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プロポーズ

神崎と紗希のの不安定な関係はそのままに、やがて春が訪れた。二人が付き合い始めてから、1年が過ぎようとしていた。


春は新人の採用がが多く、神崎は多忙を極め、また孤児院に足を運べない日々が続いていた。

新卒の使用人たちの教育や研修をはじめとする人事関連業務に加え、年度替わりの行事や手続き事務が山積みなのだ。

孤児院への訪問どころか紗希とゆっくり会話をする暇さえなくなっていた。


そんな多忙な時期に二人きりになる機会が訪れようとは。まさに天の配剤と呼ぶべきタイミングだった。


ある日の昼下がり、珍しく屋敷内の人出が少なくなり、偶然に食堂に取り残された形になった神崎と紗希は顔を見合わせた。


「あれ?他の皆さんは……」


「今日は外出やら買い出しなどで不在が多いようです」


「そうなんですね」


途端に訪れる気まずい沈黙。しかし周囲に人がいないという事実は二人の間にある空気を一変させる。


最初に口を開いたのは神崎だった。


「紗希さん……」


「はい……?」


「本当に申し訳ありません。ここ最近全然時間が取れなくて……」


神崎は深々と頭を下げた。その姿があまりに真摯だったため紗希は慌てて首を横に振った。


「いえ!気にしないでください!忙しいのは分かっていますし……」


「ですが約束したはずなのに……これでは不義理もいいところです」


自己嫌悪に囚われる神崎を見て紗希の胸は締めつけられた。


(こんなに辛そうな顔を見るのは初めて……)


「あの……私こそ…こんなに大変な時に気を遣わせてしまってごめんなさい。お仕事が落ち着くまで待ってます。それより…」



「それより……神崎さん、ちゃんと休んでいますか?顔色があまり良くないですし……食事も摂れているのか心配で……」


紗希は少し背伸びをして神崎の顔を覗き込むように見つめた。その眼差しには恋人としての心配と、純粋な気遣いが溢れている。


「私なら大丈夫です。それよりあなたのほうが……」


「いいえ、私よりも神崎さんのことです!お仕事たくさん抱えていて大変なんですよね?どうか無理はしないで下さい……」


紗希は真剣な表情で神崎の腕をそっと掴んだ。その小さな手の温もりが、神崎の凍てつきかけていた心を溶かしていくようだった。


「紗希さん……」


神崎は言葉を失った。こんなにも自分のことだけを心配してくれる存在がいる。


会えない事を責めるどころか、逆に体調を心配してくれている…それも、自分が守り育てたいと思っている少女が。

その事実が、これまで感じたことのないほどの温かい感情を神崎の胸に呼び起こす。


その瞬間、神崎の中で何かが静かに、しかし劇的に変わった。


(紗希さん……私を……こんなにも心配してくれている……)


これまでにも幾度となく紗希の優しさに触れてきた。


だが今回は違った。多忙で憔悴した自分を、純粋な心配のみで見つめてくる彼女の眼差し。

それは神崎にとって、何物にも代えがたい宝物のように感じられた。



(私にとって……彼女はもうただの恋人ではない。生涯を共にしたい唯一の存在だ……)



最初はただの部下で、年の離れた妹のように思っていた。程なく恋人として愛するようになった。そして今、その想いはさらに深く、確かな形を持ち始めていた。



(そうだ……私はこの人と……)



「結婚したい」



その言葉が雷鳴のように神崎の脳裏に轟いた。それは唐突な思いつきではなく、心の奥底から湧き上がってきた必然的な真理だった。


紗希さんと家族になりたい。彼女の未来を丸ごと引き受け、二人三脚で歩んでいきたい。

人生の喜びも悲しみも、すべてを共有し、支え合って生きていきたい。


18歳になれば、彼女は法的にも成人となる。その時こそが……



「神崎さん……?やっぱり具合が悪いですか?顔色が……」


黙り込んだ神崎を心配そうに見上げる紗希。その純真な瞳に映る自分自身の顔が、以前とは全く違う表情を浮かべていることに神崎は気づいた。

そこには迷いや葛藤はなく、ただひたむきな愛情と決意が宿っていた。


(待つんだ……今はまだその時ではない)


