と。

 そう願うだけで、ぐんっと速度が上がり、軽々と空気の壁を突き破った。

 吹きつける風を貫きながら、ベルリオットは聖都上空をひとり翔ける。

 振り返れば、あっという間に大聖堂の姿が小さくなっていた。


「まるで空と一体化したみたいだ……」

『これが、僕がいつも見ている世界だよ。精霊は、誰よりも遠くのアウラを感じることができるんだ。アウラの循環率も上がるから、きっと今までよりも早く結晶を生成できると思う』


 試しにベルリオットは両手に剣を造り出してみる。と、燐光が現れてから結晶へと変わっていく過程を肉眼で捉えられなかった。気づいたときには、手に剣が握られていたといった感じだ。


『でも気をつけて』


 ふいにクーティリアスの声が低くなった。


『アウラは体のあらゆる働きを促進させる力を持ってるけど……精霊の翼は、あまりにも多いアウラを循環させるから、いまのベル様の体だと逆に負担をかけちゃうと思う……』

「そんなに時間はないってことだな」

『……うん』

「わかった」


 そう長くもたないことは、精霊の翼を纏ったとき、なんとなくだが本能で感じ取っていた。精霊の翼の力を知っていながら、クーティリアスが纏うことを勧めてこなかったのも、恐らくそれが原因だろう。こちらの、傷ついた体を気遣ってくれたのだ。


 とはいえ、もし体に負担をかけなかったとしても、アムールであることを自ら明かす決意をしなければ、彼女はきっと精霊の翼を勧めてこなかっただろうと思う。

 クーティリアス・フォルネアとは、そういう精霊……人間だ。


 いずにせよ、時間はほとんどない。

 だがそれでもいいとベルリオットは思った。

 みんなを逃がす時間さえ稼げれば――。


 戦線は、北側水路から大幅に押し込まれていた。

 聖都の外周まで、それほど距離はない。

 おそらく敵に、制空権を奪われたことが原因だ。光線でけん制しつつ、上空から強襲してくる敵軍を前に、連合軍は後退を余儀なくされている。


「クティ、行くぞ」

『無理……しないでね』

「ああっ」


 両軍が入り乱れる地上の戦線は、横に間延びしていた。

 そこへ、ベルリオットは勢いよく突撃する。

 ガスペラント騎士の黒服、ティゴーグ騎士の茶服のみを選び、斬り伏せていく。無数の敵騎士が舞い、地に倒れていく。


「トレスティング卿っ!」


 味方の歓声が沸く中、ベルリオットは上空を飛び交う敵騎士に狙いを定め、飛翔した。

 すぐに向かってきたのは五人、続いて十人が追加され、計十五人が一斉に向かってくる。


「この化け物がっ!!」

「死ねぇえええッ!!」


 初めに向かってきた五人の敵騎士の位置を記憶し、それにあわせて体を横回転させ、二刀の攻撃を見舞う。結晶武器ともども敵を迎撃し、突き飛ばした。

 休む暇もなく、追加の敵騎士十人が突撃してくる。


 ベルリオットは、自分の全身を翼で包み込んだ。

 ガンッ、という衝撃が幾つも伝わってきた、直後。勢いよく翼を開いた。

 周囲を見回すと、吹き飛ばされた敵騎士たちが体勢を崩していた。ベルリオットはすかさず一対の剣から《飛閃》を二度、計四発を放つ。さらに両手に持った剣を投げ捨て、即座に造り出した《神の矢》を残りの敵にぶち当てた。


『ベル様――っ!』


 クティの声が脳に響いたと同時、向かってくる無数の光の線が視界の端に映った。これまでは盾を造り、受けていた攻撃。

 だが、いまなら――。

 直線に、ときには弧を描きながら光の線を避けていく。


「な、なんなんだあの動きはっ!?」

「疾すぎるッ!!」


 まるで当たる気がしなかった。

 光の線を放ってきた――敵軍後方で構える騎士たちまでかなりの距離がある。だが、彼らの周囲のアウラすら、今では、うっすらと感じられるような気がした。


 彼らの頭上に《神の矢》を十ほど生成した。光線を放つ筒に取り付けられた、樽のような物に向かって、それらを落としていく。

 幾つか外れたが、ほとんどが命中した。


 敵軍が混乱している。

 味方に撤退を促すなら今しかない。


「みんなっ、いますぐに撤退しろ! 敵は俺が食い止める!」

「し、しかし、あなた一人では――」

「いいから、早くっ!」


 仲間を置いていくわけにはいかないという想いがあったのだろう。

 だがこちらの意志を汲んでくれたか、直後には決断し、味方の騎士たちが引いてくれた。

 彼らを追おうとした敵軍の前にベルリオットは立ちはだかり、力の限り叫ぶ。


「ガスペラント、ティゴーグの騎士たちよ! この先を通れば、命はないと思え!」


 翼を見せつけるように広げると、周囲のアウラが揺らめき、燐光がちらついた。


 頼む、引いてくれ……!


