↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/28

1.クララ・マグノリアと謎の貴公子



「私たちは契約上の夫婦だ。私生活ではお互い干渉せず、公の場のみ、夫婦として振舞う」


 目の前に座る、気難しい顔をした彼――オスカー・リューベルト次期公爵様。

 端正な顔立ちと鴉の濡れ羽のような艶やかな黒髪。

 社交界では少しも女性を寄せ付けない彼は、『氷の貴公子』の異名を持つ。

 そんな彼と、平凡な男爵令嬢である私――クララ・マグノリアは、契約結婚をする。


「この契約書にサインを」


 差し出された紙。びっしりと書かれた契約内容。

 そして――その一番下に書かれた、オスカー様のサイン。


「……えっ」


 その流麗な字に、特徴的な光沢のあるインクに、見覚えがある――!


(もしかしたら、この人は――!)


 『貴方の小説を読んで、僕は救われました』


 嫁入り道具の中にある、何十通もの私宛のファンレター。

 その筆跡に、特徴的なインクに――オスカー様のサインは、あまりにも似ていた。




 流行作家、クラヴィス・クライン――私のもうひとつの顔だ。

 私は正体を隠して娯楽小説を書いており、その作品たちは世間に広く読まれている。

 冒険小説や時代劇、ファンタジー……。色んな作品を書いてきた。

 ファンレターをいただくこともしばしばあったが……その中に、新作を出すと必ずファンレターをくれる、熱心な読者がいた。


『クラヴィス先生の小説を読んでいると、自分まで作品の登場人物になれたような気がします』

『貴方の冒険物語は何度も読み返しました。その所為で本はだいぶくたびれてしまいましたが……』

『僕の大好きな貴方の小説をイメージしたインクを作りました』


 上等な便箋に、珍しい青い光沢を放つインクで綴られた文章たち。


(匿名とはいえ、おそらく身分の高い貴族の方だとは思っていたけれど……)


「……どうかしたのか?」


 契約書に目が釘付けになっていると、オスカー様が怪訝な顔をして聞いてきた。

 思わずそちらに視線を向ける――まさか、この人が?

 

「っ、いいえ! なんでもございません」


 慌てて契約書にサインをする。

 ……どう見ても、あのファンレターの字にそっくりだ。

 私が心の支えにしていたあのファンレター。

 あの送り主は、もしかすると――私の旦那様かも、しれない。


 *


 幼いころから、物語が好きだった。

 私の実家であるマグノリア家は、あまり裕福でない男爵家だった。

 代々王宮図書館の管理人を務める家系だったが、その給料はあまり良いものではなかった。


「お父様! ここの本はすべて読んでいいのですか?」

「もちろん。汚さないようにね」


 贅沢は出来なかったけれど、父のおかげで王宮図書館の本は読み放題だった。

 ありとあらゆる物語や知識を読むことが、なによりの楽しみだった。

 やがて読書好きが高じて、自分でオリジナルのお伽話を作るようになった。


「姉さま、お話きかせて!」

「いいわよ。そしたら今日は……」


 仕事や社交で忙しい父母に変わって、弟妹たちの面倒を見ていた。

 その時に、自分の考えた物語を語り聞かせていたのが、作家としての私のはじまりだ。


「お姉さまのお話、おもしろい!」


 私の話を喜んでくれるのが嬉しくて、どんどん知識を蓄えて、どんどん物語を生み出した。

 そんなある日――。


「私が小説を?」

「ええ。クララお嬢様には作家の才があります」


 父の知り合いの商人が、私の話を聞きつけてそう打診してきたのだ。


「もちろん原稿料などはお支払いいたします。その才を埋もれさせるのは、あまりにも惜しい」

「原稿料を、いただけるんですか!?」


 私が少しでも収入を得られれば、家計の足しになる。

 一も二もなく承諾したが、ひとつだけ問題があった。


「クララお嬢様のお立場を守るため、筆名を使った方がよろしいかと」


 この国の貴族社会では、娯楽小説は低俗なものとして扱われている。平民の読む、取るに足らないものだと。

 裏ではひっそりと楽しんでいる貴族もいるが、公で口にすることは憚られる。

 そのため――『クラヴィス・クライン』というペンネームを使い、正体不明の作家として活動することになったのだ。


 商人の読みは当たり、私は見事に流行りの娯楽小説作家となった。

 そうして結婚する今日に至るまで、令嬢と作家の二つの顔を使い分けて生きてきた。


 *


 契約書にサインをし、なんとか表情を取り繕って自室へと戻ってきた。

 休む間もなくクローゼットの中の箱を取り出して開ける。

 中には、いくつものファンレターが重なっていた。

 その中の一通を取り上げる。


「……やっぱり似ているわ」


 クリーム色の上質な紙に、青い光沢を放つインク。

 そして便箋の上に綴られた、規則正しい美しい文字たち。

 私の目にはどう見ても、先ほどの契約書の文字と同じように見える。


(……でも、本人かどうかは確かめられないわ……)


 ……本音を言うと、とても気になる。

 しかし気軽に、答え合わせなどできない。

 答え合わせをするには――私の正体を明かさなければならない。

 

 もしこれが、私の勘違いだとしたら――。

 次期公爵様の妻が娯楽小説作家だなんて、大スキャンダルだ。

 公爵家の名に泥を塗ってしまうだろう。そうなれば離婚は免れない。

 ……私にとってこの契約結婚は、どうしても維持したいものだった。


(確かめたいけど、離婚は避けたい……)


 私がなぜ、契約結婚を維持したいのか。

 旦那様から契約結婚の話を持ち掛けられたのは、一カ月前のことだった――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。