神崎は心中で自分に言い聞かせた。現在の職務を完遂し、すべてが円滑に回るよう整備するのが先決だ。焦って事を急げば、かえって彼女を苦しめることにもなりかねない。


「……いえ、大丈夫です。少し考え事をしていました」

努めて平静を装うが、紗希を見る目には隠しきれない熱がこもっていた。


紗希は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、「それなら良かったです」と柔らかく微笑んだ。


その笑顔に、神崎は再び心を奪われそうになる。そして確信する。この笑顔を守るためにも、自分はもっと強く、賢明にならなければならないと。


「ありがとうございます、紗希さん。貴女のその言葉だけで十分に回復しました」


「神崎さんがそう言ってくださるなら嬉しいです」


他愛のない会話を交わしながらも、神崎の胸中では一つの大きな目標が生まれていた。


(すべてが落ち着いた暁には……必ず……)


その日を境に、神崎は以前にも増して仕事に邁進した。

それは単に執事としての責務を果たすためだけではない。彼の大切な「未来の妻」と共に歩むための土台作りであった。


紗希はそんな神崎の変化を心配しながらも、どこか誇らしげに見つめていた。彼の背中が以前より一回り大きく、そして頼もしく見えるのは気のせいではなかった。



そして、超多忙な4月が過ぎ去り5月になり、神崎と紗希が付き合い始めてから1年が経とうとしていた。

神崎はようやく仕事が落ち着き、午後から休みを取り、ある決意を胸に紗希が待つ孤児院を訪れた。


平日の正午過ぎ、子供達は学校や幼稚園へ行っており、院長先生と紗希だけが神崎を迎えた。


「神崎さん!いらっしゃいませ!」

玄関で紗希が満面の笑みで出迎えてくれる。久しぶりの逢瀬に、彼女の頬は上気していた。


「こんにちは、紗希さん。お邪魔します」

神崎もまた、心からの安堵と喜びを感じながら応えた。


「ちょうどお昼時ですし、簡単なものですが用意してあります。一緒にいかがですか?」


紗希の提案に、神崎は迷うことなく頷いた。

「それはありがたい。是非ご相伴に預かります」



リビングダイニングに通されると、テーブルにはすでに彩り豊かな料理が並び始めていた。

そしてキッチンから紗希が運んできたのは、ほかほかと湯気を立てるオムライスだった。


黄金色の卵の上には丁寧にケチャップで文字が描かれている。


『おかえりなさい れいじさん』


その拙いながらも心のこもったメッセージに、神崎の胸は温かいもので満たされた。


「これは……素敵なサプライズですね」


「……久しぶりに神崎さんに会えると思ったら、なんだか張り切っちゃって……」

紗希は照れくさそうに頬を掻きながらも、嬉しそうに微笑んでいる。


院長先生が「ごゆっくりどうぞ」と気を利かせて退席してくれたので、広いダイニングには神崎と紗希の二人だけが残された。


「いただきます」


「召し上がってください!」


神崎が一口食べると、ふわりと柔らかい卵と、チキンライスの旨味が口の中に広がる。それはどこか懐かしくて温かい味だった。

忙殺されていた毎日からは想像もできない穏やかで幸せな時間が流れている。


(これは……温かい家庭の味だ……)


その味付けにも、紗希が自分を想いながら丁寧に作ったことが伝わってきて神崎の胸はさらに温かくなる。


「……とても美味しいです」


「ホントですか!?嬉しい……」


神崎の率直な賛辞に、紗希はぱっと顔を輝かせた。その笑顔が眩しくて、神崎は目を細める。


食事中は他愛のない会話が弾んだ。

神崎が来ていない間の孤児院での出来事や、弟たちの成長ぶりを楽しそうに報告してくれる。

その一つ一つの話題に耳を傾けながら、神崎は紗希の側にいることの幸せを噛み締めていた。


(この時間が永遠に続けばいいのに……)


