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公表

そして全体集会の日が訪れた。大ホールに屋敷中の使用人が集まり、各部署のリーダーによる報告や連絡事項が述べられる。


最後に使用人の頂点である執事の神崎が話し終えた。


「…連絡事項は以上になります。では、最後に……」


神崎は一旦言葉を止め、呼吸を整えた。


「私事ですが、皆さんに報告する事があります。紗希さん、前へ出なさい」


「は、はい…」


大勢の視線が集まる中、紗希は震える足で皆の前へと進み出た。神崎の隣に立つと、視線が突き刺さるような感覚に身がすくむ。


緊張の極地にある紗希に、神崎は安心させるように目を見て頷いた。紗希も覚悟を決めて、頷き返す。


神崎は意を決して口を開いた。


「私事で恐縮ですが…私とこちらの紗希さんは、交際しております」


重大発表にどよめきが起こると思いきや、特別大きな反応は見られなかった。

神崎の宣言にホールは静まり返った。二人は固唾を飲んで皆の反応を待ったが……


「そうですか」「ああ……やっぱり」

「やっと認めたか」


予想に反して、小さなざわめきが起きた程度だった。


「え……?」


紗希が思わず声を漏らすと、前列の女性の事務スタッフがにっこり笑った。

「気付かないと思ってたんですか?皆さん知ってましたよ」


「おいおい神崎さん、むしろ遅すぎるくらいだぜ?」

厨房の男性シェフが笑いながら言う。


「そうそう。神崎さんが紗希ちゃんを見る目は他の人と全然違ってたもんね」

若いメイドがクスクス笑いながら同意する。


「むしろ公にしてくれてホッとしたわ」

年長のメイドが肩をすくめた。


「我々としてはいつ公開するのかと待ち望んでいたくらいですよ」

庭師の男性が冗談めかして言うと、会場から笑いが起こった。


「皆さん……」


神崎の顔が見る見る赤くなっていく。紗希も恥ずかしさで顔を覆いたくなる。


「知って……いたんですか?」


紗希がか細い声で尋ねると、皆が一斉に頷いた。


「だってバレバレだったもの」


「紗希さんが神崎さんを好きなのは、ずっと前からみんな知ってたけどね」


「カタブツの神崎さん相手じゃ難しいと思ってたけど、紗希ちゃん、本当に良かったね」


「むしろ気づかない方が不思議」


次々と上がる声に、二人は完全に予想外の反応に圧倒された。


「あの…いつ頃から…?」


神崎の問いに、皆が口々に答える。


「もう一年以上前には何となく」


「そうそう、年中無休で異常な働き方の神崎さんが、ごくたまに休みを取り始めたからね」


「…異常…確かに…」神崎が苦笑する。


「その休みが紗希ちゃんの休日と一致してたから」


「でも、いつも二、三時間で紗希ちゃん気の毒にって話してたんですよ」


皆の声は止まらない。


「あ、僕は夜の裏庭で二人でいるのを見ました!まあ…僕も逢引中だったので無視しましたけど」


「決定的なのは、二人で2日間休んだ時ですね」


「…なるほど…やはり隠し通せるものではないですね…」


「必死で隠していたんですけどね…」


神崎と紗希は力なく笑い合った。



「実は……」神崎が少し緊張した面持ちで続けた。


「紗希さんの18才の誕生日である来月に……結婚する予定です」



今度こそ、ホールに大きな驚きの声が上がった。


「えええっ!?」「マジか!?」「もう決めたの!?」


ざわめきが波のように広がり、神崎と紗希はお互いを見つめて微笑んだ。



「本当によかったね!」


「おめでとうございます!」


「やるじゃん神崎さん!」


「まさかこんなに早く決めるとは!」


祝福の声が四方八方から飛び交う。



「みなさん……本当にありがとうございます」

神崎と紗希は照れくさそうに頭を下げた。



「披露宴は是非盛大に!」


「新婚旅行の話も聞かせて!」


皆が興味津々といった様子で質問攻めにする。そんな中、神崎は言葉を続けた。


「結婚に伴い、紗希さんは今月いっぱいで退職という事になります。紗希さん…」神崎が促す。


紗希は緊張しながら口を開いた。

「皆さん、あと3週間という短い期間ですが、お仕事、精一杯頑張ります。どうか最後までよろしくお願いします」


紗希の言葉に、大きな拍手が湧き起こった。


パチパチパチ!


