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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
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◆最終話『激動する世界、隠された真実』

 ベルリオットが目を開けたとき、見知った女性の顔が近くにあった。


「……エリアス」

「気がつきましたか」


 自分は今、ベッドで寝ている。

 それだけはすぐに理解した。


「あ、ああ。ここは?」

「ファルールです。王都内に場所を借りています」


 見たところ内装は医療施設といった趣ではなかった。

 精緻な模様が入った赤基調の壁や、天井にぶら下がる豪奢な灯りなどから察するに、どうやら大層な場所らしい。

 なんだか最近、寝てばかりだな、とベルリオットは心の中で苦笑した。


「メルヴェロンドは……みんなは無事なのか」

「教会の方々は全員がファルールへと避難することができました。メルヴェロンド大陸は……落ちました」

「そうか」


 これで狭間の世界から、二つの大陸が失われた。

 不思議と実感はない。

 ディザイドリウムのときとは違い、落下の瞬間を目にしていないからだろうか。

 だが、これまで存在するのが当然だったものがなくなったのだ。これからいやでも認識していくことになるだろうと思った。

 エリアスが顔を覗き込んでくる。


「傷の具合はどうですか?」

「ああ、だいじょ――」

「と言っても一日で治るような傷ではありませんでしたね」


 言って、エリアスは苦笑した。

 たしかに当分の間は動けそうになかった。

 半身を起こそうとしても、体のあちこちが悲鳴を上げるためかなわない。

 手だって上げようにも――、


 ふとそこで、右手に温かいものが当てられていることに気づいた。

 そしてエリアスが目にも留まらぬはやさで手を引いたことで、それがなんだったのか理解した。

 耳まで真っ赤にしながら、彼女があうあうと口を動かす。


「こ、これは……っ! そのっ……あなたが手を握ってきて、ずっと放してくれなかったからで! そ、そう! そうです、あなたがいけないのです!」


 一方的な言い分だったが、別にそれで構わないと思った。

 珍しく取り乱したエリアスを目にしながら、ベルリオットは微笑む。


「ずっとついててくれたんだよな。……ありがとう」


 彼女は目を見開いたかと思うと、その視線を次第に落としていった。


「ありがとう、などと言われる資格はわたしにはありません」

「……エリアス?」

「今回もまたあなたに頼ってしまった。あなたがいなければ味方は全滅していた」


 とつとつと震える声で語り続ける。


「わたしは自分が情けない。力が欲しいと願い、それを得ることができたのに……結局、活かせなかった。今回の戦いで改めて自分の無力さを思い知らされました」


 強く握られた拳から、その悔しさのほどがうかがえた。

 零れてはいないものの、目尻には涙がたまっている。

 そこに、いつもの厳格な騎士の姿はない。

 ただの女の子にしか見えなかった。

 なるべく空気が壊れるようつとめながら、ベルリオットは言い放つ。


「本気でそう思ってるなら、エリアスって本当の馬鹿だろ」

「なっ、ば、馬鹿……!? わたしは真面目な話をして――」

「ああ、馬鹿だね。大馬鹿だ。団長のときは、エリアスがいたからリズを助けにいくことができた。俺がディーザに安心して行けたのも、エリアスがリズを守っててくれたからだ。今回だって、エリアスが来てくれなかったら俺はあいつらにやられてた」


