四日目
翌日。
誰も犠牲にならなかった事を喜びつつ、私たちは朝日を浴びた。
私たちはそれぞれあの時の状況を思い出していた。
「まず、狩人さんは人狼ではありませんね」
そう言ったのはパン屋だ。
「ああ。そして、人狼に狙われたパン屋も人狼ではない」
「もしかして、一昨日の物音って……」
「ああ。俺がパン屋を護衛していた。嘘ついて悪かったな」
バツが悪そうに狩人は言うが、この場にいる全員が狩人の行動を責める事をしなかった。
何せ、そのおかげで人狼の襲撃を防ぐ事ができたのだ。
「じゃああの時は……!」
木こりは期待に満ちた目で狩人を見つめるが、狩人はそんな木こりを一瞥した後、こう言い放った。
「いや、あれはただ事実しか言ってない。倉庫に誰か出入りしているとわかった時点で、銀の斧は家の中に隠してるぞ」
「あ、はい……」
一般的な危機感を持ち合わせていたら、まあ当然の反応だ。
「確かあの時、俺が声を上げてから、割とすぐにパン屋が家の中から出てきたな」
「そうですね。ただ事じゃない、と思いまして。その次に来たのは――」
「わたしです。でもほとんど木こりさんと旅人さんと同時でした」
「そうだな、同時だった。村娘は村娘の家から出てきて、オレは親父の家の方から、旅人さんは……」
「私は森の方から来ました」
その言葉に、一気に狩人が緊張したのが分かった。
「ああ、そうだ!森からきてたな!」
木こりはその事に気づかず、自分の記憶と照らし合わせていたが、その言葉が私の言葉が嘘でない事の何よりの証明になった。
「森、か……」
「ええ。元々外にいたんです。その時にがさがさと音がして……。ただ同時に大声も聞こえたので、不審に思って調べに行ったんです。とは言っても、何も見つかりませんでしたし、夜の森は危険なので、すぐに引き返しましたが」
「…………そうか」
それだけを告げると、狩人は一人教会から立ち去ってしまった。
そんな狩人をパン屋は心配していたが、木こりと村娘は不思議そうな表情をしているだけだった。
「ひとまず、昨日の事をもう少し詳しく思い出してみましょうか」
私は、気を取り直すように手を軽く打ち合わせてからそう言った。
「そうですね。もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれませんしね!」
私の提案に目を輝かせたのは村娘だ。
「そうしましょう。おい、パン屋。何か覚えてないか」
「覚えてると言っても、本当に最後の方……一瞬、人狼の後姿を見たくらいだよ」
「チッ、役に立たねぇな。毛の色とかは?」
「銀だったよ。でも、この中に銀髪の人はいないよ」
「それって、月の光の反射じゃねぇか?」
「そうかもしれないね」
パン屋は木こりの問いに答えるが、どことなく険悪な空気が漂う。
「とりあえず、私は狩人さんの様子を見てきますね。さっきも様子が変でしたし」
そう言って、私は教会から出た。木こりとパン屋は、村娘になだめられながらも、昨日の記憶を必死に呼び覚ましていた。
彼らは、今私が手にしているものの正体を知らない。
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獣は、村中を駆け回る。目標は……昨日パン屋への襲撃を邪魔した男。
てっきりパン屋の家の近くにいると思ったが、いない。
もしかして、私の正体に気づいたのか?
そうだとしたら、あのへんな態度の理由もわかる。
ともかく、この嗅覚で今狩人がどこにいるか、探し当てるとするか。
全く、手間をかけさせる。
狩人のにおいは、教会から出てまっすぐ、村長宅へと向かったようだ。
ああ、確かに地下にあったしね、20年前の資料。
でも、それが今更役に立つと?
