最後の返事まで、待って
十二枚の鏡に、未決宮の灰紫色の成功候補が一つずつ映った。
ある鏡では出口が天井に開き、別の鏡では床が空になる。六人が無傷の未来も、巨像を倒して進む未来も、学院の認定者へ答案を渡して戻る未来もあった。
どれも触れられず、音も消えず、鼓動も始まっていない。
リナが一枚を選ぶと、残り十一枚が一斉に砕けた。
選んだ鏡には、十二面審問室の外壁が花弁のように開いている。半透明の六人は外で立っていた。
「これを本物にする」
リナは着脱式の答案板を前腕帯へ固定した。獣皮を敷いた板が紙を下から支え、解環は腰紐に残る。太い筆軸を右手で添え、感覚の鈍い左手が板のどこにあるかを目で確かめて書くためのものだった。
――十二面の外壁が開いている。
線を引こうとして、筆先が紙の外へ滑った。
「ずれた」
以前なら、黙って書き直していた。
「位置が分からない。いま直す」
五人が手を止める。
セシルも、杖を前へ出した姿勢で止まった。
「待つ」と言う。
リナは右手で左手首を支え、線を引き直した。今度は紙の中へ収まる。
本人が解環をかざす。一行の光像が輪へ移った。
周囲の音が消えた。
どくん。
十二面の壁が開いた環境が実体化する。鏡の間に外の空が見え、半透明の六人がそれぞれ違う出口へ立っている。
「方法は三つ」とセシル。「鏡を倒す、中心の石冠を外す、壁の外から眼蓋石を差す」
「どれが一番早い?」とリナ。
「石冠」
「あなたが届く?」
石冠は高い。以前のセシルなら壁を登っていた。
セシルは右脚の支持具を見る。
「届かない」
言い切った。
「ニコなら?」
「直線が鏡を二枚切る」とニコ。
「マヤ」
「鏡が割れる衝撃を持てる。でも次に渡す場所を先に決めたい」
「イオ」
「十二面が閉じた空間なら反転できる。私が内側に残る」
「ハル」
「眼蓋石を外から投げる。手放した後は変えられない」
二つ目。
リナは未来痕を見る。半透明のイオだけが室内側にいる。外のハルの足元には、小さな眼蓋石が落ちていた。
「イオが反転。ハルが石を投げる。外から継ぎ目を開く」
「変更?」とセシル。
「最初は石冠を考えた。変更する。イオとハルの案へ」
声にした。
「返事を」
ニコが「いい」と答える。
マヤも「いい」。
イオは境界を一周見てから「閉じている。いい」。
ハルは眼蓋石の重さを測り、「終点が見える。いい」。
セシルはまだ答えない。
三つ目。
未来環境の壁にひびが入る。
リナは焦る。
「セシル」
セシルは杖を前へ出したまま動かない。右脚に同じ姿勢の負担がかかり、額に汗が浮く。
「帰り道がない。反転後、イオを誰が引く?」
「私が残る」とマヤ。
「触れられる?」
「衝撃を持っていなければ」
「持たない?」
「持たない」
セシルは頷く。
「いい」
「最後の返事まで、待って」
リナが自分へ言うように口にした。
「待ったわ」とセシル。
「痛そうな顔で勝ち誇らないで」
「勝負でしょう」
「そこは忘れてないんだ」
四つ目。
イオが内側へ入り、十二面の内外を反転する。壁の継ぎ目が外へ露出する。
ハルが眼蓋石を投げる。小石ほどだった遺物は距離で扉ほどに育ち、継ぎ目へ食い込む。
マヤが外からイオの腕を掴み、引き出す。
五つ目。
十二面の現在の壁が花弁のように開いた。
未来環境と重なる。
鼓動が止まる。
*
認定者は、開いた審問室の外で四つの評価印を灯した。
事故の責任は消えない。今日一度の成功で、安全になったとも言わない。
それでも、リナは握り損ねと変更を声へ出し、全員の選択を待った。セシルは自分が登れないことを認め、痛みがあっても最後の返事まで身体を止めた。
リナ。完遂十八、安全十四、再現十五、時間と適応十八。累計六十五。
セシル。完遂十七、安全二十、再現十八、時間と適応十四。累計六十九。
「四点」とリナ。
「また増えたわね」
「事故の後で嬉しそうに言わないで」
「嬉しくはない。勝っているだけ」
リナは笑いかけて、前腕の光を見た。笑いは消えなかったが、少しだけ形が変わった。
認定者が二人の前へ封印印を置く。
「即時固定の提案は維持する。今日の手順には、六人が揃うことと互いの返答が必要だ。いつでも同じ条件が得られるとは限らない」
「合理的です」とセシル。
「受けるの?」とリナ。
「いいえ。反対の理由を正確にしただけ」
認定者は封印印を引かなかった。
「最深部を六人で解け。再現できれば、複数答案の審査を開く。失敗すれば固定を再提案する」
扉の向こうで、石巨人が立ち上がった。
その肩に載った三本の塔が、空へ持ち上がる。




