ウラル帝国
リーシャ達が荒野で魔力を増やしたり、魔力操作に精を出していた頃。
ハイゼラード王国の支配領土たるハイゼラード列島、そこのすぐ近くに突き出す半島を支配領土とするウラル帝国、ある建物のベランダにて。
「“アレ”の研究はどうなっている」
「はっ、依然として研究しておりますが如何せん作るのが難しく、あと少しと言ったところなのですが……」
「よい、実戦に間に合いさえすれば良いのだ」
常に厳しい表情を浮かべる彫りの深い顔の男。
豪華な軍服に身を包んでいる。
軍服には数多くの勲章が着けられており、彼がその国においてどれほどの功績を上げたのかが窺い知れる。
「……よろしいのですか?大提督」
「良いのだよ。変に焦らせれば求める成果すら上げられんよ」
「ごもっともです」
「だが少し急がねばならぬのは事実だろう。皇帝陛下も今か今かと待ち望んでおられるのだ。報酬を少し増やしその分急がせろ」
「はっ」
大提督と呼ばれた男に一礼しその男はベランダから出ていく。
男は夕暮れをのぞみながらベランダに置かれてある椅子に座る。
すぐそこに置かれているテーブルの上にあったウォッカを飲む。
「ぷはぁ…………皇帝陛下は何を考えておられるのか」
大提督ジル・フィア・ゴメス。
かつて国家としてのまとまりなど無かった現ウラル帝国の領土内で何度も勃発していた内乱。
内乱が起きては鎮まり、起きては鎮められ、そんなことを何十年も繰り返していたウラル帝国。
十年ほど前、突如現れた皇帝ウラルの軍勢は破竹の勢いで国内のあらゆる内乱を治め、果たしてこの地をまとめ上げた皇帝。
その皇帝に仕え幾度となく発生する内乱に身を投じては治めたこの国の英雄と評される男が、ジルだ。
その功績からジルは各軍を統括する都督、それらをまとめる軍における最高責任者であり、最高権力者である大提督、正式名称、統括指令長官という地位を与えられた。
「かつてはこんなことなど無かったのだがなぁ」
ここ最近ウラル帝国は秘密裏に軍拡路線へと走っている。
海軍と陸軍、そして新設された空軍。
海軍は新型の戦闘用の船舶……いや、もはや船舶などと言える物では無い。
ほんの十年ほど前までの海軍の主力は帆船に魔法砲台を数発載せたもの。
それは各国も同じで十分な戦力であった。
陸軍もだ。
かつては騎馬に人が乗り、騎兵として草原を駆け抜けて敵を屠っていたもにだ。
しかし今はどうだ。
“銃”と呼ばれる鉄でできた円筒状のものに取り付けられた引き金を引くだけで人を殺せる兵器で敵を蹂躙する。
今から5年前、皇帝ウラルが突如ある男を重宝し出した。
その男が「あの国の貨幣価値はいずれ暴落する」と言えば半年後にその国の貨幣価値が暴落し、あの国では燃える水が取れると言い、その国と協力し調査をしてみれば本当に燃える水が出てきた。
まるで未来予知のような精度で各国の状況を把握しているその男はまるで神が帝国へ授けてくれた使いと言っても信じる人はいるであろうといった具合だ。
皇帝はその聡明な男を参謀総長という地位を授けた。
その男は何故か異様なまでに軍事力の保持に拘っていた。
男の言葉を信じ切った皇帝は男の言うがままに軍事力の拡大を命じる。
あくまで国防のため、という理由でそれは行われているが、ジルからすれば過剰では無いかと思っている。
海は鉄で覆われた巨大な艦船が建造されており幾つか就役している。
あくまで最低限の海上防御力しか求められておらず、以前と比べると相当な戦力が強化されているが、それほど目立ったものはない。
ジルが頭を悩ませているのは主に陸軍、そして空軍だ。
大提督ジルは空軍についてはそこまで把握していない。
最近新設された部門であり、ほとんど情報が入っていないのだが、空軍が実験で使った平原が一夜にして草も生えぬ荒野へと変貌していたという。
