ハスターク その22
目の前に広がった銀髪に、ナタリーは只々美しいという感想しか出なかった。しかしすぐに今の自分の置かれた状況を思い出し戦慄する。
「やばい……っ!」
「…………もうおそい」
直後、彼女の身体は一刀両断された。
ぶん、と血振りをすませたクロエは油断なく周りを見回し、これ以上剣を使う相手がいないことを確認し、剣を虚空に収納した。
「…………あっけない」
そしてクロエがメアの所にでも戻ろうかと背を向けた瞬間、後ろからの殺気に飛びのいた。
「ちっ、今のは完璧な一撃だったと思ったんだが」
「…………ちゃんと殺したつもりだったんだけど」
「おいおい、俺の使う魔術のことを忘れたのかよ。俺は死霊魔術を専門にする魔術師だぜ?」
「…………自分につかったのか」
「俺の魔力は《色無し》だからな。死霊魔術とは相性がいいんだよ」
ニヤリと笑うナタリーに対し、クロエは感情のない目を向ける。
「…………でも魔力は吸われたはず」
「お前が吸収できるのは斬った対象だけで、それ以外に外付けの魔力を貯める道具があれば魔力を復活させることができるだろ」
「…………むぅ」
図星を指されたクロエは押し黙るが、再び剣を取り出すと構える。それを見たナタリーは顔を押さえながら嗤う。
「何度やったって無駄だ!俺の魔術は一度発動すればそのまま死体に残る!何度魔力を吸われようと俺は止まらねえんだよ!」
「……………………うるさいな」
クロエは再び一瞬で距離を詰めて剣を振るうが、ナタリーは避けようともせずに一刀のもとに切り伏せられる。しかし斬り飛ばされた身体から触手が伸びて、上半身と下半身をくっつけると再び彼女は起き上がる。
「アハァ」
「…………きもちわるい」
「だろうなァ。でもよぉ、《我が求めに応じろ、屑ども》!ひひっ、もっと気持ち悪くしてやるよ!」
ナタリーが呪文を唱えると、そこかしこから今にも崩れそうな生きている死体の大群が這い出してきた。
「…………っ!」
「ひひひっ、これが俺の《屍者の行進》だ。押しつぶされて死んだら俺の蒐集品の一つにしてやるよ!」
すぐ目の前に広がる混沌とした光景に、さしものクロエも目を見開く。それだけ彼女が呼び出した死体の数は圧倒的であった。一般的な死霊魔術であれば、一度に操ることのできる死体の数は三十にも満たない。優秀なものであったとしても高々五十が関の山だ。それが、ナタリーは百を優に超える死体を呼び出し、なおもその数を増やしているのだ。
「…………」
クロエはもはや自分たちの身体で崩れていく死体を見ながら、近づいてきたものから順に切り伏せていく。その間も油断なくナタリーの動向をうかがい続け、彼女のこの能力の源は何か、見定めようとしていた。
「ひひひひっ、これだけいればしばらく時間稼ぎにはなるだろ。俺はてめえの相手ばっかしてるわけにはいかねーんだよ」
しかし次第に数に押されたクロエをあざ笑うように、ナタリーは死体の後ろへ後ろへと移動していく。クロエは負けじと目の前の死肉の壁を斬り裂きながら進むが、いかんせん数が多く剣一本で対応するしかない彼女の視界からナタリーの姿が消えたのはそれから間もなくのことだった。
「…………ちっ、にがしたか」
(ふむ、まだあやつの魔力の残滓はこの付近に残っているが、死体どもが多すぎて私の鼻でも魔力を追うことはできなさそうだな)
「…………シュバルツがそういうなら、しかたない」
そう言いながら、彼女は剣を肩に担ぐようにして構える。
「…………こいつらのにおいがしなくなるまで、ぶっころす」
(…………ほどほどにな)
「…………ん!」
そう言うとクロエは地面にヒビが入るような勢いで地を蹴り、自壊して融けあうことで本当に肉の壁となっている死体たちに近づく。
「…………我が求めに応じてその威を示せ《気高き咆哮》」