 彼女はなにか言いたそうだったが、構わずに続ける。


「エリアスがいなかったら、果たせなかったことがたくさんある。エリアスは、自分が思ってる以上に間違いなく俺の……俺たちの力になってくれてる」

「…………本当に……ですか?」


 か細い声だった。

 信じてもらえるよう、力をこめて短く頷く。


「ああ」

「……嘘はついていませんか?」

「ついてない」

「そう、ですか……」


 目をつむったエリアスが、静かに息を吐いた。

 目じりに溜まった涙を指で拭ってから、まぶたをゆっくりと持ち上げる。

 彼女と目を合わせないようにしながら、ベルリオットは言う。


「まあ、その……なんだ。エリアスにとって俺は〝放っておいたらなにをするかわからない奴〟なんだよな。だからまた無茶をしたときは……よろしく頼むよ」

「またするつもりなのですか?」

「しないで済むなら、それにこしたことはないけどな」

「……まったく、あなたという人は」


 目を細めながら、エリアスが優しく微笑んだ。

 満面の笑みではない。

 それでも、今までに見た彼女のどの笑顔よりも魅力的だと思った。


 いつもこうしてりゃいいんだけどな……。


 そんなことをベルリオットが思っていると、ふいに声が割って入ってきた。


「……お二人でなにをイチャイチャしているのですか?」


 いきなりだったからか、エリアスが全身をびくりとさせる。


「わ、わたしは別にイチャイチャなどっ!」


 あたふたとする彼女をよそに、声の主――クーティリアスがベッド脇までやってくる。


「クティ? って、あれ、そういや翼は――」

「今はまだ、わたくしの任意で精霊の翼を解除できます」


 《精霊の翼》と化したクーティリアスがどうなるのか。

 戦争中はそこまで頭が回らなかったが、どうやらずっと翼になったまま、というわけではないらしい。それよりも〝今は〟という言葉について訊こうとしたが、クーティリアスの言葉によって遮られる。


「ベル様、エリアス様。これからあることを話しますが、落ち着いて聞いてください」


 あまりにも真剣な彼女の表情に、よほどのことなのだろうと思った。

 しかしそれは、ベルリオットが思っていた以上の出来事だった。



「シェトゥーラ大陸が落ちました」



   ◆◇◆◇◆


 ぱちぱち、という焚き木の音がひびいた。

 橙色の灯りが周囲に置かれた飛空船やテントにかかり、人型の影をいくつも作りだす。

 星の輝きがくっきりと見えるほど、夜は更けていた。

 ここはファルール大陸。

 北方防衛線にほど近い場所に提供された、リヴェティア、ディザイドリウム連合の簡易駐屯地だ。


「おい、例のブツはどこにある?」

「こちらです」


 オルバ・クノクスは、部下の騎士に案内され、目的の場所へと到着した。

 目の前に置かれているのは、周囲でも一際大きな箱型の飛空船。輸送用に使われるものだ。


「この中に」


 灯りを片手に、オルバは開けられた飛空船の後部から中をうかがった。

 そこには帝国が使っていた人形が置かれていた。

 エリアスの報告では、帝国はこの人形のことを『機巧人形』と呼んでいたらしい。


 こちらに足を向けてうつ伏せに寝ている機巧人形は、人間でいうところの右腕と右脚がなかった。リヴェティアの騎士《蒼翼》のベルリオットによって斬られ、失ったのだ。

 なぜ帝国の機巧人形がこんなところにあるのか。


 ――可能であれば人形を鹵獲してください。


 リヴェティアの騎士団長ユング・フォーリングスより、そう命じられていたのだ。

 そのため、先の戦争中、部下には命がけで機巧人形の鹵獲に当たってもらい、それがかなったというわけである。

 人形を目にしながら、オルバは訊く。


「で、どうだったんだよ。構造はわかったのか」

「それが調べはしたのですが……」


 部下の騎士は、それ以降を口にしない。

 つまり、なにもわからなかったということだろう。


「まあ、どう見てもベッチェ・ラヴィエーナの子孫が造ったもんだろうしな。俺たちにわかるはずがねぇよ」


 言いながら、オルバは機巧人形に近づいた。

 装甲を摩ってみたり、小突いたりしながら自分なりに調べていく。


「ですが、一つだけ判明したことがあります――」

「おっ、中、開いてるのか」


 機巧人形の背中が戸のような構造になっていた。

 さっそくとばかりに開けた直後、オルバは目を見開く。

 人が、乗っていたのだ。


 肌にぴったりとくっついた黒服に身を包んでいる。

 そしてその衣類には、弾力を持った紐のような細い筒が数え切れないほど取りつけられている。


 これはいったいなんなのだろうか。

 そう疑問を抱いたオルバの視界に、さらに驚くべきものが入った。

 目深に被った帽子のようなものの下、唯一露出した肌が褐色だったのだ。

 ただ肌が褐色なだけならば、かなり珍しいとはいえ〝彼ら〟以外にも存在する。だが、頭部側面から伸びる尖った耳は、〝彼ら〟でしか見られない特徴だ。


 部下の騎士が、搭乗者の正体を口にする。



「中にいたのは、アミカスの末裔ということです」




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