予兆
「はぁ……僕が調査兵団に参加ですか」
「そうだ。先方からの指名でな。平民如きの貴様になぜそんな指名が来たのか分からんがな」
騎士団の庁舎本部。
そこの騎士団長の部屋にフィルはいた。
調査兵団。
最近魔物の数が増えているという噂がお受けとしても無視出来ないほどに広まっており、それの調査を命じられたのだ。
その調査には、騎士団、魔法師団、魔法科学省実働部隊、そしてカイシス侯爵家の私兵団でそれぞれ別所で行われる。
「ふん、貴様なんぞになぜこんな大役が回ってきたのか知らんが、失敗することは許されんからな!」
ふんぞりかえっている騎士団長を見ながらフィルは考える。
騎士団と魔法師団、魔法科学省の実働部隊が動かされるということは間違いなく王家の命令。
第3王子であるゴードン……いや、彼はあくまで第3王子。
このような計画に関わることは無いはず……。
だが彼らの兄は非常にゴードンを溺愛している。
ゴードンが僕を兵団に入れるべきと提言すれば通る可能性は無きにしも非ず、と言った感じか。
それにカイシス侯爵家の私兵が来るとなるとゼニスとフリーナ、それに団長で恩師であるドーン侯爵も来るだろう。
「ちっ、顔を見るのも気に入らん。さっさと準備しろ愚図め。調査は明日だ!」
騎士団長がしっしっと手を払って邪魔そうにする。
騎士団長の悪態を聞き流しながらフィルは騎士団長の部屋を出た。
「へぇ! 調査兵団に?」
フィルは私兵団に所属していた時に貯めたお金で買った家へと帰る。
そこで一緒に暮らすメルディアに兵団派遣に参加することを伝えるとまるで自分のことのように喜んでくれる。
「さすがフィル。順調ね」
「あぁ、色々あったけどこれで少しは二人に追いつけるかな」
「そうねぇ、ゼニスとフリーナも副団長と連隊長だからねぇ……でもそんなに気にしすぎたらストレスになるわよ?」
「……そうだね。あぁ、そう言えば。二人も来るだろうね。カイシス侯爵家の私兵団も来るらしいし」
「へ〜」
「それぞれで担当する地域が違うけど、私兵団の担当する場所は何が起きても大丈夫だろうね」
フィルとゼニスは今まで多くの時間を一緒に過ごしてきた仲だ。
故にフィルは分かっている。
ゼニスならば何が起きても大丈夫だと。
「そんな危険な調査なの?」
「いや、魔物の数が増えているっていう通報がここ最近同時多発的に起きているらしいからそれの調査だよ。君も分かってるでしょ? 僕はゼニスの次に強かったんだよ」
とは言っても知識などで点数を落としているから学年3位だったりする。
だがフィルが強いのは事実であり、それはゼニスとフリーナは勿論、ドーン侯爵も認めていた。
「調査は明日だから準備してくるよ」
「分かったわ、ご飯は何が良い?」
「い、いやあとで僕が作るからメルディアはゆっくりしてて良いよ」
「えー? せっかく婚約者が作ってやるって言ってるんだから素直に喜んでくれても良いんだぞ〜?」
「は、はは……」
ここで断っては男の名折れ。
漢フィル、覚悟を決める。
その日の夜フィルは腹痛に悩まされたという。
翌日、調査のある日の朝までに治ることはなく魔法でなんとかした。
「よっ、フィル」
「レン。おはよ」
騎士団の集合場所へと行ったフィル。
そこで同僚のレンに声をかけられた。
「どうかしたか? フィル。げっそりしてるけど」
「あぁ……昨日メルディアのごはん食べたから……」
「それは……なんというか……お疲れ」
レンは騎士団で数少ないフィルとよく話をする団員だった。
フィルはその性格から関わった人と仲良くなれる。
そんな彼がどうして騎士団であぶれているのか。
「フィル、アイツが来たぞ」
レンが小声でフィルに言う。
レンの視線の先には騎士団長の息子がいた。
粗暴な顔つきでとても騎士とは思えない。
「おぉ? フィルじゃねぇか。なにしてるんだぁ? おい」
人を舐め腐ったような態度で騎士団長の息子はフィルに声をかける。
「……なんですか?」
