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お仕置きの理解

そして、またたく間に3ヶ月が過ぎ去り、神崎は見習い期間を終え、正式に副執事に任命されようとしていた。


「神崎君、副執事になれば、執事とほぼ同じ仕事を任される事になります。もちろん、メイドへのお仕置きも含めてです。その覚悟はありますか?」


田所執事は真剣な眼差しで神崎に問いかけた。

今や、田所の執務室には神崎用のデスクが備えられ、常に行動を共にしている。


この3ヶ月間、数え切れないくらいメイドへのお仕置きを目にしてきた。それと共に、最初の衝撃は薄れ、冷静に見る事ができるようにはなってきたが、実際に自分が行うとなると話は別である。


真剣な眼差しが神崎に突き刺さる。

「……」

神崎は唇を噛んだ。


「田所さん」

神崎はようやく口を開いた。


「その前に一つ伺ってよろしいでしょうか」


「何でしょう?」

田所は姿勢を正した。


「なぜ……なぜメイドだけがお仕置きの対象なのでしょうか」

神崎は慎重に言葉を選んだ。


「男性の使用人にも怠慢や失敗はあると思います。しかし彼らはお仕置きを受けません。なぜこのような不公平な制度があるのでしょうか」


田所はわずかに目を細めた。

「良い質問ですね」


その声は静かだが重みがあった。

「これは、貴族社会全体に代々受け継がれるしきたりです。メイドには特に品位と従順さが求められるのです」


神崎は首を傾げた。

「品位と従順さ……ですか」


「そうです」田所は軽く咳払いをした。


「メイドの質は、その家の格に直結します。執事は主人の代理人であり、年若く未熟なメイドを管理・矯正する役割があるのです」


神崎は考え込んだ。

「しかし、同じく若く未熟なフットマン奨学生にお仕置きが無いのは何故ですか?」


「フットマン奨学生は、昔の書生制度の名残りです。優秀な若者の学費と衣食住を保障して、将来、国や家の為に働いてもらうのが目的です」


「……」


「フットマン奨学生はいわば金の卵です。屋敷の仕事をさせるのは、彼らの自尊心を保つためです。ただ与えられるだけでなく、仕事をしながら勉強を続けた事は、彼らの誇りとなると共に主の家への愛着にも繋がります」


「一方でメイドたちは……」

田所の声がやや厳しさを帯びる。


「身体を使って働く存在です。まだ幼く未熟なため、どうしても粗暴さが出やすい。しかし主人や客人の眼前で雑な動作をするわけにはいかない」


「だから……」


「『躾』が必要なのです」



田所は机上の小さなベルを叩いた。


チリン……


「例えば……」


執務室のドアがノックされる。


「入りなさい」


入ってきたのは若いメイドだった。彼女の名札には『洋子』とある。


「洋子さん。あなた昨日の皿洗いで銀食器に傷をつけたそうですね」


田所の言葉に洋子の顔が青ざめた。


「申し訳……ございません」

彼女の声が震えている。


「…お仕置きをします」

田所は立ち上がり、お仕置き用の椅子に腰掛け、自らの膝を指さした。


「ここに来なさい」


洋子は抵抗しようとする素振りを見せたが、すぐに諦めて指定された膝の上にうつ伏せた。


「神崎君」

田所は神崎を見た。


「よく見ておきなさい。これがメイドへの『躾』です」


神崎は息を呑んだ。つい先ほどまで語られていた理論が目の前で実演されようとしている。


「お尻を出して」

田所の命令に洋子は一瞬躊躇したが、大人しくスカートを持ち上げた。


「いやっ……」


彼女の言葉は半端に途切れた。田所は躊躇する事なく、彼女の下着を引き下げた。


神崎の胸が痛んだ。洋子のお尻があらわになり、田所の手が振り上げられる。


パシン!


乾いた音が部屋に響いた。


「っ!」


洋子が悲鳴を押し殺す。


パシン!パシン!


連続して打たれる音。神崎は思わず目を閉じかけたが、田所の「見なさい」という言葉が蘇り堪えた。


「10回の平手打ちです」


田所は宣言すると、手を止めることなく続けた。


パシン!パシン!


