ハスターク その24
いよいよハスターク編、クライマックスです
だが、と前置きをしてヴェルムは口を開く。
「どうしてわかった、あの身体が本体じゃねえと」
「…………わたしの特性は《スイーパー》。…………大気中の魔力を強制的に吸い上げ、触れた相手の魔力すらも奪え、る。…………もちろんある程度調節はできる、けれど、お前の中にある魔力は触れているのに奪えなかった。…………つまり、ナタリーは、皮。…………本体が、なかにいる」
クロエはそこまで言うと、けほけほと咳き込みヴェルムを睨む。
「おいおい、そんな特性ありかよ。なるほど、確かにそれなら俺とお前の魔力量に差があるのは当然だな」
でもよ、とヴェルムは歯をむき出しながら獰猛な顔で嗤う。
「その魔力にだって底はある。俺はそこまで耐えてやるよ!」
「…………それは、むだ」
「は?」
「…………だってわたしが殺すもの」
華やかに笑って、悪魔は言葉を紡いだ。
クロエは地に刺していた剣を抜くと、ヴェルムに向かって突っ込んだ。そしてそのまま剣を振るいヴェルムの右腕を切り落とす。
「ハハッ、やっぱ早えな!」
「…………っ!」
見れば、切断面から触手が生えている。うねうねと動くそれはどう見ても死んでいるように見えない。
「俺は個にして群、郡にして個だからな。腕を落とされた程度気にするほどではない」
「…………めんどくさい」
距離を取って再び剣を構えなおすクロエは、少し考えるそぶりをしてから剣をしまった。
「その剣を使わなくてもいいのか」
薄笑いを浮かべながらヴェルムが指摘するが、クロエは何も言わずに拳を構えた。
「拳闘か。打撃も俺には効かんぞ」
「…………やってみれば、わかる」
そう言うとクロエは三歩で距離を詰めるとすぐさま右手を振りぬいた。そのまま左手を振り、流れるように右足で蹴り上げる。
しかしヴェルムはその全てを受けながら、少しのダメージも見せずに笑っている。
「ハッ、やはり予想どお……ぐ、う?」
しかし、突然ダメージを受けたように膝を突くヴェルム。
「これは…………?」
「…………打撃、斬撃を受け流せるのは、お前の身体がバラバラになっているから。…………打撃は触手たちが、衝撃を受け流すように動き、斬撃は斬られるところに、触手同士の隙間をかぶせることで、ダメージを受けていないように、見せている」
そこでクロエは咳をしながらいったん言葉を区切り、「…………ならば」と続けた。
「…………打撃の衝撃を、受け流せないようにしてやれば、お前に打撃は、有効」
「……俺の技術はそれなりのもんだと思ってたんだが、まだ甘かったみてえだな」
「…………そんなことない。…………わたしもちょっと、苦労した」
「はは、苦労したのは少しかよ!」
そう叫ぶと、今度はヴェルムの方から仕掛けてきた。ヴェルムは右腕を先がいくつにも分かれた触手状にすると鞭のようにしならせ、四方からクロエを打ち据えようとした。しかしクロエは、その全てを少し身を引いたり、半歩動いたりするだけでかわしてみせた。
「ちっ、やっぱこの程度じゃ掠りさえしねえか!」
「…………ん」
ヴェルムは左腕も触手化して更に速く攻撃するが、クロエの影すら掴むことができない。そのまましばらく攻撃を続けていたヴェルムだったが、流石に止めた方がいいと思いなおしたのか、自分の腕を元の形状に戻すとクロエを睨みつけた。
「お前、俺の触手が見えていたな?」
「…………だったら、なに」
「何故俺の触手を攻撃しなかった?見えているなら掴んで反撃することもできたろう」
「…………さわったら、ダメな感じがした」
「確かに俺の触手には神経毒があるが、お前に効き目は薄いだろう」
「…………まあ」
「まあいい。ここからの俺は一味違うぜ」
そう言うと彼の形がどろりと崩れる。崩れたそれは再び寄り集まって人の形をとる。しかしそれは先程までそこにいたヴェルムの姿ではない。ヴェルムの名残をところどころに残してはいるものの、魔力の質さえ違う、化物がそこにいた。
「この姿を他人に見せるのは久しぶりだな。俺だって好きで触手の姿になったわけじゃねえ。こんな醜い俺を抑える拘束具だよ」
酷薄に笑って、ヴェルムは告げる。
「…………言いたいことはそれだけか?」
「なに?」
「…………こないなら、こっちからいくぞ」
