事件
数日後。
騎士団本部庁舎。
ドォォンとどこかで大きな音がする。
「……ふん、やかましいな……わしの睡眠の邪魔をするとは……けしからん」
騎士団長の部屋の椅子で寝ていた騎士団長が目を覚ます。
定期的にある騎士同士の訓練の音と認識し、再び寝ようとする。
「……くっそ、寝れんわい。本でも読むか」
騎士団長が本を読もうと近くの本棚によると、どたどたと誰かが走ってこちらに近づいてくる音がした。
「た、大変です騎士団長! 第46宿舎が!」
騎士団長の部屋へ部下の一人が扉をダンと開けて入ってくる。
汗で制服がぐっしゃり濡れており、肩で息をしている。
「なんじゃ、貴様。わしの許しなく入ってくるとは何様じゃ? お?」
騎士団長は分かりやすい貴族主義である。
騎士団は先に調査兵団のようなときにしか外にこそ出ていないが、高官は全員が貴族で構成されており、そして貴族ばかりが出世するような環境であった。
故に偉い立場にいる貴族主義の者に媚びへつらう者ばかりがいる環境に身を落とし、騎士団長へと成り上がったこの男は、自分の部屋へと許可なく入ってきた騎士に対して非常に苛立っている。
「も、申し訳ありません! ですが、今しがた第46宿舎が爆発を起こしたんです!」
「ふん! それがどうした? あそこには平民しか居なかろうが。あぁ、そう言えばあのいけ好かない小僧もいたかのぉ? なら面白いではないか!」
平民は幾ら死んでも良いと考えている騎士団長。
ニヤリと下衆な笑みを浮かべるも、部下が放った一言で一気に青ざめる。
「し、しかし! 今第46宿舎にはご子息も……!」
「なんだとぉ!?」
騎士団長が椅子から飛び上がる。
「どう言うことだ! なぜ我が息子があんな下賤な平民どものいる宿舎にいたのだ! わしを混乱させるために誰かが流したデマではないのか!?」
「わ、分かりません……!しかし多くの者が爆発を起こす数分前に宿舎に入っていたと証言しており……」
「どけぇい!」
騎士団長が部下を蹴り飛ばし部屋から出ていく。
騎士団の宿舎は全て騎士団本部の敷地内にあり、第46宿舎はその敷地の端っこにある。
第1宿舎から第20宿舎までは貴族出身の騎士団員が、それ以降は平民出身の騎士団員が住んでいる。
第1宿舎から第20宿舎の建物は豪華絢爛で、それ以外の建物は酷くボロボロだった。
のちに王政法治国家の恥とも評される事となったかつての騎士団の闇が凝縮したような差別がここにあった。
しかも騎士団庁本部は周りを大きな壁で囲っており、周りから中が見えない。
だからそのような差別が外に漏れにくいということもあった。
本部庁舎から飛び出した騎士団長は第46宿舎に駆け寄る。
パチパチと火花を撒き散らし燃え盛る建物を見る。
「な、なんだこれは……! どういうことか誰か説明しろ!」
「い、いきなり大きな音が鳴ったかと思えば急に崩れて……ちょっとしたら大爆発を起こしたんです!」
「む、息子がこの中にいるのか!?」
「は、はい……10分ほど前に中に……」
「誰か! 誰かわしの息子を助け出せ!」
「無茶です! こんな火が燃え盛る中に入っては死んでしまいます!」
平民出身の騎士団員がそう苦言を呈する。
本来であれば真っ先に魔法師団に通報をするなりして消火をするところだが、騎士団長が大の魔法師団嫌いであり魔法師団との連絡回線を一切遮断していたため、消火をするにはバケツでチマチマ水を運ぶしかなかった。
故に火はゴウゴウと燃え続けておりそんな中に飛ぶこむなど自殺行為だった。
「うるさい! 貴様なんぞの命より我が息子の方が価値あるものに決まってるであろう! さっさと飛び込んででも助けだせい!」
「そんな……」
騎士団長の無茶な命令に平民出身の騎士は狼狽える。
「くっ、平民の奴らはさっさと火に飛び込んででもわしの息子を助けないか!」
「だから無理ですって! こんな火の中に飛び込んでは……!」
「うるさい! お前達ぃ! 平民どもを火の中に突っ込んでやれい!」
「はっ」