陸軍、かつて大提督ジルが一兵卒であった頃所属していた騎馬隊、そして騎士団が統合され出来た軍。
今や騎馬隊だった面影など無くなった。
所属すればまず初めに銃の使い方を叩き込まれる。
引き金を引き、正確に命中させれば一撃で人を殺す事のできる武器。
魔法が放たれるより早く、そして正確に撃ち抜く。
それさえあれば大半の戦争を終わらせることも出来よう。
それと同時に兵器開発局が研究している“あるもの”。
これが特にジルの頭を悩ませている。
「はぁ……」
ジルがそれについて頭を痛める。
すでに日は落ち、月が真上に輝いている。
「いかんな、またいつもの癖が」
ベランダから出ようとしたその時。
「大提督……!報告があります!」
ベランダに汗でぐっしょりと濡れた男が入ってくる。
「何事だ」
「ハァ……ハァ……アレが、アレが完成いたしました!」
「なにぃ!」
「皇帝陛下、並びに参謀総長も……ハァ……現場に向かっておられます……!大提督どのも……!」
「分かった。すぐに行く。お前は少し休息を取りまた来い」
「……ハァ……わかりました……!」
今にも死にそうな息遣いをする部下に休息を取らせ大提督ジルは駆ける。
向かう先は兵器開発局の試験工場。
今そこで大提督ジルが頭を悩ませる“それ”が完成したのだという。
兵器開発局の試験工場の入り口の前には見知った二人の男と二人の女が居た。
「おぉ、ジルよ。来たか」
「ジルさん、お久しぶりです」
「よっすジル。お前も報告を受けてきたんだな」
「久しぶりですわ、ジル殿。アレが開発されたと聞いて飛んできました」
順番に統括司令本部長官ドーンズ・フィア・グレイッド。
56歳のコワモテおじさんだが、性格は温厚だ。
いかつい顔にさらに顔面の右目付近にあるどでかい傷がより一層彼を見るものを怖がらせている。
ジルと同じく軍における最高責任者であり最高権力者。
立場上特に違いはないが主に本部で命令を下すのが統括司令長官であり、兵士とともに前線へと繰り出し戦うのが大提督、と言ったぐらいだろう。
といっても普通大提督も前線に出ることなど無いのだがジルの性格上自らも前線に出ないと気が済まないようだ。
次に海軍統括指令長官レン・フィア・バード。
司令長官最年少の25歳だ。
25歳という若さと、その小さい見た目から幼さの残る顔をしている。
最初にあった時彼はジルが大提督に任命される前、内乱が起こっていた地域で戦乱に巻き込まれた村の生き残りだった。
そこを騎兵隊に拾われ途中出来た海軍に所属し、天賦の際を遺憾なく発揮、見事最年少ながら司令長官へと任命された。
陸軍統括司令長官ジズ・フィア・レンドバニア、32歳。
レンには及ばないが若い方である。
ちなみにジルは33歳である。
ジルとは長年の付き合いのある部下で、初めは同期だった。
名前が似ているからと新兵だった頃から仲良くしている。
女性でありながら身長が高く、男みたいな口調だからとイジられることも多かったがそれを気にすることなく話しかけてくれたジルとはずっと仲良くしているのだ。
ジルは気づいていないが、それもあって惚れられている。
周りにはモロバレである。
故にジルは「さっさと気づけ鈍感野郎」と周りからは思われている。
空軍統括指令長官ヴィア・フィア・ディア。
何を思って名付けられたのか韻を踏みすぎて言いにくいため周りからヴィディーと呼ばれている。
42歳
近年は特に、科学技術の発展したウラル帝国では珍しい魔族の血の入った魔力持ちであり見た目の割にとても若い。
実際魔族は寿命も長いためその年齢だとまだ若い方である。
というのも魔族は非常に長い寿命を持ち長い個体は数千年の時を生きるという。
彼女もまたジルに惚れており、周りからは以下省略。
「お前達も来ていたのか。報告はどういうふうに?」
「多分一緒だ。“アレ”が出来た……と」
「俺もだ」
「お前達、来ていたのか」
