会議
「ゼニス、フリーナ。今大丈夫か?」
「あ? あぁ、侯爵か。なんのようだ?」
「なんでしょうかお父さん」
ゼニスとフリーナが訓練をしているところ、ドーン侯爵が話しかけてきた。
汗を拭いながらゼニスとフリーナはドーン侯爵のもとへ駆け寄る。
「詳しくは後で話す。制服に着替えてから門まで来てくれ」
どういうことかわからず、ゼニスとフリーナは互いの顔を見る。
歩き出したドーン侯爵と別れてそれぞれの更衣室に向かいながら二人で話す。
「どういうことだ?」
「さぁ……。でもお父さんのあんな鬼気迫った表情は見たことないわ」
「俺も見たことないな」
「そうよね……」
更衣室でパパッと着替えた彼らは門へと向かう。
門の前にはすでに馬車が用意されており、そこにドーン侯爵が乗り込んでいたところだった。
「来たか。乗れ」
「まぁ乗るけどよ……」
「一体なんなの?」
二人で馬車に乗り込む。
「ちょっとお父さん、なんなの?」
「王城へ行ってくれ。あと、ちょっと待ってくれ」
ドーンは誰かに電話を掛けてしまった。
どうやらこの馬車は王城に行くようだ。
だが一体何故王城に行くことになったのか、二人はとんと見当がつかない。
「俺だ。陛下はどこに? ……分かった。俺もいまそちらに向かっているところだ。ゼニスとフリーナもいる。そっちに第3王子殿と護衛の二人はいるか? いるのなら連れてきてくれ」
「ちょっとお父さん!」
「っ……すまんが、お前達に話すのは後だ。まずは黙って付いてきてくれ」
「黙ってって……」
「着いたようだ。降りるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
王城のすぐそこにある侯爵邸からだったのですぐに王城へと着いた。
馬車から3人が降りる。
「ゼニス、フリーナ。頼みがある」
「な、なんだよ急に……」
「今から俺たちはあることについて会議をせねばならん。万が一のための護衛でお前達を連れてきた以上、話を聞くこともあるだろう」
ゼニスとフリーナは今ドーン侯爵の護衛としての仕事も稀に兼任している。
後継が護衛とは如何にと思われるだろうが、この国では意外に多い事例だ。
「出来れば俺はお前達に話を聞かせたくないのだが……お前達の話が何かしらの役に立つこともあるだろうから聞かせる。だから俺と約束してくれ」
「だからなんだよ!」
「今から俺たちが話す内容について、絶対にキレないでくれ」
「は……?」
何を言っているんだこの人は。
とゼニスは思った。
基本的にゼニスはキレるようなことはない。
怒りを感じることはあってもキレるようなことはしたことがほぼなかった。
過去に一度だけあったのは中等学校時代、フィルが虐められていた時ぐらいだ。
「ちょ、ちょっと待てよ」
「すまない、遅れた」
ドーンはゼニスの制止を振り切り、会議室へと入る。
「よし、全員揃ったな」
中にいたのは、国王陛下、三大侯爵家の一つであるマケドナ侯爵家当主、ディエルガ・フォン・マケドナ。
つまりメルディアの父上だ。
そしてもう一つの侯爵家の当主、ベスティア・フォン・ヘルマートンが居た。
さらには、
「ゼニスも来たか」
「同窓会ぶりだな」
ゴーディハイムとその護衛の2人であるデザリアとミリアがいた。
そして見たことのない男が2人ほど立っていた。
若い男と、中年ぐらいの男だ。
「どういう事なんだよ、これ」
「…………詳しくは今から話してくれる。それを、聞いてくれ」
「あ、あぁ」
ゴードンもこの調子か。
ならもう諦めて話を聞いた方がよさそうだな。
「それでは、今回の件について。まず昨日騎士団庁本部で大きな爆発があり、それによって死傷者が複数人出た、その事件は皆も分かっているだろう」
確かに昨日ぐらいに騎士団の庁本部で爆発があって何人かの死んだ、というものは記憶に新しい。
今日の朝刊で一面にデカデカと出ていたのだから記憶に残るのも無理はない。
だがそれが一体どうしたのだろうかとゼニスは思った。
「それは概ね皆も分かっているはずだ。だが、今回のこれは真実ではない」
ゴードンと護衛の2人、そして見知らぬ2人とドーン侯爵以外の皆が眉間にシワを寄せる。
「どういう事ですか? 国王陛下。何かしらの理由があろうと偽の情報を流布するのは如何なものかと」
「それはワシも同感じゃ。仮にそんな虚偽の内容を世に出すからにはそれ相応の理由があると見てよいな?」
「そうだ。今回の件は……非常に言いにくいのだが……」
国王陛下がドーン侯爵をチラッと見る。