言い終えた瞬間、クロエの姿がブレて次の瞬間にはヴェルムの目前で拳を構えていた。そしてその拳がヴェルムの頬を打ち据える。
「っ、ぅぐっ」
「…………その姿、衝撃を受け流せないのか」
「あ、ああ。触手同士の結合をより強固にすることで硬い体表と攻撃力を手に入れるものだからな。だがその拳に傷をつけられたんだ、それで十分さ」
見ればクロエの拳には硬いものを殴ったかのような傷ができている。その傷はすぐに消えたが、少しの間拳を見つめた後、彼女は真剣な顔でヴェルムを見た。
「…………ん、そうかも。…………だから、もっと本気になってあげる」
「ははは、いいぞ!まだまだこれからだ!」
そう言ってヴェルムは一気に距離を詰める。そしてクロエの手前で急にその姿を消す。クロエはその姿を追うように後ろを振り向き、何かを察知したかのように前へ転がった。直後、上からヴェルムが落ちてきて土埃を上げる。その中から先端の尖った茨が突き出される。咄嗟に横に避けるが、茨がクロエの頬をかすめる。
「…………っ!」
「ちっ、かすめただけか」
土埃が晴れ、その中心からヴェルムが姿を見せる。それと同時にクロエは駆け出し、飛び上がると彼の首に踵を落とす。それを難なく受け止めたヴェルムは足首を掴むと地面に叩きつける。二度、三度と叩きつけたところでクロエが足元で魔力を爆発させて拘束から抜け出す。
「くっ、流石にまだ魔力は底知れずってか」
「…………今のは、あぶなかった」
再び拳を構えるクロエとヴェルム。両者は一瞬視線を交えると全く同時に地を蹴った。体格差をものともせず、二人が立っていた線上のほぼ中心でお互いに拳を交える。お互いの二手、三手先を意識しながら振るわれる拳は互いの肉を打ち、確かにその体力を奪っていく。
右を狙えば相手は回避に出るからその回避先を潰すように拳を振るうということを相手は予想しているはずだからその予測すら潰す。
互いに自分の肉を削らせてでも相手の骨を断とうという意志のもとで拳を振るいながら、二人は笑っていた。
「楽しいな!こうして殺し合うのは!」
「…………」
「はは、黙っていてもお前の顔は正直だぞ」
「…………!」
距離を取り、自分の口に手を当てて驚いたように目を少しだけ開くクロエ。その顔を見て、してやったりという顔をしたヴェルムは口を開く。
「お前、本当は俺を殺すのなんかどうでもいいんだろ?ただ自分が殺し合いたいだけなんだろ?」
「…………」
飛びかかろうとしていたクロエはその言葉に動きを止める。
「…………だったら、なに」
「いや、お前は俺より化物だってことだよ」
「…………そんなこと」
生まれたときから、わかっていた。
クロエは唇の動きだけで答える。ヴェルムはそれに気づかず、背中から棘を生やす。棘はうねり、捻じれ、独立した生物のように動いている。それはどんどんと伸びていき、二人を取り囲むように背の高い柵を作る。
「…………なんのつもり?」
「こんな広いところより、狭いところの方が殺し合いやすいだろう?」
ヴェルムは手を広げながら口の端を釣り上げる。
「さあ、殺し合おうぜ」
「…………っ」
振るわれる拳は互いに変わらない。しかし、状況はクロエが不利になっていた。
「…………なんの、これしき」
「はははっ!俺は勝つんだよ!お前に!絶対に!」
棘でできた柵はクロエに対する悪意だった。ヴェルムの攻撃の隙を失くすように棘が伸び、ヴェルムの防御をかわした攻撃すらも弾いた。魔力を拳に纏わせるようにして拳を防御するクロエだったが、魔力を使い続けることはできない。まだまだ余力はあるものの、何が起きるか分からない以上は限度がある。
「…………《灯よ》」
目の前に灯った火種を殴りつけ、自分の拳に炎を纏わせたクロエは棘を殴りつけ、脱出を試みるが柵はびくともしない。
「無駄だよ、そんじょそこらの魔術程度で俺の棘は燃やせない」
「…………なら、火力を上げるだけ」
その瞬間、ごうと音を立ててクロエの身体が燃え上がる。その炎は凝縮するように右手に集まると、青白く変化する。クロエはそのまま走り、勢いを拳に乗せて柵を殴りつける。棘はその炎に触れた途端融解して柵に穴が開く。その隙間はすぐに閉じようとするが、クロエは自分の身体が引っかかれるのも構わず穴から外に出る。
「…………はぁ、はぁ、はぁ」
右手の感覚に違和感を覚えたクロエは手の甲を見る。そこには生々しいひっかき傷だけでなく、やけどの跡が残っていた。
