↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/23

言わなかった。待たなかった

 巨鳥の胸郭に、二つの出口が重なって見えた。


 左肋のあいだには、白い骨橋が谷へ伸びる。右の胸骨には、巨大な円い穴の淡い痕が浮かび、その向こうで逆さの塔が透けている。


 リナが答案に書いたのは左だけだ。触れられる未来として現れるのも、左橋ひとつだけになる。


 右の穴は、未決宮がまだ捨てていない非実体の候補として明滅している。


「左橋を本物にする」


 リナは全員へ言った。


「変更しない?」とイオ。


「しない」


「返事」とハル。


 一人ずつ答える。


 最後にセシルが「いい」と言った。


 リナが解環を答案へかざす。一行の光像が輪へ移った。

 周囲の音が消えた。


 どくん。


 左の骨橋が実体化する。


 半透明の六人が橋を渡っていた。未来痕のセシルは先頭で、白い眼蓋石を左肋の窪みへ差している。橋の終わりには全員の足跡がある。


「眼蓋石は私が置く」とセシル。


「置いたら返事して。私が橋を固定する」


「分かった」


 二つ目。


 ニコとマヤが先に渡る。イオ、ハルが続く。胸郭が羽ばたくたび、橋の白い縁が震えた。


 セシルは眼蓋石を抱え、左肋へ向かう。


 三つ目。


 右の穴から、折れた骨翼が滑り込んだ。


 ハルの足元へ落ちる。


「動かないで!」


 リナが叫ぶ。


 骨翼は橋を横から押し、ハルを谷側へ傾けた。左の未来を続ければ、橋は本物になる。だが、その前にハルが落ちる。


 右の未来なら、胸骨の穴が広がり、骨翼は外へ抜ける。未来痕のハルも穴の内側に立っている。


 変える。


 そう言うべきだった。


 四つ目。


 リナは答案の一行を書き直した。


 ――右胸骨の穴が開き、骨翼が外へ抜けている。


 左橋の白い縁が薄くなる。右の穴が実体を増す。


 リナは「右へ変える」と言わなかった。


 言えば、セシルは眼蓋石を置くのを止める。返事を待てば、ハルが滑る。


 自分なら間に合わせられると思った。


 同じ瞬間、セシルは未来痕の足跡へ踏み出した。


 リナの返事を待たなかった。


 眼蓋石を早く置けば橋が安定し、ハルも助かると思った。


 五つ目。


 左の骨橋が消えた。


 セシルの右足だけが、もう橋の上にあった。


 身体は未来痕の位置へ移らない。


 支えを失った現在の身体が、そのまま落ちる。


「セシル!」


 リナは左肋から身を投げ出した。


 片手がセシルの手首へ届く。


 右の穴が実体化し、骨翼が外へ抜ける。ハルは倒れたが、橋の内側へ残った。


 六つ目。


 セシルの身体が胸郭の一段下へ振られる。右脚が二本の肋骨の間へ入った。


 巨鳥が羽ばたく。


 肋骨が閉じる。


 鈍い音がした。


 セシルの息が止まる。


「脚、抜いて!」


「抜けない」


 声が細い。


 リナは手首を離さない。もう片方の腕を肋骨へ差し込み、閉じる骨を押し返した。


 七つ目。


 右の未来環境が崩れ始める。


 リナの前腕は、崩れる未来の開口部と現在の肋骨の境に差し込まれていた。


 そこへ白い光のひびが走った。骨に挟まれた皮膚の上を、細い亀裂が内側から照らす。


 熱くはない。


 痛みのあと、指の感覚が消えた。


 セシルの手首を掴んでいるはずなのに、どこまで力を入れているか分からない。


「リナ、強すぎる」


 セシルが痛みの中で言う。


「分からない!」


 八つ目。


 マヤが戻ってくる。


「肋骨の衝撃、私が受ける。触っていい?」


「いい!」


 マヤが閉じる骨へ両手を当てる。圧力を身体へ引き受け、肋骨の動きを一瞬止めた。


「ニコ、右の骨だけ!」


「セシルの脚から外れる線を」


 イオが位置を示す。ニコは返事を待ち、一直線の光刃で一本だけ切った。


 九つ目。


 ハルが小さな骨片を投げ、距離で支柱ほどに育てる。閉じる肋骨の間へ楔が入る。


 セシルの脚が抜けた。


 イオが胸郭の内側に立ち、閉じた空間の内外を反転する。六人は雲の上へ吐き出された。


 十。


 未来環境が完全に砕けた。


 現在の巨鳥は谷の底へ沈み、右胸骨の穴も消える。


 けれど傷は消えない。


 リナの前腕には、暗闇でも分かる白い亀裂が残っている。


 セシルは右脚を伸ばせない。


     *


 雲の上で、二人は隣り合って寝かされた。


 リナは前腕を胸へ載せられたが、自分の腕の重さが分からなかった。


「私が変えた」


「ええ」


「言わなかった」


 セシルは目を閉じたまま答える。


「私は、返事を待たなかった」


 リナは唇を噛んだ。


「言わなかった。待たなかった」


 規則は、それだけだった。


 それだけで、二人の身体には戻らないものが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。