騎士団長の命で、数人の騎士団員が他の平民出身の騎士団員の胸ぐらを掴み火の中に投げ入れる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「や、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
火に投げ入れられた平民の叫び声がこだまする。
「さっさと団長のご子息を探し出して来い……!」
貴族出身の騎士団員のまるで人を人とも思わないような行いを見て、他の騎士団員が恐怖する。
次は自分が投げ入れられるのではないか、という当たってほしくない予感がよぎり恐怖に駆られていた。
その予感は見事にあたり、火に巻かれ息絶えた平民を見ると舌打ちした騎士団員が再びすぐそこにいた騎士団員を掴み投げ入れる。
「さっさとわしの息子を探せぇぇい!」
騎士団長も近場にいた騎士団員を掴み何人も火の中に投げ入れる。
「に、逃げろぉ!」
「こんなところいたら死んじまうぞぉ!」
平民出身の騎士団員は散り散りに逃げる。
しかしそれを見逃す彼らではなく。
再び近寄り、騎士団員を投げ入れようとする。
その瞬間。
バリバリバリィィィィィィィィィィィィィィィィィ!
真っ黒の稲妻のような魔力があたりに撒き散らされ建物を破壊する。
「な、なんじゃ、一体! はっ、まさか! わしの息子か!? 息子よ!」
騎士団長の息子は魔法が使えるらしく、それが雷系統だったことから、この魔力が自らの息子だと期待する。
その期待に応えるかのように飛び出してきたのは……、
バヒュン!
飛んできた魔力の閃光によって騎士団長の右隣にいた貴族出身の騎士団員の上半身が“消え去った”。
「は?」
先ほどまで隣で意気揚々と平民を火の中に投げ入れていた団員が死んだ。
何が起きているのかが全くわからない。
頭が追いつかない。
次の瞬間、4つの閃光が見え平民を火に投げ入れていた貴族出身の頭が、腕が、下半身が吹き飛ぶ。
「ひ、ひっいぃ!」
腰を抜かし股から液体がじょぼーと流れる。
閃光の発射地点、火の中から出てきたのは。
「な、なぜがお前がぁ…………ぁ!」
平民出身の騎士団員、フィルであった。
少し時は遡る。
「はぁ、しんどい……」
フィルは手に多くの荷物を抱えて第46宿舎の中を歩いていた。
「おっとぉ! こんなところにゴミがぁ! ぎゃっはっはっは!」
荷物を持って歩くフィル、前が全く見えていないのを分かっていてか、ある男が彼の前の脚を出す。
それに引っかかってフィルは盛大に転けてしまう。
「あ……」
鼻から血が出てフィルは治癒魔法で治癒する。
「ひゃっはっはっはぁ! コイツは面白ぇや、ゴミが地面を這いつくばってやがるぜぇ」
そうやってフィルを煽りちらかすのは、騎士団長の息子。
「なんの用ですか?」
「なん用ですかぁ? だとぉ? ちげぇだろぉ!」
騎士団長の息子に蹴られて吹き飛ぶフィル。
ドガァァァンと大きな音を立ててぶつかったフィルは全身に怪我を負うも、すぐに治癒魔法でで治癒する。
「俺と話す時はまずぅ。発言してもよろしいですぁ? だぁ! このゴミムシが! 騎士団が壊滅的な被害を受けそうになったところを助けてやった騎士団の英雄に対してなんたる態度だ!」
フィルに近寄って何度も蹴りを入れる騎士団長の息子。
しかしフィルはそれを耐える。
怪我をしては魔法で治す。
「ちっ、くだらねぇ」
全く堪えないフィルを見飽きたのか騎士団長の息子はくるりと反対方向を向いて歩き始める。
「へっ、こんなやつボコしてもなんの気晴らしにもならねぇや」
「そうですね兄貴! 次はどんな事しますか!?」
「そうだなぁ……良い事思いついたぜ! フィルの婚約者ってやつを襲ってやろうぜ!」
「おぉ! そいつは良い案です! ちょっと前にアイツの婚約者見ましたけどえれぇ美人でしたぜ!」
彼らもまた、平民を人ともなんとも思っていないかのような思想をしていた。
フィルの婚約者が平民なのは事実なのだが、平民になる前はマケドナ侯爵家の継承権第一位だったことを知らない彼らは、そんな計画を立てる。
仮に襲われたとしても彼女の周りには今でも影が潜んでおり、それらに返り討ちにされることは必至。
フィルもそのことを知っていたが、しかし、愛するものをそんな目に遭わそうとする奴らを見逃せるはずもなく。
バギィ!