食事が終わると、院長先生は買い物と幼稚園のお迎えのため、二人に留守を頼み外出した。


「神崎さんは、ゆっくり休んでいて下さいね!」


後片付けを手伝おうとする神崎を制し、紗希は楽しそうに洗い物をしている。その後姿を見つめながら、神崎はしみじみとした幸福を感じていた。



「紗希さん、少し裏庭を散歩しませんか?」

洗い物を終えた紗希を、神崎は裏庭へと誘った。


「はい!是非」


二人は連れ立って裏庭へと向かった。五月の爽やかな風が木々の間を吹き抜け、若葉の匂いを運んでくる。


神崎がそっと手を差し伸べると、紗希は頬を染めながらも嬉しそうにその手を握り返した。二人の指が自然と絡み合い、お互いの温もりが伝わる。


裏庭には一年前と変わらず、一本の大木がどっしりと根を張っていた。その木陰には小さなベンチがあり、そこは二人にとって特別な場所だった。


「この場所は……変わっていませんね」

ベンチに腰掛けながら紗希が呟く。


「ええ。まるで昨日のことのように思い出します」

神崎も懐かしそうに目を細める。あの日の告白、そして紗希の戸惑いながらも真摯な返事。全てが鮮明に蘇ってくる。


「あれからもう1年が経つんですね……あっという間でした」


紗希は空を見上げながら続けた。

「あの時はまだ16才で……神崎さんとこうして一緒にいられるなんて想像もしてませんでした」

その言葉には深い感慨が込められていた。


神崎は黙って紗希の横顔を見つめていた。出会った頃よりも少し大人びた輪郭。その凛とした佇まいに愛しさが募る。そして、胸の中で燃え盛る想いが抑えきれなくなった。


(今だ……伝えるんだ)


深呼吸を一つすると、神崎は紗希の方へ向き直った。


「紗希さん……」


その声音に、紗希ははっと神崎の顔を見つめ返す。


「はい…?」


不思議そうな瞳が神崎を捉える。澄み渡ったその瞳に、これから伝える言葉がどんな影響を与えるのかを考えると胸が震えた。しかしもう後戻りはできない。神崎はもう一度息を吸い込んだ。



「私と……結婚してくれませんか」



時間が止まったように感じた。紗希の瞳が大きく見開かれ、言葉を探すように唇が微かに動いた。しかし声は出てこない。

ただ驚愕と混乱が入り混じった表情で神崎を見つめ返すばかりだ。



「…結婚………?」


ようやく紡ぎ出された言葉は掠れていた。


その反応は神崎の予想通りであった。驚きも当然だろう。まだ17才の少女にとって「結婚」という言葉はあまりにも重く響くはずだ。


神崎は穏やかに頷き、言葉を続ける準備をした。今伝えなければ、この先も同じ迷いを抱えたままになってしまうだろう。


「はい。貴女が18才になったら正式に。でも今ここで約束させてほしいのです」


神崎は紗希の手を握る力を少し強めた。


「貴女と共に生きたい。私の人生には貴女が必要なのです」


紗希の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは戸惑いと歓喜が入り混じった証拠だった。


「神崎さん……本当……に…?」


「冗談でこんなことは言いません」


神崎は真剣な眼差しで紗希を見据えた。


「私は本気です。貴女以外の人と将来を共にするつもりはありません」



しばらく沈黙が続いた。風の音だけが二人の間を流れていく。


やがて紗希は小さく震える声で答えた。

「私なんかでいいんですか……?こんな子供で……」


「『こんな』ではありません。貴女じゃなきゃだめなんです」

神崎は即答した。その優しい断言に紗希の涙腺はさらに緩む。


「貴女の存在に私がどれだけ救われているか…もう、貴女のいない人生は考えられません」


「……!」


まだ理解が追いつかない様子だが、神崎の真剣さは十分に伝わっているようだ。


紗希はしばし呆然と神崎の顔を見つめていた。その瞳には様々な感情が渦巻いている。戸惑い、喜び、そして少しばかりの恐れ。しかし神崎は紗希の表情から、徐々に決意が芽生えてくるのを感じ取った。


