30 ファンレター
雷光賞──ボルテージ・オーケストラ。
失格──フィルハーモニー。
「失格かぁ。まぁ、プログラムになかった曲をやったんだからしょうがないよねぇ?」
審査員たちの評価は規則にのっとって正統に打ち出された。
『ど、どうするんでしゅか。ナオトの笑顔がこわい』
『そんなこと言ったって、みんなでいっしょに歌ってたのしかったでしょうに』
『わたしゅ、わたしは一時の流れに乗っただけでわるくない!企画した教皇や止めなかったクロウが悪い!』
『もう教皇ではないんですがね。わたしは後悔していませんよ。運命に翻弄されて、孤独に戦ってきたリアムには救いが必要だったのです。それからわたしには、ミッチェルという名前があるのですが』
『そうだな、ミッチェル殿。そして見苦しいぞ、小ネズミ』
『倉鼠はおまえだ!わたしより弱い王なんかに小さい呼ばわりされるいわれはない!パトスがいない、いまやれば、わたしがかちゅる!』
『ヒューズ……あなたねぇ』
『マリナ女王。我は心からの感謝を伝えに来たのだ。ミッチェル殿。ありがとう』
『これは、意外でしたね。あなたはもうすこしだけ不遜なおぼっちゃんかと思ってました』
『わたしはヒューズ君の幼いころも知ってます。ミッチ。そういって勇者のお話をせがんでいたあのころが昨日……とはいわずと、もう100年も前のはなしなのですがね』
『やはり不遜ではありませんか』
『なにをいう。ベルなどミッチェル殿のことをおじいちゃまと呼び、挙句にミッチーなどと渾名までつけていたではないか』
『どんぐりが五十歩百歩と転がったところで背など縮むだけなのでしゅ。ぷぷっ』
『リアムの周りには、いずれ菖蒲か杜若。いい女が集まっているな。どこかのすぐ頬を膨らませる頭でっかちはドングリの域を出ないというのに、ああ、かわいそうになぁ』
『相性いいですわよね。2人とも黄金がトレードなところとか』
『黄金はわたしのアイデンティティ、そして、トレードカラー!!!』
『うむ。黄金を好むセンスは、認めよう』
胸を張って黄金好きを自称する2人に、マリナは『あっ、あんなところに黄金のどんぐりが』とからかうと、指さした方へ我先にと『『(我・わたし)のものだ!!!』』と飛びついて、ない黄金のどんぐりを巡って、取っ組み合いがはじまってしまった。
『仲がよろしいようで』
『やはり夫婦ということでしょうか』
かつて、強さを求めて獣人国からやってきて、一国の王に勝負を挑んだ世界を渡る武術家がいた。その武術家をおもしろいと、意気投合して妃の一人に迎えた王がいた。
『わたしの黄金をかえせー!この腐れ金〇!!!』
『ふはははは!我の|黄金は王室御用達に指定していた牧場の土の下!牛が掘り返しでもしないかぎりみつかることはないわ!!!あっ、ちょい、まっ、頭皮に歯が食い込むわこの膨れネズミ!!!』
『──ッ……ぷっぷっぷ。ついに吐いたな。あのころ取引していた牧場、それも信用があって開発が進まないような辺鄙な土地の取引相手となれば……バターフィールド』
『ㇰっ、しまった!!!』
『だぁーはっぷっぷ!!!ゆかいゆかい!ついにわたしゅの手に黄金が戻ってくる!!!』
『……ふっ。キンクよ。それでどうやってリアムを説得し、鑑賞物として飾らせるというのか。換金されてビジネスに流用されるのがオチだ』
『……おまえのソルナは何色だぁあああ!!!』
『もちろん黄金色だ!!!』
2人には共通の好みがあり、黄金がどちらのものかを巡って争いを繰り返しては、日が明け暮れるまで殴り合うという家臣からしてみれば肝の冷える身勝手極まりない迷惑夫婦となった。やがて王が倉を構え、妃が世界を渡りながら黄金を送り貯めるという体制を築いたとか。
『教皇様、なにかいま聞き覚えのある名前があったような……』