 そう心の中で願ったが、叶うことはなかった。

 一瞬しりごんだ敵だったが、すぐさま剣を構えなおした。


 ――やっぱりダメか。


 ある程度の範囲は抑えきれる。

 だが、大きく迂回されればそこで終わりだ。

 どうするか、と悩んでいると、ふいに上空から結晶の撃ちあう音が聞こえてきた。見やると、三つの光が激しくぶつかっている。


 ヴァロンと戦闘するリンカ、オルバたちだ。

 互角の戦いというわけではなく、わずかにリンカたちの方が押していた。二対一ということも理由だろう。だが、それ以上にリンカが《神の矢》を適度に織り交ぜていることが大きな要因だと思った。


「リンカっ! オルバっ!」


 彼らは戦闘を続けながら急降下した。

 地面をえぐったかと思うやいなや、すぐさま上昇したりと目まぐるしく戦場を移していく。

 ベルリオットは彼らのあとを追い、叫ぶ。


「俺がここで出来るだけ敵を食い止める! リンカたちは下がって、あふれた敵からみんなを守ってくれ!」

「なにっ、言ってるのっ!」

「いくらお前でも一人じゃ無理だろうがっ!」


 即座に拒否の意が返ってきた。

 直後、敵本陣側から迫ってくる鋼鉄の人形たちが見えた。

 人形たちは、味方の騎士がアウラを使えなくなるのも厭わずに最短距離で大聖堂へ向かっていく。


 ベルリオットは下がり、人形たちをすべて視界におさめた。

 目をつむり、剣を天に掲げる。


 ――感じ取れ。

 見えるものだけではない。

 この清浄なる大地メルヴェロンドの空すべてが、この手に届くものだと思え――。


 これまで一つが限界だった。

 だが、今ならもっと多くの数を造れると思った。


「二人とも、どけぇええええ――ッ!!」


 人形たちが、これから通るであろう場所の、はるか上空。

 そこに巨大な結晶塊が出来上がっていく。

 陽の光を受け、煌々と輝くそれは《神の種》

 その数、十。


 脳が焼ききれるような感覚は、まったくない。

 これが、これこそが《精霊の翼》……いや、クーティリアスの力だ。

 ベルリオットは掲げた剣を、勢いよく振り下ろす。


「おっちろおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 《神の種》が落下を開始した。

 周囲の空気を巻き込みながら段々と加速していく。

 空が揺れているような、そんな感覚だった。


 敵軍に、巨大な影がいくつも落ちた。

 それに気づいた敵騎士たちが恐怖に怯え、逃げ惑う。


 人形の影響下に入った《神の種》が、やはりいくらか削られてしまった。

 だが、完全に相殺されるわけではない。

 残った結晶が敵騎士を、人形を押しつぶすように地上へと激突する。

 轟音とともに大地が震えた。

 上空に巨大な土煙が舞う。


「すご……」

「おいおい、マジかよ……」


 リンカとオルバが唖然としていた。

 彼らに向かって、ベルリオットは叫ぶ。


「頼む、早く!」

「……絶対に無理はしないで」

「死ぬなよ、蒼翼のっ!」


 納得はしていないようだった。

 だが、こちらの力を見せたこともあり、従ってくれた。

 二人が戦線から離脱していく。


 彼らを見送ったあと、ベルリオットは顔をゆがめた。

 精霊の翼を得て、力は格段に上がった。

 だが、その代償はあまりに大きかった。

 悲鳴を上げる体を押さえこみ続けているせいか、ひどく息苦しく、今にも倒れてしまいそうだった。


『大丈夫、ベル様っ?』

「ああ。大丈夫だ」


 あと少し。少しだけでいいんだ。持ってくれよ……。


 そう自身に言い聞かせ、敵軍を視野におさめたとき、眼前にヴァロンが割り込んできた。


「ふむ、先ほどとは別人のようだな……。今のお前さん相手では、ちょっとわしでも難しそうだが……やるしかないかのう」


 これまで平静を保っていたヴァロンだが、動揺を隠し切れない様子だった。

 彼を沈めれば撤退は、より円滑に進む。

 そう思い、ベルリオットが狙いを定めた直後、


「トレスティングゥウウウウウウウウッ――!!」


 その身を槍とし、ティーア・トウェイルが突っ込んできた。

 まともに受ける必要はない。

 ベルリオットは即座に切り刃にアウラを溜め込み、《飛閃》を放つ。さらにもう一度、ほぼ時間をかけずに放った。


 急停止したティーアが槍を盾に見立て、二本の光刃を受ける。が、二撃目の《飛閃》が衝突した直後に槍が壊れ、その衝撃を殺しきれずに後方へと吹き飛んだ。しかし傷は浅かったようだ。