「あぁん!? なんですか、じゃねぇだろぉ! なんでしょうか副騎士団長様、だろうが!」
騎士団長の息子の気に触ったのか、フィルは蹴り飛ばされる。
「うぐっ」
「うわ、めっちゃダッサー。兄貴〜こいつ全然分かってなさそうだしもうちょっと分からせてやりましょうよ」
「あぁ、そうだな」
取り巻きの言葉に同意しながら、騎士団長の息子はフィルを蹴り続ける。
「へっ、平民如きが」
ゲシゲシと蹴られ続けているが、フィルは怪我を負っていない。
回復魔法で回復しているからだ。
学院でも随一だったフィルの回復魔法であればこの程度の傷は一瞬で治る。
数分して
「今日はこれぐらいにしてやるよ。俺の足を引っ張るなよ? 平民」
「……わかり……ました」
「ふん」
そう言って騎士団長の息子はどこかへ行った。
どうやらフィルをいびりに来ただけのようだ。
もうお分かりだろうが、フィルは騎士団で副団長とその取り巻きからイジメを受けているのだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「本当に言わなくていいのか? アイツら……」
「良いんだよ。僕が耐えれば済む話なんだし」
「だがな……」
「頼む」
「…………………。はいはい、分かったよ。だが溜め込みすぎも良くないからな。もう無理ってなったら俺に言えよ?」
「頼むよ」
フィルはその性格から、面倒ごとを自分だけで処理しようとする癖があった。
ゼニスといる時はそもそも面倒ごとに巻き込まれないか、巻き込まれてもゼニスが助けてくれたりしていたが、今はいない。
ゼニスからも溜め込みすぎは良くないと言われていたのだが、フィルは覚えていないかった。
鐘が鳴るとそれは集合の合図だ。
フィルとレンは陣地の中央へと行く。
中央にはすでに副団長と団長がいる。
親子揃って下衆な顔をしているなと、フィルは改めて思う。
と言うのも騎士団長の息子は騎士団長の息子というだけで副団長に任命されている。
騎士団は強いから偉いのではなく、貴族だから偉いということが罷り通った組織だったのだ。
『さて、今回は分かっている通り、魔物の大量発生の調査を国王陛下から命ぜられた。すなわち、この調査の結果如何では我らの名誉と報酬が上がるやもしれない。気を引き締めて、取り組むように。以上だ』
簡潔に団長が説明を終える。
やはりこれは国王陛下からの命だったか。
ということはやはり自分が呼ばれたのもゴードンが口添えした可能性が高まる。
「ま、良い感じにやりますか」
騎士団はその後意気揚々と調査へと出発した。
騎士団の担当範囲は王都から東の方へ数キロ行った場所にある山と森だった。
山は一直線に南北に走っており、そのすべてが木々で覆われていた。
それを騎士団だけで調査するわけではない。
ある地点で山を分け、北側を騎士団、南側をカイシス私兵団が担当することとなっている。
魔法師団は王都の南にある森が担当だ。
魔法師団は個人の能力が高い者が多く、騎士団よりも少ない人数ながら同じような範囲の調査を任せられている。
それが気に入らない男が一人、騎士団に居た。
「くっそ……ワシの騎士団と魔法師団があたかも同格のような扱いをしおって……」
そう、騎士団長である。
騎士団長は大の魔法師団嫌いとして有名なのだ。
嫌いな魔法師団が自分が誇る精鋭(金と権力の)と同じように扱われるのを見た騎士団長はどんな心境か。
彼は騎士団の方が優れていると証明しようとするだろう。
「(変なことにならなきゃ良いけど……)」
しかし、フィルの嫌な予感は当たる。
「お前達! 我が栄光ある騎士団が魔法師団とかいう苔の生えた連中しかいない俗物集団と同格に扱われている! これを断じて許すことはできない! ここで多くの魔物を討伐し国王陛下に騎士団の方が優れていると見せつけるのだ! 竜だろうが魔物の巣だろうがすべて倒してしまうぞ!」
騎士団長の言葉に騎士団を構成する平民出身の者達の大半が揃って思う。