『えっ?ごめんなさいね。年を取ると耳が遠くなってしまって……』
『……お茶にしましょうか』
『いいですねぇ。そうだ、この3か月間がんばってくれたほかの皆も呼んで、慰労会でもしましょうか』
しかし、王が黄金を最終的にがめたあげくに保管場所をもらさなかったために、アウストラリアのどこかには、黄金好きの王とその妃が集めた莫大な財産が隠されているという。
なぜ、アマティヴィオラは不失正鵠の弓なのか。
なぜ、望んだエデンの記憶を想起することができるのか。
なぜ、アンバーの魂と肉体の解脱を成しえたのか。
なぜ、──と、つながったのか。
それはアマティヴィオラがエデン・オービットに接続できるからだ。
しかして、魂魄の魂のドラコニスは上手く解脱できるのに、ファウストが繋縛されるのはノード・オービットを介さない魂魄の魄のドラコニスであるからだ。
エラーがおきている。
ヴィクトリア・ロマンスが黒幕なのかどうか、実は、状況証拠しかないためブラックも断言はできない。
じっさいに確かめたわけではない。
でも、状況のすべてが黒幕は彼女だと言っている。
ぼくもそれは間違いないと睨んでいる。
だけど、ヴィクトリアもいまではエデンとの接続を失っているせいで、誰かから見た欠落した表舞台の彼女の姿見しかいまは見ることができない。
同じように、ファウストの記憶は漏れなく辿ることができない。
弓を放とうにも、ファウストに必中の矢が、残念ながら無い。
それでいて、いちばんの問題は称号楽曲だ。
なにより、勝者に乗り移る性質がやっかい極まりない。
だからぼくはこう考えた。
魂魄の魂の登録がノード・オービットになくて繋縛し解脱できないのなら、解脱できるようにノード・オービットに後付けで登録すればいいじゃないか。
前例はある。
メデューサだ。
というか、ヴィクトリアはメデューサのことを知っていて、ファウストを造ったのだと考えれば、まぁ、やろうとはおもわないが、腑には落ちる。
しかしそうなると、エデン・オービットとノード・オービットの両方の管理権限が必要になる。
シルク・ジョシュ・チェルニーは例外だ。
シルクはすでにメフィストと取引をしたファウストだったが、VOXがファンタジアを切り取ってくれていたのが幸いした。精霊と混じったゲマトリアのエデン・オービットの二重登録と解脱のシステムを流用する形だったのが功を奏した。
ジョシュとチェルニーは、まだ、メフィストと取引をしていなかった。
代わりに魂の欠落があったが、そこは、エデン・オービットの領分で事足りる範囲だった。
メフィストとの取引とは、2つ目の称号楽曲を得ることだ。
シドのもう一つの魄の称号楽曲にはベンジャミンの魂が、コナーの称号楽曲にはリチェルカーレの魂が深く根ざしている。
シドとコナーから称号楽曲を消そうと思えば消してしまえる。
ぼくがアンバーノードで取り込んでしまえばいいんだ。
その場合、ポリフォニーならシド、モノフォニーならベンジャミン、バリエーションならコナー、ソナタならリチェルカーレも一緒に消滅してしまうだろう。
もしくはエデンに再登録してもいい。そうすると今度は、アンバーノードがエデンにまた奪われることになる。
新しい火種だ。
ぼくがいまハイドごとエデン・オービットに属しているのは、まぁ、聖戦での敗北の結果なのだろう。
聖戦の再現は御免だ。禍患を未然に防ぐためには、1人の人間としてではなく、2人のドラコニアとしてノード・オービットに登録することだ。そのためにアンバーズハウスへ出向かなければならない。
……これを解決するためには、2つのノードの管理権限をそろえる必要がある。
そう。受死日、磁石のようにくっつくそれぞれの称号楽曲にそれぞれの魂が強固に紐づいている。
