決められた組では渡らない
岩月の橋が、星をこぼしていた。
昨日ハルが空から落とした巨大な岩体は、星座峡谷と横倒しの塔のあいだへ食い込んでいる。表面の亀裂から青い星屑が噴き、川のように虚空へ流れていた。
橋の中央では、月の殻が三つに割れ始めている。
学院が立てた三つの組札が光った。
リナとニコ。セシルとマヤ。イオとハル。
二人ずつ渡れという指定だ。
「最初の組、進め!」
見届け人が命じる。
リナはニコと橋へ乗った。
一歩目で、橋の向こう半分が裏返る。
月の表面だった場所が内側になり、無数の星穴が口を開けた。ニコの進路はまっすぐだが、道は途中から球の内側へ折れている。
「走れば、橋を切る」とニコ。
「曲がれないもんね」
「走らない」
すぐ決めた。
その後ろで、マヤが橋へ足を置く。星屑の流れが彼女の踵へぶつかり、衝撃が身体へ沈んだ。青白いひびが腕を上る。
「待って」とマヤ。「いま私に触らないで」
セシルが止まる。
「どこへ渡せる?」
「割れた橋片。でも、その先にイオとハルがいる」
三組目は入口から動けない。
指定どおりでは、誰かの能力が次の組を危険にする。
橋が大きく鳴った。
ごおん。
亀裂が足元へ伸びる。
「戻れ!」と見届け人。
戻れば、橋の割れ目へマヤの衝撃が残る。次の揺れで岩月ごと峡谷へ落ちる。
リナは答案を開いた。
「戻らない。六人で向こうへ渡る」
「指定は二人ずつだ」と見届け人。
「指定どおりだと渡れない」
「試していない」
「いま割れてる橋が証拠!」
セシルがリナの横へ来た。
「未来を出す前に、何を本物にするのか一つにして」
「全員が向こう岸にいる」
「人の位置は強制できない」
「分かってる。橋がつながっている、にする」
「それなら、私たちは自分で渡る」
リナは見届け人へ向き直った。
「決められた組では渡らない」
言ってから、五人を見る。
「私は六人で行く。いやな人は残って」
ニコが最初に答えた。
「行く。走らない」
マヤは衝撃を抱えたまま、浅く頷く。
「行く。でも、先にこれを渡したい」
「行く」とイオ。「閉じた場所には私が入る」
ハルは腰袋の石を一つ選んだ。
「行く。投げる前に聞く」
最後にセシル。
「行く。帰り道も残す」
見届け人は止めなかった。許したのではない。止めるために橋へ入れば、七人目になるからだ。
リナが解環を答案へかざす。
――岩月橋は、向こう岸までつながっている。
一行の光像が輪へ移る。
周囲の音が消えた。
どくん。
割れていた月の殻が、十二の鼓動だけ一枚の橋として重なった。足元は硬い。青い亀裂の上にも立てる。
半透明の六人が橋の各所にいる。
現在の六人は入口側に残ったままだ。
「影の位置は命令じゃない」とリナ。「危ない場所と、着いた先だけ見る」
セシルは未来痕の傷を見る。
影のニコの袖が左肩で焼けている。光刃を出せば、橋の内壁に反射する。
影のマヤの足元には、砕けた橋片が塔側へ突き刺さっている。
影のイオは球形の亀裂の内側。影のハルは小さな石を投げた姿勢。影のリナの手には傷がないが、背後の橋が途切れている。
「帰り道は、未来にない」とセシル。
「じゃあ作る」
「あなたが書いたのは、向こう岸までつながることだけ。帰り道は書いていない」
「だからあなたが残すんでしょ」
「人使いが荒い」
「首席ならできる」
「信頼の使い方が雑」
二つ目。
最初にマヤが、割れた橋片へ両腕を伸ばした。
「橋片へ渡す。みんな、離れて」
誰も、まだ、と言わなかった。未来痕の砕け方を見て、自分で距離を取る。
「いい?」
「いい」と五人が答える。
