ハスターク その23
「あー、流石に崩壊が始まっちゃったわね」
崩れていく指先を見つめながら、メアはつぶやく。
「クロエのことは心配してないけど、ベルの方は心配ね。さっき変な魔力を感じたし、早くクロエに伝えた方がよさそうね」
足も崩れだし、おっと、と言いながら腰を下ろしたメアは目を閉じた。
「今回はここまでかぁ。今度はもっと長いこと楽しみたいわね」
その言葉を言い終えるころ、そこに人影はなかった。
肉の壁を破壊したクロエはナタリーを探すために歩き回っていた。その途中、バルジャンと戦うためにクロエの身体から出ていたメアが戻ってきた。
「…………ん、メアおかえり」
(ええ、ただいま。久しぶりに外に出れて楽しかったわ)
「…………ん」
(ああ、そうそう。早めにベルのもとに向かった方がいいわよ。なんだか危なそうな状況にあるし)
「…………ん、わかった」
それを聞いたクロエは元来た方へ引き返した。
しばらく歩いていると、向こうに倒れている人影が見えた。
「…………ベルっ!」
駆け足で近づいてみると、そこには左腕を失って倒れているベルの姿があった。
(魔力をかなり消耗してはいるが、魔力の流れは壊れかけているものの安定しているな。今は気を失っているだけのようだが、かなり失血している。急いで治療する必要はあるだろうな)
シュバルツの忠告に従って、クロエはベルの身体を抱き上げる。
「…………レオーネのもとに、戻るのがいいかな」
(そうだな…………。だが、腕をどうするかは考えた方がいい)
「…………腕は、たべられた?」
(切断面を見るに、確かに刃物ではなく獣のようなものに食いちぎられているな)
「…………顎、かな」
顎とはベルが飼っているとある獣の口だけを召喚したものであるが、今のベルの指示には従わないことが多い。そのため顎を止めるために自分の身を犠牲にしたのだろう、と考えたクロエは頭を悩ませる。
「…………もし顎なら、傷は呪い。…………ふつうの魔術じゃ、なおせない」
そう言うとクロエは一度ベルを地面に下ろすと、腰のナイフを取り出し自分の左手首を切った。そこから血が噴き出し、ベルの肩口を濡らす。
「…………このくらいでだいじょうぶかな」
(クロエよ、もっと自分の身体を労わってくれ)
「…………わたしはベルを守らないといけないから」
手首の傷口が塞がっていくのを眺めながら、血を多く流して少しふらつきながらクロエはシュバルツの苦言に答える。再生能力を持っているクロエだが、その能力の源は血にある。そのため傷口に血をかけることで他人の傷でも治すことができる。しかし血をかけただけではベルの呪いを止めるのが精一杯で、根本的な解決にはなっていない。
「…………あとは、腕を生やすだけ」
(それが一番問題なのだけれどね。彼女の腕があれば私の血ですぐにくっつけてあげられるけど、食べられちゃったならそれもできないし)
「…………それは多分、これで解決する」
そう言いながらクロエは青い液体が入った小瓶を取り出した。
「…………前に行った国でうば、手に入れた、治療薬。…………切った足でも再生する、が売り文句」
(ああ、医療の発展と共に宗教団体が国を支配していたところね。クロエが体質のせいで追いかけまわされていたわね)
「…………むぅ」
クロエが嫌なことを思い出した顔をしながら小瓶のふたを開け、傷口に数滴垂らすとベルの肩口が光り出して、断面から骨と靱帯が伸び、それを追うように肉が生えていき、少しするとそこには左腕が再生したベルの姿があった。
「…………ほんとにはえるとは」
(え、もしかして信じてなかったの?)