入り口のドアが開き、出てきたのは皇帝ウラル。
少し歳のいった男で、身体も鍛えられているが、髪がほぼ白髪だ。
かつてこの国を統一した男であり、この国の最高権力者。
眼光鋭いその表情からはかつての皇帝とは違うように思うもカリスマ性はいまだに健在、と軍の最高幹部達は感じた
「陛下、いきましょうか」
皇帝ウラルの後ろから声を掛ける男が一人。
参謀総長のシアン・アトファーディーだ。
赤色の髪の痩せ細った男である。
こいつが、ここ最近皇帝に取り入り参謀総長にまでなった男。
「おぉそうだな。お前達も来るが良い」
皇帝と参謀総長に着いていく四人。
二重構造となっている試験工場。
一度扉に入り、少し移動した場所にあるもう一つの扉から中に入る。
扉を開け彼らの目に飛び込んできたもの。
全長およそ十メートル弱、高さは四メートル弱で亀のような形をしており、上部のお椀をひっくり返したような見た目をしている構造物からは一本の長い棒が突き出ている。
左右にはタイヤのようなものが間隔をあけて複数個付属しており、その下部には何か鉄の板のようなものが連なってタイヤのようなものに接続している。
車のようだが車では無い……、研究途中
「これが……本当に動くのか」
ジルがつぶやいた一言、この場にいるほとんどの人がそう思っているだろう。
これほどの巨体、もはや動くのかすら怪しい。
他国、特に仮想敵国である隣国のハイゼラード王国は魔法技術が非常に高く、騎士団、魔法師団ともに練度も高い。
何よりこの世界で二つしか無い魔法大国とも称されるほどの国家だ
故にその乗り物らしき物体には魔法対策として魔力を使用するものが一切搭載されていないという事がジルには分かった。
「それでは、少し動かしてみましょうか」
シアンが右手を上げて合図を出すと、お椀状の構造物の上部から緑色の旗が飛び出し、それが固定される。
同時にブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!と鈍い音を出しながらその巨体が動き出す。
エンジンを積んでいるのか、なかなかに騒々しいがその巨体はグングン加速していく。
シアンが再び右手を上げ合図を出すと物体は急旋回をし、少し速度を落とすが再び加速し始める。
「それではここからがこれの真骨頂です」
シアンが左手を上げると、物体は前のめりになりながら急減速していき、ガクンと動きを止める。
車体に乗っているお椀状の構造物がウィィィンと音を立てて動く。
それが先日開発された試験標的物(大)、およそ1mの幅の物体がある方向を向いて止まると、シアンが挙げていた左手を前に下ろし、合図を出す。
お椀状の構造物から出てきた兵士が緑色の旗を赤色の旗に変える。
シアンの手が横にフッと払われる。
するとお椀状の構造物から生えているかのような長い棒の先端からオレンジ色の火が吹き出し、耳をつんざく轟音が鳴り響く。
すると試験標的物(大)は粉々に破壊される。
試験標的物は相当な威力、それこそ炎系最強魔法という陣形魔法《破群壊魔炎砲》を数発放ってやっと破壊できる程度だと言うのに。
「なんなんだ……これは」
「私が設計し、兵器開発局の協力のもと作り上げた最強の攻撃力、最強の防御力を持ち、陸を掛ける軍艦砲。これを私は“戦車”。そう呼んでいます。そして生えあるウラル帝国最初の戦車をウラル戦車と呼びましょうか!」
戦車。
想像を絶する威力を魔法を使わずとも発揮できる存在に、シアンと皇帝以外の人たちは高揚感と同時に疑問を抱く。
-いったいなぜ、このようなものを-
それを誰かが言えるわけもなく、ただその“戦車”と呼ばれる存在を眺めるしか出来なかった。
隣の国で《破群壊魔炎砲》を単独で、しかもさらに高威力で放ってくる存在がいることを彼らが後に知り、力の差を歴然と見せつけられるのはまた別の話。