マヤが割れた橋片へ触れた。
溜めていた星流の衝撃が移り、橋片が塔側へ飛ぶ。未来痕と同じ角度で、横倒しの塔へ突き刺さった。
三つ目。
「足場ができた」とハル。
「まだ小さい」とセシル。
「大きくする」
ハルが爪ほどの石を示す。
「橋片の傷まで。投げていい?」
返事を待つ。
四つ目。
「投げて」とリナ。
石は飛ぶほど大きくなり、橋片の下へ入り込んだ。塔と岩月の間に、幅のある楔ができる。
現在の橋が、未来環境と同じ高さへ持ち上がった。
五つ目。
だが中央の殻は内側へ折れたままだ。閉じた球形の亀裂が道を塞いでいる。
「私が入る」とイオ。
「一人で?」とリナ。
「今回は一人。外に五人いる」
自分で選んだ。
浮骨鍵で継ぎ目を開き、イオが内側へ入る。閉じた瞬間、解環の一行が光った。
乾いた音。
亀裂の内外が反転し、閉じていた殻が外側へ開く。イオ自身は開いた空洞の中心へ残る。
六つ目。
「ニコ。走れる直線ができた」
セシルが星喰い鏡を塔の青窓へ向ける。
「でも未来の袖が焼けてる」とリナ。
「光刃が内壁へ反射するから。鏡で外へ逃がす」
「鏡を持つのは?」
「私」
「刃のそばだよ」
「知っている」
「嫌なら――」
「帰り道を残すと答えた」
七つ目。
セシルは魔法を持たない手で鏡を支えた。光から守られることもない。未来痕の焦げた袖より半歩外へ身体を置く。
ニコが問う。
「青窓まで。走っていい?」
「いい」とセシル。
「いい」とイオ。
「いい」とマヤ。
「いい」とハル。
リナは未来の橋と、現在の皆を見る。
「走って」
八つ目。
ニコが走る。
巨大な光刃が岩月を一直線に切る。反射するはずの光を、セシルの鏡が食べ、峡谷の空へ吐いた。刃はイオの開いた殻を通り、塔の青窓まで道を焼く。
九つ目。
「いま!」
六人が進む。
未来環境の橋を踏みながら、現在の楔、開いた殻、焼かれた道を本物にしていく。
リナが中央へ着いた時、背後の未来橋に白いひびが入った。
十。
セシルは最後尾で、浮骨鍵を入口の継ぎ目へ残した。帰りに同じ場所を開けるためだ。
「先に行って!」とリナ。
「帰り道」
「いまは向こう!」
「両方」
十一。
セシルが走るのではなく、足場を一つずつ踏んでくる。遅い。だが、鍵を捨てず、鏡も落とさない。
リナは向こう岸から手を伸ばした。
「首席!」
「届かない」
「分かってる。気分!」
「役に立たない」
「早く!」
十二の鼓動が来る直前、セシルの足が本物の塔床へ乗った。
未来環境が砕ける。
六人の半透明の影が消えた。
だが、本物の岩月は楔で支えられ、殻は反転して開き、光刃の道が塔まで続いている。
答案に書いた景色は成立した。
*
向こう岸の審査石に、四つの印が灯った。
完遂。安全。再現。時間と適応。
リナは橋を先現し、全員の選択を待ち、時間内に成立させた。一方で、秘密試行と即興が多く、安全と再現で失った。
セシルは能力を使わず、未来痕から危険を読み、鏡と浮骨鍵を身体で運び、帰路を残した。時間では遅れた。
累計、リナ四十六。セシル四十九。
「三点」
リナが言った。
「増えたわね」
「嬉しそうに言わないで」
「事実を言っただけ」
「追いつく」
「どうぞ」
「逃げないでよ」
セシルは、まだ手に持っていた星喰い鏡を腰袋へ戻した。
「あなたの答案を見終わっていないもの」
向こう岸で、学院の使者が新しい期限札を立てる。
次の満月までに、固定へ出す答案を一つ選べ。
リナは暗赤の不合格印を指で隠した。
今度は恥ずかしいからではなかった。
誰かに一つだけ選ばれる前に、自分で次の答えを書くためだった。