「…………うさんくさい」
(……よくやろうと思ったわね)
「…………効き目がなければ、それはそれでよかった」
(毒になる可能性は考えなかったのかしら)
「…………そのときはまた血をかける」
(…………)
(メア、クロエはこういう子だ)
呆れたように黙ってしまったメアにシュバルツが諭すように声をかけるのを聞きながら、クロエはむすっとした顔でベルの身体を抱き上げた。
その頃、レオーネたちはクロエに投げ飛ばされ、ベルのおかげで命からがら戻ってきた冒険者たちから話を聞いていた。
「クロエさんはすごいことをするな…………」
「すごいというか常識知らずですよね」
カエデの呆れたような物言いに苦笑しながら、レオーネは冒険者たちの話から分かったことを整理する。
「ジイドとバルジャンの魂を持った冒険者の死体か。敵もなかなかふざけたやつだな」
「しかし死霊魔術師としては非常に優秀なのも確かかと」
「そうだな。できればナタリーを早く止めたいが、向こうからの連絡がない以上状況を判断しようがないな。…………なあ、ベルさんは通信機を持っていなかったか?」
「自分で持ちたくないからと同行する冒険者に持たせていたかと」
「…………」
頭を押さえる主を見てカエデは嘆息するが、そうしたところで何も状況は変わらない。そうして彼女は一体どうしたものかと頭を巡らせるのであった。
レオーネが冒険者たちと頭を悩ませていると、向こうの方が騒がしくなってきた。何事かとレオーネたちが騒ぎの方へ走っていくと、クロエがベルのことをお姫様抱っこしながら戻ってきていた。
「クロエさん、ナタリーはどうなった?」
「…………にげられた。…………ちょっと、ベルが危ないから預けにきた」
「ベルさんが?」
そう言われたレオーネは気を失っているかのように見えるベルの身体を魔術的に「視て」驚きの声をあげた。
「どうなっているんだ!体内の魔力の流れが滅茶苦茶じゃないか!それに何か所か魔術回路が繋がっていないところがある…………。この状態で放置するのは非常に危険だ。カエデ、すぐに治療の準備をしてくれ」
「承知しました」
すぐに動き出したカエデを追うようにして、レオーネも歩き出す。そしてそれを追うようにクロエが後をついていく。それを心配そうに見ていた冒険者に、叱責の声が飛んだ。
「おいお前ら、そんなところで油を売ってんじゃねえよ。俺達にはやるべきことがまだ残ってんだろ」
大剣を担いだマークの一言にその場の冒険者が襟を正す。かなり数は減り、それほど力を入れなくてもよくなったとはいえ、未だに生きている死体はうろついている。それらを全てただの死体に戻すまでは彼らの戦いは終わらないのである。
「いいか、クロエの嬢ちゃんを俺たちは信じたんだ。なら俺たちは俺たちに任されたことをしっかりこなさねえとな」
「…………レオーネ、ベルをおねがい」
治療の準備を終えて一息ついたところで、クロエはそう言ってその場を離れようとした。
「もう行くのか?」
「…………うん、においがする。…………近くに、きている」
「ナタリーが、か」
「…………ん」
「わかった。ベルさんのことは責任をもって私が預かる。クロエさんはナタリーのことを頼む」
「…………言われ、なくとも」
そう言って彼女は眠そうな目をキッと前方に向けると、そのまま走り出した。
少し走ったところで、クロエは足を止めて周りを見回した。
「…………でてきて、いるのはわかってる」
「そう言われて『分かりました』って出てくると思うか?」
姿が見えないままナタリーの声が響く。反響するようなものは近くにないというのに、声だけが反響してどこから声を発しているのか分からない。
クロエは黙って剣を抜くと素振りをするように振り始めた。そのまま周りを斬っていると、剣が通った空間の一部が剥がれ落ちた。
「あ!?」
「…………みつけ、た」
「ちっ、まだまだっ」
隠れていた空間から引きずり出されたナタリーは、後ろに飛ぶことでクロエの剣を回避しようとする。しかしクロエは無理に追撃しようとするのではなく、左手を前に出してその掌を握り締め、思い切り自分の方へと引いた。その途端、ナタリーは襟首をつかまれたようにつんのめると、クロエのもとへと引っ張られた。