フィルは騎士団長の息子に駆け寄り思いっきり殴り飛ばす。
「な、こ、こいつ! 兄貴のこと殴りやがった!」
「き、貴様! 俺に手を出したらどうなるのか分からないのか!」
「黙れ……! メルディアに手出すようなやつを……見逃せる訳あるか……!」
「うぅ……お前らやっちまえ!」
騎士団長の息子の命令で取り巻きの奴らがフィルに殴りかかる。
「お前らもだ! 平民なら俺の役に立つように動きやがれ!」
周りにいた平民の騎士団員に命じる。
しかし誰もビビって動かない。
「なぜ誰も動かない! 俺を殴ったこのゴミを殺せ!」
「で、出来ませんって! フィルに敵うはずがありません!」
「うるさぁい! 俺の命令は絶対だぁ! さっさとフィルを殺せ!」
こんな環境でチヤホヤされてきた騎士団長、そしてその息子は平民を自らの手駒としか思っていない。
外にバレないよう、式典などに出る時は外行きの態度をとるのだが、非常に屈辱を感じるという。
「な、なぁこれ、まずいだろ……お前外行って報告してこい」
「は、はい!」
誰かが宿舎から出て行く。
ドガァァァァァァン!と音が鳴ったかと思うと取り巻きが吹き飛んで壁にめり込んでいた。
「ハァ……ハァ…………」
騎士団長の息子が音のなる方を見ると、所々殴られ血を流したフィルが立っていた。
治癒魔法で怪我を治すも体力までは戻らないのか肩でゼーハーと息をしている。
「ひ、く、くるなぁ! 親父に行ってお前を騎士団から追い出してやるぞ! それでも良いのか!?」
「うるさい……お前らを見逃したら……メルディアが……」
フィルが剣を抜く。
その目は濁っており、とても正気とは思えなかった。
魔力の流れもおかしい。
騎士団長の息子も剣を抜く。
騎士団長の息子が剣をブンブン振り回るが、全くもってなっていない。
それも当然、彼は父親の権力で騎士団に入っただけで実力なんてものがなかったからだ。
「ち、ちかよんじゃねぇ!」
「……」
フィルが騎士団長の息子のそばに近寄るり、フィルが無言で剣を振るう。
同時に騎士団長の息子も剣を振るう。
グシャァ。
彼らの剣は同時に互いの肉を切り裂き、血を吹き出させる。
「がひゅ……ひゅごぉ……い、いでぇ……」
騎士団長の息子は痛みにのたうち回る。
しかしフィルが振るった剣は騎士団長の胸を切り裂き心臓にまで達している。
もはや助かる術は無いに等しいだろう。
フィルもまた腰に深々と剣が刺さっている。
「あ……」
魔法を使う間もなく、血が吹き出し、出血多量で体が動かなくなったフィル。
「…………こんな奴ら……生かしちゃ……」
濁った目でフィルは騎士団長の息子を見る。
「絶対に……生かしちゃ……」
憎悪に塗れたその目は騎士団長の息子を真っ直ぐと見ている。
「ひぃっ」
魔力が吹き荒れ、その場に魔力が充満する。
身体がほとんど動かなくなっても、まだ使える右手で床を掴み、前に進むフィル。
騎士団長の息子も逃げようとするが、出血多量で彼も体が動かなくなりつつある。
「ぁ…………」
まるで血まみれのゾンビのように騎士団長の息子に近づくフィル。
フィルは騎士団長の息子に震えながら手を伸ばす。
「ぜ………………に……」
その手が騎士団長の息子の足に触れた途端。
ぴくりとフィルの身体が動きを止める。
その手がフッと力が抜けたように地面にバタンと倒れる。
