28 空欄
鈴華の連絡先が空欄になった。
夜にいつも鳴っていた、通知音や着信音が鳴らない。
並び順では、代わりに、そこは伊颯さんの連絡先で埋められた。
「ノーマ。リアナをたのんだ。それから、妖精王代理にも、推して知るべく、あらためて感謝を伝えておいてほしい」
「はい。まかせてください」
ドミナティオスに、リアナを妖精族の里へ送るゲートを開かせる。
「リアム。あなたの勝利を祈ります」
「……恋は病のようだというヤツは、ほんとうの病の恐ろしさをしらない」
「そうです。あなたはわたしの傷まで癒してくれた。でも、油断してはいけない。ぜったいに……」
リアナは苦々しくも腕をギュッと抱えながら、耐えるように、ゲートの向こうへと足を跨いでいった。
その日の夜、リアナは私室に飾った7枚の絵を眺める。
これらは、父のレッドがアトリエに遺していた絵だった。
1年ほど前、妖精族の里への帰郷が済んで、あるていど生活が落ち着いてきたころに、リアムに頼み、ドミナティオスの協力を得て、訪ねたロマンスの父のアトリエに向かった。
まだほこりの被りが浅いアトリエの中に入ると、7つのキャンバススタンドに絵が並んでいた。
山裾に広がる自然を見下ろす高原の庭園。
夜空に浮かぶ三角の建造物。
古い石の柱が立つ雨の降る草原。
石の巨像が立つ街。
石の巨像が腰を下ろす玉座。
琥珀色の光を放つ扉の開かれた青い門。
とてもおおきな高さの半分ちかくを占める基壇の上に立つ列柱の建造物。
キャンバススタンドに支えられたそれらは、作業中の未完成の絵というにはあまりにも等間隔できれいに並べられていて、絵も完成されていた。
「きっと、オブジェクトダンジョンのモデルなんだろうな……」
リアナは父の遺した絵を眺められる位置にテーブルとイスを置いて、『青い心臓』の救い上げられた2次創作である、『赤い誇り』の執筆をつづけていた。
赤い誇りは、ルビア・アルギィ『溺れるスプーン』は青い心臓の続きとなる、主人公のモデルとなった女性自身が描くファンフィクションのロマンス小説である。
本選当日。
楽霖祭も終盤にさしかかり、学院のところどころでは、すこし疲れが見え隠れするが、イナツルビの儀の最終奏者を決める本選の会場は非常に、にぎわっていた。
順番は、最終日も変わらない。
最後から二番目がボルテージ・オーケストラで、最終演奏は、ぼくだ。
本選がはじまるまえ、ぼくは控室に早めに入った。
理由は、ボルテージオーケストラの面々と顔をあわせるためだった。
「おはよう!リアム!」
「約束だ。本選、ちゃんとみさせてもらうよ。ミリア」
「刮目して、だけじゃなくて、刮耳して聴いてね!」
「リアム……わたしは……」
「エリシア。自信の籠らない言葉は、ふさわしくない。きょうはそういう日だ。おたがいに、いい日にしよう」
ぼくの方から差し出された手を握ったエリシアは、「……そうよね」と、気まずさから一転して、ほがらかに笑った。
バカだよな。エリシアの顔を曇らせてるのは僕だ。なのに、ふさわしくないなどと偉そうに……。
きょうは……じぶんが台無しにする予定の舞台にあがる彼らの本気の思いを、せめて見届けて、胸に刻まなければならない。
控室を出て、回廊にでる。
すると、うしろからドリアが追ってきた。
「どうした?」
「わたしでは、あの方々たちのほんきの舞台には、役不足でしょう。あなたとみなさんの真剣な向き合いに、その場の勢いだけで茶々をいれてしまって、ごめんなさい。ですが、見届けてくださいませんか。わたしたちの覚悟も」
「……ミリアたちに、感謝しなよ」
「ええ。みなさんとご一緒する学院での生活はとてもたのしいです。ほんとうに感謝しています。それからですね、ガラの日のときのように、観覧の席をルイスさんとご一緒してくださいませんか?」
「ひさしぶりの友達同士の再会にいきなり顔をだすほど厚かましかった君が、ちゃんと承諾をえるようになったなんてね」
気乗りはしないけれど、行ってもいいかな。
なんだか、すべてが晴れやかな、そんな気分だ。
リアムとルイスは、並んで席について、開幕までの間に話しこむ。
「君にも出番があるのに、こうして呼び出してもうしわけない」
「いいよ。ぼくも、もういちどだけ、きみとはなしたかった」