 すぐさまその体勢を立て直すと、彼女は全身を震わせながら殺気のこもった瞳を向けてくる。


「わたしは知っているぞ……そのっ、その翼は……アムールである証だっっ!」


 精霊の翼は、アムールでしか持ち得ない。

 教会では高位の者しか知りえなかった情報だが、他の大陸に知っている者がいないとは限らない。そもそもアミカスの末裔ならば、アムールの眷属という点から見ても、知っていておかしいことはない。


 ふとベルリオットは、ティーアの顔を見たことで、彼女の妹であるナトゥールを思い出してしまった。相手が敵だとわかっていても、やはり躊躇いが生まれてしまう。


「……できればあんたは討ちたくない。引いてくれないか」

「情けをかけるつもりか……? ふざけるなっ! 貴様らが、我らにした仕打ちを忘れたとは言わせんぞ!」

「トゥトゥのためにも……頼む」

「貴様が、アムールの貴様が、トゥトゥの名を口にするなぁあああああッ!!」


 その血走った眼に、ベルリオットは思わずたじろいだ。

 ふたたび造り出した槍を手に、ティーアが攻撃を再開しようとした、そのとき。彼女の持つ槍をヴァロンが掴んだ。


「落ち着かんか、トウェイル将軍!」

「放せっ! わたしは奴を倒さねば――っ!」

「カァアアアアッ――っ!」


 叫びと共に、ヴァロンが握った槍をへし折った。

 ティーアが瞠目したのを機に、すかさず諭しに入る。


「奴を討ち取りたいならば冷静にならんかっ! はっきり言っておぬしひとりでどうにかなる相手ではない!」


 言って、ヴァロンが剣の切っ先をベルリオットに向ける。


「二人で殺るぞ」

「くっ…………了解したッ!!」


 血が出るほどに唇をかみながら、ティーアが自身の獲物を再生成し、構えた。

 狭間の世界では五本の指に入るであろう二人の騎士を前にし、ベルリオットはこれまでにない緊張感を覚えていた。

 柄を握る手に力が入る。


「いいや、三人だっ!!」


 紫色をした尖った結晶が三本、ティーアとヴァロンの間を通って飛んできた。《神の矢》だ。いったい誰が、と疑問が生まれた直後、すぐに《神の矢》を追うように、フードを被った仮面の男が剣を手に突っ込んでくるのが見えた。

 ベルリオットは三本の結晶を片翼で弾き返し、仮面の男を武器で受け止める。


「お前は……ガルヌっ!」

「その翼で確信したわァッ! きさまアムールの、それもベネフィリアの血縁かッ!」

「そうだと言ったら……!」

「ここでいま貴様を倒せば、わたしの目的はすべて成し遂げられるッ!」


 ガルヌが上空へと飛んだ。

 そのあとを視線で追おうとした、瞬間。両脇からティーアとヴァロンが迫ってきた。ベルリオットは即座にもう一本剣を追加で生成し、両手に持った獲物で応戦する。だが片手で受けきるにはあまりに相手が悪い。

 攻撃の合間に《飛閃》を、思考の合間に《神の矢》を織り交ぜ、懐にもぐらせないよう牽制する。


 さすがに……手ごわい――っ!


