一本道を、選んだ覚えはない
千枚の窓から、ニコが消えていった。
封印廊の左右には、黒い鏡窓が果てまで並んでいる。一本の窓では光刃が右へ曲がり、別の窓では途中で止まり、さらに別の窓では細い刃が二人を避けて走っていた。
認定者が封印印を下ろすたび、そのうち一枚が暗くなる。
窓の中のニコが、一人ずついなくなる。
最後に残ったのは、真正面へ走る一人だけだった。
リナは腕を組んだまま、息を止めていた。
昨日の救助後、ニコは固定を選んだ。誰にも押さえられず、自分で認証答案へ解環をかざした。一行の光像が輪へ移り、認定者が紙と光へ同じ封印を刻んだ。
ニコの身体には何も貼られていない。輪も装着していない。
それでも、別の仮説を書いた紙へ解環をかざすと、一行は光らなかった。
「これで、始める前に選んだ終点まで確実に刃が届く」
認定者は言った。
「途中で迷って形が変わる事故は起きない」
昨日のような救助には、確かに強い。
ニコは暗くなった窓を見回した。
「止まる仮説も?」
「もう発動しない」
「細くする仮説も?」
「同じだ」
「分かった」
声はいつもどおり短かった。
そのあとで、認定者の従者が銀葉の配属書を運んできた。
「固定を終えた者には、学院が最も安全に力を生かせる役目を示す」
銀葉が開く。
文字が一本の道のように浮いた。
光路守。
学院外縁の光路を守り、侵入する守護獣を直線の刃で退ける役目だ。必要な仕事で、選ばれる者は少ない。
見届け人たちが小さく息を呑んだ。
「おめでとう」と誰かが言った。
ニコは配属書を受け取らなかった。
「希望欄は?」
「確認している。第一希望は遊路読み」
「星道の変化を読み、遠征隊の入口を選ぶ役目です」
「知ってる」
「あなたの固定能力は、変わる道より一本の光路で最も安全に――」
「一本道を、選んだ覚えはない」
長い文を遮った声も、やはり短かった。
廊下の最後の窓で、まっすぐ走るニコだけがこちらを見ている。
*
「固定と配属は別でしょう」
セシルが口を開いた。
認定者が振り向く。
「固定は昨日の危険を減らすため。配属は将来の役目を決めるため。同じ必要から生じても、同じ選択ではありません」
「首席。制度講義なら後で」
「質問です。ニコは固定へ同意しました。光路守へも同意したのですか」
リナは、セシルの横顔を見た。
声は静かだ。けれど答案へ近づく時と同じで、一度気になった行から離れない。
「適性を学院が判断した」と認定者。
「本人の問いへの答えになっていません」
「セシル」
ニコが止めた。
セシルはすぐ黙った。
リナなら、もう一言足していた。黙れたことが少し癪だった。
ニコは銀葉を自分で取る。
「光路守を悪い役目とは言ってない」
「では受けるのか」
「受け取る。決めたとは言わない」
銀葉を折らず、破らず、答案の横へ置いた。
救えた力まで否定しない。その力だけで将来を決められたことも飲み込まない。
リナは、自分の不合格答案を思った。
固定されていないから、まだ失敗できる。
失敗できることを、初めて惜しいと思った。
*
封印廊を出ると、セシルは一枚の白紙をニコへ渡した。
「消えた仮説を、覚えているだけ書いて」
「発動しない」
「知っている」
「何に使う」
「固定前に比較する時間が必要だった証拠にする」
「証拠にして、戻る?」
「戻らない」
セシルはそこで言葉を切った。
ニコは白紙を受け取る。
「戻らないものを、数えるため?」
「次の人から減らすため」
リナは二人の間へ顔を出した。
「私の答案も数える?」
「あなたのは空欄が多すぎる」
「じゃあ書き足す」
「勝手に正答へ寄せないで」
「不合格のままでいろって?」
「比較が終わるまでは」
学院の鐘が鳴った。
次の試練では、三人を別々の組へ分けると告げている。
ニコが白紙を腰袋へ入れた。
「決められた組で、決められた道を行けってことか」
「行く?」とリナ。
「入口までは」
「その先は?」
「見て決める」
短い答えだった。
今度は、その短さが残された選択に聞こえた。




