悪魔マオルナ
「ふぅむ……しかし、なかなかどうして馬鹿げた魔力になったな。マオルナよ」
「グルルルルルルル…………」
私に目の前で唸り声を上げるマオルナ、いや、もはやマオルナだったものか?
目は充血して真っ赤になり虚ろだ。
口から舌と涎を垂らし、とても正気には見えない。
赤黒く光る頭のツノは少し捩れており、余計に禍々しさを感じる。
身体の所々が鱗のようなもので覆われており、肘や膝には人ならば生えないツノのようなものが生えていた。
「一体、何がお前をそうさせた?」
マオルナは答えない。
ただ低く唸るだけ。
先ほどマオルナはこの状態になる前に俺と勝負しろと、私に言っていた。
殺すような戦いを勝負って言って良いのかは分からんが、それがアレの本心だろうか。
「であるならば、相手をしてやる他あるまい」
「リーシャ、やるのかい?」
「あぁ、みんなは先生達のところに行って、万が一に備えて他のクラスの生徒らの安全を守れるだけ守ってくれ。あとルナは父さんと母さんにも一応連絡つけてくれ。大丈夫だ。できるだけ周りに被害が行かないようにするし、すぐに終わらせるかよ」
みんなが覚悟を決めたように頷く。
「……分かった。絶対に勝ってよね」
「あたぼうよ。今まで私が負けたことあるか?」
「ふっ……確かにね。それじゃぁ」
みんなが中庭から出て行ったのを確認したその瞬間、とてつもない衝撃が顔を襲った。
一瞬で私に近づいてきたマオルナに顔面を殴られた後方に吹き飛び、ドガァァァァァァァァァァァンと大きな音を立てて中庭の壁に激突する。
「ちっ、はぁ〜、痛ぇなぁおい。今までとは比べ物にならないほど強いじゃねぇか」
激突した衝撃で崩れ、身体の上に落ちてきた瓦礫をどかしながら立ち上がる。
大した怪我はない。
強いて言うなら左の頬あたりがちょっと熱くなったぐらい。
先ほど展開した魔法陣に魔力を流し、魔法を発動する。
「《炎魔弾》」
魔法陣から現れた炎の弾丸、それが勢いよく射出される。
だが、何があったのか悪魔化したマオルナは機敏な動きでそれらを全部避ける。
悪魔化による人間としての限界を超えた動きは何か気持ち悪いさを感じさせる。
《炎魔弾》による攻撃を続けながら私はまた別の魔法陣を展開する。
「《青炎魔弾》」
先ほどよりも一つ上のランクの炎系統魔法。
《炎魔弾》が1番下であれば、《青炎魔弾》は下から2番目になる。
だがその威力は《炎魔弾》とは比べ物にならない。
《炎魔弾》せいぜいそこらの岩を破壊出来るか否かと言ったところだが、《青炎魔弾》は普通の大きさの家ぐらいなら破壊出来るほどの威力がある。
ただここは学院の中庭。
外すのはもちろん、マオルナに当てれたとしても威力が高すぎれば学院の建物が大きく損傷してしまうだろうから少し威力を弱める。
そして確実に当てるために速度を大幅に上げる。
拗らせるようにして、《青炎魔弾》を放ちながら私はマオルナに近づく。
そして加速して威力も少し上がった《青炎魔弾》がマオルナに着弾すると同時に拳を奴の土手っ腹に叩き込む。
だが、相手は全くの無傷。
痛がる様子もない。
身体は相当硬いようだ。
「ぐあああああああああ!」
叫びながら突っ込んできたマオルナの拳を掴み、その勢いを借りながらマオルナを地面に叩きつける。
それを持ち上げては再び叩きつける。
全く手応えはない。
「どうしたものか…………っ!?」
突然目の前に起き上がったマオルナに顔面を殴られ、頭を掴まれる。
マオルナが私を掴んだ手には大きなツノのようなものが生えており、それが私の左目にグジュリと音を立て突き刺さる。
「いっつ……ぁ……!」
左目から血が溢れだし、視界が滲む。
そしてマオルナの手にさらにトゲが生え、私の顔面をズタズタに斬り裂いていく。
「うぐっ、ぁ…………くそ……ぉ……!」
マオルナの手を掴み、無理矢理ツノもろとも引っ張り出す。