「六回目……七回目……」


洋子のお尻が徐々に紅潮していく。彼女は歯を食いしばりながら涙を流していた。


神崎は拳を握りしめた。これが「躾」なのか……


パシン!


「十回目」


田所が最後の一撃を終えると、洋子の体が震えた。



「立って服を整えなさい」


指示に従って洋子は下着を上げスカートを直した。一瞬、赤く腫れたお尻がちらりと見えた。


「洋子さん」

田所の声が厳しさから穏やかに変わった。


「貴重な銀食器を傷つけた事は重大な過失です。しかし潔く罰を受けたことで不問としましょう。明日からの仕事に励みなさい」


洋子は深々と頭を下げた。

「ありがとうございました……以後気をつけます」


それだけ言うと彼女は部屋を出て行った。


田所は再び神崎に向き直った。

「見ての通りです。我々男性使用人は自分を律することが求められますが、メイドには……」


「身体を使った『教育』が必要だと」

神崎が言葉を継ぐと、田所は静かに頷いた。


「そうです。貴族社会では古くから続くしきたりです。執事は主人の影となり、メイドには品位を教え込む役割を担っています」


神崎は窓の外を見た。先ほどまでの青空が曇り始めている。


「…わかりました」


彼は静かに言った。


「副執事の職務を受け入れます」


田所は満足そうに頷いた。


「では明日から正式に副執事として働いてもらいます。最初の仕事は……」


そこで彼は意味深な笑みを浮かべた。


「明日の昼食後に真理子さんへのお仕置きです。彼女は昨日客室の花瓶を割りました」


神崎の胃が重くなるのを感じた。真理子は働き出して3年の中堅メイドだ。


「観察だけでなく、実際に行うことになります」

田所の言葉に神崎は唾を飲み込んだ。


「準備しておくように」


田所が立ち上がり部屋を出ようとした時、神崎は思わず声をかけた。


「田所さん」


執事が振り返る。


「一つだけ聞かせてください。このしきたり……果たして本当に必要なのでしょうか」


田所の表情が微かに変化した。それは迷いではなく、深い思慮の表れだった。


「これは、貴族社会全体の意志です」


強い意志を込めて、田所は力強く告げる。


「この国は、国王陛下を頂点とした厳格な身分制度で成り立っています。貴族の中でも明確な上下関係があり、それが国の安定の要です」


「……」


「そして民の上に立つ貴族自身、幼い頃から父親や教師から、厳格なお仕置きを受けて躾けられます。自身の保護下にある子女を厳しく躾ける事は、貴族の男性に課せられた義務なのです」


