三日目 2
次に訪れたのは狩人宅、つまり木こりの元だ。
「ああ、そういえばそうですね……。午後9時に一回外に出ましたね。村娘に会いに行くために。きっと、突然親父が死んで村娘も怖かっただろうから……」
「そうなんですね。家に戻ったのはいつ頃ですか?」
「帰ったのは午後10時くらいです。そう言えばその時、狩人が倉庫で何か作業してたな……」
木こりは昨日の様子を思い出しながら語った。私は狩人の名前が出てきたので、少し驚いた。
「そうなんですか?」
「ああ。井戸で物音がしたので、気になって見てみると、狩人がいて……。オレには気づいていないようでしたけど」
木こりはそう笑って言っていたが、私はぶっきらぼうに、ずっと家にいた、といった狩人が脳裏によぎった。
この様子では、木こりが嘘をついているようにも見えない。つまり、狩人が嘘をついた、という事になる。
人狼は銀に触れただけでは死なない。だからこそ、銀の斧を持っているからって、狩人が人狼でないという証拠はどこにもないのだ。
「何か、気づいた事はありませんか?」
「気づいた事、ですか。とくにはあまりないですね。狩人は奥さんをかなり愛していて、20年前にその奥さんを人狼に殺されているようです」
「そうなんですか!?」
驚きに声が大きくなる。
昨日村長宅の地下で見た、あの書置き。あの中の誰かが狩人の妻なのだろう。
つまり狩人は、人狼を憎んでいた、という事になる。
「とは言っても、これも周知の事実なんですけどね。――中々手掛かりが集まりませんね」
木こりは、調査が進展しないこの状況にやきもきしているらしい。
「それでもこの中に犯人は確実にいるんです。きちんと調査すれば、いつかはきっとわかりますよ、犯人が」
私はそう、月並みの言葉しかかける事しかできなかった。
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私は木こりと別れ、教会へと足を運ぶ。
「わたしが昨日何をしていたか、ですか?」
村娘は私の説明を聞き、一つ頷いてから快く教えてくれた。
「昨日は、午後9時に木こりさんと会いました。別れたのは……午後10時くらいです。それからはずっと家にいましたが、午前1時、とっとっとっていう獣の足音のようなものが聞こえて……」
「そうなんですね。次に教会で、何か新しく分かった事はありますか?」
「とくには……。あ、そういえば懺悔室の燭台に、変な跡がありましたよね」
村娘は、昨日教会を調べていた私にそう問いかける。私も、記憶に新しいため、彼女が何を言っているのかがすぐにわかった。
「そうですね、確かにありました。……でもあれは経年劣化じゃないんですか?」
それ以外の細かな傷も見えた。きっと、大した傷ではないんだろう、と思っていたが……。
「それにしては、ちょっと傷がおかしい気がして……。気のしすぎかもしれませんが」
「いえ、見落としてはいけない証拠かもしれません」
私がそういうと、村娘はぱっと顔を輝かせた。その笑顔は可愛らしい。
これが、木こりとパン屋が村娘を奪い合う理由なのかもしれない。
木こりと村娘が恋人同士なのは周知の事実なのだが、パン屋は隙あらば村娘を眺めている。
そして、近くに木こりの姿を認めると、木こりを睨みつけたりしているのだ。
それにしては、昨日は二人きりでいてよくケンカが起きなかったな……と改めて思いつつも、これは今考える事ではないな、と思い直した。
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午後5時。日が暮れ始め、あたりが暗闇に包まれる、その間の時間。
「あの、狩人さんは昨日の午後10時、倉庫で一体何をしていたんですか」
私の問いに、狩人は目を少し見開いてからこう言った。
「誰かが勝手に倉庫に出入りしている、と知ったんだ。一応他に何かされてないか点検しようと思ってな」
「そうですか。何か変わったところはありませんでしたか?」
「なかったな」
狩人の返答はとても冷静で、少しの動揺は見られなかった。
「じゃあ、なんでずっと家にいたっていう嘘を……?」
私の問いに、狩人は鋭い視線をこちらに向けながらこう言った。
「倉庫にいたとしても家にいたとしても大差ないだろ。ただ、その時間うろついていたやつはいたんだな?」
「ええ、木こりさんと村娘さんが出かけていました」
「そうか。……はあ」
狩人は、昨日も逢引きをしていた恋人たちに呆れ果てていた。
その時、恐らく初めて狩人と私の感情は一致しただろう。
「それと悪い、黙っていた事が一つある」
「黙っていた事、ですか?」
村娘が尋ねると、狩人が申し訳なさそうにしながら、口を開いた。
「昨日、神父さんは俺と話した後は一度も外に出てないと言っていたが、午前1時にどこかから帰ってきていたのを見た」