コナーたちの前では、メフィストの取引が称号楽曲の奏楽の条件だとして話を進めたが、実際のところの称号楽曲が起動する条件。これを検証したわけではないが、それをなんとなく察している。
レテへ向かうための死の魔力を噴き出す魂と称号楽曲との新しい接続が起こる機会の創出。
繋縛が起こるのはそのタイミングだ。
なら、機能する肉体を失った称号楽曲が勝者への、トドメを刺した者の魔力やノードを伝って乗り移るのもなんとなく理解できる。
ヴィクトリア最大の発明は、こころのある怪物を造りだしたことにあるだろう。
そして、強烈な死の魔力が称号楽曲の繋縛のトリガーなのだとしたら、ひとつだけ、大きな矛盾が生じる。
メフィストの取引をしていない誘拐されたこどもたちも、VOXにはたくさんいたと、リアナ、シド、コナーの面々から証言があった。
なのに彼らをエデンを通して追跡できていない。
ならば、何らかの方法で死の魔力を生み出して、強制的に称号楽曲へと魂を根付かせたのだろうか。
だとしたら、メフィストの取引をしていない子供たちが称号楽曲の権能を使えるようになっていないと、このケースだと矛盾が生じる。
シドもコナーも、権能が具わったのは取引のあとだ。
そして、そもそも、繋縛された程度のことで、エデンの追跡が潰えるだろうかという先の疑問。
繋縛は、文字通り、断ち切る行為ではなく、つながりに縛られてしまうことをいう。
オービットへの帰還を根幹はいっしょだが別窓のつながりにひっぱられることで妨げられることでもある。
……そこで、ぼくには思い当たる記憶がある。
アマティヴィオラなしでの、エデン・オービットとの線の切断と再接続を、ぼく自身が、一度だけ、実際にやってのけたことがある。
……あぁ、そうだ。またしてもゲイルだ。
彼の失敗は、どれだけの気づきをぼくへ与えてくれるのだろう。
アメリアとシルクの一件があった夜、ぼくはリヴァイブへ向かうゲイルのエデンとのエッジをあろうことか切って、魂と肉体が再接続する様をこの目でみた。
あのときゲイルはシルクに一回殺され……ぼくを狙った攻撃から守ったんだよね。リヴァイブもあったしセーフか。うん。リヴァイブシステムとのエッジが切れていたからってなんも問題ない。
ケレステールでは、称号楽曲による魂の収奪がなされないことも証明された。
シルクがそのほかで殺しをやってないという蓋然性を高めたし、同じタイプのファウストならエデンの管理権限で助けられる。
あとは……やりかたはまずかったが、国をあげたVOXの指名手配と対応策までこれで明るみになった。シルクのミリアへの八つ当たりは、あれはパトスがわるい。もうすぐそれも清算される。
死の魔力を使ったエッジの切断と肉体への定着。
……どちらも、命の精霊の助力があれば実現できることだが。
それよりも、ダンジョンから出たゲイルはまた、何の問題もなくエデンと接続していることに着目したい。
……あれ、どういうことだろう。そういう疑問が浮かぶ。
これはジブリマーレが言ってたことだった気がするが、ドラコニスはオブジェクトダンジョンへ入らないようにという通達がでていたはずだ。
これに関しては、リヴァイブにともなうドラコニスの解脱と、ノード・オービットからエデン・オービットのドラゴンの魂の収奪事故を防ぐためだろう。
聖戦の原因たる問題を表面化したメデューサのことで繋縛について重く事由を依りすぎていたが、ハイドから繋縛は、侵攻の理由となった可能性を示唆したことに留まるのだと聞いた後の今なら、こっちの方がすっきりする。
ミネルヴァとかでリヴァイブすると、解脱する挙句に、エデン・オービットの方へとひっぱられて、いよいよ、アンバーが聖戦をおこした懸念事項が勃発しかねないからだろう。