神崎は黙って考え込んでいる。


「メイドは嫁入り前の、未熟な少女達の集団です。雇用主である主人に替わり躾けを施す、それこそが貴方に課された職務です」


神崎は深くため息をついた。明日から彼もまた「躾」を行う側の人間となる。



「…わかりました…田所さん…一つ、お願いがあるのですが…」

神崎は言いにくそうに、田所に声をかけた。


「…僕を……その…お仕置き…してもらえませんか……?」


「何ですって!?」


にわかには信じられない神崎の言葉に、田所は絶句した。


「…僕は今まで一度もお仕置きを受けた事がないんです。打たれる痛みや辛さを知らない者が、他者を打つわけにはいかない…だから…」


田所は言葉を失った。執事の生涯においてこれほどの衝撃を受けたことはなかろう。


「君は何を言っているのだ……?」

彼の声は僅かに震えていた。


「申し訳ありません」

神崎は頭を下げたが、決意は揺らがない。


「他人を裁く立場になる前に、痛みを知っておくべきだと思うのです」


田所は眉をひそめた。

「しかし……成人男性をお仕置きするなど異例です」


「分かっています。しかし」

神崎はまっすぐ田所を見つめた。


「痛みを知らない者が適切に力を制御できるでしょうか。最小限の力で最大の教訓を与えられるでしょうか」


執務室に沈黙が落ちた。田所の眼差しが鋭くなり、神崎を測るように見据える。

「つまり、君は身をもってお仕置きの痛みを理解したいと?」


「必要な知識を得るためなら」

神崎の答えは毅然としていた。


田所は小さくため息をついた。四十数年の執事生活で初めて直面する申し出だった。


「……本気ですか」


「はい」


神崎の目は真剣そのもの。

数十秒の沈黙の後、田所はようやく口を開いた。


「わかりました。特別に、君にお仕置きをしましょう。ただし、お仕置きというものは、どんなに痛くて泣き叫んでも途中で許される事はありません。その覚悟はありますか?」


「はい!」


「いいでしょう。メイドに与える最も厳しいお仕置きを受けてもらいます。規定に基づき、平手で50回、その後鞭で5回です」


「はい。よろしくお願いします」


「では、ここへ来なさい」


田所は、先程メイドにしたのと同じように、椅子に腰掛けた膝の上を指差した。


神崎は深呼吸して田所の前に立った。


「自分で出しなさい」

田所の声は厳然としていた。


神崎は躊躇なくズボンのベルトに手をかけた。二十歳を過ぎた青年が自らズボンと下着を下ろす姿は滑稽であり、同時に痛々しい。


執務室という日常的な空間でのそれは、神崎に強い羞恥心を呼び起こさせた。


(男同士でさえこんなに恥ずかしいのか…)


神崎は、異性である執事の前でお尻を出すメイドの羞恥は計り知れない事を、身をもって理解した。


「膝に乗りなさい」


田所の命令に従い、神崎は膝の上にうつ伏せになった。頭は床に近づき田所の表情も、いつ平手が振り下ろされるのかもうかがい知る事はできない。


そして自然と露出されたお尻が突き出された格好となる。この無防備な状態が恐怖と羞恥心を増大させる。


(この姿勢には確かに意味があり、効果的なんだ)

神崎は冷静に分析した。


「もう少し前へ」

低く響く声に神崎は緊張した。


その時初めて気づいた。自分のお尻の皮膚が鳥肌立っていることを。未知の恐怖と期待が入り混じった奇妙な感覚だった。


「これからメイドに与えられる罰と同じものを与えます。ただし」

田所の手が神崎の腰に添えられた。


「これは君が痛みを理解するためです。罰ではなく教訓です」


「はい」


「それでは、しっかりとその身にきざみなさい」


田所は右手を高く上げた。


「一回目」


田所の平手が神崎の右臀部に正確に命中した。


パァン!


鋭い破裂音と共に鋭い痛みが走る。


「っ!」


思わず声が漏れ、神崎の体が反射的に跳ねた。田所の膝から落ちそうになる。


「動くな」


冷静な声が響く。


「きちんと位置取りなさい」



神崎は息を詰めて再び膝に身体を固定した。冷や汗が額を伝う。


「二回目」


パァン!


左側の臀部に強い衝撃。今度は声を我慢できたが、体は震えた。


「三回目」


パァン!


(痛い……想像以上だ)



神崎は歯を食いしばった。これまで見てきたメイドたちの反応は演技ではなかった。これは本物の痛みだ。


「四回目」


パァン!


「ん……っ」


小さな呻き声が漏れてしまう。

田所の平手が一定のリズムで振り下ろされる。


五回目。六回目。


神崎の肌が赤く染まり始めている。

神崎は自分の意に反して、叩かれるたびにお尻を動かしてしまう。しかし何度体を動かしても田所は動じず、確実に同じ箇所に当ててくる。


(これではだめだ)


神崎は自分の無力さに呆然とする。

メイドたちは皆必死に我慢していた。年若い女性があんなに必死に耐えているのに、自分がこれほどまでに声を抑えきれずにいる事に恥ずかしさを覚え始めた。


「七回目」


パァン!


「はぁっ……!」


田所の平手打ちによって引き起こされる痛みにより、神崎の息が荒くなる。叩かれる痛みを凌ごうと筋肉が収縮する。しかしそれは無駄な抵抗であった。何故なら田所の平手は的確にまた同じ場所に振り下ろされ、叩かれた痛みがすぐに消えてしまう事はなかった。一発一発が蓄積しジワジワと痛みが拡がっていく。


神崎の息が荒くなりはじめた。


「八回目」


パァン!