「なぜそれを今まで黙っていたんだ!?」
木こりが、殴りかかりそうな勢いで、狩人にかみつく。狩人はさらにバツの悪そうな表情をしてから、こう言った。
「あの時は……もしかしたら、何か事情があるのかもしれないと、そう思ってしまったんだ。さっきの俺のようにな」
狩人の言葉に、木こりは勢いをかなりそがれていた。確かに、嘘をつくのは必ず殺人犯だけだ、なんてことはない。
その他に見つけた手掛かりは、村娘が見つけた燭台の傷だ。
私が疑問に思っていた神父の儀式用ナイフと共に、恐らく村長殺しの犯人は神父だろう、という事になった。
というより、皆がそうしたかったのだろう。
次の言葉も、その考えを後押しした。
「広場の中心に、獣の足跡があった」
狩人の言葉に、誰しもが黙り込む。
今この中に、人狼がいると決まってしまった。
つまり、もし犯人が神父でないとしたら、今自分は人狼と共に殺人犯とも一緒にいるという事になってしまう。
それを認めるのが怖いのだ。
それに、細々と集まった証拠は神父に不利なものだ。
三年前に刃を丸めた筈なのに、最近刃を丸められた形跡があるナイフ、そのナイフを研いだり丸めたりしたような跡が残る燭台……。
動機を調べたかったが、神父が村長に秘密裏にあっていた事を示す手紙があった。
その待ち合わせはもう一月も前の出来事だが、問題はその内容だ。
どうやら神父は村長を人狼だと思い込んでいたらしい。
神父は人狼の存在を許さない。
だからこそ、神父が村長を殺した可能性が高くなるのだ。
とは言っても、もう既にどちらもこの世にはいない。
この真実が明かされる事もないだろう。
私たちはその事に――。
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夜。それは人ならざる者が跋扈する時間帯。
人の命を狙う魑魅魍魎たちが、活発に動き、その目を鋭くしている。
午前1時。
とっとっと……。
獣の足音が聞こえる。
軽やかな四足獣の足音だ。
野生の狼よりも知性を宿したその瞳は、とある人間の家へと向かう。
目指すは……パン屋宅。これから彼に降りかかる悲劇を想像し、獣は獰猛に笑った。
しかし――。
「おい!何をしている!」
「キャインッ!!」
突然の大声に、狼が驚いて情けない悲鳴を上げた。
大声を上げた人物――狩人が、月の光に照らされ不気味に光る斧を振り上げる。
「お前が人狼だな!今日という今日は引導を渡してやる!!」
憎しみを声に込め、右手の斧を振り下ろす。
しかし狼はそれを避け、そして今宵の襲撃の失敗を悟った。
そのため、すぐさまそこから逃げ出した。
狩人はその狼を追おうとしたが、すぐに森に逃げ込まれてしまい、断念する。
「チッ、次こそはないからな」
遠ざかる声を聴き流しながら、狼は人間の姿に戻った。
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午前1時半。
狩人の声に誰もが驚き、そして姿を現した。
「どうしたんですか、狩人さん」
そう聞いたのは、狩人が陣取る家の持ち主のパン屋だった。
「パン屋、無事か!?」
「は、はい、無事ですが……?」
パン屋は狩人のその気迫に驚いていたが、狩人が手にしている斧の存在に気づいた。
「あれ、その斧……。滅多に持ち出さない銀の斧じゃないですか?なんで……?あ」
パン屋は狩人が銀の斧を持っている事の意味に気づき、そして顔を青ざめさせた。
ぶるぶる震えながら、しかし問わなければならない事がある。
「その……。もしかして、人狼、出たんですか?」
「……」
狩人が、少し迷いながらも口を開こうとしていたその時だった。
「大丈夫ですか?何か変な事でも……」
「パン屋?なぜそんなに顔を青くさせて?」
「突然の大声で驚きました……。でも、何かあったんですよね」
その場に、村娘と木こり、そして私が集まった。
「人狼が出た。人狼の標的は……パン屋だった」
「なっ」
「ヒッ!」
「そんなっ!?」
「……」
四者四様の反応を示しながら、狩人の言葉を待つ。
「幸い人狼は撃退した。取り逃してしまったが……。大丈夫だろう」
その言葉に、誰もが胸をほっとなでおろした。
「でも、もう一人でいるのは危険ですよね」
「ああ、そうだな」
村娘の言葉に、木こりが賛成する。パン屋も青い顔で必死にうなずいているのが見えた。
「今日は、教会で休みましょう」
私の提案に全員が飛びつき、急遽教会に寝床を準備する事になった。
それも、命に代えれば惜しくない。
私たちは互いに折り重なるように、一晩を教会で過ごした。
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