ツノに引っかかった左の目玉もろとも引き摺り出され顔中を激痛が襲う。
ドクドクと血が左目から溢れ出す。
マオルナを思いっきり蹴飛ばし、距離を取る。
「っつぅ……あぁ、くそ。小さい頃に半身千切れた時よりマシだが、流石にきちぃな……」
服の機能で少しずつ回復していくが治りは遅い。
ひっかけのあるトゲだったせいで肉がぐちゃぐちゃになっている、それと魔力を纏っていたからだ。
魔力を纏った攻撃は基本的に傷口に残留するせいで魔法がほんの少し乱される。
繊細な魔法術式で発動する回復魔法などは特にだ。
「くっそ……《治癒》』
気休め程度だが魔法で目に魔法をかけ治癒する。
吹き飛ばされたマオルナも何事も無かったかのように立ち上がる。
「んあ…………?ひっハハハハ」
首をポキポキと鳴らしながらマオルナは笑う。
その様子はまさに狂人、悪魔のようだった。
マオルナの姿が消えた瞬間、私の左前に気配を感じ、魔力で障壁を張る。
ガギィィィィィン!と音を立て障壁がマオルナの拳を受け止めた。
精神は完全に狂人のそれだが、知能はある程度あるのか、私が今左目が見えないのをわかっていなければ出来ない事だった。
まぁ悪魔も人型生命だからそれぐらいの知能はあるか……?
少しずつ回復していき、目から溢れる血は止まった。
マオルナはまた私の方に飛び込んできて拳を突き出す。
それを後ろにのけぞってかわす。
目の前にあるマオルナの腕を掴み、足を思いっきり蹴った。
そして身体の向きを変えながら、マオルナを地面に叩きつける。
「コレはどうだろうか……」
収納魔法から剣を取り出す。
昔作った剣で、付与魔法がありったけ付与されいる。
『斬撃強化』『鋭利強化』『切れ味増加』などおよそ8個詰め込んでいる。
大昔に買ってもらった安物の鉄剣だからそれぐらいだったが今はないよりはマシか。
その剣に魔力を流し込み付与魔法を起動させながら追加で魔力を纏わせる。
魔力を纏わせたことでさらに鋭くなり、耐久度が上がったその剣を振り下ろす。
ガギン!と音を立てマオルナの腕がその剣を受け止める。
私の剣は強化しているから折れていない。
だがマオルナの腕に微かに食い込んでいる。
「なるほど、この剣なら少しは戦えそうだな」
マオルナの腕に食い込んだ剣を撫でるように切り下ろすとマオルナの腕にさらに切れ込みが入る。
さらに剣に魔法を重ねがけし、切れ味を高める。
魔力に馴染ませた鉄は徐々に色が変わって行く。
魔眼で見てみれば鉄剣だった時よりも少しだけ鋭くなっている。
「へぇ、こんな事になるんだな」
魔力を纏わせながら、マオルナの動きを見る。
今のアイツは相当速く、目を離せば一瞬でこちらへ来るだろう。
「ふっ」
踏み込んだ脚で一足飛びにマオルナに近づき、左肩目掛けて振り下ろす。
グシャァと音を立て剣は止まるが、さっきよりも抵抗が少ない。
グイッと剣を押し込むとズズズと剣が沈み込む。
「くっ、流石に硬いな。だが」
そろそろ目も治ってきた。左目の視界が戻る。
剣を思いっきり上から殴って、その勢いで一気に振り下ろす。
そもそも硬い私の拳を魔力でさらに固くし、剣と同じぐらいの硬さまで硬化させる。
とはいえそのまま殴って仕舞えば剣が壊れるのでちょっと保護はしたが。
「グアァァァァァァァァァァァァァァ!」
肩をバッサリと切り落としたことでとんでもないでい苦痛が襲っているのか、マオルナが大きな声で叫ぶ。
「グルゥァ……」
切り落とされた左肩を右手で押さえながらマオルナは唸る。
全身がぐっしょりと汗で濡れている。
歪んだ表情でこちらを真っ直ぐに睨むマオルナは、悪魔になってしまったというのにまるで人のように見えた。
もしかしたら、そう思って魔法陣を展開して父さんに通信する。
『父さん。今どこにいる?』
『あ?今ルナにお前が襲われてるって聞いたから向かってるところだ!そっちはどうなってる!?』