温かい拍手がホールいっぱいに響き渡る。皆の顔には笑顔があり、目には優しさが宿っていた。


「紗希ちゃん!」同室の詩織や仲間達が駆け寄り紗希を取り囲む。


「おめでとう!寂しいけど……幸せになってね!」


「最後まで一緒に頑張ろうね!」


「ありがとう…詩織ちゃん…みんな…」紗希は仲間達の言葉に涙ぐむ。


「俺たちのアイドル紗希ちゃんが結婚なんて……嬉しすぎて泣けるよ」厨房スタッフが目頭を押さえる。


「紗希ちゃんを落とすなんて大したもんだ!羨ましい!」厨房の男性シェフが冗談半分に神崎を肘でつついた。


「お、落とすなど…それは…まあ…」神崎は照れながらもまんざらでも無さそうにしている。


「本当にお似合いのカップルよ」


「おめでたいけど、寂しくなるわね」年長のメイド達が優しく微笑む。


「おめでとう!お祝いは何がいいかな?」フットマンの少年達が興奮気味に尋ねる。


様々な声が入り乱れながらも、一つの思いが共有されているように感じた。皆、紗希と神崎の門出を心から祝福し、惜しみながらも喜んでいる。


紗希は拍手と温かい言葉の渦に包まれ、胸が熱くなるのを感じた。


(こんなに……こんなに喜んでもらえるなんて……)


今まで一人で頑張ってきた日々が脳裏をよぎる。神崎との出会い、厳しかった訓練、数々の失敗、そして神崎からのお仕置き……全てがこの瞬間に繋がっていたのだと思うと、感謝の気持ちで一杯になった。


「皆さん……本当に……」

紗希の目に涙が溢れ出る。言葉が詰まる。


「ありがとうございます……!」

彼女は震える声でそう言うのが精一杯だった。


神崎は紗希の肩を優しく支えながら、皆に向かって深々と頭を下げた。


「皆さんの温かい祝福に感謝します。紗希さんを必ず幸せにします」


その言葉にまた新たな拍手が起こった。紗希は神崎の隣で涙を拭いながらも、皆の笑顔に向けて微笑み返した。


(私……とても幸せ者だなぁ……)


紗希の心は幸福感で満たされていた。


この上ない祝福に包まれた紗希は、改めてこの屋敷で働く人々への感謝の気持ちを強く感じた。そしてこれから始まる新しい生活への期待と共に、残り少ないメイドとしての日々を大切に過ごそうと心に誓った。



その日の夜、神崎は夜の着替えを手伝うため孝一郎の私室を訪れていた。普段は妻が行う着替えの手伝いだが、つわりで寝込んでいるため、最近は神崎が任されていた。


夜の帳が降りた孝一郎の寝室は、間接照明の柔らかな光に包まれていた。神崎は無駄のない動きで着替えの準備を整える。清潔な寝巻きとガウンが寝台に用意された。


「失礼いたします」


準備が整った神崎は軽く頭を下げて孝一郎に近づいた。孝一郎はソファに浅く腰掛けて読書をしている。


「お疲れ様。よろしく頼むよ」


孝一郎が本を閉じると同時に、神崎は跪き靴ひもに手をかけ、手際よく作業を始めた。


シュッと靴紐が解け、片足ずつ丁寧に脱がせていく。革靴を床に置きスリッパを履かせると、今度はジャケットに手を伸ばす。背後からジャケットに手をかけ、袖から腕を抜くよう孝一郎を促す。続いてネクタイを丁寧にほどき、シャツのボタンを外しながらも神崎の指先は淀みない。


「君にしてもらうのが一番リラックスできるよ」


孝一郎が穏やかに言う。神崎は小さく微笑んだが、すぐに手元に集中した。


ワイシャツが脱がされると、清潔な寝巻きが背後からかけられる。孝一郎の腕を通すタイミングを見計らって袖を引き上げる動作に無駄はない。ズボンも同様に器用に脱がせていき、最後に素早くガウンに着替えさせた。


全ては阿吽の呼吸でスムーズに完了した。


「いつもありがとう、神崎君」

孝一郎は満足そうに目を細めている。


「恐れ入ります」

スーツをハンガーにかけながら、神崎は一礼した。


「神崎君、なんだか今日は嬉しそうだね。何か良い事があったのかい?」


孝一郎はいつになく穏やかな表情の神崎に気付いた。神崎は使用人達への紗希との結婚の報告の顛末を話した。


「交際についてはだいぶ前から気づかれており…結婚もみんな祝福してくれました」


「それは良かったね!結婚に向けて順調に進んでいるようだね」


孝一郎は心から嬉しそうに微笑んだ。


「それならお祝いをしよう…」


孝一郎は備え付けのワインクーラーを開け、1本のワインを取り出した。


「いいワインが手に入ったんだ。君も一緒に付き合わないか?」


「そんな……執事が主人と一緒にお酒を飲むなど……」


神崎は丁重に辞退しようとしたが、孝一郎はクスリと笑う。


「今日は特別だよ。君の結婚のお祝いと…それにこれは君と僕の大切な記念の年の物だからね」


そう言ってワインラベルを示す孝一郎。そこには確かに10年前の西暦が印字されていた。


「これは……」


神崎の目が驚きに見開かれる。


「僕が爵位を継ぎ、君を執事に迎えた年のワインだよ」


孝一郎はグラスを2つ持ちながら微笑んだ。

「君が毎晩欠かさず磨いているこれらのグラス。最初の日に僕が選んだものだ」


神崎は深々と頭を下げた。


「光栄です……ではお言葉に甘えて」


二人は静かにグラスを合わせる。葡萄色の液体が優雅に揺れた。


「乾杯……君達の輝かしい未来と、そして……」


孝一郎の瞳が柔らかくなる。


「僕達の十年に…」


「乾杯」



グラスを重ねながら、二人はそれぞれにこれまでの道のりを思い出していた。


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