「私…その…なんて言ったらいいか…突然で…信じられなくて…」

ようやく紗希が絞り出した言葉は戸惑いだった。しかしその声には拒絶の響きはなかった。


「でも……神崎さんとなら……」


「焦らなくても構いません。ただ私は貴女以外の誰とも共に未来を歩むつもりはないということを伝えたかったのです」


神崎は優しく紗希の手をとった。彼女の指がぴくりと動く。


「もし今の返事を迷うなら、時間をかけて考えてもらって構いません。ただ……私の気持ちは変わりません」


「……時間……ですか?」

紗希が不安そうに尋ねる。その瞳に映る神崎の顔は、どこまでも真剣で揺るぎなかった。


「そうです。急かしたりしません。貴女が心から納得できるまで待ちます」


神崎は自信を持って言い切った。この想いは一時の気の迷いなどではないと、自分自身にも言い聞かせるように。


紗希は深く息を吸い込み、考え込むように目を伏せた。頬を伝う涙が顎先まで滴り落ちる。


ずっと憧れ続けてきた男性から人生最大の贈り物を提示されて……どう返せば良いのか。

でも心の奥底で叫ぶ声がある。『神崎さんを信じたい』と。


「私……私なんかで本当にいいのでしょうか?まだ……こんな子供だし……」

紗希の声はまだ震えていたが、さっきのような戸惑いは薄れている。


「何度も言いますが『私なんか』ではありません。貴女は私にとって世界で最も大切な女性です」


神崎は紗希の手をしっかり握り返した。その温もりが紗希の決意を後押しする。


「それに……」神崎は少し声を和らげた。


「すぐに結婚するわけではありません。18才になってからです。貴女にはまだ沢山学ぶことも楽しいこともあるはずです。それを全部経験してから私を選んでほしいのです」


「……経験……してから……」


紗希の表情が少しずつ晴れていく。神崎の言葉は彼女の心を軽くしてくれた。


「はい。無理に今決めさせるつもりはありません。貴女の気持ちが整理できるまで待ちます」


神崎の言葉は優しいけれど力強い。その真摯な想いが紗希の心を完全に解き放った。

紗希は最後の涙を拭うと、真っ直ぐに神崎を見つめ返した。そこに迷いの影はない。


「神崎さん……私……嬉しいです」


「嬉しい?」


「はい。神崎さんと一緒に過ごせる未来を想像すると……すごく幸せです」


紗希は少しずつ言葉を選ぶように話し始めた。その声はもう震えていない。


「でもまだ17歳だし……両親にもなんて言われるかとか色々心配で……」


「その点は心配要りません。私が全て責任を持ちます。親御さんにもきちんと挨拶に伺い、理解を得るように致します」


神崎の瞳には揺るぎない覚悟が宿っている。その眼差しに紗希は全てを委ねたい衝動に駆られた。

神崎の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。その表情には紗希への絶対的な信頼が滲んでいた。


紗希は深く息を吸い込み、少し俯いてから再び神崎の顔を見上げた。その瞳にはもう迷いはなく、溢れる想いだけが満ちていた。


「神崎さん……私も……あなたと……ずっと一緒にいたいです……だから……」


そこで一度言葉を切り、しっかりと神崎を見据えた。


「私で良ければ……お受けしたいです……今すぐにでも…」


紗希の頬は紅潮し、声は小さいながらも確かな意思が感じられた。その言葉を聞いた瞬間、神崎の全身を電流が走り抜けるような感覚に襲われた。


「本当…ですか?」

思わず確認する神崎の声は震えていた。


紗希は恥ずかしそうに小さく頷いた。


「はい……神崎さん……私を……お嫁さんにして下さい」


その言葉は春の風に乗って二人の間に優しく舞い降りた。神崎の心臓が激しく脈打ち始める。