ドーン侯爵が覚悟を決めたかのように頷く。
「今回は、ある騎士団員がどんな理由があったか想像も付かないが、魔法を使い、騎士団の宿舎を吹き飛ばしたのだ」
「…………それだけじゃないでしょう? もっとなにか……」
「そうだ。ここからが問題なのだ。レン、ジズ中隊長、説明してくれるかな?」
見覚えのない2人はレンとジズ中隊長と呼ばれていた。
どうやら騎士団の関係者のようだ。
「は、はい!」
2人とも大貴族とこの国の中枢たる王族、国王陛下を前に緊張しているのかうわずった声で答える。
「まず、今回事件を起こした者についてですが……フィル、フィル・パットンです」
「……!?」
ゼニスとフリーナ、そしてマケドナ侯爵が目を見開く。
動いたのはゼニスだった。
「おい……どういう事だ……」
ドスの効いた声で、ゼニスはレンに詰め寄る。
それをゴードンが制止する。
「ゼニス、落ち着け」
「これが落ち着いてられるか! フィルがやっただと!? あいつがそんなことをするわけないだろ!」
ゼニスは今まで多くの時間をフィルと同じ時間を過ごしてきた。
オジキとゼニス、フィルは幼馴染だ。
小さい頃から何をするも一緒といった具合だ。
「それは私も思っている。だが、間違いない。あの時の魔力といい、あの威力の魔法……」
「ゴードン、お前は知っていたのか……?」
「先日対応したのは私だ。その現場の惨状も見ている」
「……くそっ」
「すまない、続けてくれ」
「承知しました。そして今回事件を起こしたフィル・パットンは騎士団にいた頃は俺に良くしていてれていたので自分もまだ……受け入れ難いです。ですが、この目で見ました。間違いなくあれ……フィルでした」
レンと呼ばれた青年も辛そうに言う。
「……だそうだ。フィルという人物をよく知っている者で、何か感じることはないか?」
手を挙げたのはマケドナ侯爵だ。
「君は、フィル団員と何か接点が?」
「フィルは、私の娘のメルディアの婚約者です。少し前メルディアが相続権の放棄に王城へと来たでしょう。それは平民のフィルと結婚したいと言っても聞かなく……ハハ」
なんか、苦労してたんだな、メルディアのお父ちゃん。
とその場にいたフィルの同級生全員が思う。
「そうなのか……!」
国王陛下とヘルマートン侯爵が驚く。
「あぁ、すでに我が家が娘を縛る何かも無いし、同棲なりなんなりやらせていた……何度か会って話したが、とても誠実そうな男だったな……私は彼がどんな理由があろうと短絡的に人を殺すなんてことはしないと思う」
「そうだ。フィルがそんなことをするはずがない!」
「ちょっとゼニス……」
「そもそもその団員、フィル君は騎士団ではどんな扱い方をされていたのかな? 詳しく聞かせて欲しい」
国王陛下がレンに尋ねる。
緊張しているが、慣れてきたのか、落ち着いてレンは答える。
「はい、俺が見聞きしていた評価になりますが、特に目立つこともない至って平凡な団員、というものでした。それゆえに何度かいじめられているのを見て……俺は何度か知り合いに言ってなんとかしてもらおうかと言ったのですが、この環境で這い上がらないと意味がないと……」
「なるほど……騎士団はそこまで腐っていたか……ではフィル団員は戦闘面は特に特筆すべきものはないという感じかな?」
「そんなわけあるか!」
ゼニスが大きな声をあげて否定する。
国王陛下相手に無礼なのだが、ゼニスはそんなこと気にしていない。
「…………そう言えばゼニス君は学院時代にフィル団員と同じクラスだったね。息子とも仲良くしてくれていたと聞く。ゼニス君から見てフィル君はどんな者だったのかな?」
「オジキよりも長い付き合いなんだ。あいつのことは俺が1番よく知っている」
「ほう? では彼は一体どれほどの?」
「俺がこの国で1番強いって言われてるのは分かってるよな?」
「まぁそれは有名だからの。魔力という面では平凡だがそれすらも弱点としないほどの圧倒的な剣術による対応力、そして剣による攻撃は有名だ。それでありながら高レベルの魔法を使うトリッキーな戦術を使うハイゼラード王国最強の剣士……だったかな?」
「そうだ。確かにこの国で1番強いのは俺だと言われている。それで何度もいろんな奴とも戦ってきたが、俺の次に強いのフィルだ!」
「……!?」
「どういうことだ。ゼニス殿と並ぶ実力だというのか……。!?」
「………〜流石に身内贔屓のようなものでは?」
