あなたを未来に閉じない
砂漠から、セシルの家名が立ち上がった。
黒い砂が人の背丈を越え、塔を越え、やがて巨大な石像になる。胸にはセシルの姓が古い文字で刻まれ、両手には傷のない帰路が載っていた。
右の掌に、内塔へ続く白い門。
左の掌に、セシルが家の記録院へ戻り、学院へ従う未来痕。
「趣味が悪い」とリナ。
「家の像に言って」
セシルは杖を砂へ突く。先が沈み、右脚の支持具まで傾いた。
「待って」
リナが支えようと手を出し、前腕の位置がずれた。掴む前にセシルの肩を強く叩いてしまう。
「ごめん」
「肩は無事」
「そういう報告、腹立つ」
「必要かと」
セシルは重力布を支持具の下へ敷いた。布の裾を固い地面へ向けると、右脚が砂へ沈まなくなる。
巨像の口が開いた。
声はセシルによく似ていた。
「記録院へ戻れ。家の保管する守護獣図を学院へ渡せ。正答封印を受ければ、二人とも無傷で砂漠を出す」
昨日の傷は消せない。ここから先、傷を増やさないという意味だ。
巨像の右掌から、滑らかな白い道が途中まで降りた。段差も傾きもなく、杖を使うセシルにも歩ける。だが最後の一人分だけ、砂との間が空いている。
リナは答案を開いた。
書こうと思えば、一行で書ける。
――セシルが家へ戻ることを選び、白門が開いている。
「宮が条件を置いてる」とリナ。
「発動できる?」
「あなたが、その未来を今いる者の力で実現可能だと思えば」
リナは解環を持った。
未来の白道は安全だ。セシルが家へ戻ると言えば、十二の鼓動も要らないほど簡単に成立する。
「戻る?」
尋ねる。
「記録は使いたい」
「家へは?」
「条件つきでは戻らない」
「満点のままでは、あとから選べない」
巨像が砂を落とした。
「拒めば、負傷者を砂へ残す」
右脚の支持具が軋む。
リナは解環を答案へかざさなかった。
「発動しない」と巨像へ言う。
「安全な未来だ」
「私には」
「二人にだ」
「セシルが選べないなら、安全でも私の答えじゃない」
セシルがリナを見る。
リナは前腕を胸元へ支え、触れて止める代わりに声を強くした。
「あなたを未来に閉じない」
「では、どう出る」
「それを首席が考える」
「最後だけ雑」
「得意でしょ」
セシルは少し笑った。
*
家名の巨像は、古い記録と同じ姿をしていた。
セシルは家で読んだ守護獣図を砂へ描く。血で開く扉も、家名に反応する遺物もない。誰でも読める線を、先に学んでいただけだ。
「像の踵に空洞がある。家名を支えるのは、砂の柱が三本」
「壊す?」とニコ。
「一本だけ抜けば、像が膝をつく。掌の白道が地面へ届く」
「僕が切る」
「走り終える場所を先に決める」とイオ。
「返事を待つ」とニコ。
セシルは全員を見る。
以前なら、もう配置を言い始めていた。
「案がある。聞く?」
「聞く」とマヤ。
一人ずつ返る。
リナも最後に「聞く」と言った。
ニコの光刃が一本の砂柱を切る。像が膝をつき、白道が地面へ降りる。巨像の示した服従の未来ではなく、六人が現在の行動で同じ帰路を作った。
道を渡る時、セシルは杖を先に置く。左脚を寄せ、右脚を引く。
リナは急かさなかった。
自分も太い筆軸をしまうのに、以前の倍の時間がかかったからだ。
砂漠の出口で、十二枚の鏡が二人を待っていた。




