返事を決めないで
球形城壁が、巨大守護獣を空の内側へ落とした。
白い球の中で、四つ脚の獣が雲を蹴っている。外にいるリナたちの足元には青空が広がり、頭上には大地が丸く閉じていた。
イオは球の中心に立っている。
彼女が内側にいなければ、閉じた空間は反転しない。
「いまは成功してる?」とリナ。
「半分」
「半分成功って、失敗と何が違うの」
「獣は閉じた。私も閉じた」
イオの声が球壁を通して届く。
反転を解けば獣も外へ戻る。イオだけを出すには、新しい継ぎ目を作らなければならない。
セシルは球の外周を歩き、浮骨鍵の向きを追っていた。
「眼蓋石が一つある。あれを継ぎ目へ差せば、イオが押し開けられる」
「閉じてるのに差せる?」
「反転が解ける瞬間だけ、内外が同じ厚さになる」
「いつ?」
「イオが答えた後」
リナは念を押した。
「答えた後ね」
セシルは聞いていないふりをした。
球の中で、イオが獣の足を避ける。雲を蹴った爪が、球壁へひびを入れた。
「長く持たない」とイオ。
セシルは眼蓋石を両手で持ち上げ、浮骨鍵が示す白い点へ寄せる。
「解く時、右へ押せる?」
「右が、あなたの右か私の右か確認したい」
「球の外から見た右」
「それなら――」
獣がもう一度、壁を蹴った。
ひびが白い点まで走る。
その先にいるイオの身体まで、ひびが届くように見えた。
セシルは返事の続きを待たず、眼蓋石を差した。
「解いて!」
イオが反転を解いた。
乾いた音とともに、球形城壁が元の内外へ戻った。
空と大地が入れ替わり、獣が外へ放り出される。眼蓋石はちょうど内外が薄くなる瞬間に食い込み、細い出口を残した。
イオはそこへ指をかけ、自分で押し開ける。
リナとマヤが腕を掴み、外へ引いた。
獣は雷骨庭の下へ落ちていく。
全員が無事だった。
*
イオは土へ座り、呼吸を四つ数えてからセシルを見た。
「私、なんて答えようとしたと思う?」
「外から見た右で合っている、と」
「違う」
「では?」
「右へ押すと、獣の爪が出口へ重なる。左へ変えて、と言うつもりだった」
セシルは落ちていった獣を見た。眼蓋石を差した一拍がずれていれば、爪がイオの出口を塞いでいた。
「でも、今回は出られた」とリナ。
「今回は」
イオは袖についた土を払った。
「返事を決めないで」
「決めたつもりは」
「待たなかった時点で、私が答える内容を決めたのと同じ」
セシルは反論のために口を開き、閉じた。
「分かった」
「何が?」
「次は、最後まで聞く」
「『それなら』の後まで」
「ええ」
イオは立ち上がる。まだ怒っているのか、もう許したのか、顔からは分からない。
ハルが小声でリナへ言った。
「首席、今日は二回目?」
「数えてない」
「数えた方がよくない?」
「私も一回あるから、数えたくない」
白い球形城壁の向こうで、二つの門が同時に開いた。
左の門には、全員が立つ未来痕。
右の門にも、全員が立つ未来痕。
どちらも成功した後の姿に見えた。




