↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/24

誰も抜かない

 巨人は、すでに跪いていた。


 谷を埋める石の膝が地へ沈み、背から生えた横倒しの塔が、向こう岸まで一本の橋になっている。橋の窓には星海が流れ、胸郭の穴から朝のような光が差していた。


 それは、十二の鼓動以内に届くはずの一景だった。


 まだ、どこにも現れていない。


 時は、リナが解環をかざす直前へ戻る。


 現在の巨人は立っている。片手に塔を握り、もう片方の拳を振り上げていた。


 現在の六人は、予行で選んだ場所にいた。


 セシルだけは、リナが発動する前から巨人の胸へ上がっている。重力布を腰と右脚へ回し、左脚と杖で胸郭の斜面を支えていた。


 リナの答案板は前腕帯へ固定されている。


「巨人が跪く。塔が橋になる。変えない」


 一人ずつ返事が来る。


 ニコ。「走る」


 マヤ。「受ける」


 イオ。「中へ入る」


 ハル。「投げる」


 セシルは胸郭から叫ぶ。


「帰る」


 最後の返事を聞いてから、リナは解環を答案へかざした。


 一行の光像が輪へ移る。

 音が消えた。


 どくん。


 一つ目。


 未来環境が現在へ重なった。


 跪いた巨人と塔橋が、立っている巨人を透かして現れる。


 半透明の六人は未来の位置にいる。ニコは膝外側。マヤは拳の下。イオは胸郭の中。ハルは投げ終えた手を開き、リナは谷の縁、セシルは胸の傷へ両手を当てている。


 ニコが走る。


 進路が巨大な光刃となり、巨人の膝鎧を外側から一直線に裂いた。未来痕の焦げた袖より半歩外。刃は味方を外れ、膝の白い傷へ届く。


 巨人の脚が沈む。


 だが、まだ跪かない。


 二つ目。


 巨人の拳がマヤへ落ちた。


 石山ほどの拳を、マヤは両腕で受ける。


 衝撃が身体へ沈み、青白いひびが全身を走った。彼女の周囲から地面が砕け始める。


「持った!」


 次に触れる物は一つだけ。


 塔脚は、未来環境の橋を挟んだ向こうにある。


 三つ目。


 イオが胸郭の裂け目へ入る。


「閉じる!」とセシル。


 外から見える肋骨の輪が、巨人の動きで狭まっていく。


「まだ」


 イオは内側を一周見る。背の塔と胸郭をつなぐ石の輪だけが、完全に閉じていない。


 セシルの前に、浮骨鍵ほどの窪みがある。


 未来痕では、そこへ胸郭遺物が噛み合っていた。


 セシルは腰袋から白い眼蓋石を出す。


 前腕の力で押すが、入らない。


 窪みの傷が、未来と上下逆だった。


「反対」とリナが谷から叫ぶ。


「見えている」


 セシルは答え、身体を向き直そうとする。


 杖を置く。左脚を寄せる。右脚を引く。


 三つ動作の二つ目で、巨人が揺れた。


 支持具が石から滑る。


 重力布が腰を支えたが、眼蓋石が手から落ちた。


「セシル!」


 リナの左手が無意識に答案板へ伸びる。掴んだつもりで、縁を外した。


 未来を変えれば、セシルが落ちない位置を選べるかもしれない。


 変えないと答えた。


「落とした。未来は変えない!」


 声にする。


 四つ目。


 ハルがまだ投げていない。


 守護獣の小牙を掌に置き、巨人の膝と、落ちる眼蓋石を見比べている。


「牙を投げれば、石を拾えない」


「私を抜いて」とセシル。


 重力布に吊られた身体が、胸郭の外へ傾く。


「誰も抜かない」


 リナが叫ぶ。


「ハル、牙は膝へ。眼蓋石は――」


 ニコは走り終えて曲がれない位置にいる。マヤは衝撃を抱え、何にも触れられない。イオは内側。リナは遠い。


 セシル自身しかいない。


 セシルは杖を手放した。


 落ちた杖が眼蓋石へ当たり、窪みの縁で止める。


 左手で重力布を掴み、右手を伸ばす。指先が石へ届く。


 五つ目。


 ハルが牙を投げる。


 小牙は距離に応じて育ち、巨人の裂けた膝鎧へ向かう。握りすぎず、未来痕より一拍早く手を離していた。


 牙は塔ほどの楔となり、膝へ食い込む。


 巨人の脚が止まる。


 六つ目。


 セシルが眼蓋石を裏返し、窪みへ噛み合わせる。


 胸郭と背の塔をつなぐ輪が閉じた。


「閉じた!」


 イオの返事を待つ。


「反転する!」


 乾いた音が、巨人の身体の内側で鳴った。


 胸郭の内外が裏返る。


 中にあった重い石冠が外へ露出し、巨人の重心が前へ移った。イオ自身は反転の中心へ残る。


 七つ目。


 巨人が前へ傾く。


 拳を受け止めていたマヤの足元へ、未来環境の塔橋が実体を持って伸びている。


「塔脚まで、これを渡る!」


 マヤは最初から立っていた砕石板ごと、未来の橋へ滑り込む。セシルが予行で残した重力布の裾が、石板の落下方向を塔へ向けていた。


 漏れる衝撃で板が砕ける。


 八つ目。


 マヤの掌が、本物の塔脚へ届く。


「触る!」


「塔脚へ渡す。返事!」


「いい!」とニコ。


「境界の外!」とイオ。


「終点、塔脚!」とハル。


「帰路に誰もいない!」とセシル。


「渡して!」


 最後にリナが返した。


 巨人の拳の衝撃が、塔脚へ移る。


 どおん。


 横倒しの塔が巨人の背から折れ、谷へ傾いた。


 九つ目。


 未来の塔橋と、現在の塔が重なる。


 巨人はまだ片膝を浮かせている。


 楔の位置が浅い。


「ニコ!」とリナ。


「走り終えた。もう曲げられない」


「ハル!」


「手放した。もう大きくできない」


 イオは胸郭の中心。マヤは衝撃を渡し終えた。セシルは胸へ吊られている。


 残るのは、リナの未来ではない。


 現在の身体だ。


 リナは谷の縁にある巨人の折れた指へ足をかけた。前腕では掴めない。右腕と両脚で石指を押す。


「無理!」とマヤ。


「未来に、私もいた!」


「影は命令じゃない!」


「だから自分で選んでる!」


 十。


 折れた指が楔の端へ当たる。


 ほんの少し、牙が深く入る。


 巨人の膝が地へついた。


 十一。


 本物の巨人が跪く。


 本物の塔が向こう岸へ落ち、橋になる。


 答案に書いた景色が成立した。


 十二の鼓動が鳴る前に、未来環境が静かに消える。


     *


 胸郭の穴から、イオがセシルを先に押し出した。


 重力布が二人を塔橋へ降ろす。セシルは右脚をつけず、左膝と両手で着地した。


 リナは駆け寄らない。駆け寄って腕を出せば、握る力を誤る。


「手、出していい?」


「右手なら」


 リナは右手を差し出す。


 セシルが掴む。


 六人の後ろで、跪いた巨人は動かない。


 橋になった塔も消えない。


 学院が例外と呼ぶには、大きすぎる証拠が谷を渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。