今日は、使わない
横倒しの塔から、星の海がこぼれていた。
窓は床になり、階段は壁になり、天井の亀裂から夜空が濁流のように流れ込む。塔を杖にしていた巨人が身じろぎするたび、六人の立つ面が傾いた。
三度目の瞼が、もう開きかけている。
「五人案から」とセシル。
命令葉どおり、彼女だけが入口へ残る。
リナは反対したかった。だが比較せずに六人案だけを正しいと言えば、一つの答えを押しつける学院と変わらない。
「能力は?」とニコ。
「今日は、使わない」
リナが答えた。
「巨人が起きる前に?」とハル。
「起きる前だから。発動したら、そのまま本番になる」
五人は遺物だけを持って塔へ入った。
*
最初の傾きで、五人案は止まった。
胸郭へ通じる星窓が、塔の上側へ回ったのだ。ニコなら光刃で直線を作れる。ハルなら足場を投げられる。だが今日は使わない。
壁を登るには、浮骨鍵で継ぎ目を見つけ、重力布で落下方向を横へ変えるしかない。
四人が布を引く。
リナは前腕帯の留めを確かめようとして、二度外した。
「私が留める」とマヤ。
「自分で――」
「本番で外れたら、誰が留める?」
リナは言い返せない。
マヤに任せた。
布が星窓へ届く。五人は壁を床にして進んだ。
そこで巨人が息を吸った。
塔内の星海が胸郭側へ逆流する。
「中止」とイオ。
「まだ行ける」とニコ。
「中止条件は、星海が逆流した時」
自分たちで決めた言葉だ。
ニコは一歩だけ迷い、戻る。
五人は能力を使わず、重力布を逆へ向けた。行きより遅い。巨人が完全に目を開けば間に合わない。
入口でセシルが音貝を掲げた。
最後に受けた一音を、一度だけ返す遺物。
彼女が塔の外で拾わせたのは、巨人が息を吐く音だった。
音貝が低い吐息を返す。
逆流していた星海が一瞬、入口側へ押し戻された。
五人が外へ転がり出る。
能力は一つも使っていない。
それでも、セシルがいなければ戻れなかった。
「五人案、失敗」とリナ。
「一回では決められない」とセシル。
「もう一回やる?」
巨人の瞼がさらに開く。
「時間がない」
「じゃあ決まった」
「比較が足りない」
「首席」
リナは苛立って、前腕帯を自分で留め直そうとした。また穴を外す。
セシルは手を出さない。
「何」
「六人案を正しいことにしたいんじゃない。あなたを抜いたら、帰れなかった。それを見た」
セシルは塔の入口と、音貝を見る。
「なら、六人案を試す」
*
本番の位置を、能力なしで確かめる。
ニコは膝鎧までの直線を歩き、途中へ誰も入らないことを確認する。
マヤは巨人の拳を受ける場所へ立つ。まだ衝撃はない。次に触れる塔脚まで、手を空けたまま移れる距離を測る。
イオは胸郭の入口へ身体を入れず、縁だけを見る。閉じる前に出口役を決める。
ハルは牙を投げず、握ったまま膝までの距離を数える。
リナは答案へ書くだけで、発動しない。
セシルは重力布を腰と右脚へ回し、胸郭までの斜面を歩く。杖を置く。左脚を寄せる。右脚を引く。方向転換に三つ。
「十二の鼓動では着けない」とリナ。
「だから発動前に着く」
「帰りは?」
「イオの反転後、胸郭の穴から重力布で降りる」
「穴が閉じたら」
「中止」
「あなたが中に残る」
「残る前に、イオが発動しない」
イオが聞いていた。
「私が決める」
「ええ」
セシルはすぐ引いた。
リナはそれを見て、ようやく前腕帯の留めをマヤへ頼んだ。
「お願い」
「最初から言って」
「言えるようになっただけ褒めて」
「本番が終わったら」
巨人の両目が開いた。
塔を握る石の指が動く。
予行は終わった。