「ありがとう……ございます……」


紗希の言葉に応えるように神崎は紗希を強く抱きしめた。紗希もまた神崎の背中に手を回し、その胸に顔を埋めた。


「私も……ありがとう……ございます……」



二人の間に芽生えた誓いは、五月の陽射しの中で確かな形となって刻まれた。世界は優しい光に包まれ、新しい希望が二人の心の中で芽吹き始めていた。


神崎は紗希の手を大切そうに取り上げ、その甲にそっと口付けた。


「これから……どうか宜しくお願いします」


「こちらこそ……よろしくお願いします」


紗希は顔を上げ、目元に涙を浮かべながらも最高の笑顔を見せた。


その瞬間、大樹の梢が風に揺れ、祝福するように葉擦れの音を奏でた。


二人の未来への扉が開かれた瞬間だった。



二人の愛の誓いから小一時間後。紗希が淹れてくれた紅茶を飲みながら、神崎は院長先生を前にして切り出した。


「実は……非常に大切な話があります」


紗希は神崎の隣で緊張した面持ちで座り、膝の上で手を握りしめている。


院長先生はカップを持ったまま「まあ、何かしら?」と興味深そうに視線を向けた。


「本日、正式に紗希さんに求婚し……受け入れていただきました」


「えっ!?」

院長先生が思わずカップを落としそうになる。驚きと喜びが入り混じった表情だ。

「そ、それは……本当なの?紗希ちゃん」


紗希は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、しっかりと頷いた。

「はい……神崎さんと結婚する約束をしました……」


院長先生は深呼吸を一つすると、次の瞬間には目尻に涙を浮かべながら笑み崩れた。


「まあまあ!なんて素晴らしいニュースなの!」


勢いよく立ち上がり、テーブル越しに二人を抱きしめる。


「怜司君、紗希ちゃん!おめでとう!!」


紗希もまた泣き笑いのような表情で院長先生に抱きついた。


「ありがとうございます……院長先生……」


その光景に神崎も胸が熱くなった。この温かい人柄に育まれ、今の自分がある。


「それで……いつ頃なのかしら?」

院長先生が興奮冷めやらぬ様子で尋ねる。


「紗希さんが18歳を迎える9月に婚姻届を出す予定です」


「9月かぁ……もう5ヶ月しか無いわね……でも楽しみだわぁ」

院長先生は夢見心地で宙を見つめている。


「まさかこんなに早く怜司君と紗希ちゃんがねぇ……」


感慨深げに呟いたかと思うと、今度は打って変わって真面目な顔つきになり、神崎の手を取った。


「本当に……本当に嬉しいわ。怜司君に本当の家族ができるのね」


「いえ……私は……」

神崎が言葉に詰まる。彼の胸にも様々な思いが込み上げてきた。


「今の自分があるのは、院長先生のおかげです。今までも、これからも、家族です」


その言葉に院長先生は感極まったようで、「うぅぅ……」と嗚咽を漏らした。


「よかったねぇ……紗希ちゃん」


紗希は涙を堪えきれず、「はいぃ……」と泣きながら応えた。


三人で抱き合いながら喜びを分かち合う様子は、まさに家族そのものだった。


「これでまた私にも"娘"ができるのねぇ……」


院長先生が泣き笑いながら言うと、「え?」と紗希と神崎が同時に声をあげた。


「だって紗希ちゃんは怜司君の奥さんになるんだから…息子の奥さんなら娘も同然よ!」


「えぇっ!?」

「お、奥さん……!? 娘……!?」


神崎と紗希が同時に頓狂な声を上げた。予想外の言葉に頭が追いつかない。

院長先生はクスリと笑いながら、二人の手を取って優しく包み込んだ。


「当たり前じゃないの。怜司君がうちの息子なら、そのお嫁さんはうちの娘も同然よ!」


「……!」