「……ぁ……ひゅっ……ひゅご……」
同時に騎士団長の息子もガタガタ震えていた体が急に止まり、力が抜けたように倒れる。
魔力、血と肉の匂いが充満したその空間。
あまりの気持ち悪さに嘔吐してしまうものもいた。
「ひどい……」
「だが……騎士団長の息子も死んだ……」
「…………」
彼ら平民の騎士団員もまた、騎士団長の息子から被害を受けていたものたち。
フィルに同情するものもいた。
「い、一旦誰か来るまで……ん?」
充満していた魔力が急に一箇所に集まりだした。
それはフィルの身体へと入って行く。
「…………は?」
ビクン。
フィルの腕が動く。
ビクンビクンと全身が波打つように動く。
「お、おい……」
止まったかと思えば、倒れていたフィルが起き上がる。
「フィ、フィル。お前生きて……ひっ!?」
生きていることに驚いた同じ宿舎にいた団員がフィルの肩を掴む。
その瞬間グリン!と勢いよく向いたフィルの顔を見て悲鳴を上げる。
目は真っ赤に染まり、額からはツノが生え、肌はゴツゴツの鱗のようなもので覆われている。
「きひっ。ひひゃ? ききききゃきゃきゃ」
顔をブンブン振り回しながらフィルはその団員を見つめる。
次の瞬間その同僚の身体に、フィルの腕が突き刺さっていた。
フィルの腕が背中にまで貫通し、フィルが腕を抜くと血がドバドバ流れ始めた。
「ごふっ……フィル……おま……え……」
バサっと倒れた団員を見てその場にいた他の団員達が顔を青ざめる。
「に、にげ……!」
誰かが声を上げた瞬間。
フィルが前に突き出した手に莫大な魔力が集中しそれが放たれた。
ドガァァァァァァン!と轟音を鳴らし、その宿舎は人を数人巻き込んで爆発した。
時は戻り。
「な、なぜお前がここに……!」
「キヒィ? ひっひょっひょっ! ほひゃぁ」
全く話が通じておらず、フィルは奇怪な声を上げるだけ。
黒く変色した眼を騎士団長へと向ける。
額に生えているのは光沢のあるツノ。
身体のあちこちに突起物が生え、まさに人外の様相を呈していた。
フィルが右手を前に出すと、そこから閃光が飛び出し、騎士団長の顔のすぐそこを掠める。
「ひっ、ひぃ……! だ、誰か! こいつを殺せ!」
だがその命令を聞くものはいない。
すでに腰が抜けて動けない者を除いて逃げていたのだ。
フィルは騎士団長の近づき顔を掴む。
「ひ、ひぃ……! な、何が望みだ! 言ってみろ!」
「ひょ?」
何も分かっていなさそうにニヤニヤとするフィル。
「なんでもやるぞ! 金! 名声! 財宝! 騎士団長の地位をくれてやってもいい! 頼む!」
しかしフィルはそんな言葉を気にもかけず、騎士団長を持ち上げる。
「ふぁ、ふぁてぇ……たのむ……いのちはぁ……!」
「ひゃはははぁ!」
フィルがグッと力を入れるとグッシャァ!と音を立てて騎士団長の顔が潰れた。
それを呆然と遠くから眺める者が一人。
レンだ。
「フィル……お前……」
「ひょっひょっひょ、ひひひひぃ?」
グリン!と首を回しフィルは真っ赤に染まった目でレンを見る。
「ひっ……!」
襲われる、と思ったが、フィルは動かない。
「きょきょきょっ。ひょっひょ」
奇妙な声を上げているフィルは魔法陣を描き、それが光る。
光が収まると、フィルはその場から忽然と姿を消していた。




