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『こっち』では足りない

 空に浮いた島々が、雷のたびに一段ずつ高くなった。


 雷骨庭の深層では、落雷が地面を叩くのではない。地面を空へ殴り上げる。島と島は上下にずれ、さっきまで隣だった岸が頭上へ移っていた。


 マヤは一番低い島で、巨獣の尾が落とした衝撃を抱えている。


 青白いひびが肩から手首へ走り、足元の石を細かく砕く。


「長く持てない」


 いつもの丁寧な声が崩れていた。


 リナは答案へ書く。


 ――北の浮島が、落下する全員を受け止めている。


 一行の光像が解環へ移る。

 周囲の音が消えた。


 どくん。


 頭上にあった北の島が、十二の鼓動だけ低い位置へ実体化した。表面には半透明の六人が伏せ、未来のマヤは島の裏へ片手をついている。


「あそこへ衝撃を渡せば、島が下がって受け皿になる」とリナ。


 セシルは未来痕の足元を見る。


「未来の島、中央に割れ目がある」


「割れても受け止めてる」


「受け止めた後に二つへ分かれる」


 二つ目の鼓動。


 空の高いところで、ニコとハルの島が傾いた。二人が滑り始める。


「急いで!」とハル。


 マヤは重力布に乗せた石板ごと、北の島へ運ばれている。前回と同じく、衝撃を抱えた後で別の足場へ触れないためだ。


 セシルが布の裾を引いている。


 三つ目。


 リナは未来の割れ目を見た。


 北の島が二つに裂ければ、中央へ落ちるニコは助かる。けれど外側へ滑るハルは、割れた隙間を抜けてしまう。


 その下に、骨獣の肩甲骨が浮いている。広く、縁が上へ反り、二人とも受け止められる。


 未来を変えるなら、全員へ言って返事を待つ。


 そう決めたばかりだった。


 四つ目。


「こっち」


 リナは肩甲骨を指した。


 それだけで、答案へ一行を書き直す。


 北の島の実体が薄れ、代わりに肩甲骨が低い位置へ重なる。半透明の六人の配置も変わった。


 セシルは指先を見て、重力布の裾を肩甲骨へ向け直した。


「変更、肩甲骨」


 遅れて言葉にしたのはセシルだった。


 マヤは石板の上で身体を強張らせる。


「私、どこへ渡すの」


「肩甲骨!」とリナ。


「どの面?」


 未来痕のマヤは裏側へ触れている。現在のマヤから見えるのは表だけだ。


 五つ目。


 セシルが重力布を捻り、石板を骨の裏へ回す。マヤの身体が横向きになる。衝撃が漏れ、石板の端が崩れる。


「右のくぼみ!」とセシル。


「触っていい?」


 返事を待つ一瞬が長い。


「いい!」


 六つ目。


 マヤが肩甲骨のくぼみへ触れる。


 抱えていた衝撃が骨へ移る。巨大な肩甲骨が下へ打ち出され、落下するニコとハルの下へ滑り込んだ。


 二人が骨の皿へ落ちる。


 未来の肩甲骨と現在の骨が重なる。


 七つ目で、鼓動が止まった。


 成功だった。


     *


 マヤは石板から降りる前に、リナを呼んだ。


「助かった。でも、ひとつ言っていい?」


「怒ってる?」


「怒る前に、まだ脚が震えてる」


「座る?」


「そういう優しさで逃げないで」


 声は穏やかだが、逃がす気はなかった。


「『こっち』では足りない」


「セシルには分かった」


「私はセシルじゃない」


 短い一言が刺さる。


「触る場所を間違えたら、二人ごと骨を砕いてた。北の島から肩甲骨へ変えた、裏の右へ触る、そこまで欲しかった」


 リナは、自分の指を見た。


「時間がなかった」


「分かる。でも、次も『こっち』で分かると思う?」


 セシルが重力布を畳みながら言う。


「私は分かった」


「首席は黙ってて」


 リナとマヤの声が重なった。


 セシルは本当に黙った。その顔が少し不服そうで、マヤが先に笑う。


 緊張がほどけたせいで、リナも笑ってしまった。


 けれど謝るところは残っている。


「次は、変えた先まで言う」


「うん。聞く」


 空へ上がった浮島の裏から、内側を失った白い球形城壁が降りてきた。

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