答案がなくても、会いたい
リナは前腕帯が支える板上の答案へ、腰紐から外した解環をかざした。一行の光像が輪の内側へ移り、周囲の音が消える。
どくん。
内塔の門だけが、十二の鼓動先から開いた。
金色の階段が空へ伸び、最上段に半透明のリナが立っている。腕の発光亀裂は消えていない。前腕帯へ新しい答案板を固定し、塔の奥を見ていた。
その未来に、セシルはいない。
遠庭の門は、未来環境の外側で閉じたままだ。
「入れようか」とリナ。
「誰を」
「セシルを、私の未来に」
「遠庭は、いまここにいる私たちで十二の鼓動内に届く場所?」
「無理」
「では出ない」
「分かってる。言ってみただけ」
リナは自分の門だけを見た。
未来の階段は触れられる。だが現在の内塔門を開けなければ、十二の鼓動で消える。
セシルは遠庭門の前へ浮骨鍵を置いた。
同時に、それぞれの門へ向かう。
リナは金色の階段を上り、現在の石冠へ右手をかける。左手は位置を目で確かめ、添えるだけ。石冠を回すと、本物の内塔門が開いた。
セシルは杖を置き、左脚を寄せ、右脚を引く。浮骨鍵が示す継ぎ目へ眼蓋石を差し、自分の体重で押す。遠庭門がゆっくり開く。
どちらも、相手の力では開かない。
*
門をくぐる前に、リナはセシルを呼び止めた。
「答案、返して」
「どれ」
「最初の。不合格印の」
セシルは外套の内側から紙を出した。枝の樹液、空中階段の泥、何度も開いた折り目が残っている。
「まだ持ってたの」
「借りていたから」
「返す気あった?」
「今日」
「本当に?」
「半分」
セシルの人差し指が、暗赤の印を越え、書かれていない条件欄で止まった。
「私が欲しかったのは、答えより、ここ。あとから選べる空欄」
リナは答案を受け取る。前腕の感覚が鈍いので、右手で紙の端を確かめてから鞄へ入れた。
「これで、私の答案を見る用事は終わり」
「ええ」
「次の試験も別」
「内塔と遠庭だから」
「会う理由、なくなるね」
セシルの返事が遅れた。
リナは笑ってごまかしそうになり、やめる。
「私は困る」
「何に」
「答案がなくても、会いたい」
言ったあと、勝った時より心臓が速くなった。
「それは、試験の相談?」
「首席、いまだけは分からないふりしないで」
「確認している」
「好き。セシルが好き。恋人になってほしい」
セシルは杖を握り直した。痛みではなく、手の置き場に困ったようだった。
「条件を一つ」
「この場面で?」
「勝負をやめないこと」
「やめるわけない」
「では、私もリナが好き。恋人になる」
「答え方が固い」
「あなたが急に難しい問いを出すから」
「一文だったよ」
「答えは一文で足りなかった」
リナは笑った。
セシルも、少し遅れて笑う。
内塔と遠庭の門が、それぞれ別の風を吹かせている。
「次に会う日」とセシル。
「もう条件?」
「約束」
「春。学院の再会室」
「返事を待つ」
「行く」
二人は別々の門へ入った。




