31 イナツルビの儀
さて、今日はイナツルビの儀の日だ。
空は快晴。
もし雨だと、晴れた日まで持ち越される。
霖雨蒼生とともに訪れる鳴神の恩寵への返礼。
降り注がれた音を戻入する奉納祭。
パワーズあたりなら王都の空を晴らすくらいはできそうだが、そういう由来があるから無理やり雨を晴らすなんてことはしないのだろう。
儀式舞台のある広場には、大勢の人が詰めかけている。
「リアムさん、民の目に入りますから、お顔の方をどうか笑顔を保ったままでおねがいします」
「無茶言わないでください、ソフィア様」
今朝のことだ。突然、玄関扉をたたかれたかと思ったら、そこにいた近衛騎士たちにガッチリ逃げ場をなくされて、ソフィア王女のところへ届けられーの、貴賓席でご一緒するという現在に至る。
これはバルトの計らいらしい。
しかしまったくもって、なぜにこれが計らいになるのかわからない。
せっかく雷光賞をとったボルテージ・オーケストラや2位以降のコンクール出場者たちの栄誉に泥をぬってしまうのではないだろうか。
そんなこんな考えている内に、イナツルビの儀ははじまっていた。
長ったらしい祝詞みたいなのが説法じみた恵みへの感謝をつらつらと、お利巧さんに魔法のある世界では特段にありがたくもない話を聞く観客に語り手が披露し終わると、バルトが舞台へと上がり、精霊魔装を纏うとエンペラーを顕現させて……あ、水は魔法で作れるけど、植物を育てるノウハウとかまだ拙いから、神頼み的な祝詞はやっぱりありがたい言葉になるのか。
……ぽかーんと、つまらない顔で舞台をみていたら、キッ──と、バルトに睨みをきかされてしまった。
だいじょうぶ。ここからは、つまらない顔になんてなりようがないんだから。
「大年神役の王が、民へと声を響かせたのちに舞台の恵方を囲むように待機されている今年の稲魂役のボルテージ・オーケストラの方々の出番です。稲魂のさざなぐ中、王は大年神のおわす天上へと昇り、かの神が見守られる都への繁栄の輝きを降り注がせます」
ソフィアの解説の通りに、舞台の進行が進んでいく。
バルトは逆雷となり天へとエンペラーを手から放つと、ある程度の上空でピタリとエンペラーが静止してそこへパトスが現れた。
バルトは送還雷撃にてエンペラーへと追随し、たいして、王のことしの平穏への感謝の声を聴き納めると、膨大な魔力を伴って王都を覆う青いスパークを放った。
なるほど、だから今日はオービルとウィルバーの運行表が一部、休航となっていたんだ。
キラキラぱちぱちとはじけるスパークが、下から見る光の加減では雲のように白い輝くイナツルビがしだれるように降っている。
霖雨蒼生とはまさしくこのことなのだろう。
「魔力の加護。この霖雨への返礼こそが、旋律とともに天へと奉納される、この1年の民たちの感謝の声であり、その一心を背負った稲魂の音楽なんです」
空で雷の星たちが輝き続ける中で、舞台のボルテージ・オーケストラの合奏とエリシアとドリアのダブルキャストの『ラルラリラ』の演奏がはじまった。
魔法を使って舞台のマイクを通して国中へと音と声はとどいている。
イナツルビが空を色で彩るのならば、王都中を慈しむ震音が魂をゆさぶる。
……このひとときの安らぎがもうすぐおわってしまう。
夏は一変とし、冬の到来など生易しい火の海へとぼくは踏み出していかないといけなくなる。
これから先の苦難のことばかりを考えると、やっぱり、ちょっと素直に聞き受け入れられない……耳惜しいなぁ。
「さぁ、リアムさん。ご観覧あそばせ」
曲が終わる数小節前のことだった。
隣に座るソフィアが興奮した面持ちで、すこし下を向いていたぼくにむかって、声が弾んでしまってしかたがないといった楽しそうに椅子から立ち上がった。
「お父様に指示されて、僭越ながらわたしのほうで手配させていただいたんですよ」
……演奏が、おわらない。
『ラルラリラ』は後奏のない、声で締められる曲だ。
なのに、後奏が続いている。
「ことしのイナツルビのコンクールでは、とあるイレギュラーがありました。本選にて、予定になかった曲が演奏されるという前代未聞のハプニングです。ですが、その曲は突飛な変哲奇天烈な曲ということもなければ、とてもにぎやかな旋律で奏でられました。だれかを悲しませるための曲やだれかを批難する曲でもありませんでした」