「ヒィィィィヤァアアアアアアアッ!!」


 奇声とともにガルヌが降ってきた。

 両手を横いっぱいに広げ、特大の結晶壁を造り出している。

 ヴァロンとティーアが息を合わせてベルリオットから離れた。

 ベルリオットは自身に影が差した瞬間、上空に向けて交差した剣を構えた。鈍い音とともに、特大の結晶壁と激突する。

 壁越しに映るガルヌが狂ったように叫ぶ。


「死ね、死ね、死ねぇえええええっ!!」


 よほど勢いをつけていたのか、ベルリオットの体に相当な衝撃が伝った。

 思わず顔が歪む。口から出た血がべちゃりと盾に付着する。押し込まれるがまま、地上近くまで到達した直後――


「今だ! 行けぇええええええ!」


 ティーアの叫び声が聞こえた。

 数え切れないほどの敵騎士が、空に線を引きながら聖都方面へ向かっていくのが見えた。さらに人形も、大幅に迂回して移動し始めている。


「行かせる――かっ!」


 地面すれすれで、ようやく落下の勢いを殺した。

 舌打ちとともにガルヌが飛びのく。

 風圧で砂塵が巻き上がる中、ベルリオットは押しつけられた壁を粉砕した。待っていたと言わんばかりに、すかさずティーアとヴァロンが攻撃をしかけてくる。


 また掴まれば抜け出すのは容易ではない。

 ぐんっと速度をあげ、ティーアたちから距離をとった。

 空を翔ける敵騎士部隊へと狙いを定め、上昇する。

 瞬間、ティーアの叫び声がふたたび戦場に響いた。


「っ撃てぇええええええええええ!」


 それを合図に、後方で控えていた敵騎士から、無数の光線がベルリオット目掛けて放たれる。だが精霊の翼を以ってすれば避けるのは容易い。光線の間を、縫うように躱し、上空へと到達した。


 迂回する人形たちへ《神の種》を見舞つつ、敵騎士を斬りふせていき――、

 一瞬のうちに敵騎士部隊の先頭へと回り込んだ。

 意識が朦朧としながらも、ベルリオットは意志を込めて言い放つ。


「言っただろ……行かせないって……」


 その異様な執着に恐怖したのか、敵騎士たちの顔面に恐怖が張りついた。

 ベルリオットは、彼らに向けて再度勧告する。


「引いてくれ……。俺たちは、こんなところで争ってる場合じゃないんだ。この世界から生き延びるには、一刻も早く人が手を取り合って、シグルに立ち向かわなきゃならない。それしかないんだ……っ!」


 拙い言葉だった。

 敵の心に届くかはわからない。

 だが彼らの目には、わずかながら戸惑いの色が滲んでいた。


「怯むなっ!! 奴はもう死に体だ!」


 下方から聞こえただみ声。

 ガルヌだ。


「笑わせるなよアムールがッ! 天上の住人であるにも関わらず、狭間の世界に関与し、無用な争いを招く貴様がいなければッ! 人はすでに我々帝国のもとにまとまっていた!」


 ガルヌは、爪をさらに伸ばしたような形状をした結晶武器を造りだすと、そのまま引っかくように攻撃を繰り出してきた。

 懐に潜られないよう、ベルリオットは距離をとりつつ応戦する。


「本当の意味でまとまれるなら俺はそれでもいい! けどお前らは権力を得るために邪魔な奴を殺す! リヴェティアの王も、おっさんの兄弟も、お前たちに殺されたっ! お前らみたいな奴らが支配する世界じゃきっとシグルにはうち勝てない! たとえ打ち勝てたとしても、その先に未来はない!」


 入れ替わるように、ティーアの連撃が襲い来る。


「我々アミカスを捨てたアムールが、いまさら救世主気取りか! ふざけるなッ!」

「救世主とか、そんな大それたものになるつもりはない! ただ俺は、この狭間の世界を終わらせたくないだけだ!」

「ならば死ぬがいい! それこそが、この狭間の世界のためになる!」


 ティーアの攻撃をさばけば、ヴァロン、ガルヌによる連携攻撃。彼らが離れれば、残った敵騎士数百人による捨て身の特攻。さらにティーア、ヴァロン、ガルヌの三人同時攻撃。


 休む暇などなかった。

 空を翔け、攻撃を受けるたび、体がきしみ、悲鳴をあげる。

 おそらくすでに相当数の敵に突破を許している。

 どれだけ抜けられたか、もう数を測る力すら残っていない。

 ベルリオットは、ただ無意識に、持てるすべての技で応戦し、生き残っている。


 ――ベル様っ! ベル様っ!