そう言ってクロエが剣を突き出した瞬間、剣の先から圧倒的な魔力が凝縮されて撃ち出された。虹のような光の奔流は数瞬ほどで唐突に消え失せたが、そのときにはすでにクロエの目の前にあった肉の壁は跡形もなく消滅していた。
「…………っ、はぁ」
消耗したように肩で大きく息をしたクロエは、ぐるりと周りを見回した。
「…………やりすぎた?」
(…………かもしれんな)
城壁が崩れているのをクロエの目を通じてみたシュバルツは、諦めたようにそうつぶやいた。
「コロスゥ!」
「させるかっ、《阻め》!」
生きていた頃のように上空から魔術を連発するという手法は取らないものの、ひたすらに走り回りながら敵味方関係なく魔術をぶっ放すという今のジイドは、ある意味生前よりも厄介な存在になっていた。
「ちっ、クロエとの戦闘がなければ今頃あんな奴一撃でのしておったのに!」
「ヒャーハハハハハハ!ゴミィ、シネェ!」
防御魔術を展開しながらジイドの猛攻に耐えるベルであったが、次第に壁になるような死体も物陰も少なくなり、危機的状況一歩手前ぐらいに位置していた。
(この状況をひっくり返せる方法がないわけではないが、正直今使ってしまうとこの世から儂が退場になってしまうかもしれんなどという笑えん状況じゃしな……。ええい、どれもこれもクロエが悪いんじゃ!)
などと現実逃避を試みるベルであったが、そうは問屋が卸さない。
「ミィィィィツケタァァァァ!!」
「ちっ、《吼えろ》!」
ジイドが撃ち出した火球を、直前で音の魔術によってかき消す。しかしジイドは止まることなくひたすらに魔術を乱発してくる。
「アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「いい加減気持ち悪い!《顎よ》!」
ベルが手を振り上げながらそう叫んだ途端、彼女の横の空間にナニカが現れた。それは陽炎のように揺らめいていて実体がなく、顎だと言われればそう見えるが、そう言われなければ何なのかよく分からない見た目をしていた。
それはベルが腕を振り下ろすと真っ直ぐにジイドに向かって走り、その右腕に食らいつくとそのまま肩から右腕を食いちぎった。そのまま右腕を飲み込むと続いて右足を左足を左腕を食いちぎり飲み込んでしまった。
「ヒヒ、ヒ?」
「止まれ!ええい止まらんか!」
ベルは手綱を握るように虚空を掴むが、顎は止まることなくジイドの身体に噛みつき食いちぎろうとする。
「ああもう、仕方ない」
そうつぶやいてベルが左腕を上げると、顎はジイドの身体を解放しベルの左腕に食らいつき、噛みちぎるとそのまま飲み込んでしまった。
「っぐ、ぁ」
顎が虚空に溶けるようにして姿を消すと、ベルは地に膝を突いた。肩から流れた大量の血でできた血だまりの中で荒い息を繰り返すベルに、ジイドは四肢を失ったまま嘲笑を浴びせる。
「ヒヒヒヒヒ、ジメツ。ジメツゥ!」
「はぁ、はぁ、別に貴様を助けたわけではない。貴様の本体はその魂じゃろう。その身体をこいつが食らったところで貴様の魂を逃せば問題は終わらんのじゃからな」
「アアアァ?」
「じゃから、こうする」
そう言うとクロエは顔色を青くしながらもニヤリと笑い、中身の入っていない真っ黒な鳥籠を虚空から取り出した。
「こいつは儂の魔力をべらぼうに食う。じゃがその分性能は強力じゃぞ」
ベルがその言葉を言い終えないうちに鳥籠の扉が開き、何もなかったはずの空間から靄でできた黒い手がいくつも伸びたかと思うと、身動きの取れないジイドの身体を掴んでそのまま鳥籠の中に引きずり込んだ。
「!!?」
「こいつは《封罪の牢獄》。儂が罪人と認めた者を問答無用で引きずり込みその魂すら摩耗するまでただ閉じ込めるだけの代物じゃが、ああ、確かその中には儂が昔捕まえた魔獣が一匹おった気がするのう」
そこでベルは一度言葉を切って悪そうな顔をすると再び口を開いた。
「肉には興味がないが魂を食らうことを至上の喜びとするやつが、な」
全てを言い切る前に鳥籠の扉が閉じてしまったのを見たベルは、大きなため息をついて直後に地面に倒れた。