(何を言ってるんだこいつは)。
竜はこの地域に住んでいないから良いとして、魔物の巣を叩こうなどという発想は普通出てこない。
何故か。
それは相手が多すぎるからだ。
多すぎると当然物量で押されてしまう。
仮にこちら側も物量で押し返そうとしても、少なからず被害は出る。
故に普通は魔物の巣を見つけてもスルーするのが定石だ。
そもそも魔物の巣自体もそんなに数は多くなく、運良く、いや、運悪く周辺にあるとしても仮に刺激しては大規模な魔物の大量発生が起こる。
騎士団だけでは対処しきれなくなる可能性だってあるのだ。
しかし……
「おいあれ、魔物の巣じゃないか……?」
なんの因果か、たまたま近くに魔物の巣があった。
洞窟型の魔物の巣でその中に魔物がいるのだ
「はっはぁ! 俺が突いてきてやるからお前達はあぶれた魔物を倒せよ!」
騎士団長の息子だからという理由で副団長へ就任したため、なんの実力を伴っていないのが今の副団長だ。
そいつが隊列を飛び出し魔物の巣へ飛び込んでしまう。
「……なるほど」
フィルがすぐさま異変を察知する。
魔物の巣には多くの熊型の魔物や虎型の魔物が合わせて数百匹、住んでいた。
当然熊や虎のような大きさの魔物をありふれた実力ばかりの騎士団が倒せるはずもない。
洞窟の中にいるということで、見えなかったのだろうか、副団長は突っ込んでいく。
副団長が刺激したことで、その魔物たちが大きな唸り声を上げる。
「ぐおおおおおおお!!」
それを合図に魔物達が一斉にこちらへ向かって走り出した。
「ひええええ!」
勇猛果敢に飛び込んだ副団長は突然現れた大量の魔物に恐れ、腰を抜かす。
「た、たすけてくれぇ!」
情けない声をあげて助けを求める副団長。
よくそんな実力で副団長をやっているな、とフィルは思った。
しかもそいつは自分をいじめてくるやつ。
普通ならここで見て見ぬふりをするものだろう。
「仕方ない……」
だが、一足飛びにフィルは魔物の集団へ駆け寄る。
いくら自分をいじめ、親の権力で副団長をやっている外道だろうと、それで見過ごす理由にはならない。
フィルはそう考えていた。
「ふん!」
フィルが横薙ぎに剣を振ると、それだけで前線にいた魔物の体が上下に分かれ、絶命する。
「逃げてください副団長、そこにいられると邪魔です」
「ひ、ひぃぃぃ!」
情けない声を出して四つん這いで逃げる副団長。
それを傍目にフィルは魔法を唱える。
「《破群青魔弾》」
魔法陣が幾つも展開される。
そこから放たれるのは青色に光る弾丸。
それらが一気に眼前の魔物の集団に襲いかかる。
「「「ギョアアアアアアア」」」
魔物の腹、腕や脚が、魔法によって焼けただれ、千切れ、消し去られる。
「ははっ……!」
フィルは久々の魔法を使っての戦いに気分が高揚する。
「団長達は一回陣地に戻って報告しに行ってください! 放置すれば王都にまで被害が出ます」
「お、おおう! お前ら! 早く戻るぞ!」
こういうときだけはすぐに自分の意見に同調する。
やっぱ気に入らないね、などと思いながらフィルは魔法を放ち続ける。
その魔法の隙間をくぐり抜けてきた魔物を腰に差してあった剣で斬り伏せる。
ゼニスと長年の研鑽してきた剣術……とは言ってもゼニスは我流剣術でそれに対抗する為の我流剣術なため、まともな剣術指導者が見れば泡を吹くようなものなのだが。
いかんせん実戦に強いと言うのが強み。
見た目の良さにこだわらない、ただ敵を殺すための剣術。
それもあって騎士団からはぶられていたこともあるのだが……。
10分もしない間にフィルは魔物を殲滅していた。
(でも……ゼニスならもっと早くに殲滅出来ていたはず……)
フィルの心にあったのはほんの少しの妬み。
(僕だって…………)。
暗い感情を表に出さないフィル。
その行為が我が身に降りかかり災いをもたらす劇薬であるとも知らずに。
きな臭い……きな臭いぞ……(?)