私は直前で人に戻って村長宅の中に入る。
「待っていたぞ」
狩人は、銀の斧を持っていた。
「狩人さん、探したんですよ。こんなところにいたんですか。ただ……待っていた?」
私は、なにも心当たりがありません、という体で笑みを浮かべながら話す。
「アンタが人狼だったんだな。村出身じゃないと思って、真っ先に除外しちまった」
「え?私が人狼ですか?そんな訳ないですよ。私は、この村の外の出身です」
「でも、わからないんだろ、どこ出身なのか。つまり、この村出身の人間の可能性があるっていう事だ」
「いえ、私はこの国出身ではないので、この村で生まれた、という事は絶対にないんです。両親から私は公国で生まれたと聞いていますし……」
スラスラと流れるように嘘が付けるのは、努力した結果と言える。
冷や汗をかきつつ、何とか誤魔化す方向へと話を持っていきつつ、機会をうかがう。
「そうか。なら右腕を出してくれ」
狩人の言葉に、私は凍り付いた。
二つ並んだ赤いほくろ。それを見られたら、もう取り返しがつかなくなる。
「右腕、ですか」
「ああ。もしアンタがあの子かどうか、右腕を見ればすぐにわかる」
「あの子とは、20年前の事件の行方不明の少女の事ですか?」
「ああ、そうだ」
「……」
「アンタ、見たところ左利きだよな?たまに左手が出てたぞ」
狩人は、ずっと私を見ていたらしい。
「なんでわかったんです?」
「認めたか。そりゃあ」
狩人はそこで一つ言葉を切ってから告げた。
「言うか馬鹿ぁ!!」
ゲラゲラと笑う狩人に私はため息をついた。
そして――。
この村全体に届くほどの、大きな音が鳴った。
「キャーッ!!!」
私の悲鳴がこだまする。狩人は、ただ倒れ伏して眼を見開く事しかできなかった。
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「どうしたんですか!!」
村娘が真っ先に駆け寄ってくる。私は、謎のオブジェを左手に持ちながら、顔を青くさせて体を震えさせた。
そんな私を村娘が優しく抱き留める。
「じ、人狼が……人狼が……!」
「落ち着いてください、旅人さん。一体何か……?あ、狩人さん!?ど、どうして、そ、んな血だまりの中で?」
村娘は私を落ち着かせようとして、そんな瞬間に狩人の遺体を見つけてしまった、という演技をする。
「なっ!?」
「か、狩人さん……!?」
木こりとパン屋はその光景に驚き、すっかり固まってしまった。
あの頼れる狩人が死んだ。それだけで、彼らの精神はかなり追い詰められてしまう。
「き、木こりさん……。ねえ、わたしたち一体どうなってしまうの?ねえ、わたし怖い……」
声を震わせながら、村娘は木こりに抱き着いた。
彼らが折れないのは、ただ自らが愛する村娘を守らねばならないという使命があるからこそ。
木こりは村娘を優しく抱き留める。パン屋はそれをうらやましく見つめていた。
しかし――そんな存在から襲われたら、どうなるだろう。
「――え?」
情けない声が、木こりの口からこぼれる。
そこにいたのは、旅人のサバイバルナイフを手に、木こりの血で赤く染まった村娘だった。
「む、村娘……?」
「え……?」
「ふふ……アハハハハハ!馬鹿ね!本当に馬鹿!ああ、なんて愚かなんでしょう!」
「一体、どうしたの……?」
村娘の突然の豹変についていけない木こりとパン屋。そんな彼らに、村娘はさらにおかしそうに笑う。
「ねえ、恋人に裏切られてどんな気持ちかしら?片思い相手に裏切られて、どんな気持ちかしら!?」
「そこまでですよ、村娘。哀れな人間たちを、そこまで追い詰めてしまってはかわいそうじゃないですか」
私は慈悲を与えるような口調で言った後、美しい黒い狼に化け、その立派な詰めでパン屋をひっかき、凶暴な牙でかみつく。
ゴキ、という嫌な音とともに、パン屋の瞳は光を失った。
「パン屋?パン屋!!?」
木こりが大声をあげている。どうやら、まだそんな余力があるらしい。
「あら、思ったより深く刺さらなかったみたいです。すみません」
全く悪びれもない謝罪をした村娘はわたしに頭を下げた。
「どうして……どうしてこんな事を……?」
「どうしてって。わたしは人狼を崇め称える狂人よ。わたしの両親もそうだったの。そして、20年前、人狼である旅人様のご両親を助けたのもわたしの両親。旅人様をこの村から逃がしたのもわたしの両親!」
恍惚な表情をする村娘に、呆然とした視線を向ける木こり。
「そうなんだ。私は彼女の両親に助けられてね。一人旅もいい加減飽きてきたから、狂人を求めてこの村に来たんだ」
「でも、村長を殺したのはわたしたちじゃないわ。あれはね、神父がやったの」