「っ!」


神崎は思わず頭を下げて床に押しつけそうになる。


「九回目」


パァン!


「うぅ……」


再びお尻が左右に動き始める。痛みから逃れようとしてしまう。


「十回目」


パァン!


「はぁぁぁっ!」


神崎はとうとう膝からずり落ちてしまった。しかし田所はそれを咎める事はせず、「起きなさい」と言う。


神崎が起き上がると、やはり体のいたるところが痛かった。長身ゆえに着いてしまう膝や肘、特に先程叩かれたお尻にはジーンとした痺れがある。そしてその痛みに抗おうとする様に筋肉が固くなるのも感じる。


「これくらいの痛みでもう立てないのかね?」


田所は厳しい目つきで神崎を見る。


「いえ……そんな事はありません」


神崎は頑張って立ち上がった。


「たった10回で姿勢を崩すなど…メイドがこんな態度なら、反省していないとみなされてお仕置き追加ですよ」


「す、すみません…」


神崎は自分の不甲斐なさにうなだれた。


「さあ続きです。膝に戻りなさい」


神崎は再び田所の膝に身を委ねた。今回は前回よりも体を安定させるように腰を落とし、深く息を吸う。


「二十回まで続けます。次はしっかり受け止めなさい」


「はい……」


田所は再び手を高く掲げた。


「十一回目」


パァン!


右側臀部に再び激しい衝撃。


「んっ……!」


神崎は思わず息を止めた。歯を食いしばって声を抑えるが、体が自然と震える。筋肉が無意識に痛みから逃れようとするが、今度は必死に抑えた。


「十二回目」


パァン!


今度は左側。


「っ……!」


痛みを予期して構えるものの、実際に当たると別の種類の痛みが走る。


「十三回目」


パァン!


「十四回目」


パァン!


「十五回目」


パァン!


田所の平手が正確に左右交互に当てられ、規則正しい痛みの波が神崎を襲う。最初の衝撃は耐えられるものの、叩かれるたびに熱を持ち始める臀部の感覚が苦痛を増幅させていた。


「十六回目」


パァン!


「はっ……!」


今度は叩かれた方向とは逆にお尻が反射的に跳ねた。


「十七回目」


パァン!


「……っ!!」


神崎の足がぴくりと動く。


(ダメだ……声が出てしまう)


神崎は唇を噛みしめた。男としてのプライドが許さなかったが、生理的な反応を制御するのは難しい。


「十八回目」


パァン!


「十九回目」


パァン!


田所の叩き方は機械的に正確で容赦がない。叩かれる度に神崎のお尻の表面が熱を持ち、赤みが増していくのが感じられる。神崎は目を閉じ、奥歯を噛みしめて集中しようとしたが、


「二十回目」


パァン!


「ひゃっ!」


ついに声が漏れてしまった。しかもそれは女性のような高い悲鳴に近い音色で、


(しまった……)


神崎の顔が羞恥で真っ赤になった。自分が男なのにこんな情けない声を出すなんて……


田所は表情を変えず、

「男らしい声ではありませんね」

と言った。


神崎は自分が恥ずかしい姿を見られて落ち込んでいる様子を見せた。そして同時に涙が込み上げてくるのを感じた。


「神崎君」

田所は一旦平手を止めて言った。


「痛みと羞恥は別物です。これから先は叩かれても悲鳴をあげる事なく、お尻を動かす事もなく……ただ痛みだけに集中するように」


「……わかりました……」


「では続きを開始します」


「はい……お願いします」



「二十一」パァン!


「二十二」パァン!



平手の音が執務室に響く。神崎は今度こそ姿勢を保とうと必死だった。叩かれるたびに筋肉が縮こまりそうになるが、「動くな」という命令を守るために歯を食いしばる。


「二十五」


パァン!


「っ……!」


お尻が燃えるように熱い。二十回を超えたあたりから痛みは鈍くなり、むしろ熱さと重さのような感覚に変わっていった。しかし同時に、脳裏にはこれまで見聞きしてきたメイドたちの姿が浮かぶ。

(みんなこんな痛みを……)


「三十」


パァン!