「そ、そうなんだ」
意外だったという顔で、ルイスはこちらを見た。
「聞かせてほしい。君は、勇者の認定をうけた。だけど、そのまえから君は勇者を公言していた。だろ?」
「……そのとおりだ」
「なぜ?確信があった?それとも、ぼくを苦しめたかった?」
質問に応えるように、ルイスはポケットから、一つのソルナを取り出して見せる。
「ぼくのソルナだ」
差し出されたソルナは、7色の輝きを放っている。
ガラのときに、ドリアに預けていたリアムのソルナだ。
ルイスは、険しく眉間にしわをよせたあとに、やりきれない気持ちを飲み込むように、一息ついてこう続けた。
「それが、おじい様の採択だったからだ。すこしだけ、むかしのハワードのはなしをする。君の父親が王都から逃げおおせたあとのことだ」
逃げおおせた、か。
ルイスからしたら、知らない叔父のことだろうし、中立にあるというのならわるくはない。
「ハワードは一気に苦境に立たされた。政治的な思惑、国民たちからの疑惑の目。英雄を追い立てたと後ろ指をさされて、火消しに走り、せっつかれたわたしの父がユノを攻略するも二番煎じであったからして、ラストレガシーを得ることもできずに、英雄としてみとめられないのは当然だと油を注ぐ羽目になった。だけど、それをもってしても、パワーズの威光の方が何倍も強く、火は徐々に下火になっていった。君にこういうのもあれだけど、あの事件でいちばんの汚名を負ったのは、当主だったおじいさまだ」
「罰を受けたと」
「……わたしだって……ぼくだってなにが真実かわからない。だけど、おじいさまは……ぼくが知ってるおじいさまはとても、慈悲深い。愛情を注がれて育ったぼくが言うのは説得力に欠けることも知っている。けれど、おじいさま……その、とても、君のおとうさんを愛していなかった姿を想像するのが難しいというか」
「人は変わる。ぼくが君を手にかけることができたように」
……胸糞わるいのは、ルイスを殺してもなにもじぶんに投影できなかったことだろう。
感じたのは、ただただ、あの日に、ベルを抱きしめたときに噴き出していた気持ちだった。
抱き寄せて、消えいってしまったことに、そのまま自分の胸をかきむしって苦しさに悶えるような、そんな越えられない感情のハードルだ。
「ソルナを見て、ぼくの気持ちがすこし揺らいだことは認める。ミリアさんの力を借りても、ユピテルのグ・アン・ヌに勝てなかった。こんなのが君の代わりをしようとしてたなんて恥ずかしいよ。それでも、ぼくは、おじいさまを尊敬している。こころの底から。……とはいえ、普段見せている顔とちがった顔をもっていて、ぼくは、そっちの顔がとてもおそろしい。しかし、たのもしくもある。表から見てこわくても、背中からみれば仮面をかぶっていないよく知る姿がそこにはある」
「僕も父さんもそっち側にはいないんだ。そのきもち、わかちあえるとおもったら大きな間違いだ」
「和解はむずかしいのだろうか」
「ムリだろうなぁ。だって勇者の認定条件を悪用しただろ。それで君は勇者になりました。だったら勝手に野垂れ死ぬがいいさ。ぼくはそこまで高潔な勇者じゃない。なったつもりもない」
「だけど、ドリアは──」
「そりゃあそうだろ。正光教は、古いアウストラリアと聖火教を踏み台にできた宗教団体だ。ゲマトリアこと魔族や獣人と妖精族の確執が大きくなり、現在の魔国周辺から南へ流れてきた人々を受け入れた結果だ。聖火の国域はユーロとなり、勇者選別の宣託の役目のみをセラフィムと正光教へと引き渡して、パワーズと聖火教皇はアウストラリアの一貴族へと収まった。アウストラリス家とボレアリス家の監視する南北の間のトレイルは、勇者がふさわしいかを見極める最初の関門だった。その関門をクリアして第三の認可を受けて選ばれた者をトーチの案内人として導く一族の末裔こそが、現ハワード家。だからハワードは、幼いころに聖火を灯す試練をこなす。正光教は代々聖剣マルクトを護る聖火教のシュタット、いや、ハワード家に頭が上がらない。ソルナの6色目の藍色を輝かせるのに必要な条件は、精霊王とのつながりでクリアできる。教皇はセラフィムと、君はパワーズと、そしてぼくのなかには、ケルビムだったイデアがいる」
古来の伝統では、勇者認定は次のように行われてきた。