「あー、失敗したのう。この腕、早く治さねば…………」
そこまで言って、彼女の瞼は閉ざされた。
「んー!やっぱり自分の手で肉を裂くのは楽しいわね!」
襲い来る死体の群れに怯えることもなく、メアは身に付けた爪で死肉を抉る。当然返り血が飛び跳ね、彼女の容姿はかなり猟奇的なものになっているが、まるで気にしていないかのように腕を振るっている。
「オマエ、イッタイナニモノダ」
「私は私さ。一匹の迷える蝙蝠なのだ」
がおー、と手を広げながらバルジャンの疑問に答えるメアは、手を広げたままぐるりと回って近づいてきていた死体の首をはねた。
「冗談はともかく、私のことを君が知る必要はないね」
だって、と可愛らしく小首をかしげながら彼女は続ける。
「どうせ私に殺されちゃうんだもの。知ったって無駄じゃない」
「ズイブントヨワク見ラレタモノダ」
「実際に弱いんだもの」
「ソノヘンノシタイドモヲナンタイ殺ソウト、オレノ強サヲハカレルワケデハナイダロウ」
「いやいや、君程度の魔力量で私と争うだなんて、それこそ自殺行為だと思わないのかい」
「オレトオマエノ間ニハ、大キナマリョクリョウノ差ハナイヨウニミエルガ」
「だんだん流暢になってない、君?……いや、もともと出来ることは生きている死体になったところでできるはずだから、魂が体に馴染んできたのか」
「ナニヲ言ッテイル?」
下を向いてブツブツと何事かをつぶやいていたメアであったが、突然顔を上げると満面の笑みを浮かべてバルジャンに向き直った。
「いやー、さっきは君程度なんて言って悪かったね。うん、認めるよ、君には実力がある」
「当然ダロウ、ナラバ――」
「だから私もちょーっと本気で相手をしてあげる」
そう言った瞬間、メアの身体から突然紅い魔力が間欠泉のように噴き出した。
「!」
「えへ、ほんとはこんなに魔力を放出しちゃうとこの身体の崩壊が進んじゃうけど、それも気にしないぐらい君をこの手で殺したくて殺したくて仕方がないんだ」
だから、と彼女は蕩けるような甘い笑みを浮かべて続ける。
「君も本気で私を殺しに来て。なるべく長い間、私に生きているという実感をちょうだい!」
その言葉を言い終えるとともにメアは足裏で魔力を爆発させて推進器のようにしてバルジャンに突進する。そのまま右手の手甲鉤で彼の首を引き裂こうとする。しかし彼はかろうじて横に避けることで頬の薄皮一枚を犠牲に二度目の命を繋ぐ。
彼がそのことに安堵する余裕もなくメアは両手を次々に繰り出し、バルジャンを追い詰めていく。
「グウッ…………」
「あら、ちょっとくびれができたじゃない。憧れるわ、その身体」
何度も繰り返していくうちに、疲労を覚えないはずの死体の身体の動きが悪くなる。そしてできた隙に彼女は過たずに踏み込み、一撃を決めていく。
手を抜かれている。
バルジャンはそのことを理解していた。どんなに大きな隙であろうと、彼女が彼に与える傷は決して大きくない。それ以上に与えることができたはずなのに、だ。
「手ヲ、抜イテイルナ」
「そんなことないわ」
「嘘ヲ、ツクナ」
バルジャンが厳しい口調で言った途端、ふっ、と彼女の身体から力が抜けた。
「そんなに私の本気が見たいなら、見せてあげるわ」
先程までの嬌声とは違う、ひどく乾いた声が耳に届いた瞬間、いや、届くより前に彼の視界は寸断された。視界だけではない。
足が、腕が、胴体が、頭が、手が、指が、耳が、鼻が。
そして、命が。
「だから言ったでしょ、自殺行為だって」
バルジャンの魂を入れられた男の肉体のすべてが寸断された。
「ああ、魂も壊さないといけないんだったわね」
そうして振り下ろされた手は、本来見ることも触れることもできないはずの魂を砕き、バルジャンという存在はこの世から消滅した。
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