ドリアのMCがはじまった。
これではまるで、間奏だ。
さらに、エリシアも続く。
「それは、だれかのしあわせを願う曲です。ぜひ、歌詞の空欄にはみなさんが愛する人それぞれの名前を込めて歌ってください。愛する隣人、愛する友、愛する家族、そして、愛する子たちへ、生まれてきてくれてありがとうと親愛としあわせを願う心を込める曲なのです」
「まずはわたしたちがいちどお手本をさせていただきます。お手本がおわりましたら、せーの、の掛け声にあわせてみなさんいっしょになって歌いましょう!」
ラルラリラの後奏から、楽器のハッピバースデートゥーユーと繋がった前奏ののちに、エリシアとドリアが歌い始めた。
「Happy birthday ここで愛する人の名前です! Happy birthday to you……ではいきますよ、せーの!」
国中から、祝福の歌が轟いている。
「せっかくです!もう1回、いや、2回、3回といきましょう!!!」
……意味が解らない。ほんとうに、これをする意味がわからない。
エリシアもドリアも、ボルテージオーケストラの面々も、国中の人々も、見渡す限りが肩を組み、そして、空に向かって声を登らせていた。
「なんて素敵な旋律と声の成す合奏なのでしょう」
ソフィア王女は、あまりの一体感に、そっと一筋と涙を流していた。
観劇のしあわせとハンカチで拭える程度の……まさか、バルトのやつ、自分の代わりにソフィア王女のことを見守らせるつもりで、こんなことをしたのか。わざと、ソフィア王女に手配までさせて?じぶんの想いを伝えるために?
「ハッピバースデー ディア ファミリー… ハッピバースデートゥーユー」
おまえは祝福されて生まれてきたのだぞと……こんな境遇で、手前勝手ながらもやりだしっぺのぼくだけ歌わないわけにもいかない。
……恨むぞ、脳内電飾のバカ王。
「ことしもよい楽霖祭の記事が新聞の一面を飾りそうです」
グラウクス出版を経営して学院新聞と協力体制を築くノクチュア新聞を発刊しているソフィアが予感するように、舞台は大成功を収めた。
喝采の雷と雨が、王都を包み込んだ。
次の新聞が刊行されるのは2日後だ。
編集ソフトなどないから、これから作って刷るのは大変だろうが、なんとか間に合うだろう。
そして、イナツルビの儀の翌日のこと、ルビア・アルギィ著『溺れるスプーン』が出版となる。
予感は外れ、2日後のノクチュア新聞の発刊は休止となる。
ハワードが関わる星室新聞は本誌は休止、しかし号外での発刊があり、その一面を飾ったのは、王都中に物議を呼んだ『溺れるスプーン』を巡る考察と真相究明を求める糾弾の声だった。
──星室新聞『ルビア・アルギィ、妖精の王女の真実を発く』。
ゆえに、星室新聞より一日早い溺れるスプーンが出版となった日、ソフィアは両親の許へと赴いて、ライバルのルビアが著した『溺れるスプーン』、その表紙にも描かれている青い心臓の扱いについて悲痛に声をしぼませながら、あまりにも理不尽な手の内に置かれていた親友の真実を求めて、強く糾弾し、言及することとなる。
開いた扉の向こうでは、激昂する父親のバルトが『溺れるスプーン』を片手に、足も立たない疲れた様子で玉座に腰をかける王妃のアリアと面と向かって対峙しているところだった。
「おかあさま……」
「ソフィア。あなたも読んだのね……わたしもさっき、読み終えたところです」
変わらない母の日常の表情だ。
「非常に、不愉快です」
しかし、いま目の前で見るそれが仮面なのだと、その一言と左手に抱える本の存在がソフィアにつよく感じさせる。
ここにいる皆が手にする『溺れるスプーン』には、それだけに見合ってしまう内容が記されていたのだ。
星室新聞の記事から、一部抜粋。
謝辞には、リアナ・レッド・スピリッツの名があった。
ルビアは架空の話を書くフィクション作家として知られているが、本人が自身のこれまでの著書にフィクションである旨を明記したことはいちどもない。
もし、氏の著書にてはじめてフィクションであることが明記された『溺れるスプーン』のルビアの話が架空の虚ではなかった場合、王都はこれから青い炎に包まれるだろう。
……ロマンスの尊き貴顕より嫁いできた連枝の花、正妃アリア・テラ・アウストラリス。
バルト・テラ・アウストラリスと近衛騎士によって玉座に縛り付けのうえ、拘束される。