ここで思い出されるのが、シルクの痕跡を辿ってケレステールまで来たマルデルである。
交換所に並ぶ、おいでおいでと客寄せのためだと思っていたコンテストシステムは、リヴァイブシステムのバックアップ……。エデン・オービットだけに頼らない、物理監視を伴うことで、ロストを二重で防ぐ側面を持ち合わせているのではないか。
アマティヴィオラがなくても、エデン・オービットへの再登録ができるということではないのだろうか。
それなら、ケレステール、ネイドン、メルクリウスという、時間を空けて生まれたダンジョンたちがすべてコンテストシステムを持つことの本当の理由が見えてくる。
鈴華……エデンの管理者という立場についた君は、エンタメというコンテストを隠れ蓑に、ドミナティオスを通じて知りえたヴィクトリア界隈の問題に対処するために、アラードルールの穴を突いて対応策を講じたんだろうな。
もしかすると、ドラゴンサイドからの苦情もあって対策を講じた可能性もある。
バックドアのあるその3つでは、ドラコニスがリヴァイブへ送られても……だとすると、すさまじいよ。
『またしてもなにもしらないゲイル。う、うけりゅ』
『笑いごとではありませんよ』
『巻き込まれ体質ですよね。まぁ、彼の苦難のだいたいは、リアナさんとナオトさんのせいですね』
『そうなると、やはり縁があるのかもな』
『そうすると、案外ゲイルさんはリアナと結ばれたりするのでしょうか』
『いやぁないない。女性の一意見として言わせてもらえば、じぶんが害した人間に好いてもらえるとか、そんなおめでたい思考してないと実現はできないでしょう……ん?』
『と、ともかく実利の面を重視するのでは?かれは商家の子ですから、相手には属性相性のいい子をですね……あれ?』
『もし100年ともうちょいとばかし早く生まれていたら、アイツとは、上手い酒が飲めただろう』
『しゅなー。いい寄付団体として……じゅるり』
『ああ……そして、黄金の丘の酒で一杯。2度、美味くていいじゃないか』
思い返せば、あの夜に、大きく動き出したんだなぁ。
ぼくも、鈴華の善意を悪意にはさせない。
窮途之哭・忍気呑声たる聖なる苦杯を舐める──レシム・ケリムの代償と割ろう。
……となると、だいじなのはノード・オービット側でのファウストの登録と解脱処理になる。
であるからして、アンバーズハウスへと手紙を出して、結果発表があったあとにバルトとジャネット妃から渡されたその返信がいま、手許にある。
「リアム、手紙を仕分けしておきました。雷光賞を逃したのは残念でしたが、とても壮大だった舞台から一転、予定になかったものの、家族に囲まれて幕引きとなった笑顔のリアムを見て、わたしはなんだか、とてもしあわせな気持ちになりました」
「ありがとう、カレンダー」
コンクール期間中は忙しくて、手伝いを頼んでいた助っ人のカレンダーが仕分けしてくれた手紙に目を通す。
返信をくれたのは、アンバーズハウスをまとめる最初のドラコニス。
フローライトというドラゴンを宿していて、現在はアンバーの代わりにノード・オービットの管理を担っている人だ。
……ふむふむ、なるほどなるほど。
アンバーの権限の方が上だから、代理権限でのアンバーの肉体との解脱処置はできない。
……バカだろ。
それじゃあどうやってアンバーのドラコニスを作るつもりだったんだ。
「んなもん想定してませんでしたってか」
現世でのことだから、アンバーの肉体がないと認証が通らないやら、なんやら……。
それよりも、まずは手近にある問題を片付けることを勧める。
オブジェクトダンジョンを攻略してラストレガシーをあつめたりすれば対抗策が増えるんじゃないか、等々。
……つかえねぇー。
あっれ、まって、もしかしてぼく拒絶されてる?
それとも嫌われてるのはハイドの方?