神崎の呼吸が荒くなり始めたが、なんとか声は抑えている。五十回全てを終わらせないと終わらないという思いだけで耐え続けていた。


「三十五」


パァン!


「っ!」


ついに皮膚の表面が腫れ始めていることを自覚する。皮膚が薄くなっているのか、痛みが以前より鋭く感じられる。


「四十回目」


パァン!


神崎の体は完全に硬直していた。痛すぎるあまり動くこともできなくなっていた。彼は自分自身のお尻を見ることはできないが、おそらく赤く腫れ上がっているであろうことは容易に想像がつく。


「四十五回目」


パァン!


「ふっ……!」


痛みがピークに達し始めた。もはや数えることも難しくなってきた。しかし田所の声は厳然と響き続ける。


「五十回目」


パァン!



神崎は遂に全てを耐え切った。彼の汗ばんだ額や火照った頬から汗が滴り落ちている。彼は膝から慎重に起き上がり、感謝の意を述べた。


「ありがとうございました……」


その声は弱々しかったが、敬意と決意に満ちていた。


「平手打ちを受けた者は通常、涙を流すものですが……あなたの態度は立派でした」

田所が言った。


「いえ……姿勢を崩してしまいましたし、声も……それに、まだ鞭がありますから」神崎は答えた。


「その通りです。ただしこれから先はより強い痛みとなります」


田所はそう言って立ち上がり引き出しを開けて長い革製の鞭を取り出した。その光景を見て神崎はゾッとしたがもう後戻りする事はできない。


「では……机に両手をつきなさい」


「はい」


神崎は返事をして立ち上がり、言われた通りの姿勢を取り、真っ赤に腫れ上がったお尻を差し出した。


羞恥と不安で顔が青ざめる。これまで以上の痛みが来るのだという事は予想できた。


「覚悟はいいですか?」

田所が尋ねると神崎は震える声で答えた。


「……はい」


田所は静かに鞭を振り上げた。これまでとは違う乾いた風斬り音が室内に響く。


神崎は必死で自分を奮い立たせる。これはメイドたちが経験したことなのだ。彼はこれから副執事として彼女たちと同じ痛みを知る必要があった。


「一回目」


バシィン!!


「ぐっ……!!」


あまりの激痛に思わず声が漏れてしまった。


皮膚を裂くような強烈な痛み。打たれた部分を中心として全身がビリビリと痺れる感覚が広がる。神崎は体を動かさないよう耐えるだけでも精一杯であった。


「二回目」


バシィン!!


「い……!」今度は短い悲鳴すら出ず息が詰まった。


「三回目」


バシィン!!


神崎は奥歯を噛み締め懸命に耐えていた。しかし四回目の時にはバランスを崩しそうになり、田所の手で支えられた。


「四回目」


バシィン!!


「五!」


バシィン!!