神崎の胸に熱いものが込み上げた。幼い頃から面倒を見てくれていた恩人に、改めて家族の一員として認められた感動が彼の表情を和らげる。


紗希も目を潤ませて院長先生を見つめた。

「本当ですか……? 私が……院長先生の……娘…」


「もちろんよ! ここは男の子ばかりでしょう?ずっと娘が欲しかったのよ。いいでしょ?」


「はい! 嬉しいです!」

紗希は涙をこぼしながらも満面の笑みを浮かべた。


「紗希ちゃん」院長先生が改まった声で語りかける。


「これからも怜司君を支えてあげてね。この人は見た目以上に不器用で寂しがり屋だから」


「はい! 頑張ります!」


「でも甘やかしすぎないようにね。たまにはビシッと言わないとダメよ!」


「えー? ビシッとですか? 神崎さんに?」


紗希が苦笑すると院長先生はクスリと笑った。


「そうよ。夫婦は喧嘩も必要なの。怜司君みたいな真面目すぎるタイプは特にね」


そのやり取りを聞いていた神崎が口を開いた。


「院長先生……本当にありがとうございます」

彼の低い声には深い感謝が込められていた。


「今までの恩返しになるかわかりませんが……二人で精一杯幸せになります」


「いいのよ! むしろ私がお礼を言いたいくらい。怜司君みたいなしっかり者の息子がいて、可愛い娘まで増えたんだから」


院長先生はそう言うと、ふと真剣な表情になった。


「でも一つだけ約束してちょうだい。この家にいつでも帰ってきていいのよ。あなた達の居場所はここにもあるってことを忘れないで」


「……はい」


神崎と紗希は同時に頷いた。その約束は二人にとって何よりの支えとなるだろう。



その後、賑やかな声とともに玄関のドアが開いた。


「ただいま~!」

「あ! レイジ兄ちゃん!」

「おねえちゃんもいる!」


小学校帰りの弟たちが次々と神崎と紗希の姿を見つけて駆け寄ってきた。


「みんなおかえりなさい」

紗希が笑顔で迎えると、中学生が荷物を置きながら興味津々といった表情で尋ねた。


「院長先生がすごい喜んでたけど……何かあったの?」


院長先生が嬉しそうに微笑みながら口を開く。

「ふふふ……重大発表があるのよ」


「え? なになに?」


「実はね……この二人が結婚するの!」


「けっこん!?」


子どもたちが一斉に声を上げた。意味を理解している年長組は「ええっ!?」と目を丸くし、まだ幼い子たちは「けっこんてなぁに?」と首を傾げる。


その反応に紗希は頬を赤く染め、神崎もどこか気恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「おねえちゃんとレイジ兄ちゃんが……けっこん?」

「そうなの?」

「すごぉい!」


年齢によって反応は様々だが、皆一様に祝福ムードだ。幼稚園の小さな弟がトコトコと駆け寄り、紗希のスカートを引っ張った。


「おねえちゃん……お姫様になる?」


「え?」


「絵本にのってた! ケッコンしたらお姫様になるんだって!」


その無垢な発言に思わず全員が噴き出した。


「そうねぇ……お姫様かもしれないわね」

院長先生が優しく相槌を打つ。


「二人は……家族になるのよ」


「かぞく?」


「そうよ。怜司君が旦那様で……」


院長先生は神崎を見つめ、続いて紗希に視線を移す。


「紗希ちゃんが奥様になるの」


「わぁ~!」

幼い弟は嬉しそうに飛び跳ねた。


中学生の一人が照れくさそうに神崎の肩を叩いた。

「怜司さん! おめでとう!」


「ああ……ありがとう」


皆の祝福の中、二人はこの上ない幸福感に包まれていた。

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