「手紙といえば……」
もうひとつの手紙の封を切る。
こっちは、ルビア・アルギィ宛だ。
ファンレターなどの処理は出版社にまかせて受け取っていないのだが、これはゲイルが、ルビアに渡してほしいと誰かから預かってきては、定期的に持ってきているものだ。
本の内容について熱心に質問してくる。
出版にあたり、王都の出版物流なんかでも仲介をしてもらって世話になってる、ウォーカーの伝手で、「ビジネスにつながるんだ」というゲイルからの頼みだから、無碍にもできない。
筆遣いや言葉運びから、弾むような本への、というよりルビアへの愛が伝わってくる。
「薔薇の香りがする……こういう気遣いは、あぁ、好きだなぁ」
インクをにじませる涙がこみあげてこない内に、返事を書いてしまおう。
……彼女は、近くに出版される『溺れるスプーン』を読んでも、また、おなじように感想をくれるのだろうか。
雷光賞に輝いた余韻も冷めやらぬ夏の日の夜。
ボルテージ・オーケストラの面々、顔見知りたちに呼び出されたゲイルは、イナツルビの儀の準備を進めていた。
「ゲイル。ちょっとこのジャケットは窮屈だ。もうすこし可動域が広がるようにだな」
「アルフレッド様、前のボタンを全部留めなければよろしいかと。それよりゲイルさん、スプリングフィールドの家紋のブローチが上品に見える位置について意見をですね」
「あっ、わたしも。ゲイルさん、わたしのソルナのブローチの位置なんですけどね」
「ゲイル。もうちょっと肩の安定感どうにかならない?」
「うるさいぞおまえたち!」
「お客様にむかってその態度はなぁに?」
「いや、あのですね、おきゃくさま~……なんていまさら遜る間柄じゃないだろうおまえたち!要件はひとりずつ、順番に話せ!!!」
「挙句に、わたしたちを差し置いてリアムといろいろとやってるそうじゃない。すこしはわたしたちにも噛ませなさいよ!」
「それいまする話かぁ!?ミリア!!?」
「わたしだって気が張ってるの。伯父様とソフィア様から急な要望があったのは知ってるでしょうが!」
「ならなおさらいまじゃないでしょうが!」
ボルテージ・オーケストラのコンクール衣装、そして、イナツルビの儀での礼装の注文を受けていたゲイルは、前夜の衣装合わせの最終チェックにおおあわてだった。
ほかのメンバーたちは各々が着付けだったり最終チェックを余裕をもっておわらせていたというのに。
だからさ、雷光賞に輝けたのもあなたたちの尽力あってこそよ、の激励の言葉でももらえるのかと思ってルンルンで赴いたらこの始末だ。
期待したオレがバカだった。
あぁ、こういうやつらだったよ、そういえば!!!
「よし、これで明日の準備も万端ね。よくやったわゲイル」
「ありがとうな」
「ありがとうございます」
「わたしまで、ありがとうございます。思いがけない練習が舞い込んできたものですから、余裕がなくて」
「いえいえ、ほかのやつらはともかく、正光教の聖女様の纏われる衣装づくりに携われてやりがいのある仕事でした。雷光賞に輝かれたこと、いまいちどお祝い申し上げます。そしてその一助となれたのでしたら、わたしも光栄です」
「それじゃあ帰って明日に備えて休みましょ!」
「……はいはい、おやすみ。片付けはおれがやっとくよ」
「よろしくねぇー!それから明日もぜったいに聞きにきなさいよ!」
「おう!じゃあな!」
ったく、しっかり人をこき使いやがってさ。夜が深くなる前に、オレも明日に備えて早く休まないと……。
「今日、手が掛からなかったのはおまえだけだよ」
「めずらしくフラジールも落ち着きを欠いていたわね……」
「だな……それにしても、おまえは静かだったな。まるでこころが、ここにはないみたいに……どうした、エリシア」
「……舞台で泣いていたリアムのこと、なにかしってる?」
「いいや、オレもびっくりした……それだけじゃないんだろ」
「ねぇゲイル。ルビア・アルギィへの手紙、ちゃんと渡してくれた?」
「あぁ。にしてもあの熱量がよく続くよな」
「ルビアの作品は2つとも、わたしが興味を持つようなおはなしが詰まっていたとおもうのだけれど、ちがう?」
「……いいや、ちがわないな」
「そうでしょ」
ちがわない。
言葉からじんわりと広がるぬくもりと夏の夜のぬくもりを纏って、エリシアは手紙の行方だけを確認して、「おやすみなさい」と告げて寮へと戻っていく。