「終わりです」


「はい……」神崎は震える声で言った。相当の痛みであろうことは想像に難くない。


田所は、ある程度回復するのを待ってから言葉をかけた。


「……どうでしたか?お仕置きを受けてみて」


「とても……痛かったです」神崎は正直に答えた。


「それで良いのです」田所は微笑んだ。


「痛みを知った上で……これからはきちんと……お仕置きを行えそうです」


神崎は自分がこれから為すべき事がやっとわかったような気がした。そして先輩である田所へ感謝した。


「痛みを知ったからこそ、その力を振るう時は責任を持って行使しなければなりません。よい経験をしましたね」


「はい」神崎は深々と頭を下げた。


「神崎君、そこのソファにうつ伏せに横たわりなさい」


田所の言葉の理由がわからず、神崎は戸惑った。


「え…?でも……」


「いいから、言われた通りにしなさい」


「は…はい……」


田所の穏やかな口調に、神崎は戸惑いながらも従った。


三人がけのソファだが、長身の神崎の身体は収まりきらない。肘掛けを抱えるようにしてどうにかうつ伏せた。


「そのまま、少し待っていなさい」


田所はそう言うと、ドアでつながっている自室へ行き、冷水につけた濡れタオルを持ってきた。


「お仕置きの後は、適切なケアを行うのも大事です。さ、もう一度お尻を出して」


「お尻を出して」という田所の言葉に神崎は顔を赤らめた。


「いえ、田所さん、もう大丈夫です……自分でできますから」

彼は慌てて体を起こそうとしたが、田所は優しく制した。


「貴方が望んだ事とはいえ、これは本来有ってはならないことです。傷つけてしまった事は私の責任でもあります。ですからそのケアは私がします」


神崎は困惑した表情で田所を見たが、彼の真摯な眼差しに何も言えなくなった。


「でも……僕なんかにこれ以上お手間をかけさせるわけには………」


「いいえ。私にとって君は大切な後輩であり教え子です。今はただ学びを求める一人として扱われて下さい」


その言葉に神崎は驚いた。普段の厳格な田所からは想像もつかない温かみのある口調だった。


「ありがとう……ございます」


神崎は再びうつ伏せの姿勢に戻った。しかし下半身は隠したまま。


「申し訳ないですが……自分でできますので」


控えめに断ろうとする神崎に田所は首を振った。

「貴方の勇気に報いるためにも、私にやらせて下さい。痛みの具合を見るのも……指導者の役目ですから」


「……わかりました」

神崎は意を決してスラックスを下げた。赤く腫れ上がった臀部が露わになる。


「……」


田所は一瞬言葉を失った。五十回の平手打ちは思った以上に深刻な被害を与えていた。腫れ上がった肌に赤色に染まった鞭の跡が刻まれている。


「すまない……予想以上に酷くなってしまった」

田所の声には悔恨の念が滲んでいた。


「いえ……僕自身が望んだ事です。貴重な体験でした」

神崎は痛みを堪えながら答えた。その姿に田所は更に心を痛めた。


田所は濡れタオルをゆっくりと患部に当てた。突然の冷たさに神崎の体がピクリと反応する。


「っ……!」


「少しの間辛抱してください。これで炎症を抑えられます」


優しく当てながら田所は言った。冷たいタオル越しに伝わる執事の手の感触が不思議と心地よかった。


「痛かったでしょう」


田所の問いかけに神崎は静かに答えた。

「想像以上に……でもメイドの皆さんはもっと痛いでしょう」


「ええ。女性の皮膚は男性より薄いですし……感情表現も違いますから」


「それでも皆さん耐えています。僕は途中で姿勢を崩してしまい……恥ずかしいです」


「いや……」

田所は首を振った。


「痛みに対する反応は個人差があります。大事なのは貴方の覚悟です。痛みを知り、それでもなおメイドの教育に臨もうとする意志は称賛に値します」


田所の言葉に神崎の目頭が熱くなった。


「……ありがとうございます」


「これからはその痛みを忘れないように。でも厳しくするばかりが指導ではありません。時に優しさも必要です」


それから二人は黙って過ごした。タオルの冷たさが次第に心地よくなっていく。


「少し楽になってきました」


「よかった。あと十分ほど続けます」


田所の手が優しく動き続ける。冷やされた肌が落ち着いてくるにつれ、神崎の緊張も解けていった。


「田所さん……」


「ん?」


「執事の仕事は大変ですが……貴方の下で働けて嬉しいです」


「私は九条家の執事として当然のことをしているだけですよ」

田所は微笑みながら答えた。



時間が経ち腫れが少し引いてきた頃、田所がそっと声をかけた。

「このくらいで大丈夫でしょう」


「はい……本当にありがとうございました」


神崎が起き上がるのを田所は手助けした。


「明日から君は正式な副執事です。何か問題があれば無理せず私に相談してください」


「はい」


田所が改まった声で続けた。


「明日は真理子さんの件もあるし、今日はもう戻りなさい。今日はゆっくり休む事です」


「はい。ありがとうございます……お疲れ様でした」


神崎は頭を下げた。


「お疲れ様。また明日」



執務室を出る神崎の足取りは少し重かったが、どこか晴れやかだった。今日経験した痛みとともに新たな覚悟が芽生えていることを彼は感じていた。


執事としての道は厳しく長いが、それでも歩み続ける価値はある—そう信じられた夜だった。

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