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迷い

屋敷での暮らしは想像以上に過酷なものだった。どんなに気をつけていても、何度も小さなミスが続き、その度に神崎や先輩メイドから叱られていた。


紗希はすっかり自信を無くしていた。自分はメイドに向いていないのではないか、見習いのまま解雇されてしまうのではないかと思い悩んでいた。

その夜、紗希は初めてメイドの仕事を辞めた方が良いのかもと思った。家族や友人がいる村に戻りたいと本気で考えてしまったのだ。

そして翌朝になると、神崎から呼ばれ、神妙な面持ちで話し合いをすることとなった。


紗希が呼び出されたのは食堂の奥にある小さな個室だった。昼食を終えたばかりの時間帯、二人以外は誰もいない。


「紗希さん」


神崎が低い声で呼びかけた。


「はい……」


「あなたの様子がおかしいのは明らかです。昨夜も食事が進んでいませんでしたし、今朝もぼんやりしていましたね」


紗希は俯いて黙っていた。全て見透かされていることが怖かった。


「ここを辞めたいと思っているのではないですか?」


「……!」


図星を突かれて思わず顔を上げてしまう。


「何故わかったのか不思議ですか?」


神崎は静かに続けた。


「メイドの心理状態は常に観察しています。あなたのように素直な人は特に分かりやすい」


恥ずかしさに耳まで赤くなるのを感じながら、紗希は黙って頷いた。


「それで……本当はどうしたいんですか?」

真摯な問いかけに、ついに紗希は本音を漏らした。


「私は……メイドに向いていないのかも……何度もミスばかりして、みんなに迷惑かけてしまうし…」


涙が溢れそうになるのを必死で堪える。


一度堰を切ると止まらなくなった。これまで我慢していた気持ちがあふれ出す。


「村に帰って普通の暮らしをした方が……」


神崎はしばらく黙って聞いているだけだったが、紗希の告白が一段落すると静かに口を開いた。


「あなたの気持ちは分かります」


意外な言葉に驚いて顔を上げる。


「私も最初は戸惑いました。しかし考えてみなさい。この屋敷で学べることは多くあります。一流の作法や貴族社会のルール、人との接し方……これらは一般の学校では決して教わることのできないものです」


紗希は黙って神崎の言葉を聞いた。


「確かに厳しい規則もあります。しかし全てはあなた自身の成長のためなのです」


「私の……成長……?」


「そうです。あなたはまだ若く未熟ですが、ここで真面目に勤め続ければきっと素晴らしいメイドになれます。そして将来的には自分の力で生きていける自信を持つことができるはずです」


神崎は優しく微笑んだ。


「それでも辞めたいと思うのであれば止めません。しかし今すぐ決断する必要もないでしょう。あと数ヶ月だけ頑張ってみませんか?」


紗希は迷った。辞めるべきか続けるべきか—。しかし不思議と神崎の言葉には説得力があった。彼の誠実さが伝わってくるような気がしたのだ。


「はい…もう少し……頑張ってみようと思います……」


「良い選択です」


神崎は満足そうに頷いた。


「ただし忘れてはなりません。ここでの規則違反や失敗には必ず罰が伴います。それを承知の上で頑張りなさい」


最後の一言が少し怖かったけれど、今は不思議と心が軽かった。とりあえず辞めずに頑張ってみようと決意した紗希であった。


あれから1週間。紗希の心は徐々に晴れやかになっていった。神崎との話し合い以来、不思議と前向きな気持ちで仕事に臨めるようになったのだ。

相変わらず失敗することはあるけれど、お仕置きが怖いからではなく自分の成長のために頑張ろうと思えるようになったのである。


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