「なに!?」
驚愕の声をあげるナタリーを無視するようにクロエは剣を地面に突き立てると、ナタリーがある程度近づいたところで「…………《門よ》」と言った。
彼女がそう言うと、周りの景色が歪んで二人は見渡す限りの荒野に放り出された。
「どこだ、ここは……?」
「…………私の、結界。…………もう、逃がさない」
「…………そういうことかよ。いいぜ、お前を殺してこんなところさっさとオサラバしてやる」
ニヤリと笑って骸骨兵を複数召喚したナタリーは、その手に骨剣を持つとクロエに向かって斬りかかった。しかし骸骨兵との連携によって追い詰めようとしたナタリーの思惑は一瞬で破られる。
「…………ん、じゃま」
クロエが指を鳴らすと骸骨兵は糸が切れたように崩れ落ちる。その骨を踏みつけながらクロエは、斬りかかってきたナタリーの腕を取って投げ飛ばした。
「ぐはっ……!」
「…………はやく、立って」
「自分で投げておいてそれかよ……」
特に何の感情も浮かべないままクロエはナタリーに近づく。それを見てナタリーは跳ね起き、今度は魔獣の生きている死体を召喚する。しかしそれもクロエが指を鳴らすだけで崩れ落ちてしまう。
「お前、それはどんな魔術だ?」
「…………へんなしつもん。…………そっちが一番分かっているくせに」
「……そうだな。お前が使ったのは死霊魔術だな?」
それはただの確認だった。そして自分が納得するためだけになされた質問だった。
「だが、なぜ俺より優先度が高い?俺の魔力は《色無し》。死霊魔術に対しての適性は相当に高いはずだ。その俺の魔術を破るとは…………」
「…………わたしの魔力も《色無し》だから。…………それに、わたしの方が魔力の総量が多い」
「同じ魔術でもそこに込められた魔力の量によってその威力は変化する、というどこかの誰かが言いだした法則だったか。しかしそれは圧倒的な魔力量の差があって成立するはずだ」
「…………現実に、成立している」
眠そうに頭を揺らしながら、クロエは冷静に事実を突きつける。
「…………ついでに」
クロエは右手を手刀の形にすると、そのまま腕を一閃する。その軌跡をなぞるようにナタリーの身体から血が噴き出す。
「が、は」
「…………ゆだん、たいてき」
血を吐きながら倒れるナタリーの身体を、クロエは更に追撃する。手刀で肘から下を斬り飛ばした彼女はそのままナタリーの首を掴んで地面に叩きつけ、そのまま馬乗りになった。
「……ッ、――!」
「…………うるせえ、だまれ」
暴れるナタリーの足を自分の足で組み敷き、クロエは手に力を込める。しばらくじたばたしていた足の動きが衰えてきたところで、ようやくクロエは手を放す。
しかし、ナタリーは人外じみた動きで上体を起こすと、肘から下が飛んできて傷を塞ぎ、血走った目をクロエに向ける。
「残念だったな、俺は呼吸を止められたぐらいで死ぬほど柔じゃねえよっ!」
「…………当然、これは確認。…………もうつぎはない」
「あ?」
クロエは再び地を滑るようにナタリーに近づくと、またしても首を掴み、今度は宙に持ち上げた。
「っぐ、あぁ……」
「…………」
クロエが無言で首を絞めると、次第にナタリーの顔色が青くなっていく。しかしそれ以上に、ナタリーの身体から生気がどんどんと失われていた。
そしてその顔色が青色から土気色に変わったころ、クロエはぞんざいにナタリーの身体を投げ捨てた。
「…………まだ生きているんだろ。…………はやくでてこい」
クロエがナタリーを睨みながらそう言った途端、ナタリーの身体が不自然に立ち上がったと思うと、その背中から黒い触手が大量に這いずり出てきた。
その触手は一か所に集まったと思うとそのままヒトの形を取った。
「…………おまえが、本体だな」
「まさか俺が表に出ることになるとはな。ああ、俺はヴェルム。大事な体を捨てる羽目になったんだ、この礼はきっちりさせてもらうぜ」
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