1つ目の赤はだれでも染められる。
2つ目の橙は精霊とのつながり。
3つ目の黄はトレイルの通過。
4つ目の緑は大森林の踏破。
5つ目の青は深い森の神殿への礼拝。
6つ目の藍は精霊王級の精霊との縁。
そして、7つ目の紫は、肉体の再構成。
3つ目のトレイルは、マンチェスターと王都のスカイパスの別称として名残りがあるかな。
アストル司祭は緑までのソルナを得ていたから、大森林の踏破までをこなしたのだろう。
たぶん、青まで灯せる素養があるのだろうと、ユーロではなく、なぜアウストラリアにいるのか、なんとなくわかる気がする。
そんな青のための試練、5つ目の深い森は、現在は灰離原として知られている。
永い間、メデューサを封印していたことで、森を塵しか残らない灰の大地へと変えてしまった。
6つ目と7つ目は、聖剣マルクトの帯剣によってなされる。
マルクトは、担い手の姿かたちはそのままに、勇者にふさわしい体を授ける。
精霊との親和性が最大限に高まった肉体である。
それから、聖剣マルクトには担い手を導く精霊がやどっているため、変身能力と人格がある。
……というか、過去に獣人のマルクトの担い手が選定されたときに、融合してしまったらしい。
ゲマトリアにルーツを持つ獣人とセーマに由来のある聖剣だからかな。
以来、2つ目の条件が加えられて、精霊契約の素養がある者を候補として選ぶようになった過去がある。
現在は、2つ目の条件はソルナの授与という条件に変更されているっぽい。
100年前は昔と、正光教でも、ソルナではなく、ファノス-Phanos-というパワーズの火を宿したトーチが認定のために使われていた。
試練を受けていても、パワーズの監視下にあるためトーチが消えてしまうとそこで失格という品行方正を求める仕様で、さらには、トーチの火が尽きないように常に魔力を供給し続けないといけないから人を選ぶし、そもそも正光教の生業となった行であるからして、セラフィムの管轄に置くべきであったことを聖戦をきっかけにようやく整理できたってかんじなんだろう。
ぼくは、差別主義に走る妖精が嫌いになった。だけど、マレーネ、レイア、ノーマたちなんかと接していてもまったく、嫌悪感など起きやしない。
現アウストラリア建国の前のはなしだから、かなり昔のことだ。
恨みを忘れていない魔族と妖精族の確執が波及して、ユーロから魔国へとベルが派遣されたが、諍いも特大の厄介ごとを前に全人類が手を組んだ、ベルの生んだ団結力は現代にも影響力を残している。
「おまえならできると言ってほしい気持ちは、痛いほどわかる……」
ふと、弱みみたいなもの吐露する。
ぼくにだって不安はある。
バルトやコナーには、ぼくがさも、神に匹敵する力とそれを喰らう力を手に入れているかのように話した。
しかし、それは創世の前のころのはなしだ。
ケルビムはエデン・オービットを、アンバーはノード・オービットをつくるのに大量のリソースを割いている。
そのぶん、弱体化しているということだ。
それでも地上では、聖戦の主役になるほどの最強級の魔力とノードを持っていることに違いはない。
性質も万能でレベルがちがう。
ケルビムは森羅万象から生きとし生ける生命への全能、アンバーは単に蓄えていたノードの総量を大きく減らしたってところ。
だけどもし、ファウストがこのまま隆盛をつづけたら、立場は大きく変わっていく。
ゼンライカやウーゴたちも、イデアの現在の力について理解が不足しているが、ぼくはわざとこれを正すようなことはしていない。
「おじいさまがなんだってんだ。なったつもりはない。そう君に、この僕が言ったことを噛みしめてみてほしい」
同じハワードとしても信義則などないもんで、どうしても同事に立てないんで期待してるなんてとても口には出せないけれど、声に出せない愛語を込めた思いは、ルイスにもちゃんと伝わったらしい。
「ありがとう……うれしいよ。君がくれた共感は、これまで手を握ってくれただれの言葉よりも、ぼくに安らぎをくれた。責任はじぶんでとれと、そういうことだ」
ルイスッ……コイツ、覚悟が決まったいい顔してッ、痛いところを。
これで、味方につけられただろうか。
もうじきの嵐を控えている。
ハワードと揉め事は起こしたくないんだよ。