最初に気づいたのは私だ。教会を調べた結果、あの教会はこの国の国教ではなく狂った神の教団だった。
証拠はあの不気味な神像。あれは、まさに狂った神の教団の象徴的な像だった。
そもそもが珍しいから、すぐに思い至らなかった。
神父はてるてる。村長が人狼ではないか、と睨んでいたのは事実だろうが、殺したのはあえて自分を処刑させるためだった。
だからこそ、証言も矛盾していたが、ほとんどの証拠は彼にとって不幸な事に、流されてしまった。
私はその事に気づき、さっさと神父を仕留めたのだ。
だから実は、三日目に導き出した結論は何も間違ってはいない。
「君は気づかなかったようだけど、村娘の家は歩いてみて不思議だったんだよ、何か、地下が空洞になっている感じがしてね。その時、床下空間の鍵を村娘にもらうものだから、さすがに驚いたよ」
そう言ってやると、木こりは驚いたらしく目を見開いたが、もう虫の息だろう。
「じゃあね」
私はこの場から去った。村娘も私の後を追う。もう既に木こりの目は虚ろになっていた。
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「あの、一ついいですか?」
「なに?」
「そのオブジェ、結局正体はなんでしょうか」
村娘は、私の手に握られたままだった謎のオブジェ――拳銃に目を向けた。
「これは拳銃だよ。人に当たれば一たまりもない」
「そんなものが……」
「触らない方がいいよ。まだ熱いから」
「はい!」
村娘は元気よく返事をした。
「とは言っても、まず距離が離れていたら当たらないし、もう一度弾を撃つのも時間がかかる。ただ音は聞いた通りとても大きいからね、相手を行動不能にする事ができる」
「ああ、だから狩人相手に撃ったのですね!」
「そう。そもそも人狼の襲撃を防げる能力を持っていたしね。だから、念には念を入れさせてもらった」
「さすがです!」
「それより」
私は、私を称賛する村娘に一つ質問をぶつけた。
「どうして私が人狼だって気づいた?」
「それはもちろん、私は最初から分かっていたからですよ。神父が犯人だって」
「へえ、それは驚きだね。見ていたのかい?」
「はい。神父は結構行き当たりばったりで、よくうまくいったな、と思っていたくらいなんです。ただ、少し経ったら言うつもりではあったんですよ?でもその前に私の家の隣を、狼が通り過ぎて行ったんです。美しい、黒い毛並みの狼が……」
うっとりとした様子で語る村娘は、とても優秀な狂人だった。
その後、こっそり狼の行方を見ていたら、村長宅方面に帰っていくのが見えたのだとか。
そして、人狼は女性。確実に木こりはあり得ないのだ。
村娘はそこで私が人狼である事に気づき、私に自分の家を調べるように誘導、そして自分が狂人である、と秘密裏に打ち明けたのだ。
そんな狂人に私は村人全員の様子を聞いて回る、という体で村長宅へと赴き、教会にいる村娘にサバイバルナイフを渡す。
もうあの時には、私の荷物は散々調べられた後なのだから、今更サバイバルナイフが消えたところで誰も気にしない。
「今まで集めてきたものを燃やして悪かったね」
「いえ、気にしていません!」
村娘は元気に答える。そこには、負の感情は一切垣間見えない。
あの村には、私や村娘に都合が悪いものが多い。
例えば私の特徴とか、村娘についての諸々とか。
いくつか床下空間にあった書類をカバンに詰めると、私たちは、村に火を放ってから逃げた。
あの村は孤立しているし、雨が降ればたとえ森に火が燃え移ったとしても、消化される。
それ以前に、その後火がどうなろうと私には関係ないが。
「これからどこに行きますか?」
「まずは、王都に行こうかな。仲間がいるんだ」
「仲間ですか?」
「そう。人狼仲間がね」
別に、人狼はあの村でしか生まれない訳ではない。単純に、そこから近い村や町には、人狼一族がいなかっただけの話なのだ。
「君を紹介しに行くんだ」
「ふふ、それは楽しみです」
楽しそうな村娘は、あの床下収納から取り出した書物をしまったかばんをぎゅっと握りしめる。
それは、彼女が狂人である事を示す大事な証拠だ。
私たちは、ただの二人の旅人にしか見えない。
旅の途中ではきっと、たくさんの人間が死ぬだろう。
命の危機なんて、数える事すら馬鹿馬鹿しくなるかもしれない。
それでも、私たちはきっと笑い続けるだろう。どちらか、あるいは両方が欠けない限りは。
そんな私たちの旅がこれからどうなるのかは……誰も知らない。
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