「…………治りが、悪い?」
(私の血は正常に作用してる。単純な再生限界ね、少し休めば元の速度に戻るわ)
「…………それじゃ、おそい」
そう言ってクロエは、棘の柵を解除してこちらに歩いてくるヴェルムの姿を認めるが、突如姿勢を崩して膝を突く。こみあげてくる嘔吐感のままに口を開く。
「……う、げぇっほ、かは…………」
地面に紅い花が咲く。クロエは目眩がしてその場に倒れ、手足が痺れていくのを感じ取っていた。急激に身体から体温が奪われていく。恐らく棘にあった毒が、再生限界を迎えたことで解毒できなくなって体をめぐりだしたのだと考えたクロエであったが、動けなければ分かっていないのと同じである。
「ふん、棘を破るまではよかったが、その後がお粗末だな」
「…………」
すでにクロエは口を動かすことができないのか目だけでヴェルムの姿を追っている。その目にも光はなく、どこか濁っていた。
そうしてクロエの目前にまで歩いてきたヴェルムは、右手を上げる。その手の先から茨が伸びていき、寄り合わさって一つの剣のような形状を取る。
クロエの目は最後までヴェルムを見ていたが、その瞳はなにも映していなかった。
「こんな終わり方は残念だが、さらばだ」
ヴェルムの右手が振り落とされ、クロエの首は無情にも飛ばされた。
周りの風景がもとに戻るのを見ながら、ヴェルムは次のことに思いをはせていた。
「ふう、これで後は『大賢者』だけか」
「…………ん」
「さっさと終わらせて、こん、なところ、を」
油を指していない機械のようなぎこちなさで、ヴェルムの首が横を向く。
果たして。
「…………や」
そこには、地面に刺した剣の柄に手を乗せたクロエが立っていた。右手を下ろしたクロエは愕然とした表情のヴェルムに種明かしをする。
「…………わたしは結界なんて、作っていない。…………そう思わせるように、魔術で幻影を、見せただけ。…………お前がなにを、幻影に見たのかは、知らないが、さぞ楽しかった、ようだな」
くつくつと笑いながら、けほ、と咳をするクロエの姿は、確かに先程自分が首を飛ばした少女と寸分違わず、ヴェルムは後ろによろめいた。
「お前は、いったい…………?」
「…………」
眠そうな目をしながらも鋭い眼光を向ける少女の姿は、ヴェルムにとって理解できないものだった。
「…………これ以上戦闘を、長引かせるわけにもいかないから、とっておきを、だしてあげる」
そう言って彼女は剣の上にのせていた左手を肩の高さまで上げる。すると虚空から白い鞘が現れた。
「なんだ、その鞘は…………?」
「…………? …………見ればわかるでしょ、この剣の、鞘」
そのような事は、誰だって見ればわかるだろう。しかし、不思議なのはその鞘の装飾だった。剣には最低限の装飾しか施されていないのに対し、鞘には豪奢ともいえる装飾が施されていた。
不思議そうに首を傾げたクロエは地面に刺していた剣を引き抜くと、その鞘にしまう。
「居合か?」
クロエはヴェルムの問いに答えることなく剣を再び地面に刺す。そしてその柄の上に掌が来るように右手を上げると、口を開いた。
「……《聖剣、起動》――起きて、ペンドラゴン」
《音声による命令を受任――起動シークエンスを開始します》
「……続けて《聖剣、抜剣準備》」
《起動中…………起動シークエンス終了。抜剣準備シークエンスを開始します。魔力蓄積量が不足、外部からの供給を開始します。…………規定値を達成しました。いつでもどうぞ、主》
鞘がひび割れるように形を変え、中から光があふれだす。
「鞘、いや、中の剣が光っているのか!」
「……《聖剣、抜剣》――全ての魔を払え、ペンドラゴン」
《魔力の収束率、規定値。剣身の摩耗による魔力の放出、想定内。トリガーのロックを解除します》
クロエは柄を握り締め、一気に引き抜く。その手にある剣に込められた魔力が天を衝く。
その手にあるのは、先程まで持っていた黒い剣ではない。
細身でありながら目を離せないほどの存在感を持つ白銀の剣。
それはまさしく。
「は、はははははははははは!生きていたとはね、勇者!」
「…………撃ち抜け」
振り下ろされた剣と共に魔力でできた剣身も振り下ろされ、ヴェルムの身体を両断した。
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