「いえ、父上。彼の実力は相当な上澄です。少なくとも私とデザリア、ミリアよりも戦闘能力自体は上です。性格ゆえに思い切った決断が出来ないことが欠点でしたが、それでも私たちよりは強かった」
「なんと……」
「だが、そんな話一度も聞いたことはない。どういうことか?」
それほどの実力を持っているのならとっくの昔に台頭して名を挙げているはずだ。
そう思うのも無理はない。
ゼニスが、自分の次に強いと評価する事はそれほどの実力があるという事になるのだ。
だが実際名を挙げていない。
「ゼニスとフリーナという圧倒的な太陽を前に霞んでいたのでしょう。2年前まで、彼はカイシス侯爵家私兵団にいましたからゼニスのあくまでサブポジション的な扱いを受けていましたし、騎士団に入ってからは中身がアレなので搾取されるだけの……」
「なんと……愚かな……」
「どうすれば良いのだ……」
「…………」
「そして、レン、君が見たフィルはとても人とは思えないような姿形をしていたんだったね?」
「はい。頭にツノが生え、身体は肌色ではなく、魚の鱗のような……そして真っ黒でした。肘からもツノが生え、目の色も真っ赤に染まって……」
「なんだと……」
反応したのはヘルマートン侯爵。
三大侯爵の中で最も知識に富んだ侯爵として有名な男だった。
「どうかなされたかな? ヘルマートン侯爵」
「その特徴は、正しいのか……!」
「え、えぇ。第3王子殿と周りのものに確認を取りましたが、全員同じ特徴を答えました」
「なんという事だ……」
ヘルマートン侯爵が席にもたれかかって項垂れる。
「どういう事かね? ヘルマートン侯爵」
「我が家には、ある事が伝わっています。たった1匹の人型生命によって国が滅びかけた……と。その生物の特徴と、先ほど言った特徴が一致している。浅黒い鱗のような形をした硬い肌、鋭利なツノ、真っ赤に染まった目……間違いないです。悪魔と同じ特徴を有しています……!」
「なに……」
「悪魔……というとあの?」
「えぇ、80年前にアルフレア共和国連邦で悪魔があらわれ、討伐されたという話はご存知でしょう」
「まぁ……有名だからな」
当時アルフレア共和国連邦は甚大な被害と引き換えになんとか悪魔を討伐したそうだ。
「その悪魔との特徴も、一致しております。息子があちらで科学者をやっていたのでたまたま知った情報ですが、フィル・パットンは悪魔である……いや、悪魔となったと考えるのが自然でしょう」
「そんな……多大な犠牲と引き換えにやっととは……どうすれば良いのだ……」
三大侯爵と国王陛下が悩んでいるところ、ドタドタと走る音が聞こえた。
ガシャガシャと鎧が擦れる音も聞こえる。
そして会議室のドアがダン!開け放たれた。
入ってきたのは鎧を纏った騎士数名。
「陛下! 悪魔と思わしき生物を見たと……ハァ……辺境の、プリミア辺境伯領に……通報がありました!」
「なんだと……!?」
「プリミア辺境伯はどうしとる……!」
「現在交戦中とのことですが……どうしますか」
「っ、すぐに向かう! 宙機船を出すぞ!」
「父上、我々も向かいます」
「……なぜだ?」
「王族である兄上たちは生き残らねばなりません。後継者である第一王子、そしてスペアである第二王子もです。王子の中では私が1番優先度が低い。それに……」
ゴードンはゼニスを見る。
かつて学友として鎬を削った仲だ。
ゼニスはそれだけでゴードンが言わんとする事がわかった。
「ゴードンは強い。俺たちが扱き上げた中でもな。この上から数えた方が早い。連れて行っても自分の身を守ることぐらいできるだろうさ」
「そうか……お前はそんなに……」
国王陛下がゴードンを見る。
「分かった。お前の同行を認めよう」
「ありがとうございます、父上」
それを見ていたゼニスは、隣にいたフリーナが父であるドーン侯爵に何か言おうとしていた事に気づく。
「あの……お父さん」
「なんだ」
「えっと……」
「ドーン侯爵。俺からも頼みます。行かせてください」
「…………」
ドーン侯爵は答えない。
目を閉じて何かを考えている。
「侯爵!」
「出来るのか?」
「あぁ、出来る」
たった一言、彼らは通じ合った。
数年間私兵団で剣を交えた仲だ。
「生きて帰る事が出来たら、団長の席は用意しておいてやる」
「はっ、そいつはなかなか美味い報酬だな。絶対に生き残ってやるよ」
「そうね。じゃぁ行きましょう」
「皆も行くのだな……それでは、行くぞ」
こうして国王陛下、第3王子のゴードン、ならびに三大侯爵たち、そしていずれ英雄と呼ばれる2人は、辺境へと向かうこととなった。