 ふいにクーティリアスの声が脳に響いた。

 いつの間にか目が閉じかけていたらしい。

 力を振り絞り、まぶたを持ち上げると、そこには眼前にまで迫ったティーアの槍が映っていた。


 弾こうにも腕が上がらない。

 避けようにもアウラを操れない。


 ――貫かれる。


 瞬間、赤の槍が横合いから迫った光の刃によって断ち切られた。


「なっ」


 ティーアが、周囲にいた誰もが驚きに目を瞠っていた。

 ふとベルリオットの背中に、とすん、と優しく誰かの手が重ねられた。

 視界に、一房の金髪が視界に割ってはいる。


「しっかりしてください、ベルリオット・トレスティング。あなたは、こんなところで倒れていい人ではありません」


 凛とした声。

 聞き間違えようがない。


「エリ……アス?」

「どうしても、わたしも戦いたくてこの場に来てしまいました。約束したのに申し訳ありません……。ですが安心してください。教会の方々は、援軍に来て下さったファルールの騎士が保護してくださっています」


 その言葉の直後、大陸全体が大きく揺れ、急激に上昇し始めた。

 聖都の中央から噴水のように舞い上がった光が、小さな粒となって飛び散り、大陸中に降り注いでいく。

 敵騎士に動揺がはしり、その足が完全に止まった。


「飛翔核を落としたのか……」


 どこか冷めた目つきで、ティーアが大陸中に舞い始めた光点を見つめている。

 いま、彼女はなにを思っているのだろうか。


 背中越しにエリアスの声が聞こえてくる。


「敵の追撃も、リンカとクノクス卿が食い止めてくれています。それに――」

「七大陸王会議以来だな、トレスティング卿よ」


 その声とともに、上空から二人の男が姿を現した。

 一切の衣服を身に着けていない。

 生まれたままの姿。


「あんたらは……」


 たしかハーゲンとマルコと言ったか。

 彼らはナド族と呼ばれる、ファルール王に仕える者たちだ。


「前回は布を纏うなど恥ずかしい姿を見せてしまったが、今回は正装で馳せ参じた」


 ナド族は衣類を身に着けない。

 彼らが裸族と呼ばれる所以だ。

 その鍛え上げられた肉体は、大陸中に舞うアウラの光を反射し、輝いていた。

 ガルヌが怪訝な顔で口を開く。


「まだ正午は過ぎていないはずだが」

「ふんっ、ファルールの騎士を舐めてもらっては困るな。我らがいなくとも《災厄日》を乗り越えられる程度の力はある。それを踏まえたうえで我らが王は、どこかの日和見な王の動向を読み、我らをこの地に向かわせたのだ」


 自国の王を侮辱されたからか、ヴァロンの目つきが鋭くなった。しかし、怒りに任せて動くほど彼は若くなかった。

 ふいに、ハーゲンとマルコが濃紫の光を身に纏った。


「マルコッ!」

「ああっ! どでかいの、一発いこうぜッ!」


 掛け声とともに、彼らは互いの片方の拳を突き合わせた。

 そこを中心に光が天地へと均等に伸び、どちら側にも刃となる部分が形成されていく。腹がかなり厚く幅広の両刃。ちょうど二本の剣を柄尻で突きあわせたような形状だ。光が纏まり、結晶へと変化する。


 複数人が力を合わせることによって、より巨大な結晶を造り出すというナド族特有の技――合成結晶だ。


「まだ戦うというのなら、我らが全力でお相手するとしよう!」


 巨大な剣を巧みに操り、ハーゲンとマルコが相手を威嚇した。

 一瞬の静寂ののち、ガルヌが苦々しく舌打ちする。


「裸族どもめが忌々しいっ! ……引くぞ、ティーア殿っ」

「しかしっ!」

「目的は果たされたであろう! それにこれ以上留まれば、我々とて痛手どころではすまんぞ!」

「くっ」

「ヴァロン殿も、よいな」

「仕方あるまい」


 ガルヌ、ヴァロンが飛び去っていく中、ティーアがひとり残っていた。


「ベルリオット・トレスティング! 貴様は、必ずやわたしの手で討ち取ってみせる!」


 殺気のこもった目でそう言い残し、彼女もガルヌたちのあとを追った。

 親しい友――ナトゥールのことを思うと、ベルリオットは胸がしめつけられるような思いだった。

 ティーアが撤退を始めたのを皮切りに、敵軍も一斉に聖都から北側へと引き返していく。


「引きましたか……」


 というエリアスが安堵の声を漏らした、直後。

 ベルリオットは、ふっと全身の力が抜けた。

 空中に放り出されたように落下を始めたが、すぐさまエリアスに抱きとめられた。


「トレスティングっ!」

「悪い……ちょっと寝てもいいか」


 戦争が終わった直後だと言うのに、そんなのん気な言葉が出たことに、ベルリオットは自分でも驚いた。だが、今のエリアスから滲み出る温もりを感じ、やけに納得がいった。


「……はい。あとはわたしに任せてください」


 そのときの彼女の優しい笑みを見たとき、すべてを任せられる、と――。

 薄れ行く意識の中で、そう思った。



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