『なら良いよ。単刀直入に、聞いたことにだけ答えてほしい』
『なんだ』
『悪魔化した人間は人間に戻ることはあるのか?』
『…………無い』
『そうか、すまんな。それじゃぁまた、後で』
通話を切り目の前のもう人に戻ることのできない悪魔を見る。
「そうかぁ、もう戻れんか」
何かが吹っ切れた。
もう相手は人としての尊厳も取り戻すことのできない、放置すれば暴れ回るだけの災害のような生物。
「だったら、もう手加減することはないな」
魔力を解放しながら前へと進む。
溜め込んでいた魔力を少しずつ、周りが急に吹き飛ばないように気をつけながら解放していく。
マオルナの元へ一気に近づき、反応する前にマオルナの頭を蹴り上げる。
「グブォ……!」
血を吐き出しながら上空へ吹き飛んだマオルナ。
脚に力を込め、マオルナめがけて飛び上がる。
魔力をさらに込め切れ味が増した剣でマオルナの身体を斬りつける
先ほどよりも柔らかく感じるマオルナの皮膚を切り裂きながら、さらに上空へと飛び、その後転移する。
転移した先はマオルナの横の方で、飛び上がった速度のまま再びマオルナを斬りつける。
ザシュッ、ザシュッと音を立て全身を斬られていくマオルナは動くことすら出来ずにただ斬られていく。
「グァ、ゴォァ、アガァ!」
マオルナの叫び声が響く中、魔法陣を展開しつつ、追い討ちの《青炎魔弾》を放つ。
先ほどとは違って今は空中なので建物の心配をする必要がないから全力で放っていく。
ドガンドガンドガガガガガガンと轟音が響き、全身が煤まみれになったマオルナを掴む。
身体を捻り、全身をしならせるようにして振りかぶり、マオルナを地面に投げつける。
マオルナがドガァァァァァァン!と音と土埃を撒き散らす。
「さて……」
ヨロヨロとふらつきながら立ち上がるマオルナは全身から血が溢れ出し、もうボロボロである。
「それじゃ、さよならだ」
剣を横薙ぎに一閃。
「グァ………………?」
マオルナの首に一筋の赤い線が走る。
次の瞬間そこから血がブシャッと溢れ出し、マオルナの首がドサっと落ちる。
「(………………)」
頭の中でマオルナの声が響いた。
「はぁ……なんか、釈然としねぇなぁ……」
マオルナの死体に近寄る。
完全に魔力は霧散しており、身体が動く気配もない。
ふと首の断面にくっついた真珠のような球体を見つける。
「……?」
なんだろうコレ、と思っていたら中庭の入り口からレインが走って入ってきた。
「リーシャ!無事か!?」
レインが飛んで私に抱きついてくる。
なんだぁ……?こいつ。
「あ、あぁ、無事だ。それよりお前はどうした?」
「生徒たちは全員退避させた。皆無事だ」
「そうか、それは良かった」
「リーシャ!」
「お姉ちゃん!」
父さんと母さん、そしてルナも私の方にやってくる。
「リーシャ、怪我はないか!?」
父さんが必死の表情で私に問いかけてくる。
「ちょ、父さん、落ち着いて。まず。私はこの通りピンピンしてる。ちょっと怪我したけど治したし。それを
と悪魔はそこに倒れている。さっき確認したけどちゃんと死んでるよ」
「そうか……すまん。俺たちがいたらお前にこんなことをさせずに済んだのだが」
私が悪魔化したとはいえ人を殺させてしまった事に責任を感じているのだろうか、苦々しい表情でそう言う。
「いや……どちらにせよ、殺さなければダメな状況だったんだ。それならあの場で1番強かった私が適任だったしな」
とはいえ、人を殺したという業は私に重くのしかかる。
「……分かった。とはいえ一回事後処理のためにも王城の部屋を開けてもらってる。一回そこに行こう」
「あぁ……」
ふと最後、マオルナがつぶやいた言葉はなんだったのか、考える。
マゼンタ・アトファーディー、とマオルナは最後にそう言った。
それが人の名前なのかどうなのかを考えるほど、今の私に余裕は無かった。




